千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
「はあ……今日も疲れた」
自室に戻った私は、ベッドにぽふりと倒れ込んだ。
これが魔術研究による疲れなら前に進めている証拠として自分を褒める気にもなるのだが、生憎とイラストの指導による気疲れである。
ベルさんの口利きで暇なご婦人方……つまり大人の女性にお願いして、メンコに絵入れをしてもらったりベーゴマに色を塗ったりしてもらっているのだ。お絵かきだけは子供の頃からやっているから、なかなか達者な絵を描く大人もいる。
私にしたら子供相手の製品なのだから絵なんて一発目の前で描いてみせて、後はご自由にという感じでいいだろうと思うのだが、無能極まることに逐一傍について指導してやらねば変なものをあげてくるから困る。
私みたいな子供にベーゴマに色を塗るときは、この色の隣はこの色ですよ、じゃないと色が混じりにくくて変な風に見えますよなんて指導されて、恥ずかしくないのか?
あまつさえ小さいのにそんなこと考えられて偉いねえとか、賢い坊やだねえとか我先に頭を撫でてくるとか、何を考えているんだ。こちとら生まれたときからエルフに可愛がられ慣れているが、それを嬉しいと思ったことはまるでないぞ。
前世で派遣社員に指示を出していたことを思い出して、私の胃はキリキリと痛んだ。
それでようやくお勤めを終えて子供たちの元に戻って来たかと思えば、なんか畏敬の眼でこっちを見て来る。
「お前すげーな……子供なのに大人に話しかけられるなんて」
「大人もユウのことを聞いて言う通りにしてたもん、真似できねー……」
口々にそんなことを言ってくるのである。
どうも子供たちにとっては大人というのは一種壁の向こうにいる存在のようで、図体はでかいし、年齢を笠に着て一方的に偉ぶってくるし、おやつを奪ってくるし、近づきがたい存在のようだった。
そんな大人に絵の指導という形で言うことを聞かせられる私は、一種の英雄のような存在と扱われかけていた。
「そんな大したものじゃないよ」
私は苦笑交じりに、羨望の眼差しを向けられるたびにそんなことを言って回った。
やめろやめろ! こちとらお前らに英雄視なんてされたいわけじゃないんだ!
お前らの人気者になんかなりたくない、研究する時間がますます減るだろうが。
「……いい気になるなよ! お前なんかちょっと絵がうまいだけなんだからな! お前が遊んでる間に、俺はもっともっとビッグな男になってやる!」
そんな子供たちに混じっていたロベルトは、悔しそうに震えながら私に指を突き付けると、ぴゅーっと自室にこもってしまった。
私からしたら、ロベルトが羨ましいくらいなんだけどな……。ああ、研究がしたい。
そんな感じでご婦人方の手を借りてメンコやベーゴマを量産しているのだが、製造の主力が大人の手に移ったとみるや、大人の男性が自分にも作ってくれないかと言い始めた。
どうやら子供が新しいおもちゃを持っているのがうらやましいようだ。
子供の私に自分にも作ってくれと頼むのは恥ずかしいが、大人の女性が作っているのなら人間の間で流通している貨幣で購入ができるというわけだ。
なんとまあ……ちっぽけなプライドというか、精神が子供から成長していないというか。大の男がメンコやベーゴマを囲んできゃっきゃと遊んでいるのは、私の眼には不気味に映るのだが、この人間園では当たり前の光景らしい。
大人になるとは、仕事を通して社会に揉まれるということだ。仕事という概念がなければ、いくら図体がでかくなろうが、中身は子供のままであり続ける。
図体のでかい子供にとって、メンコやベーゴマは魅力的なおもちゃであり、その存在は急速に人間園全体に広まりつつあった。
ただまあ、手工業の域は出ないが。
現代社会ならここまでホビーが話題になってくれば企業が主体になって大量生産を始めるものだが、この人間園ではそうはならない。まず企業や仕事という概念がない。
