明日に第二話。来週土曜に三話と、日曜に四話。それでvol.0を終わらせるつもりでございます。温かい目で見守ってくださると幸いです。
1 『就任』
───√ ̄ ̄Interlude 01
程よい揺れに引きずられる形で目を覚ます。
徐々に浮上していく意識。向かいの窓から差し込む西陽に焼かれて、寝ぼけながらに瞼を上げれば。視界に飛び込んできたのは、見知らぬ電車の車内と────向かいの椅子に腰掛けるひとりの少女であった。
逆光で顔はよく見えない。水色の髪と血に濡れた白い衣服が辛うじて認識できる程度で、俯きがちのその表情すらも読み取れず。怪我を心配する言葉の数々は、喉元に引っかかった何かに邪魔された。
「私の、ミスでした」
少女は独りでに語り始める。
「私の選択、そして────それによって招かれたこのすべての状況。結局、この結果に辿り着いて初めて、貴方の方が正しかったことを悟るだなんて……」
数々の懺悔の言葉と、数々の後悔。
「今更図々しいですが、お願いします。私の話はきっと忘れてしまうでしょうが……それでも構いません。何も思い出せなくても、おそらく先生は同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから」
そして、消え入りそうなほど、か細い願い。
「────責任を負う者について、話したことがありましたね。あの時の私には理解が及びませんでしたが……今なら解ります。大人としての責任と責務。そして、その延長線にあった貴方の選択。それが意味する心構えも」
その言葉が終わる頃には、再び俺の意識は深い微睡に引き摺り込まれていて。
「私が信じられる大人である貴方になら。この捻れて歪んだ終着点とは、また別の結果を────そこへ繋がる選択肢は、きっと見つかるはずです」
再び俺は、抵抗も出来ずに。
「だから先生、どうか」
深い、深い眠りの海へと落ちていくことになる。
◇Interlude out◇
「────んせい、」
誰かの声がする。真の通った、真っ直ぐな声音。
「────みや先生」
……ん? 待った。他人事のように捉えていたけど、どうやら俺のコトを呼んでいるらしい。
「ん、んん……?」
マヌケな声が口から漏れるのがわかる。霞んだ視界には耳の長い、黒髪の眼鏡の少女が俺を覗き込んでいるのが見えて。声と違わず、なんとも何処ぞの『あかいあくま』を思い返すような芯の強そうな瞳と俺の視線がかち合った。
「……先生? 俺が?」
「……はあ。寝ぼけてるんですか、衛宮先生?」
首を傾げる。知らない子だ。本当に心の底から知らないモンだから、呆れ気味にため息を吐き出すその様子に、ほんの少し不満が胸の内側から湧き出てくる。そんな顔をしたって仕方ないだろう。明らかに初めましてなのに俺の名前を知っているし。なにが起きてるのかサッパリだ。
「少々待っていてくださいと言いましたのに……だいぶお疲れだったようですね? なかなか起きないほど熟睡されるとは」
「いや、」
「夢でも見られていたようですね。ちゃんと目を覚まして、集中してください」
「いやいや。待って、待ってくれ。待ってほしい」
頭の上に疑問符を浮かべられても困る。ホントーに困る。
「今、これは、どういう状況だ?」
「……? キヴォトスの外ではそういうジョークが────」
「ふざけているワケではなく。本当に、今俺が置かれている状況が理解できてないんだ。何がどうなって今俺は何をしているのか。てんでわからないから、心の底から困ってる」
流石にこういう状況でふざけられるほど肝は据わってない。
あの『聖杯戦争』でもそれこそ、未来の自分との対決やら魔術やら聖杯やら、信じられないような物事と対峙したが話は別だ。
辺りを見回せば、知らない光景が広がっている。
何処ぞのビルの一室。清潔感あふれる畏まったその一室は、俺の最後の記憶とは一致しない光景だった。
……記憶が確かなら、俺は────、
『大丈夫よ! 私の理論は完璧。あとは衛宮くんがこの設計図通りに宝石剣を投影すれば────!』
…………、……ああ。うん。あまり思い出さないことにしよう。なんとなく、ではあるけれど。多分この状況は、
時計塔に入る前にハクを付けたい、とかなんとかいうモンだから。聖杯戦争でアレコレ教えてくれた借りがある手前、断りきれなかった自分にも非があるかもしれない。
「……大丈夫ですか、衛宮先生? 顔が真っ青ですけど」
「問題ないよ。……いや、問題はあるんだけども。体調が悪いワケじゃない。自分の修行不足を嘆いていたトコだ」
精進が足らない。投影した宝石剣が強い光を放った時点で、俺はアレを土蔵の外に放り投げるべきだったんだろう。その為にも扉は開きっぱなしにしていたワケだし。
知らない場所。知らない人。極め付けは、目の前の少女の頭上に浮いている謎の輪っかと……腰にぶら下げられた、ホルスターから見える銃身。指摘したいコトは様々あるにしろ、件の少女が説明の姿勢に入ったモノだから。俺は言葉を飲み込んで、とりあえず姿勢を正すことにした。
「私は
「連邦生徒会……?」
