───√ ̄ ̄Interlude 05
アビドスの砂漠には暗闇が広がっていた。
丁度シャーレの先生────衛宮士郎たちがヘルメット団の前哨基地を襲撃したその数時間後。捕えられた彼女たちを乗せたヘリが、砂の群れに影を落としながら上空を飛んでいる。
「これをあと四往復かあ……骨が折れるねぇ」
「そんなこと言ったって仕方ないでしょ? 私たちみたいな下っ端以外は、今みんな忙しいんだから」
運転席では助手と運転手が他愛のない会話を交わし。そろそろ定期報告の時刻だ、と。通信機に手をかけた────その瞬間であった。
砂漠の端から上がる煙と、突如飛来する砲弾。
轟音を伴い夜空を横断するソレはヘリに直撃し。けたたましいアラートと共に、砂漠に不時着すべく、フラフラと高度を下げていく。
「襲撃!? 局長に連絡を!!」
「ダメ、ジャミングされてる!!」
運転席で飛び交う焦った声。対照的に、寒気がするほど冷静に────揃った足並みで砂を踏み締める、機会兵で構成された影が。煙とアラートをあげるヘリを取り囲んだ。
その兵士の装甲。胸元には、『PMC』の三文字が刻まれている。
機械兵の一体はヘリに歩み寄り、ハッチを無理矢理引き剥がし開け放つと。そのまま傾れる様に内部へと侵入してくる。電子の視線が向くその先は、両腕を縛られ、床に座らされたヘルメット団────。
「ご苦労」
機械兵の群れを割き、短く告げながら乗り込んでくる影。赤と黒を基調としたスーツに身を包む、大柄な機械人だった。
ソイツは足を踏み入れるなり小さなため息をついて。ヘルメットの下で息を呑む彼女たちを見下ろし、
「使えないと思っていたが、ここまでとは」
「い、いや────アタシたちはやれることはやった。けど、」
「言い訳は無用だ。私はアビドスの校舎を奪うように、と命じたはずだな? ヴァルキューレに捕まれとはひと言も言っていない」
反論の余地はない。紡がれた言葉はその側から冷たい声音で叩き潰される。夜闇で淡く輝く電子の瞳は、ただ真っ直ぐと彼女たちを見下ろすだけ。
が、
「な、何をしてるんですか。やめてください。彼女たちの身柄は、私たちが確保しました……」
ソレを許さぬ者も居た。
運転席から身を乗り出すと、震えた手で銃口を向ける少女。ヴァルキューレの新人の中でも、ひと際正義感が強いたったひとりの少女。
助手席に座った相棒は小さく震え、状況に関与することが出来ない。ならば、この場で秩序を護れるのは己だけであろう────と。
「……いくらカイザーPMCであれど、彼女たちに手出しは────、」
「……フ」
そんな振り絞ったような震えた声を。やっとのことで紡いだ言葉すらも。鼻で笑い飛ばし、その機械の男はゆるりと視線を向ける。
「学生証を剥奪され、何処にも属さない────何者でもない彼女たち。ソレでもキミは護るべきだと、そう言うのかね?」
「……はい。だとしても、彼女たちには更生の余地と権利がありますから」
「……そうか」
小さく、短く答えながら。男の胸元から取り出されたのは一枚の紙切れ。両面、ただの『黒』で塗りつぶされた、一枚のカード。
「無価値な少女たち。何も生まず、ただ燻っているだけの子供たち。それらに私は『価値』を与えようと言うのだ。慈善活動、と言っても良い」
「何を────!」
制止の声は届かない。震えた掌は照準を定めない。放たれた弾丸は彼の足元に着弾し、虚しく、ただ金属音を奏でて。
黒いカードが。ヘルメット団の少女の────そのうちのひとりの額に押し当てられた。
無理矢理脱がされたヘルメットが床を転がる。同時にカードは淡い光を放ち、
「ぇ、ぁ、っ……? っ、っ!? ぁ────!!」
掠れた、痛々しい悲鳴が辺りに響く。
額を中心に渦巻く『神秘』の波。ソレはカードに吸い込まれていくように収束し、白目を向いた彼女はそのまま床に倒れ込んだ。
男の足蹴にされる抜け殻。空気が張り詰め、誰しもが発言の権利を持っていない。極度の緊張状態にあるヘリの内部は、微かな呼吸の音すらも耳障りで。
「このまま何も見なかったことにするのであれば、私の方からヴァルキューレには連絡する。キミと……その隣の相棒にも手を出すことはないと約束しよう」