お金なんて稼がなくても生きていくことはできるので、誰もお金稼ぎに必死にならない。
せいぜいがみんながみんな、材料になる画用紙を大量にエルフにねだって、メンコやベーゴマを作り始めたというだけの話だ。
まあこれは私にとってはチャンスでもあるのかもしれない。
大人の間にもこれらの玩具が浸透したおかげで、今後メンコに絵をつけてやるという小遣い稼ぎの機会が生まれたということだ。メンコの絵師需要は不足している。真っ白なメンコを作ることはできても、絵入れができる人間は限られているからな。
とはいえ、それもこの状況がひと段落ついてからの話だ。
「ユウちゃん、お疲れ?」
またしても勝手に部屋に入って来たアルマが、ぴょこっとベッドを覗き込んできた。
「まあな……疲れたよ」
「じゃあアルマがまっさーじしてあげる!」
6歳児の力でするマッサージなんかたかがしれているだろう。
本当に筋肉をほぐすマッサージというのは施術者にも相応の知識と力量が必要なものだ。
……と前世で整体に行ったことのある私は思ったが。
「そうまで言うならちょっと頼もうか」
「まかせてー! うんしょうんしょ」
嬉々として私の背中に馬乗りになったアルマは、こねこねと私の体を弄り始める。
見よう見まねでのマッサージはただこそばゆいばかりで、そこには整体のいろはもまるでなかったが……。
「お客さん、こってますねー」
私の体をぐいぐいと押しているアルマは、いっちょ前にそんなことを言った。
ちなみに人間にもマッサージ師というのはいる。人間の面倒をみてくれるエルフに恩返しするにはマッサージするべし、というのはよく言われることだ。エルフは人間の金にも餌にも興味を示さない。そんなエルフも、マッサージだけは喜んでくれるのだった。
人間でいえば、可愛い犬猫にマッサージされるようなもんだろうか? まあホネッコとかもらっても、人間は嬉しくないもんな。
「どうユウちゃん、気持ちいい?」
背中の上からアルマの声が降ってくる。
元より私が感じている疲れは気疲れであり、肉体の疲れではない。ましてや6歳児にめちゃめちゃなマッサージなどされて、疲れなど癒えようわけもないが。
「ふん、まあまあだな」
「やったー! じゃあもっともみもみするね!」
背中の上ではしゃぐアルマに、私はフンと鼻を鳴らした。
まあ、気疲れには効くようだ。
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自宅に置かれたパソコンのキーボードをカタカタ鳴らしていたベルは、ふと手を止めてとんとんと自分の肩を叩いた。
「ふう……休憩にしますか。まったく、机仕事は肩が凝って困るわ」
まあでかい球体を2つもぶら下げているのだから、肩は凝りやすいだろうよ。
コーヒーを淹れるために立ち上がった彼女の前に置かれたディスプレイには、『N11851192号についての定時報告』という文字が表示されていた。
パソコンやディスプレイとは表現したが、これらはエルフの間に普及している魔道学による産物であり、その材質もメカニズムも科学とは異なる。ただ結果的にはこれらは同じ役割を果たしているため、パソコンやディスプレイと表記する。
それはさておき、N11851192号とはユウユウにあてがわれた管理IDであった。
パソコンの前に戻って来たベルは、マグカップからコーヒーをすすりながら考える。
メンコやベーゴマの絵入れをさせることでユウユウを人間の間での人気者にしようとしたのだが、まさか本人から拒絶されるとは思わなかった。
人間は動物の域を出ない下等な生物であるというのは、エルフの間での常識である。それを大きく物語るのは、その社会性にあった。
人間は他の動物と同じく、群れの中の地位に大きく固執する。群れの中でちやほやされたいと願い、他の個体に命令することに大きな喜びを感じる生態を持っているのだ。権勢欲、名誉欲とも言い換えられるそれは、人間が生きる上で大きなモチベーションとなっていた。
高位生物であるエルフには、もちろんそんな欲望は存在しない。
