朝がやってくる。
D.U.地区に比べて朝の日差しは強く、肌に突き刺さるような感覚があるけれど。自治区に来てから初めての朝は遭難に近い状態だったし……あの時に比べたらだいぶ心地よい朝だ。気持ちが楽。
校舎の探検をするのは良いが、とりあえず外に出て日課をこなす。
ここに来てから体力不足を痛感することが多い。元々行っていた筋トレに加えて、走り込みもキヴォトスに来てから追加した、という塩梅である。
見知らぬ道を気が向くままに走る。しばらくそのまま駆けていると、知っている背中を見かけた。
「黒見じゃないか」
「げ、先生────」
「げ、とは随分ご挨拶な……」
言うなり、あからさまに顔を顰める黒見。昨日のことがある手前、こういう形で遭遇するのは気まずいのかもしれない。
「こんな所で何してるんだ?」
「それはこっちのセリフ。何してるの? 平日の昼間からこんな所で」
「俺はランニング。体力つけないとな、と思ってさ。俺も前線に出るし」
「ふぅん」
なんて会話を交わしながら並走する形。気持ち、黒見の方が前を走っている。……というか逃げられてる?
「なんで逃げるのさ」
「むしろ何で逃げないと思ったのよ! ついて来ないで」
「別に付いて行ってるワケじゃ無い。たまたま向かう先が同じなだけ」
「あっそ、なら良いけど!! 迷子になっても知らないから!!」
「その時はシロコが迎えにきてくれるよ。あの子、この辺よく走ってるらしいし」
「生徒に頼って恥ずかしく無いわけ?」
「好意を無碍にする方が申し訳ないだろ」
足速いなこの子。付いてくのがやっとだってのに、まだペースが上がる。
「いやいやいや、明らかに付いてきてるでしょ!? なに、ストーカー?!」
「バカ言え、ストーカーなワケあるか。まだ黒見から何処に行くか聞いてない。生徒が変なコトしないか、気にするのも先生の仕事だろ」
「〜〜〜〜ッ! ああ言えばこう言う!!」
顔を真っ赤にしてそう叫ぶ姿も可愛らしい。弄り甲斐のあるヤツは突いてしまう、とか言ってた遠坂の気持ちがわかってしまった気がした。
歯を見せて、にしし、なんて性格の悪そうな笑みを脳内で浮かべる遠坂へ内心ため息を吐きつつ、
『なあ、他に生徒の顔が見えないけど、これで全校生徒……だったりするのか?』
『…………、……』
ふと、あの時のことをまだ黒見に謝れていないのを思い出す。
「ああ、そういえば────」
「バ・イ・ト!! これからバイト行くから。怪しい所じゃ無いからついて来ないで!! じゃあね!!」
謝罪の言葉を口にしようとした所で。そう捲し立てながら砂埃を巻き起こすような勢いで逃げて行ってしまう。
急速に遠くなっていく背中は最早追いかけるには遅すぎて。数度の瞬きの間に完全に見えなくなってしまう。
完全にタイミング、逃しちまったな……。
◇◆◇
「いらっしゃいま────、…………」
扉を潜り、満面の笑みを浮かべて居たはずの店員さん────改め、制服姿の黒見が。俺
俺の背後に立つシロコ、十六夜、奥空、小鳥遊を見て。そして、最後に俺に視線が向く。
「…………、……………………最悪」
「え〜、おじさんたちを見て真っ先に『最悪』だなんて。傷つくなあ」
「ち、ちが! 先輩たちに言ったわけじゃなくて!!」
……なんか俺の方が睨まれた。俺何も言ってないのに。
背後から微かな笑い声。この子はアビドス組からとても愛されてるんだなあ、なんて思いつつ。睨まれている居心地の悪さに苦笑を浮かべれば、
「セリカちゃん、とっても可愛いです♪」
「あ、ありがとう……」
「そうですね、とっても……セリカちゃん、似合ってるよ」
「あ、ありがとう!!」
「……ん。制服や私服以外のセリカは新鮮。似合ってる」
「ありがとうってば……」
「にしてもおじさん意外だなあ。セリカちゃん、制服の可愛さでバイト先選ぶタイプだったとはねぇ〜」
「ありが────ち、違うわよ! たまたま、時給が良くてバイトできるのがここで……」
なんて、口々に黒見を愛でるアビドスの面々。結局睨まれるのは俺なのであった。なんでさ。
ああそう、慎二は────、
『え、ラーメン? まあ食べたいけどあの商店街まで行くんでしょ? 遠いし疲れるからパス。お土産よろしく』
