千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
今日も今日とて異世界からこんにちわ、1000年に一人の天才魔道士ユウ君5歳です。
いつかエルフをぎゃふんと言わせるべく、いつも通り魔術の研究を……。
「ユウちゃん、お絵かきうまくできたよー。ねーねー見て、これ何の絵でしょーか」
ええいそんなにぐいぐいと袖を引っ張ってくるんじゃない。
私は独白しているところなんだ。主人公の語りを妨害するな。
そんなわけで今、私の部屋に無断で入って来たアルマに絶賛研究を邪魔されているところである。
最近5歳になった幼馴染のアルマは好奇心旺盛で、毎日のように私の部屋に押しかけてきては一緒に遊ぼうと私の貴重な時間を奪ってくるのだった。
まあ魔法の研究といってもエルフの小学校の教科書を実践しているだけなのだが、なんせ人間の寿命は短い。どれだけ長生きしても70代まで生きれば上出来だろう。
そこへいくとエルフは100年かけて1学年をのんびりと履修するわけで、そのタイムスケールは人間と比べるのもバカバカしいほどだ。
人間の身でエルフをあっと言わせるほどの魔法を習得するには、よほどの駆け足でなくては間に合わない。
そんなわけで自由になる時間はすべてエルフ用の教科書をマスターするのに使いたい。理想を言えば、12歳になるまでにはエルフの初等教育を済ませてしまいたいところだ。
だというのに、アルマは同い年の私を絶好の遊び相手と認識したらしく、文字通り毎日門限ギリギリまで遊びに来るのだった。
私はアルマが差し出すお絵かき帳に描かれた、まるでよくわからない絵に目を向けた。
四足歩行しているから何らかの動物であることはわかるのだが、それが一体何の動物なのかはまるで判然としない。
「……パンダ」
「残念、猫でした!」
猫か。……猫?
えっ嘘だろ、動物ってことしかわからないじゃんこの絵! 犬でも通るだろ!
納得がいかない……!
「うふふ、まだまだだねユウちゃん」
「…………」
こまっしゃくれた顔で偉そうに言い放つアルマに、私は思わず「アルマの絵が下手なだけだろ」と言いそうになるのをぐっとこらえた。
前世で30年を超えるオッサンであった私が、5歳児に本気で苛立つなどあってはならない。20代で結婚していれば、このような年頃の娘がいたかもしれないのだ。
そもそも絵の勉強などまるでしていないであろう子供が、まともな絵など描けるわけもない。学びたくても教える者がいないのだから。
「……ちょっとそのクレヨンを貸せ」
「えっ? ……うん」
私はアルマからクレヨンを受け取ると、真っ白なお絵かき帳を前にした。
大学を出て、代理店に勤め、いいようにこき使われて30余年。
遊びとは程遠い人生を送って来た私だが、それでも多少の絵心はある。何しろ企画書に手書きで図面を書いてパワーポインターで見せるようなプレゼンもしてきたからな。
まあ、私が死ぬ直前にはAIなんてものが出てきたようだし、もう手書きの絵なんてやらなくてもAI出力すればよくなっていたのかもしれんが……。
少なくとも私が没する直前はまだ手書きが通用する時代だったのだ。そういえば死ぬ直前まで手掛けていた案件はどうなっただろう? 私がいなくても代理の誰かが引き継いだろうか。まあもう5年も経っているのだから、今更どうでもいいことだが……。
そんな考え事をしながら、私はクレヨンを置いた。
「ほら、猫」
「わあーーっ! 可愛いーーっ! ユウちゃん上手ーー!」
私が描き上げた絵を見たアルマは、喜色満面で手を叩いた。
うん、まあ我ながらなかなかうまく描けたんじゃないか。
モデルもいないので写実的なタッチとは程遠いデフォルメされた猫の絵になったが、5歳児が描いたにしては上出来だろう。
「ユウちゃんすごーい! 天才ー!」
しきりにすごいすごいと誉めそやすアルマに、私は少しだけ気分が良くなった。
まあね。30余年も生きてきたのだから、これくらいはね。まあ私って天才魔道士だし?
「ふん。まあ気に入ったのならその絵はお前にやろう」
「わあーい! ユウちゃんありがとー! 大事にするね!」
恩着せがましく私が言った言葉に、アルマは宝物でも手にしたようにぎゅっとお絵かき帳を抱きしめた。
まあお前にやるも何も、そもそもお絵かき帳はアルマのものなのだから、私がいちいち許可を出すまでもなく自動的にこの絵もアルマのものになるのだが。
とはいえそこまで喜んでくれるのなら、描いてやった甲斐もあるというものだ。
じゃあこの絵を参考にでもして、後は勝手に絵の腕を磨いていってくれ。
「じゃあねえ、次は犬の絵を描いて!」
「…………」
お絵かき帳の次のページを開いたアルマは、ニコニコ顔でクレヨンを私に押し付けてきた。
しまった。こう言えば私が相手をしてくれると学習させてしまった……。
「ねえお絵かきして! わんわん! わんわんー!」
「いや……今のは特別であってだな。私は忙しくて……」
「わんわんー! わんわんー! 描いてくれないとやだー!!」
「う……。だがお前の玩具だろう、それは。それに私が絵を描いているところなど見るより、自分で描いた方が楽しいだろう?」
何とか自分から興味を逸らそうと苦心するも、アルマは頬を膨らませて首を振った。
「そんなことないもん! ユウちゃんの絵を見るの楽しいもん! ねーお絵かきしてー!」
「何がそんなに楽しいんだ……? お前のツボがわからん」
今にも泣き出しそうに駄々をこねるアルマに、私は困惑を隠せなかった。
そもそも私に絡んでくるところからしてよくわからん。
同い年の子ならロベルトだっているだろうに、アルマは私の方を気に入ったらしく、朝ご飯を食べたらすぐに私の部屋に遊びに来るのだ。いくら遊び相手の選択肢が少ないからって、日ごろエルフの教科書とにらめっこばかりしている私なんかと絡んで、何が楽しいのか。
ロベルトの方はアルマが気になっているらしく、アルマを追いかけて私の部屋に遊びに来る始末だし。今日は来ていないが、多分自分の部屋で魔法の練習をしているのだろう。
アルマが私に懐いているのは、私の方が魔法に秀でているからだと思い込んでいるらしく、同じようにエルフの教科書をねだっては独学で勉強しているようだ。文字もちょうど読めるようになったばかりだしな。
……くそっ、ロベルトの方が私より魔法を研究する時間がとれているじゃないか!