もちろんエルフ社会にも首長や政府高官というものはあるが、それは社会を維持するうえで能力のある者が当然の役割を担っているに過ぎない。能力のある者が上に行き、全体に号令を出すのはとても理に叶っている。それに異を唱えるエルフなどいようはずもない。
能力もないのにリーダーになりたがる人間との、大きな違いであった。
ところが人間なら誰もが持つ権勢欲を、ユウユウは持っていない。
仲間の人気者にしてやれば喜ぶだろうと思ったのに、本人は自室に引きこもって魔術の研究をしていたいなどと言うのだ。
これは大変興味深い性質だった。
人間ならば仲間の中で偉くなりたがって当然だというのに、ユウユウはどうやら仲間が嫌いで、孤独に引きこもって魔術の研究に没頭したがっている。
ユウユウは人間にしては高い魔力を持っていることもあり、それが魔術への興味につながっているのだろうか。研究者としてのベルは、ユウユウに大いに興味を惹かれている。それにユウ君可愛いし。構うと迷惑そうな顔で嫌がるのだが、そこがまた猫を思わせる気ままぶりで可愛らしいのだ。くふふ。
「おっと……」
ベルはじゅるりと垂れてきた涎を拭った。
ともあれ、ユウユウが嫌がっているので人間の人気者にするのはやめておく。
人間の大人に指示をさせることで、リーダーシップを身に着けさせるに留めておいた。これで少しは人間の間でもユウユウの顔は売れるはずだ。
人気者になることはユウユウの望みではないだろうが、しかし本人の望みと能力は別である。将来を考えれば能力は高いに越したことはない。今後成長するに従って、本人の性向が変わる可能性だってある。
能力が高いものがふさわしい地位に就く、それはエルフの価値観としても正しい。
問題は……。
ベルは急速に人間保護施設の間で普及を始めた、ユウユウ考案のメンコとベーゴマについて考えを巡らせた。
メンコもベーゴマも、当然エルフの間ではとうの昔に発明されている。だからそれが流行すること自体は大したことではない。
問題の本質とは、人間たちに文化が誕生したことだ。
そして文化の中心となる個人も。
人間保護施設が誕生して500年。
500年前の大戦争で、既存の人間国家というものの一切が解体された。
人間はすべてエルフが作った人間保護施設に収容されて、厳重な管理がなされることになった。
王族だろうが、貴族だろうが、平民だろうが、奴隷だろうが、およそ人間は一律で同じ環境で保護され、彼らが持っていた文化は根絶やしにされた。
それについてはベルも異論はない。
それまでの人間は「とても悪い子」であり、自分たちの力を正しく使うこともできず、未熟な文化しか持っていなかった。互いに傷つけ合い、弱者を貶め、暴食や酒色に耽る。
そんな人間たちから一切の文化を取り上げ、万人に衣食を保証する。それはとても正しいことである。エルフが未熟な人間たちを管理してやるのは、高位生物として当然の義務であった。
その観点からしてみれば、人間には一切の文化を認められない。ましてや権力の中心となるリーダーなど、即座に処分しなくてはならない対象であると言える。
「だけど……現政府は頭が固いのよね」
人間からは一旦文化を漂白し、エルフが正しく育ててやらなくてはならない。
お説ごもっとも、そこについては異論はない。
だけどいつまで?
エルフにとっては500年など、些細な時間に過ぎない。「ついこないだ」で言い表されるような時間なのだ。
だが人間にとっては、10世代以上が経過する膨大な時間である。保護下の人間は20年ほどで世代交代を迎えるから、20世代以上だろうか。これは文化が蒸発しきるには十分な時間とは言えないだろうか。
もういいのではないか、とベルは思っている。
そろそろ漂白期を終えて、育成期に移るべきなのでは?
そう考えて何度も上奏文を政府に提出しているのだが、エルフ政府は頑としてスタンスを変えない。
まだ時期尚早の一点張りなのだ。人間たちを自立させるのは一体いつになるのか?