「────、────」
「不幸にも訓練中……流れ弾が着弾し、キミたちは不時着。その隙を突かれ、ヘルメット団には脱走された」
見せつけるように、運転席の少女に突き出されるカード。光は止み、銀色へと変色した、一枚のカード。
釘付けにされた視線は震えて、彼女の口は何の言葉も紡がない。
「……良いな?」
次は自分の番である。その後は、隣で怯える……彼女の。
そう判断したからこそ拒否は許されず。彼女は小さく、僅かに頷くしかなかった。
◇Interlude out◇
「黒見が帰ってきてない────?」
思わず通話越しに告げられた言葉を反芻する。スピーカーの向こうから聞こえてくるアヤネの声は、普段の落ち着きが嘘のように取り乱していて。
『は、はい。家に行っても居なくて……芝関の大将は、もうセリカちゃんは帰ったって言って、て。こんなこと、今までなかったのに……』
その言葉を聞いて、視界の隅でシロコが立ち上がるのが見える。静かに俺へ頷きを返すと、そのまま自分の端末を片手に教室を出て行った。多分、ホシノ達に連絡してくれてるんだろう。
なら、俺が今やることは単純だ。
「……気持ちはわかる。けど、まずはアヤネは落ち着こう。今からアビドスに来れるか?」
『ぅ、う……はい……今から、向かいます』
まずはアヤネを落ち着けること。そして、黒見の身に何が起きたのかを調べ上げる。
俺が何かを言うまでもなく、アロナはアビドスのあちこちの監視カメラへアクセスを開始していて。画面の中で、無数のウィンドウが開閉を繰り返すのが見てとれた。
とりあえず、だ。
ものの数分でアビドスの面々は再び集まり、机を囲む形で各々椅子に腰を下ろす。
机に視線を向ける形で俯くノノミとアヤネ。ソレを順番に見やれば、ホシノはゆっくりと口を開いた。
「先生、セリカちゃんの行方はわかった?」
普段の眠たげな雰囲気はそこに無く。声音は真剣そのもので、背筋が震えるような鋭さがそこにはある。
「……一応。アビドスの防犯カメラに、ヘルメット団に襲われてる黒見が映ってた」
「────、ッ……アイツら、性懲りも無く……!」
憤るホシノの気持ちもわからないでもない。俺の中の常識とズレているキヴォトスであっても、明らかにラインを超えていると言ったって良いくらいだ。
集団で囲み、黒見ひとりを襲って拉致────許されない行為だとは思う。だとしても、湧き上がる怒りを違和感が押し留めているような感覚がある。
何かがおかしい。ヘルメット団の面々は治安局に連れて行かれたはずだ。
その残党、と考えることも出来るけど。黒見を襲っていたその連中には見覚えがある。
ヘルメットに刻まれた傷や歩き方、立ち振る舞い。その全て。戦場で『見て』いたモノと一致している。
……ヴァルキューレに一応確認を取っておかないと。ヘルメット団を乗せたヘリは帰還しているか否か────メールボックスには良くも悪くも、特に彼女達からの報告は届いていない。
「……何かある。多分」
「だとしてもセリカちゃんを助けに行かないとでしょ」
居ても立っても居られない気持ちはわかる。とりあえずは黒見の救出が先決だ。それは俺も同じ気持ち。
何かがある、という違和感を信じるのであれば、尚のこと早く。
「……そうだな、行こう。けど、ひとつだけ────、」
───√ ̄ ̄Interlude 06
肌寒さを感じながら、握った得物を構え直す。
風で舞った砂の粒子が目に入り、思わず目を擦っていると。耳に当てがった通信機から小さなノイズ音が聞こえて、
『ホシノ先輩、ノノミ先輩。目標車両、目標地点まであと30mです』
『了解。こっちは準備できてるよ〜。シロコちゃんは大丈夫?』
不意に名前を呼ばれ、視線を砂山の麓に向ければ。小さく手を振るホシノ先輩と目が合った。
「ん。こっちは大丈夫。いつでも行ける」
『じゃあ作戦通りに』
短い数度の会話で通信は終了して。再び、砂漠には静寂が帰ってくる。
私の呼吸。吹き荒ぶ風の音。その中に車両のエンジン音と、遠くから砲撃の音が響き渡って。緊張が走ったのがわかった。
