ようこそ暗殺者の卵がいる教室へ   作:塩安

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遅刻しました。


27.無人島試験 下着盗難事件

 

 こっそり櫛田さんの下着を鞄の中からズボンのポケットに移した。

 

 念のために鞄の蓋をもう一度開け、他に何か入っていないかを確認する。

 

 ……よし。もう何もないね?

 

 

「じゃあ、渚君と綾小路君も、荷物を見せてもらっていいかな?」

 

「ああ」「うん」

 

 

 鞄をひっくり返して、中身を検める。洋介君はサッと一瞥しただけで、すぐに検査を終えて他の男子の方へ歩いていった。そもそも疑われていなかったみたいだ。

 

 でも、このあとは身体検査もある。原作通りなら洋介君は多分、下着を発見しても見て見ぬふりをしてくれる。

 

 けど池君と山内君がやたら張り切ってるし……下着が見つかるか、女子が満足するまでずっと捜索が続くと思う。

 

 手元にこれがある限り、ずっと隠し通すのは、無理だ。

 

 へ、ヘルプ!

 

 櫛田さんに向けて、親指を内側に握り込むジェスチャーを何度か送る。

 

 これで無理ならもう、みんなの前で誠心誠意の土下座をして何とかやり過ごして、試験が終わった後に弁明するしかないんだけど……櫛田さん、俯いてて見てないな、あれ。

 

 終わり!閉廷!以上!解散!!

 

 

「ね、どうかしたの?」

 

 

 ま、松下さん……!!

 

 

「何も聞かず、これを受け取って欲しい。できればこっそり櫛田さんに返してあげて」

 

「え?……あちゃ〜」

 

 

 ヘルプサインに気づいて近寄ってきた松下さんに、こっそり櫛田さんの下着を渡す。これで最悪の事態は免れたはず。

 

 

「……櫛田さんには、あんたが持ってたこと、報告するからね」

 

「それでいいから、お願い。早めに終息させたいんだよ。協力してほしい」

 

「ああ、そういう感じね……」

 

 

 僕が誰かの泥を被っているとでも思ったのか、松下さんは納得した顔で引き上げていった。あながち間違ってもいないんだけど。

 

 

 

 それからしばらく犯人探しは続いた。けど途中、被害者の櫛田さんから捜査の打ち切りを提案される。

 

 

「みんな、もうやめよう?これ以上クラスメイトを疑って犯人探しするの、嫌だよ。……その、ごめんね、もっと早く言い出すべきだったんだろうけど、気が動転しちゃってて」

 

 

 彼女の健気な説得により、下着の捜索は一応終了した。

 

 犯人へのヘイトはむしろ高まったみたいだけど。

 

 その場は解散し、櫛田さんが他の女子生徒に背中をさすられながら、男子生徒から離れるように、拠点にしている広場の向こうへ歩いていく。

 

 その時、ほんの一瞬だけ、彼女は僕の方へ視線を送ってきた。

 

 殺意すら感じるほどの鋭い視線だった。

 

 ……やだなぁ、行きたくないなぁ。

 

 

「渚、武運を祈る」

 

「綾小路君、貸し1つね」

 

「……ああ」

 

 

 

 

 櫛田さんを追いかけ、少しだけ森に入った。

 

 切り株に腰掛けている櫛田さんのすぐ前に、井の頭さんと王さんが控えている。

 

 

「櫛田さん、今ちょっといいかな?」

 

「と、止まってください。渚君、その、今は少し放っておいてほしくて……」

 

「待って!……心ちゃん、大丈夫。渚君は大丈夫だから」

 

「え……うん、わかった。……信用してますからね?渚君」

 

 

 井の頭さんと王さんが、警戒したようにこちらを見てくる。なんて居た堪れない空気なんだろう。クラスの中でも穏やかで優しいこの2人に警戒されるって、結構キツい。

 