────とのことで、学校で留守番。まあでもここに慎二が居たら余計に黒見の怒りの火へ、余計に油を注ぐことになってたかもしれないし。これはこれで良かったのかもしれない。
頭についた獣耳の形状も相まって『フシャー!』なんて全身の毛を逆立てそうな剣幕の黒見を、アビドスの面々がニヤニヤしながら見つめるだけの時間が少し続いて、店の奥────厨房と思われるところから、片目に傷がある柴犬……恐らく店主と思われるひと影が顔を出した。
「おーい、セリカちゃん。お客さんだろ? ご案内!」
「えっ、あっ。はーい!!」
それでも未だに不満げな黒見。小さなため息を吐き出すのと同時に切り替えたらしく、俺たちが通されたのは六人がけのテーブル席だった。
各々席に着くのを見送る。さて、俺は何処に座るべきか────なんて悩んでいると、
「ん。先生、隣空いてるよ」
「え? ああ────」
ぽん、ぽん、と自分の隣を柔く叩いて手招きしてくるシロコ。断る理由も特にないし、誘われるがままにそこへ腰を下ろす。途端に俺の目の前へ、水の入ったグラスが勢い良く置かれた。
「ちょっと、先生。シロコ先輩と距離近くない?! ほら先輩、もっと奥に詰められるでしょ!!」
「……セリカ、ヤキモチ?」
「ちが────ああ、もう!! ご注文は!?」
言うまでもなく再び俺が睨まれる。針の筵である。逃げる様にメニュー表を開いた。
さて、ラーメンか。だいぶ久々に食う気がするな。そもそも外食が久々な気がする。キヴォトスに来てからも自炊をするようにしていたし、冬木にいた頃も誰かから誘われない限りは家で済ませるようにしていたし。メニュー表に並ぶ文字列に、少し心が躍っている俺がいた。
各々が注文を済ませ、未だに怒り心頭といった様子の黒見が厨房へと下がっていく。ようやく気まずさから解放されて思わず小さなため息が漏れた所で、何か言いたげな奥空の時線が俺に向いた。
「うん? どうかしたか?」
「いえ、その……セリカちゃんも言ってましたけど、確かに先生、シロコ先輩とヤケに距離感が近いですよね」
そうか? ……そうだろーか。俺としては特にその辺は意識はしてないけれど。そう思っていたのは奥空と黒見だけではなかったようで、机に突っ伏したままの小鳥遊が気怠げに口を開く。
「確かに。シロコちゃんのことだけ下の名前で呼んでるしね〜。おじさんたちより距離近め、って感じはするかも。壁があって傷ついちゃうな〜」
「先生は私と一番最初に出会ったから、距離が近くて当然。……これはマウントじゃない」
「い、いや……」
下の名前で呼んでるのは本人に許されたからであって、別に深い意味は無いんだけども。
……けど、確かにシロコだけ下の名前で呼んでいると扱いに差があるように見えてしまっても仕方ないのか。これは俺の配慮不足かもしれない。
「じゃあ、砂狼?」
「……今更苗字で呼ばれるのはなんか嫌。みんなのことを下の名前で呼ぶのはどう?」
「えぇ……」
なんでさ……。なんか、あちこちから期待に満ちた目を向けられている。徐々に外堀が埋められていくような感覚だ。
「あー……アヤネ」
「はい!」
「……ノノミ」
「はい♪」
「ホシノ……」
「はぁ〜い」
うん。下の名前を覚えちゃいるが、こうして改まって呼ぶとなると、少しむず痒い。少しだけソワソワする。
ついでにシロコまでもが俺に視線を向けていて。期待に満ちた目で、耳がぴょこぴょこと慌ただしく動いているのが見て取れた。
「……、…………シロコ」
「ん」
……何なんだこの時間。本当に。
───√ ̄ ̄Interlude 04
「ホント、散々な一日だった……」
アビドスのみんなだけならまだしも、先生まで連れて芝関に来るなんて。昨日のことの当てつけかしら。ホント……。
「先生に名前を呼ばせて、イチャイチャして……みんな先生、先生って」
……腹が立つ。どうしようもないほどに。
先生が良い人、っていうのは理解しているつもりだった。人畜無害そうな顔をしてるし。何か不思議な力を使うけど、もう一方の男────シンジと比べて、
