千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第6話「我が知能をもってすればエルフの100年など1年で追いつける」

「ベルさん、前にもらった教科書を読みつくしちゃったから新しいのが欲しいなー」

 

 きゃるんっ。

 私は小首を傾げて精一杯の媚びポーズをとった。

 いつかエルフを見返してやることを人生の目標としている私だが、ことおねだりするときだけは全力で媚びる。

 

 私とてわかってはいる。いつかエルフをぎゃふんと言わせたいという目標を持っているのに、エルフに衣食住はおろか教科書までおねだりするという矛盾は。

 しかしそうは言っても、仕方がないじゃないか。私にはそれ以外の武器などないのだ。金もない、コネもない、社会的地位もない、ないないづくしの私には上位者に媚びる以外に欲しいものを手に入れる術などないのである。

 毒親に虐待されてる子供がいつかこの家を出て行ってやると爪を研ぐようなムーブだな。まあエルフは虐待どころか人間を溺愛してはいるのだが。

 

 そんなわけで精一杯可愛いポーズでおねだりした私は、チラッとベルさんの様子を窺った。どうだ……?

 

 ベルさんはぽかんと目を見開き、信じがたいものを見るように私を見つめ返している。

 ダメか……?

 

「本当に全部読んじゃったの……? 人間が、たった1年で……?」

 

「うん、書いてある魔術は一応全部できるようになったけど……」

 

 この1年、教科書に載っている魔術をマスターするのに随分と苦労した。

 何しろどこへ行くにもアルマがユウちゃんユウちゃんと後ろをひっついてくるのだ。

 前みたいにうっかり魔術に巻き込んでしまう可能性を考えると、おちおち部屋で練習もしていられない。ベルさんはまったくの無傷で済んだが、人間であるアルマはただでは済むまい。

 とはいえ練習をしなければ上達も見込めないわけで、転々と場所を移した結果、最終的に広場の一角を実験場として占拠することにした。野外なので何を研究しているのか丸見えなのだが、やむをえまい。金もない今の私には、屋内の実験場など用意できるはずもない。

 

 幸い人間もエルフも、5歳の子供に過ぎない私の練習になど興味を示さなかった。人間は同族のガキになど興味を持たないし、エルフにしても保護動物が拙い魔術の練習をしてるとしか思わなかったのだろう。

 ロベルトだけはそんな私を見て対抗心が刺激されたようで、ことあるごとに新しく習得した魔術で勝負を挑んでくるのだが、今のところ私の全勝だ。当然だ、私は千年に一度の天才だぞ。

 

 まあそんなわけで、1年かかってようやく私はすべての魔術を習得したのだった。

 正直エルフの小学1年生が学ぶような魔術をマスターするのに1年もかかってしまったことに、我が才能を疑ってしまわなくもないが……。

 

 それにしてもベルさんの反応が読めない。

 そもそも私はうまく媚びれているのか? 普段散々可愛げのない対応ばかりしているのに、こういうときだけ媚びやがってと思われていないか?

 私は上目遣いになって、ベルさんの反応を窺った。

 と……。

 

「きゃーーっ! ユウ君すごい! 天才! 人間なのによく頑張ったね、すごいぞ!」

 

 ベルさんは嬉しさ100%の笑顔で、私に飛び付いてきた。

 私をハグしたまま、わしゃわしゃと頭を撫で回している。うっ……デカい胸に押し潰されそうだ、息ができない……!

 

「ぷはっ、潰れる潰れるっ!」

 

 私はベルさんを押しやり、凶器と化した1メートル越えのオッパイから無理やり脱出した。こいつは殺傷能力が高いぜ……。

 

「大げさだよベルさん、小学1年生が習うような内容だよ?」

 

 これについては本当にそう思う。

 算数で言うなら足し算引き算なのだ。本当に学問の初歩の初歩でしかない。本当に理解したいものを高等数学とすれば、私はようやくその第一歩を踏み出したに過ぎないのだ。特に褒められるようなことじゃない。

 

 しかしベルさんはニコニコと嬉しそうに私の頭を撫でて、こう言った。

 

「大したことだよ! だってエルフの子供は100年をかけてこれを学ぶんだよ? それにユウ君は完全に独学でしょ。本当は学校の先生が授業で教えてくれる内容なんだよ。それを人間が一人で1年で覚えるなんて、すごいことだよ」

 

 そう言われると……確かにすごいことなのかもしれない。

 

 いや、でも小学1年生が習う内容だしなあ。

 正直言って、現代日本の小学教育はかなりゆっくりしたペースだと思う。学習が遅い子に合わせているから仕方ないのだが、上澄みの子はほんの一か月もあれば足し算引き算をマスターできるだろう。

 それを考えると、私の学習速度はあまり褒められたものではないのではなかろうか。

 

 むしろエルフの小学1年生ってどんだけゆっくり勉強してるんだよ。

 

「うふふ、ユウ君は本当にすごいなあ。人間なのに勉強熱心ですっごくえらいよ。じゃあ次は小学2季生の教科書を用意してあげるね」

 

 ベルさんは心底嬉しそうに微笑みながら、快諾してくれた。

 やったぞ! 2年生の教科書、ゲットだぜ!

