カタカタヘルメット団の子達をヴァルキューレの子達に明け渡し、軽い挨拶を交わした後でアビドスに戻る。
最初にみんなと会った部屋に戻れば、休憩中らしい慎二が部屋の隅の椅子に座り、水を飲んでいた。
「全員無事に戻ったんだ。案外しぶといよね、キミたち」
……相変わらず、『おかえり』とか『心配してた』とか言えないヤツだな、慎二は。
「ただいま、慎二。そっちは特に変わりなかったか?」
「ま、特に変わりなく。掃除してて退屈で仕方ないよ。掃除した側から砂は溜まっていくしさ」
そうか、よかった。まあとりあえず、これでひと息────と言ったところだろうか。カタカタヘルメット団からの被害は『永遠に無くなった』とは言い難いかもしれないけど、暫くは時間ができるはずだ。その間に彼女たちの対応は考えれば良い。
にしても流石に疲れた。遭難状態から、その日のうちに戦闘。それから、新しく取り入れた機械の試運転。体も頭も流石に疲労を訴えていて、それを誤魔化すように椅子へ腰を下ろした。
「先生の指揮、すごかったですねぇ〜♧ 最初はコールを覚えるのに少し苦労しましたが……それでも、いつもより戦いやすかったです」
なんて、机を挟んで向かい側に座った十六夜が、頬杖をつきながら笑みを浮かべる。
「そうか? なら良かったよ。とは言っても、みんなが優秀だったからだよ。俺はあくまで、背中を押した────というか。キミたちの補助をしたに過ぎない。みんなの実力だよ」
「……ん。賞賛は素直に受け取っておく。でも、いつもよりかなり戦いやすかったのは事実だから、先生も素直に受け取っておいて」
別に謙遜したワケではなく、事実を言っただけなのだが。俺の隣の椅子に腰を下ろしたシロコが、俺の顔を不満げに覗き込んでくる。
正直、後半の俺は彼女たちに『前進』と『待機』の指示を出していただけだ。それだけで彼女たちは俺の意図を汲み取り、思った通りに……いや、思った以上に動いてくれた。
彼女たちの功績、というのは間違いでは無いんだけども。やっとひと息つける、と言いたげな穏やかな空気が流れているし……ソレに水を刺す形で延々と謙遜するのも気が引ける。
疲れた様子で小鳥遊が椅子に腰掛け、机に突っ伏す。そのまま眠たげに、欠伸ついでに口を開けば、
「流石に疲れちゃったねぇ……でもこれで、ようやくゆっくりできるよ〜」
「そう、ですね。これでようやく、もうひとつの問題に取り組めます」
「もうひとつの問題? まだ何かあるのか、奥空?」
思わず問いを投げかける。奥空の伏せ目がちな視線が俺に一瞬向いて、迷うような沈黙が辺りに満ちた。
「……まだ何かあるなら、話してほしい。力になれるかもしれないしさ」
「……、…………そう、ですね」
俺の言葉に背中を押される形で。しっかりと、奥空の瞳が俺に向く。
それでも未だに迷う気持ちは拭えないようで。瞳が小刻みに、不安で震えているのが見てとれた。ゆっくりと開く口。決心したような、小さな呼吸。
────が、
「実は、私たち────」
「良いんじゃない? それは。先生に言わなくても」
奥空の言葉を、遮る声があった。
「セリカちゃん……」
「ほら、だってさ。別に他所の人たちに話すようなモノでもなくない? 先生も、急にこんな話されたら困るだろうからさ」
上擦ったように言葉を並べ立てる黒見の視線は俺に向かない。いつもの様子を装ってはいるが、それでも。
『────アンタみたいな急に現れた
明確な拒否の色を。これ以上自分たちに踏み込むな、という意思を感じた。
「先生にはもちろん感謝してるわよ? ヘルメット団に勝てたのだって、先生のおかげ。連邦生徒会からの支給がなければ今頃どうなってたのかわからない」
「────、────」
「でも、でもさ。この問題は、ずっと……」
何と言葉をかけてやるべきなのか。俺には何もわからない。
それでも信じてくれ、という他なくて。僅かな沈黙が肌に突き刺さるようで痛くて仕方なくて。話の着地地点すらも見据えずに、俺は口を開いて────、
「……あのさあ」
慎二の、冷たい声音に邪魔された。
「何つまらない意地張ってるワケ? 話しておいた方がいいんじゃないの」
「……アンタも部外者でしょ。黙って」
「その部外者の方が状況の理解が進んでるなんて笑い種だね。ちょっと呑気すぎるよ、おまえ」