 しかし櫛田さんは、2人に見られていないのをいいことに、指を2本立てたまま絶対零度の視線を送ってくる。

 

 あ、はい……二人きりで話せと。

 

 

「できれば二人きりで話したいんだけど、無理かな?」

 

「無理、です。櫛田さんの気持ちを、考えてください」

 

「……」

 

 

 ……あれ、全然援護してくれないじゃん。そっちから言い出してくれないと、強引に誘うしかなくなるんだけど。

 

 

「大事な話なんだ。どうしても二人きりで話したい。お願いだよ」

 

「え、それって……」

 

「え?……え?」

 

 

 絶対に選択肢を間違えた。

 

 

「っ!……は……はい」

 

 

 櫛田さんは顔を赤く染め、恥じらうように小さく頷いた。

 

 

「そういう、ことなの?」

 

「そんな……が、頑張って!」

 

 

 その返事はもうアレじゃん。告白の時のやつじゃん。周りに勘違いされてもいいの?ああ、僕を振ったことにするのが、今回の件の報復なのね。

 

 井の頭さんと王さんを森の入口に置いたまま、さらに奥地へ進む。

 

 会話が聞かれない程度に離れたと思ったら、2人からの視線を切るためか、大きめの木の裏に回り込んだ。

 

 それと同時に、櫛田さんの恋する乙女のような顔から、すっと表情が消える。

 

 

「で?結局誰の鞄に入ってたの?」

 

「ぼ、僕の鞄です」

 

「へえ……」

 

 

 あまりの豹変ぶりが恐ろしくて、つい敬語になってしまった。

 

 櫛田さんは僕の胸ぐらを掴み、そして後ろに突き飛ばす。

 

 引き寄せられると思って無意識に力を込めたので、逆方向の力に面食らって、そのまま後ろの木に寄りかかるように尻もちをついた。

 

 

「うわっ……ひゃっ!!」

 

 

 その直後、顔の横を掠めるように蹴りが飛んできた。

 

 耳元でバンッ!と大きな音がなる。

 

 いわゆる、足ドンと言われる体勢だった。

 

 櫛田さんの目からは、ハイライトが完全に消えている。

 

 また心臓がバクバクしてきた。

 

 

「じゃあ、あんたが盗んだわけ?違うよねぇ?」

 

「う、うん、違う。濡れ衣だよ」

 

「じゃあ、犯人は誰?」

 

「多分、伊吹さん」 

 

「はぁ?……ああ」

 

 

櫛田さんは一瞬顔をあげ、そしてすぐに僕に目を合わせた。

 

 

「理由は?」

 

「え?えっと、キーカードを盗み見るための隙を作ることと、Dクラスへの妨害とか?」

 

「違う。なんですぐにあの女がやったって言い出さなかったのかを聞いてんの」

 

「あ、泳がせた上でやりたいことがあって」

 

「それは何?」

 

「い、言えない」

 

「……ふーん」

 

 

 櫛田さんは僕の胸ぐらをもう一度掴むと、今度は力を入れて引っ張ってきた。

 

 

「本当にあんたの鞄の中にあったんだよね?」

 

「うん」

 

「あんたの他に誰か、見たり触ったりしたやついる?」

 

「松下さんだけ、だよ」

 

 

 咄嗟に綾小路君を庇っていた。今名前を出したら、何か取り返しのつかないことになる予感がしたから。

 

 彼が見たのは一瞬だし、誰かにそのことを言うわけがないので問題はない。

 

 

「……はぁ、なら、いいか」

 

 

 櫛田さんは足を戻し、僕のジャージの襟から手を離した。

 

 許された……?