 

 ……その日は上機嫌のベルさんに、ベタベタと甘やかされながら過ごすことになった。

 ことあるごとに頭を撫でたり、ハグされたりする。

 正直うっとうしいのだが……まあ機嫌を損ねて教科書をもらう約束をフイにされても嫌だし。今日だけは好きなようにさせてやるか……。

 

 

 

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「ベル、ちょっと相談があるんだけど……」

 

 そう同僚が声を掛けたのは、従業員たちのバックヤードのことだった。

 人間保護施設で働く従業員が着替えや食事を行う場所であり、人間の立ち入りは禁止されている。当然声を掛けたのはエルフだ。

 

「相談? いいよ、何かしら」

 

 着替えをしていたベルは、振り返ってにっこりと微笑む。

 それと同時にばるんと超迫力の胸が揺れるのを、声をかけたエルフはむぐっと喉奥から音を漏らしながら見つめた。声をかけたエルフの胸はぺたんと平たい。

 

 しかしすぐに気を取り直したのか、平たい胸族のエルフは言葉を続けた。

 

「ね、今度合コンやるんだけど、あんたも来てくれない? 野郎のメンツからどうしてもあんたを呼んでくれって言われててさ。会費はロハでいいからさ、お願い!」

 

「合コン……」

 

 ベルは口元に人差し指を添えてしばし考えていたが、やがて首を横に振った。

 

「やっぱりやめておくわ。また今度ね」

 

「えー」

 

 にべもなく断るベルに、平たいエルフは露骨に不満そうな顔をした。

 

「いいじゃん、行こうよ。ほら、この機会に彼氏作ったりとかさ。こんな職場じゃ出会いなんてないでしょ? 出会いを外に求めていかなきゃ」

 

 それはその通りだった。

 人間保護施設の従業員のエルフのほとんどが女性ばかりだ。

 だがベルは苦笑いを浮かべると、首を横に振る。

 

「うーん、今は彼氏はいいかなあ。あと100年はひとりでいたいから」

 

「かーっ、もったいない! 命短し、恋せよ乙女って言うじゃん! 華の時間は短いのよ!」

 

 100年も咲き続けるような花があってたまるか。

 しかしエルフの100年は人間の1年にあたる。寿命に余裕のあるエルフにとって。100年くらいどうってことないのだった。

 

「私はいいよ、レヴィ一人で行っておいでよ」

 

「男性陣がどうしてもベルを呼んでるって言ったでしょ。アンタ来ないと合コン自体が開けないのよ」

 

「そう。じゃあ悪いけどこの話は諦めてもらって」

 

 ったくもーと腕を組み、平たい胸のエルフ改めレヴィは鼻を鳴らした。

 どのみち男性陣の狙いは最初からベルなのだろう。男性に生まれたからには、この豊満な胸に憧れるのは仕方がない。

 よしんばおこぼれを……と思っていたレヴィだが、よくよく考えればベル目当ての男性を狙うのもハイエナのようで面白くはなかった。

 

 レヴィは金髪のツインテールを揺らしながら、胡乱げに切れ長の瞳でベルを睨んだ。

 

「ま、あんたが来ないって言うならそれでもいいけどさ。でもたまにはぱーっと遊ばないと、ストレス発散できないんじゃないの」

 

「ストレスなんて溜まらないよ。だってあんなに可愛い人間さんに囲まれてるんだもん。むしろお仕事しながらストレスも発散できて、毎日ハッピーじゃない?」

 

 そう言って、胸の前でニコニコと手を合わせるベル。

 ワガママ放題の人間に振り回される日々を送りながら、彼女は笑顔でそう言った。

 まるで動物園の飼育員が可愛い動物のお世話をできて幸せと言わんばかりの暴論である。

 

 その言葉に、レヴィは頷く。

 

「ま、確かにね。人間は可愛いから、触れ合うだけでヒューマンセラピーになるわ」

 

「でしょ? 可愛い人間さんに毎日囲まれてるのに、不満なんてあるわけないじゃない。研究所に詰めている私が可哀想になるもの」

 

「ああ、そういえばもう一人のアンタって大学で研究してるんだっけ」

 

 レヴィは当たり前のように、その異常な言葉を受け止めた。

 

 もう一人の自分、それはシャドウサーヴァントと呼ばれる魔術だった。まったく同一の意識を持つ、自分の複製体を生み出す魔術だ。

 エルフはこの魔術を使って、複数の個人を同時に存在させている。しなくてはならないこと、やりたいことをすべてやりきるには、現代社会は1万年の寿命を持つエルフをもってしても追いつかない。