どういうことだ!? 私は天才だぞ!
「とにかく泣き止んでくれないか。私は忙しい身なんだ」
「だって一緒にお絵かきしてほしいもん! ユウちゃん自分のノートにお絵かきしてばっかりだもん! アルマとも遊んでー!」
「私のこれはお絵かきではない。魔導書の作成だ」
アルマの言いがかりに、思わずムッとして私は言い返した。
私が魔術を極めるために必要な工程のひとつである。
まあ魔導書とは言うものの、実際は使いたい魔法の詠唱を書いただけのカンペだが。
なんせ魔法を使うためには長ったらしい詠唱を一言一句間違わずに読み上げないといけないのだ。こちとらいかに天才といえど、その肉体はあくまで5歳児。脳の発達は年相応だ。
だから詠唱を間違いなく読み上げられるよう、こうして使いたい魔法を教科書から書き取っておく。
まあ要するにカンペだ。自分だけのオリジナルカンペを魔導書と呼ぶのである。
ちなみにエルフにはこんなもの必要ない。
なんせ1学年分の教科書の内容を、100年かけてみっちり練習する連中だ。
どんな長ったらしい詠唱であっても、軽くんずるくらい覚えてしまう。
魔導書なんて必要とするのは、寿命に余裕のない人間くらいのものだ。
「私にとって重要なものだ。一緒にしないでもらおう」
「わんわんの絵を描いてー! わんわんー! わんわんー!!」
私の抗弁は、ぎゃーんと泣き出したアルマの声に遮られた。
う、うるさい……!
私は理性的に会話いるだけなのに、どうしてこうも話が通じないんだ……!
子供というのはわけがわからん……!
私が困り果てていると、鳴き声を聞きつけたのかベルさんが部屋に入って来た。
「あらら、アルマちゃんどうしたのー? ユウ君と喧嘩したのかなー」
「わんわん! わんわんの絵ー!」
ベルさんの呼びかけに、アルマはぎゃんぎゃん泣きながら要領の得ない回答を口にした。
それを叱るでもなく、ベルさんはお絵かき帳に目を向ける。
「わあ、猫さんの絵だね! うまく描けてるなあ、誰が描いたの?」
「……ユウちゃん」
「へえー、ユウ君が描いたんだ。すごいね、良く描けてる! ユウ君こんな才能があったんだね!」
「えへ。そうだよ、ユウちゃんすごいの! 絵がすっごく上手いんだよ!」
ベルさんの言葉にアルマは機嫌を直したのか、あっという間に笑顔になった。さっきまで癇癪を起こして泣きわめいていたはずなのだが……。
どういう心の動きがそうさせるんだ、私にはまるでわからんぞ。
とにかくアルマは自分が褒められたかのように上機嫌でニコニコしている。
「本当に上手だね! 人間の5歳児がこんな絵を描けるなんてびっくりだよ。500歳生きたエルフでも、こんな絵は描けないかも。これは額縁に入れて飾っておかなくちゃ!」
「うん! 私のお部屋に飾ってね!」
ベルさんの言葉に、アルマは笑顔で頷いた。
……本当に一言余計なんだよな、エルフって。
要は人間なのにエルフの未就学児よりも絵がうまいと言われたのだ。ただしそこには一切の悪気がなく、ただ褒める意図しかないのが性質が悪い。
エルフに屈服しきったこの世界の人間なら大喜びする言葉なのかもしれないが……前世持ちで天才魔道士の私は苦り切った笑みを浮かべるばかりだった。
そんな私を脇に置いて、アルマとベルさんの話は続いている。
「あのね、よく描けてるから、次は犬さんの絵を描いてほしいの!」
「あーいいわねー。私もユウ君の絵が見たいなー」
「…………」
何やらじっとこちらを見てくる2人に、私は小さく溜息を吐いた。
「……わかりました。じゃあ少しだけお付き合いします」
「やったー!」
「うふふ。じゃあみんなで犬の絵を描こうね。誰が一番うまく描けるか勝負だよ」
快哉を叫ぶアルマと保母さんのような笑顔を見せるベルさんに挟まれながら、私は内心肩を竦めてクレヨンを握った。
どうやら私の幼少期は、アルマに振り回されながら過ぎることになりそうだ……。