「まあ、学園都市の行政などを執り行う組織────とでも思っていただければ。そして貴方は、恐らく私たちがここに呼び出した先生……のようですが」
何やら奥歯に小骨が挟まったような言い草をする少女────改め、七神。まあそれも仕方ないだろう。その呼び出した『先生』とやらが、この有様では。
ほんの少しの沈黙に苦情を漏らす俺を見て、七神は慌てたように片手を振った。
「ああいえ、先生が悪い、というわけではなく。推測系で話したのは、私もその実……先生がここに来た経緯を詳しく知らないのです」
「……そう、なのか」
「混乱されていますよね、わかります。……こんな状況になってしまったことを遺憾に思います。でも今は、とりあえず私についてきてください」
言いながら、部屋を出ていく七神。歩みを進めていくその背中からは焦りの色が見えて、この子にも色々と事情があるのだろう、と。何と無く思う。
「どうしても、先生にやっていただかなくてはいけない事があるんです。学園都市の存亡をかけた大事なこと────ということにしておきましょう」
困っている子が目の前にいる。ともなれば、俺の悩みや不安は一旦棚上げにしておくべきだ。
多分なんとかなるだろう、なんてヘンに前向きな思考の自分もいるワケで。知らない間に何かに巻き込まれて、その流れに身を任せるコトに慣れてしまっている自分がいることに、呆れやら色々な感情が入り混じったため息が漏れ出てしまうが。それはそれ、というコトで。
七神の歩みはエレベーター前で止まり、丁度目の前で扉が開くのが見える。促されるままにその中へと乗り込めば、俺たちを乗せて上階へと動き出し、
「では、改めて────『キヴォトス』へようこそ、先生」
窓の外。目の前に広がるその光景に、思わず息を呑んだ。
俺が生まれ育った『冬木』とは全く違う。そこかしこに立ち並ぶ背の高いビルの群れ群れ。その光景は『新都』に近いにしろ、比べものにならない程に発展している。
町が纏う雰囲気は俺の良く知る日本に近しいけども、空に浮かぶ巨大な光輪といい、まるで別世界にでも来たような────。
「キヴォトスは数千の学園が集まって出来ている巨大な学園都市。これから先生が働くところでもあります」
「数千……そりゃあ、文字通りの
「
これまた、何か含みのあるような物言いだ。
確かに町の雰囲気には呆気に取られたけれど……日本語が通じているあたり、食文化やら特別困るようなことは無いんじゃなかろーか。
「……その顔を見るに、先生ならその心配もしなくていいでしょうね」
「ゔ……」
思考でも読まれたのか、余程顔に出ていたのか。ため息混じりに片目を瞑る七神から、気まずさのあまり目を逸らす。
いや、一番に心配しなくちゃいけないのは『
自分で作るにしても、食文化がまるっきり違うようでは買い物するにも困る。ここで暮らすようなことになるのであれば、尚のこと。
……なんて、内心言い訳を繰り返す様子を見た七神の小さな笑い声がエレベーターの中に響いて、その視線は再び窓の外へと向けられた。
「まあ何より……あの連邦生徒会長がお選びになった方ですからね」
「────?」
「それは後程、ゆっくり説明することにして」
雑談の終了を告げるように。エレベーターのベルが鳴り、再び扉は大きく口を開く。
扉を超えたその先は、白を基調とした一室だった。受付のようなモノなんだろーか。向かいにはカウンターがあり、その向こうの壁には『連邦生徒会』と書かれたエンブレム。
部屋の中は何やら慌ただしく、七神を見るなり何人かの女の子が駆け寄ってくるのが見えた。
「ちょっと待って。代行────見つけた、待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて!」
ん、んん。何というか。ここに来て、ヤケにアイツの顔が頭の中にチラつくな。
会話を中断し、怒り心頭と言った様子でこちらに歩み寄ってきたのは、菫色の髪を両サイドで束ねた女の子。ほんの少し、俺の胸の内側がヒヤッとするのがわかる。
整った顔立ちから放たれる怒りの色は、俺を視認した瞬間に鳴りを顰めて。俺の顔を覗き込むように首を傾げ、
「隣の大人の方は……?」
「大人……?」
思わず反芻する。大人? いや俺は、そろそろ高校を卒業するって位の頃合いで────、
「え、ええ? なん────」
「な、な、どうしたんですか……? そんなまるで自分の身体じゃないみたいな……」
自分の身体じゃ無い、というコトはない。紛れもなく自分の身体だ。それは感覚としてわかる。
けど、自分の記憶よりも歳を取っている────というか、成長している。身長も、体格だってそうだ。
そんな俺の戸惑いを他所に、それでも状況は動き続ける。次いで口を開いたのは、ツーサイドアップの子の背後に立った子。大きな翼────翼……???────を携えた黒い長髪の、長身の女の子。それから栗毛の黒縁の眼鏡をかけた女の子だった。
「……主席行政官、お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いにきました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」