「黙って!」
拳を握り、肩を震わせながら放たれた黒見の叫びは、とても痛かった。
「もうおまえたちだけじゃ手に負えないところまで来てるのがわからないワケ? 『水着アイドルグループ』とか、いつまでもふざけてる場合じゃないと思うけど。何度か会議も聞いたりしてるけどさ、実はおまえたち解決するつもりがないんじゃないの?」
「そんな────」
「それなら一生、誰の手も借りずに
「────ッ、!」
「こら慎二────、」
その言葉が、黒見の堪忍袋の尾を切りつけたらしい。一気に慎二に詰め寄ったかと思えば、その胸ぐらを強く握りしめる。
慎二の身体が椅子から浮く。額につけていたサンバイザーが音を立てて床に落ちて、二人の睨み合うような視線がかち合った。
荒げた黒見の呼吸が部屋に響く。慎二の胸ぐらを掴む手が小さく震えている。
「……たしは……私たちは、ごっこ遊びだったことなんて一度もない。ずっと真剣」
「あっそ」
対して慎二の声音は変わらず冷たくて。解放された胸元の衣服を軽く正すと、床のサンバイザーを拾い上げ、部屋の出入り口へ向かって歩みを進める。最後に、俺たちに視線を向けることなく、
「じゃ、僕は掃除に戻るから。勝手に仲良くやってれば」
そう言い放ち、態とらしく扉を強く閉めた。
再び沈黙がある。誰もが口を開くのを憚れるような静寂の中。俺は小さく、ため息を吐く。
「ごめんな。慎二は言葉を選ばないところがあるから……ああいう言い方はしたけど、キミたちのコト心配してるんだ」
誰も、否定も肯定も返さない。この感じは、今は俺がここに居ない方が良い────か。慎二の様子も見に行きたいし。
「じゃあ、ちょっと慎二の様子を見に行ってくるから。サボらないように釘を刺しとくよ」
◇◆◇
慎二は思いの外早く見つかった。校庭の隅、青々とした草が生え揃ったそこで。校舎を背にして、アビドスの強い日差しを受けながら草の長さを切り揃えている。
慎二がどれくらい前に
「慎二」
背中に向けて声をかけると、肩越しにこちらへと振り返る。明らかに不機嫌と言った様子で、視線はすぐに手元に戻った。
「何だよ、衛宮。見てわからない? 今忙しいんだけど」
「いや、慎二の手伝いをしに来たんだ。ひとりだと大変だろ?」
「そりゃあ良い。じゃあ僕の分も全部やってくれよ。めんどくさくて仕方ない」
「そういうワケにいくか。ちゃんと仕事しないと、またアビドスの子達と喧嘩になるぞ」
交わされる会話はいつも通り。けれど、その声音には不機嫌そうな色が乗っているのがわかる。草を切り揃えるその手つきも、ほんの少し投げやりだ。
「おまえは変わらないね、衛宮。ここで初めて見た時は図体がデカくなってて驚いたけど。中身はガキのまま」
「む────、」
中身はガキのままなのは慎二の方もだろ、なんて。喉元に出かかった言葉を飲み込んだ。
……そういえば、慎二の見てくれは俺が最後に見た時と変わりない。
「そういえば、慎二。おまえはどうやってキヴォトスに来たんだ?」
「え? ああ……」
問いを投げかけられた慎二の視線は、明後日の方向に。何かを思い返すように向けられて、思い返すような間がある。
「桜に頼まれておまえの家に行ってさ。急に強い光に包まれたと思ったら、アビドスの住宅街に居たんだよ」
「ああ……」
原理は同じか。つまり、慎二も『あかいあくま』の見栄っぱりの被害者ってコトになる。ホント、遠坂のやつ……。
「おまえの方はどうなの?」
「俺は────、」
とりあえず、ここに行き着くまでの流れを説明しておく。何が起きて、どうしてここに来たのか。そして今の俺は何をしているのか。そんな俺の言葉に、
「ふぅん」
慎二は興味もなさそうに。いつもの調子で呟くと、目の前の草の上に横になる。
「ま、興味ないけど。またおまえは厄介ごとに首突っ込んでんのね」
「慎二が思うほど厄介でもないぞ。シャーレの仕事はやり甲斐があるし────勿論、最初は自分の身体と違うことに驚きはあったけどさ。それだけだ」
「あっそ」
「それより慎二、さっきの言い方はどうかと思う。もっと言葉を選ぶべきだ」
横になったままの、不機嫌そうな慎二の視線が俺に向く。
「何。すっかり『先生』が板についてるじゃない。輪をかけて鬱陶しくなったな、オマエ。ウザいよ」