だからベルはもしもの備えをしておくことにした。
急に政府が方針を変えて、人間たちの間に新しいリーダーを立てろと言い出すかもしれない。そうなったときに備えて、相応しい能力を持った個体を用意しておくべきだ。
それで白羽の矢を立てたのが、ユウユウなのだ。
いつか必要となる未来に備え、ユウユウにはリーダーシップを養っておくべきだ。ユウユウならば、ベルとしても異論はない。可愛いし。
しばし報告書の前でベルは手を止め、やがていつも通りの文面を書いた。
『N11851192号は他の個体と変わらず過ごしています。現状に問題はありません』
ピンポーン。
不意にドアチャイムが鳴り、玄関のドアが開いた。
「ただいまー。はー、疲れたー……」
「あっお帰り、私。今日はちゃんと帰ってこれたのね」
「今日はね。もう1年は研究所に泊まりっぱだもの。たまには自宅に帰らなきゃ」
ベルは自分と瓜二つの顔を持つ白衣を着た女性を、平然と出迎えた。
シャドウサーヴァントにより複製された自分である。ここでは研究所に勤めている方をベルL(aboratory)、人間保護施設に勤めている方をベルZ(oo)と呼ぼう。
「今お風呂の準備をするわね。それともご飯が先の方がいい?」
「先にご飯ー。でも余り入らないから、軽いものでいいよー」
くたくたに疲れ切った顔をしたベルLの眼の下には、深い隈が浮かんでいる。
ベルZがパタパタと走り回って食事の用意をするのを、ベルLはぼんやりと見つめていた。
「……そっちは気楽そうだね」
「そんなことないよ、これでも忙しいんだよ。家に仕事を持ち帰ってるくらいだし」
「でも家の中は随分と綺麗じゃん。こっちは研究に明け暮れてるっていうのに」
ぼやくベルLに、ベルZは肩を竦める。
分身間で知識は共有されるが、ストレスまでは共有されない。研究三昧の日々でストレスを感じているベルLのひがみを、ベルZは理解してやれなかった。
「そっちはいいよね。可愛い人間さんのお世話してればいいんだもん」
「まあ……でも貴方を研究所用って決めたわけじゃない?」
「わかってるけどさー。それでも疲れちゃったよ……」
理解してやることはできない。
だが、慮ってやることはできる。
「そうまで言うなら、しばらく交代してみる? 貴方が明日から保護施設ってことで」
「いいの!?」
勢い込んで言うベルLに、ベルZは苦笑を浮かべる。
「まあ同一人物だしね。たまにはいいでしょ」
「やったー! ユウ君を自分の手で撫でくりしたいって思ってたの!」
「可愛がりすぎないようにね。ユウ君、構いすぎるとストレスに感じるから」
「わかってるわかってる! ちゃんと知識にあるって!」
ベルLはぱあっと顔を輝かせながら、エヘヘと体をくねらせる。
「えっと、じゃああと100年は私が保護施設に行くね!」
「……長くない? それじゃユウ君の寿命が尽きちゃうよ」
ベルZの言葉に、ベルLは不思議そうな表情を浮かべた。
「たった100年だよ? じゃあどれだけならいいの?」
「……1週間とか」
「1週間!? ほんの一瞬だよ、そんなの!」
ベルZの言葉に、ベルLは目を剥いた。
エルフの100年は、人間にとっての1年にあたる。
1週間など、まさにほんの一瞬に過ぎない時間だった。
「うるさいなあ! 私だってユウ君に会いたいのを一週間も我慢するんだよ! それに人間の子供は、一週間もすれば見違えるように成長するものなの!」
そう叫ぶベルZに、ベルLははーと溜息を吐き、しげしげと自分そっくりの顔を見つめた。
「貴方、随分と人間に影響されてない? タイムスケール、人間基準になってるよ」
「……そう、かも」
ベルZは頬に手をあてると、ふうむと息を吐くのだった。