……なんか、俺の想像以上に修羅場らしかった。次々に口を開く彼女たちの声音は切羽詰まっていて。それでも詰め寄られている七神は、大きくため息を吐き出すだけだ。
「こんにちは、各学園からわざわざ此処まで訪問してくださった生徒会、風紀委員、その他時間を持て余している皆さん」
「な────」
「こんな暇そ……ん、ん。大事な方々が此処を訪ねてきた理由は、よくわかっています」
それでも相手を煽るように言葉を発するものだから、ヤケに空気がピリついて居心地が悪い。思わず身じろぎした俺を七神は横目に見て、言葉を続ける。
「今学園で起きている混乱の責任を問うために、でしょう?」
「わかってるんなら、早く連邦生徒会長を出しなさいよ! この前ミレニアムなんて────、」
ツーサイドアップの子に続くように次々と告げられる現状と問題。
……戦車やらヘリコプターやら、不法流通やら。普段ならこんな歳の女の子から聞く事がない単語が飛び出していることには触れるべきなんだろーか。いや、触れられる空気ではないんだけども。
「とにかく! 今数千の学園自治区は大混乱。私たちだって困り果ててるんだから。連邦生徒会長に出てもらう他ないの。こんな事態になって、何処で何をしてるのよ……もう何週間も姿を見せないなんて」
そう告げるツーサイドアップの女の子の目元には、化粧で誤魔化されているがほんの少しクマがあるように見えた。
いや、この子に限った話ではない。この場にいる全員が共通して
勿論、追及するような視線を向けられている七神も含めて。
この場にいる誰もが、きっとこの都市の学園を代表するような立場の子達だ。
その誰もががここまでやつれるような事態が起こっているのであれば、俺に何か力になれることはないのか────喉元までそんな言葉が出かかって、七神が片手で制止する。この場は任せてほしい、そう言いたげな視線と共に。
「連邦生徒会長は今席におりません。……正直に言いますと、行方不明になりました」
「ええ────!?」
「結論から申し上げますと、『サンクトゥムタワー』の最終管理者が居なくなったため、今の連邦生徒会は行政の制限権を失った状態です」
「じ、じゃあどうするっていうのよ。そんなのどうしようも……」
「ええ、どうしようも
まるで今は解決策がある、みたいな言い草だな。まあ良かった、事態が解決に向かうのなら────、
「この先生が、フィクサーになってくれるはずです」
────うん?
辺りの視線が一斉に俺に向く。まるで針の筵だった。最後に七神の視線が俺に向き直り、小さく笑みを浮かべるのがわかる。
「え、俺か?」
「そう、貴方です先生。……こちらの衛宮先生はこれからキヴォトスで働く『先生』であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です。ご挨拶を」
「え、あ、ああ────」
後ほどゆっくり説明するとして、とは言われたが。こんな形で知らされるコトになるとは。
なるほど。件の連邦生徒会長は不在────でもって、この町で重要とされている何らかの機械は七神たちでは使えず。そこで、その『連邦生徒会長』に選ばれた男なら、お。俺に白羽の矢が立ったワケか。
……いや。正直言って俺に特別な力があるとは思えないけど。この状況で、その期待や気持ちを否定することはできない。とりあえず姿勢を正して、気持ち緩んだネクタイを締め直す。……というかこの綺麗なスーツ一式は、俺は何処から持ってきたんだろうか……。
「ええ、と。俺は衛宮士郎。至らない点も多いだろうが、どうかよろしく」
「こ、こんにちは先生。私は『ミレニアムサイエンススクール』の────」
場違いなほどに呑気な雰囲気で、次々と自己紹介が始まる。
ツーサイドアップの子が『ミレニアムサイエンススクール』の
「早瀬に火宮、羽川と守月な。よろしく。……で、七神。俺は何をすれば────」
なんて言いながら、いつの間にか遠くに離れていた七神の背中に視線を向ける。
どうやら誰かと電話しているみたいで、『暴動』やら『焼け野原』やら、物騒な単語が電話口から飛び出す度にその背中から立ち上る負のオーラは増していき────電話を終了した後、七神は眼鏡を外すと目頭を強く揉んだ。
「あの……な、七神さん……?」
名前を呼ぶ声と口調が畏まってしまう。何しろ俺たちに振り返ったその笑顔はとても────そう。笑ってはいる。笑ってはいるのに、見ているこちらの背筋が汗ばむような。
ストレス爆発間近、と言った様子。俺はこの笑顔やそこから生じる危機感をよぅく知っている。が、故に。笑みを見るなり身震いした早瀬と守月の気持ちもよくわかる。
「ふふ。ええ、先生は何も気にしなくて大丈夫です。先生にはこれから、連邦生徒会長が立ち上げた部活────超法規的機関、連邦捜査部『
「そこでトラブルが発生、ってコトか?」
「はい。しかし、昔の人は……捨てる神あれば拾う神あり、とよく言ったものです」
七神の視線が順繰りに、ここに来た生徒たちへと向けられる。胸の内に満ちる〝嫌な予感〟に四者四様の反応を示したところで、
「
良い笑顔で放たれたその言葉には、目一杯の皮肉とストレスが込められている気がした。