でも、だとしてもだ。急に現れた大人を……先生を信用できるかどうかは、また別問題だと思う。私の中では。
私たちだけでアビドスの問題には立ち向かってきた。全員で真剣に取り組んできた。……いつの日か、どうにかできるんじゃないかって気持ちもある。
「〜〜〜、〜〜〜〜……」
上手く言語化できないモヤモヤが私の中にある。何でこんなにモヤモヤしているのか。何であんなに、先輩たちはすぐに先生を信頼できるのか。
私に無くて、ホシノ先輩たちの中にあるモノ。その差は、一体────、
「アビドスの生徒だな」
「────ッ、ヘルメット団! まだこんな所ウロついてたのね」
私の思考を遮るように。突然、メットを被った集団が目の前の道を塞ぐように現れる。
……ひとりでどうにかできない数じゃない。ちょうど良い、虫の居所が悪かったし。ストレス発散に付き合ってもらおうじゃない。
腰元にぶら下げた銃を構える。トリガーに指をかけたのと、ほぼ同時。
「な、ッ、────!」
背後から発砲音。幾つかの弾丸が私の背中に直撃し、鋭い痛みと同時に肺の中から空気が抜けていく感覚がある。
囲まれてる。まさかコイツら、最初から────、
「────やれ」
トリガーを引き、残弾を気にしない発砲。背後に着弾音を聞きながら、適当な路地へと転がり込んだ。
この場から逃げるのが先決。私たちが相手してた連中より、コイツらは幾らか冷静だ。
校舎の獲得や嫌がらせが目的じゃない。きっと、もっと別の……。
足を回す。カバンから端末を取り出す。誰でも良い、まずは連絡を取らないと、
「ぁ、ゔ────!」
路地を抜けて、大通りに出て。画面を操作して通話を開始しようとしたその瞬間。凄まじい衝撃と共に私の身体は吹き飛び、視界が明滅するのがわかる。
……背中、痛い。今私何された?
さっきの爆音……対空砲? 火力支援? 多分Flak41改……というか、ただのヘルメット団が持っていて良い戦力じゃ────、何か、おかしい。
「……やく、知らせない、と……」
倒れ込んだ視界の先。淡い光を放つ端末に向かって手を伸ばす。
体が重たい。あちこちが痛い。届かない。
このままじゃダメ。良くない。ダメだ。本当に、本当にアビドスが────私の居場所が、奪われてしまう。
「────ああ、そっか」
私の中に巣食う、名もわからないモヤモヤ。
私は、きっと────、
◇Interlude out◇
日が沈み、アビドスに夜がやってくる。突き刺すような日差しが鬱陶しかった日中に比べて、窓から吹き込んでくる風は冷たく、肌寒く。思わず身震いをひとつすると、立ち上がって目の前の窓を閉め切った。
「……よし、じゃあやりますか」
床に敷いたビニールシート。その上に広げた工具の山を退かして、胡座をかくように腰を下ろす。
自身の内側。身体の内部に意識を向けて。ゆっくりと、体内のスイッチを下ろすイメージ。
息を大きく吸って、吐いて。久々に食べたラーメンは美味しかった────だとか。浮かんだ思考を、頭の隅に追いやって。
「
たったひと言の開始の合図。自ら貸した、始まりのひと言。それだけで内部の魔術回路に魔力が巡り、思い浮かべたイメージを模るように────体を巡った魔力が体外に放出されていく。
記憶した形状。触れた感覚。重さ、硬さ、冷たさに至るまで。自身の経験から引っ張り出し、具現化するように。
剣ではなく、弾薬。本来、俺自身が得意としない物体。ソレを寸分違わず再現するその工程は未だに慣れず、イメージのブレが失敗に繋がる。
加えて、自分が使うワケじゃない。生徒に使わせるんだから、下手に手を抜くワケにもいかなかった。
────7.62×51mmの弾丸。ノノミに触らせてもらったソレを、細部に至るまで。
「────
額に伝う汗を拭う。掌に生み出された硬い感覚を握りしめながら、ふと視線を前にやれば。
「……、……」
「…………、…………」
……目が、合った。特徴的な銀色の耳が、何やらぴょこぴょこと動いているのも、見える。
「……あの、シロコさん? 何をして……というか、帰ってなかったんだな」
「少しやることがあったから。通りかかった時、先生が何かしてるのが見えて。ノックはした」
「ああ、そう……」