 

 ベルの場合は人間保護施設で働く自分と、大学付属の研究所で研究する自分の2体を稼働させている。二者の記憶は完全に同期しており、どちらが本物という区別も特にない。

 ただ研究所で研究に明け暮れている方の個体は目の下にドヨンと隈を作っており、人間保護施設にいる方の個体に比べると明らかに萎びていた。

 むしろ人間保護施設で働く方は、毎日可愛い人間さんに囲まれてイキイキしている。

 

「それにしてもアンタちょっと人間に入れ込みすぎじゃない? 可愛いのはわかるけど、人間とは結婚なんてできないのよ。ちゃんとエルフのいい男を捕まえないと」

 

「ふーんだ。それはわかってるもん。でも今はユウ君を見守るのに忙しいから、彼氏なんていらないの」

 

 つーんと顔を逸らすベルに、レヴィは溜息を吐いた。

 

「ユウ君って、アンタがお気に入りの子供だっけ?」

 

「そう! ユウ君はすごいんだよ、小学1季生の魔術の教科書をたった1年でマスターしちゃったんだから!」

 

「へえ……そりゃ確かにすごいけど。でも所詮人間でしょ? それにあたし、どうもあの子の眼が気に入らないのよね。いつかエルフに目にもの見せてやるぞーって生意気なこと考えてそうじゃん。それならロベルトとかのがずっと素直でいいわよ」

 

 贔屓にしている少年の名を引き合いに出すレヴィに、ベルは笑みを返した。

 

「わかってないなぁ。そこが可愛いんじゃない。人間がエルフに勝てるわけがないのに、いつか何とかなるって思って努力してるんだよ。もうそれが可愛くて可愛くて」

 

 メロメロと頬を緩めるベルに、レヴィはふーむと頷きを返す。

 

「なるほど。それは確かに可愛いわね」

 

「でしょ! 二季生の教科書を欲しがってるから、すぐに用意してあげなくちゃ。ほら見て、これユウ君が魔術の練習をしてるところの写真!」

 

「おおっ! これは……!」

 

 ベルが財布から取りだした写真を、レヴィは食い入るように見つめた。

 そこに写っているのは練習場で魔術の研究に勤しむ六歳児の姿であったが、エルフたちはきゃーっと黄色い声をあげた。

 

「可愛いーーっ!」

 

「でしょ! これでいつか私たちを越えると思ってるんだよ。最高にキュートじゃない?」

 

 そのはしゃぎぶりは、両手を上げて仁王立ちするレッサーパンダを見て可愛い!とメロメロになる現代人のようであった。レッサーパンダは決死の威嚇をしているのだが、人間にとっては可愛くて癒される以外の何物でもないのだ。全身がこれ可愛いの塊のようであった。

 エルフたちは人間を見て、同じ感想を抱いている。

 

「こんだけ可愛いならさ、いっそグッズ化しちゃうのはどう? これならブームになるんじゃない?」

 

 レヴィの言葉は一種正鵠を得ていた。

 実は人間保護施設は本来見学者を受け入れている。人間たちの暮らしを、エルフは間近で眺めることが可能だ。だが、実際にこの施設を訪れるエルフなどいない。エルフにとって、人間の生態などとうに見飽きたコンテンツでしかないからだ。人間保護施設ができて500年。500年という時間は、エルフにとって「ついこないだ」にすぎないのだ。

 だが、魔術の訓練に勤しむユウユウの可愛さは、大人気のコンテンツとなる可能性を秘めていた。

 

 しかしベルはその提案に首を横に振る。

 

「だめだよ、そんなことになったらユウ君のストレスになっちゃう。ユウ君の可愛さはこのまま世間に知られないままにしておかなくちゃ」

 

「なるほど、確かにね。私たちは人間の暮らしを第一に考えないと」

 

「そう、人間ファーストの精神が大事だよ。ユウ君の可愛さは私だけが知っていればいいの」

 

 ベルはニコニコと微笑みながら、写真の中のユウユウに視線を落とした。

 

「ユウ君、もっと育って強くなってね。ユウ君のためなら、私何でもしてあげちゃうよ」

 

 

 

 この世界のエルフを一言で言い表すのは、現代日本人なら容易いことだろう。

 同時にいくつもの個体が並列で存在し、人間とは比べ物にならない力を持つ超越者。

 それは“神”と呼ばれる存在である。

 もしもエルフたちが一斉に人前から姿を消したならば、後にこの時代は神話として語られるだろう。

 しかし、エルフたちは現代社会を築き、ストレスに晒されながら人間を愛でて暮らしていた。

 

 ユウユウが志したエルフに我が力を認めさせるという野望。

 少年の夢見たそれは、“神殺し”に他ならない。

 

 果たして少年の望みは見果てぬ夢に終わるのか。それとも……。

 少年は未だ幼く、答えはまだ未知数だった。

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