 

 

「で、どうすんの?」

 

「うーん、どうしよう」

 

「は?」

 

 

 いやまだ全然キレてるね。軽口はやめておこう。

 

 

「い、いや、相手の動き次第なんだよね。まぁでも、櫛田さんも、何も気づいてないふりして泳がせて欲しい、かな」

 

「あんたさぁ……私のこと、都合のいい女だとでも思ってない?」

 

「え?……思ってないけど」

 

「あんたに言われたら、何でもかんでも我慢するわけじゃないんだけど?今回の件、私は完全に被害者なわけ。ねぇ、なんでクラスのために泣き寝入りしなきゃいけないの?」

 

「う……」

 

 

 た、確かに。

 

 櫛田さんに作戦の内容は教えてないけど、結局は試験のために動いてることぐらいはわかるはずだ。

 

 そして彼女にとっては、Aクラスにダメージを与えるためとかそんな理由はどうでもいいわけで……

 

 

「その、櫛田さん、何か欲しい物とかある?」

 

「馬鹿にしてんの?って言いたいところだけど、目の付け所はいいかもね。ふふ……物じゃなくて、あんたにしてほしいことがあるの。今は言えないけど」

 

 

 堀北さんを退学にさせるのを手伝えとか言い出すつもりかな?

 

 

「さすがに何でもするって約束はできないよ」

 

「この下着、あんたの指紋べったり付いてるよね」

 

「何でもします……」

 

「ありがとっ!期待してるね?」

 

「はい……」

 

 

 勝てない。

 

 いや、松下さんと伊吹さんの指紋も付いてるはずだから、言い逃れはできる。この試験が終われば下着盗難事件の真相を話せるようになるし、時間さえ稼げば逃げ切れる、はず。

 

 ……でもなんか、すごい背中がゾワゾワするんだよね。

 

 なにかとんでもないやらかしをしてしまった気分だ。

 

 

「じゃあ、広場に戻ろっか。そろそろみんなも心配してるだろうし♪」

 

「そうだね」 

 

「私はあんたに慰められて立ち直った。話した内容はクラスの今後についてとか、この試験について。……わかった?」

 

「あ、うん」

 

 

 そういう内容で口裏を合わせろってことね。

 

 

 

 

「本当の本当に今回はダメかと思ったよ……」

 

「よく無傷で乗りきったな。正直無茶ぶりしてる自覚はあったんだが……というか、よく櫛田が許したな」

 

「無傷じゃないし許されてないんだけど?めっちゃ脅されてるんだけど?」

 

「別に状況は変わってないだろ」

 

「……確かに」

 

 

 元から脅されてるんだった。

 

 

「で、そろそろ綾小路君が何してるのか、教えてくれない?櫛田さんに聞かれて、誤魔化すの結構大変だったよ」

 

「悪いが、まだ言えない。最終日までには教えるから、もう少し待っててくれ」

 

「……はぁ、わかった」

 

 

 慎重だね。

 

 

「男子の中から数人、寝ずの番を立てることになった。荷物の見張りだな」

 

「人手が欲しい作業もなくなってきたし、いいんじゃないかな」

 

「女子の方でも、少し伊吹への見張りが強化されるみたいだ」

 

「当然だね」

 

 

 ここで何も対策しなかったら、むしろ違和感持たれるだろうし。

 

 

「つまり、お前が少しフリーになるわけだ」

 

「ん、AとBの偵察?」

 

「いや、Bだけでいい。積極的に当てにいくつもりはないが、Bクラスのリーダー情報が手に入れば取引ができるかもしれない。頼めるか?」

 

「いいけど、もしかして、僕1人でやれって言ってる?」

 

「俺は少し立て込んでてな。別にほかのクラスメイトに手伝ってもらう分には構わないぞ。……それに、こういうの得意だろう、お前」

 

「うーん……」

 

 

 綾小路君の前で、特にボロを出したことはないはずなんだけど。

 

 強いて言うなら、忍び足を綾小路君から学習したぐらい?

 

 綾小路君と目が合った。彼の無機質な瞳には、僕がどんな風に映っているんだろうか。

 

 

「--まあ、そうだね。正直、かなり得意だよ」

 

 

 まぁ、やるけどさ。にしても綾小路君、人使いが荒いなぁ。

 

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