よっぽど集中していたのだろう。ノックはまだしも、こうして目の前に来たことすら気づけないだなんて。
シロコの視線は俺の手に握られた弾薬に向けられている。興味深そうに見つめる圧の強さに耐えかねた形で、ソレをシロコの目の前に差し出した。
「……それ、先生が作ったの?」
「え? ああ。なんか変な所はあるか?」
「全然。普段、ノノミが持っているのと変わらないように見える。……弾薬も作れるなんて、先生すごい」
手に取り、繁々と見つめながらシロコが漏らす。そう褒めてくれるのは嬉しいが、少しばかり恥ずかしい自分もいて。これはこれで、居心地の悪さを感じていた。
「……先生のそれ、私も教えて貰ったらできる?」
「んー……それはどうだろ。一応適正とかもあるらしい……し、そもそも俺は教えないぞ」
「ん……残念。セリカの弱点とか、好きな物の情報と引き換えでも、ダメ?」
「こら。そこで友人を売るな。それでもダメだよ」
「……流石に冗談」
冗談じゃないと困る。というか、やっぱりシロコの目から見ても、俺と黒見の間には壁があるように見えるのか。
歩み寄っても向こうから距離を取られるようなイメージ。掴みどころが無い、というワケでは無いんだけども。常に警戒されていて、その『掴みどころ』を掴ませてくれないような印象だった。
感覚としては、人慣れしていない野良猫と仲良くなろうとしているモノに近い。そういう経験はまあ、特に無いんだけども。
「どうしたモンかなあ……」
自然と弱音に似た言葉が口から飛び出す。……アビドスがヘルメット団以外に、抱えている問題。俺には正体のわからない何か。
力になりたいという気持ちはある。困っているなら、どうにかしてやりたいと思う。けどそのうちのひとりにここまで拒否されているとなれば、手を差し伸べるのも気が引けるというか。手を差し伸べられない、というか。
俺の言葉を聞いて、シロコはゆっくりと俺の向かいに腰を下ろして。手元の弾薬を見下ろしながら、
「……でも私、セリカの気持ちも少しわかる」
「む────、」
その心は? と。出かけた言葉を思わず飲み込む。一応立場として、俺は『先生』なワケだし。生徒から答えを貰う、というのは如何なものか。
「……大丈夫。これから私が話すのはただの独り言。先生はたまたま、私の大きな独り言を聞いちゃった。そういうことにしておけばいい」
そんな俺の内心を見透かしたのか。柔い笑みを浮かべたシロコは、俺の言葉を待たずに続けて口を開いた。
「……セリカはね。怖いんだと思う」
「────怖い?」
「そう。アビドスはね、ずっと私たちだけでやってきた。……最初はホシノ先輩。そこに私とノノミが加わって。セリカとアヤネが加わって……ずっと、五人で。色んなことに立ち向かってきたし、色んな問題を解決しようと頑張ってきた」
……言われて、ふと思う。
もしも俺がシロコたちの立場だとして。ここの生徒だとして。
たった五人の学校。たった五人で送ってきた生活。それは、
「……かけがえのない、私たちの青春の形」
「────、────」
「だから、変わってしまうのが怖いんだと思う。居場所を奪われてしまうんじゃないか、何かが変わってしまうんじゃないか────って。先生がシンジみたいに、私たちにノータッチだったら……きっと、セリカもあそこまで怖がったりはしないと思う」
信用の担保。急に現れた大人である、俺の言葉。
それを信じるか信じないかは別にしろ……確かに、俺は黒見から見て、ただの異分子でしかない。
だからその異分子が、アビドスの核に触れることを怖がっている。
……それは確かに。とても怖い。自分が大事にしている場所の形が変わってしまうのは、怖くて仕方がないだろう。
学生にとって。自分の『世界』は、身の回りだけで完結する。
だから、
「……そうか。なら俺は────、」
なんて、言いかけた言葉。それは最後まで紡がれることはなく。
ビニールシートの上に置かれたタブレット端末────そこから響いた通知音に、掻き消されることになる。
……シロコ、まるでメインヒロインみたいだあ。書き溜めが無くなり、焦っております。GGSTやってねーで書け〜〜〜。