はあ、とこれ見よがしに長いため息。さも不機嫌です、と言いたげなその様子は、何処にいても俺の知っている慎二のままだった。それにある種、安心感のようなものを覚える自分がいて。
知らない人々。知らない場所。その中で、一切変わらない友人の様子ややり取りは安らぎになる。慎二も同じような気持ちで居てくれると嬉しいんだけど。
「で、『先生』のおまえはアイツらに付いててやらなくて良いワケ?」
「良いんだよ。時には、生徒たちだけで考える時間も必要だからさ」
───√ ̄ ̄Interlude 03
『それなら一生、誰の手も借りずに
……アイツに言われた言葉が、未だに胸に突き刺さって離れない。
ごっこ遊びなんて思ったことは一度たりともない。私は、私はいつだって────最初からずっと今まで、真剣だった。ずっと、ずっとアビドスのことだけ考えて────。
「まぁ、あそこで暴力を振るわなかったのは偉いね〜、セリカちゃん?」
そんな内心を知ってか知らずか。ホシノ先輩はいつも通りの手つきで、私の頭を撫で回す。わしゃ、わしゃ、と乱れる私の髪の毛も気にせず。
「シンジくんは先生と同じで、キヴォトスの外から来た人だからねぇ〜。セリカちゃんがもし
その姿が、『私たちが今話すべきこと』から意識を逸らしているように見えて、
「ねえ、ホシノ先輩。……先輩は、どう思う?」
思わず、言葉を遮るように口を開く。私の頭を撫でる手が止まり、いつもの眠たげな表情のまま。ホシノ先輩は片目を瞑ると、まっすぐに私を見つめた。
「うへぇ……それ、今話す〜? ん〜……おじさんとしては、
ほんの少し、考えるような間。私に気遣うように。ほんの少し、言葉を選ぶだけの間があって。
「……シンジくんが言ってることも、間違ってないとは思うよ」
「そう、思う?」
「そうだねぇ〜……おじさんたちだけじゃ手に負えない所まで来てるのは事実だと思う。でも、セリカちゃんの気持ちもよ〜くわかるよ」
いつもの眠たげな────それでいて、いつもより優しい声音が、私の体に沁みていく感覚があった。
「おじさんは────いや。私は、先生に相談するべきだと思うよ。それでもさ、アビドスは全員可決制だから。セリカちゃんの意見も、大事にしたいかな」
何となく。次に私の視線は、シロコ先輩に向いた。
「……シロコ先輩は?」
「……、……私?」
「そう。先生のこと────シンジが言ってたこと、どう思う?」
シロコ先輩の視線が明後日の方向に向く。眉間に皺がよって、考え込むみたいに。浮かべた難しいことを考えているような表情は、すぐに引っ込んでしまったが。
「私は……正直、シンジが言ってたことはわからない。私はアビドスのみんなを信じているから、みんなと一緒なら────いつか、どうにか出来ると思ってる」
その言葉に嘘はなさそうだった。冗談で言っているのか、本気で言ってるのかわからないことをよく言う先輩だけど。私に向けられた瞳は、本気で。冗談や嘘をついているようにはとても見えなくて。
「……でもね、セリカ。先生は信用しても良いと思う」
「それは、何で?」
「難しい…………、……悪いことができるような人には見えないから、かな」
「それも、何でよ……」
「……先生が来たあの日、最後の最後まで自分で歩くって言って聞かなかった。自分だって体力の限界が近かったのに。それで、その後すぐに私たちのためにヘルメット団の前哨基地に向かって────、」
あの時、ヘルメット団のアイツが言ってたことを思い出す。
『アンタみたいな急に現れた
『うるせえ。それこそ、アンタに話す筋合いは無い。アタシたちは、アタシたちなりのプライドを持って自分たちで生きてんだ』
あの時の。アイツが言い放ったあの言葉に、『確かにそうだ』と思ったのは、
「────きっと、ノノミもアヤネも。先生の気持ちを、ちゃんとわかってる」
私だけ、なのか。
何でそんなに簡単に信じられるの? 意味わからない。だって、私たちは────、
「…………、……今日は帰るね、私。ごめんホシノ先輩、この話はまた……後日、改めて。明日は自由登校でしょ? みんなしっかり休んでね!」
この空気に耐えられなくて。逃げるように、教室を出ていく。
どうしたいのか。どうするべきなのか。私の気持ちは、わからないまま。
◇Interlude out◇