『じゃあ行くよ、ノノミちゃん。3、2、1────!』
ホシノ先輩の合図と同時。目標地点を通りかかったトラックの目の前に、太いロープが張る。
ホシノ先輩とノノミの腕力で張られたロープは車両を受け止め、タイヤが鈍いエンジン音と共に砂の上で空回る。それを視認して私は砂山を駆け降りて、銃口をタイヤに向け、
「────、」
発砲。鼓膜が破れんばかりの破裂音が辺りに響き、運転席から焦った様子でヘルメット団が降りてくるけど────ヤツらの無力化は私の仕事じゃない。ホシノ先輩と、ノノミに任せておけば良い。
飛び交う銃弾を避けるように身を屈めて足を回す。向かう先はトラックの荷台。
扉に前蹴りを一発。歪んだ扉の隙間に指を滑り込ませて無理矢理引き剥がせば、荷台の中に転がされたセリカと目が合った。
少し、赤く腫れてる目。私を見上げるその視線は、少しだけ潤んでるようにも見える。
「……セリカ、泣いてた?」
「ち、ちが────」
『なぁに、ウチの可愛いセリカちゃんを泣かせたの? おじさんちょっと張り切っちゃおっかな〜!!』
……荷台の外から聞こえてくる銃声が、少し激しくなった気がした。でも仕方ないこと。セリカを泣かせるのは大罪。
「でもごめんね、セリカ。早速だけど、先生の所に行かないと」
「……先生の?」
「そう。セリカを助けるために、少し行った先の基地で足止めしてくれてるから。……あ、シンジは留守番。寝てる」
「別にアイツに期待なんてしてないわよ……こういう時に出張るタイプじゃないでしょ」
セリカの両手を拘束してた縄を解いていく。セリカはため息混じりに呟いた後で、
「……なんて言ってる暇無いわね。先生が戦ってくれてるなら、早く行かないと。なんか
この作戦が始まる前。先生も同じようなことを言ってた。
……少しだけ胸騒ぎがして。鎮圧を終えたホシノ先輩たちも連れて、私たちは先生のところへ。遠くから響く、無数の銃撃音を聞きながら。
◇Interlude out◇
手短な砂の山を陣取って、身を隠しながら見下ろす。
……視線を向けた先には、ヴァルキューレの生徒に連れて行かれたはずのヘルメット団。俺たちが襲撃した時に比べて、辺りを強く警戒しているように見える。
「戦車が二台……と、生徒の数は────」
言いながら、魔力を展開して辺りを見る。数は五十二人。足りない二人は恐らく、今黒見を輸送している子達だろう。
嫌な予感というのは大概的中するもので、その全員の動きやその癖には覚えがあった。
新しく戦線に投入された子たち、というワケではない。
……けど。防犯カメラの映像で見た時と同じように、何か違和感が────、
「っ、やば、」
身を隠した俺に、正確無比に向けられる無数の銃口。トリガーに指をかけるその動作は、まるで俺がそこにいることがわかっているようだった。
俺が放った魔力を検知した────? 前回はそんなコトなかったはず。
転がる形で砂山を降りて行く。俺の姿を追いかけるように背後では無数の着弾音が響き、飛び散った細かい砂が身体に当たる。とりあえず、握り慣れた武器を投影────、
「ッ、!!
鈍いエンジン音を立てる二台の戦車。その砲台が俺の身体を捕捉し、咄嗟に投影物を変更。
俺の内側────無数の剣が並ぶ塚。その中から引き出すのは二本の剣。空中へと現れたソレらの切先は車体へ向いて、
「
名を呼ばれるのと同時に放たれる巨大な一対の剣。車体を貫き爆風が巻き起こったところで、俺に向けられた銃口の数々は未だに眩い光と銃弾を放ち続けていた。
動揺や恐怖の感情はそこに無く。ただ俺に向けられているのは明確な────酷く冷たい、敵意と殺意だった。
「ッ……
身体の中から気力と魔力が抜けて行く感覚がある。それでも奥歯を噛み締め、足を踏み締めて。決して膝はつかず、四枚の花弁越しに彼女たちを見た。
ヘルメットを被った頭部。表情は決して見えない。それでもわかるほどに、この子達は様子がおかしい。
放たれ続ける弾丸。空になったマガジンを投げ捨て、新たな物を装填する動きすらも見惚れてしまうほどに統率が取れていて。
まるでこの子達を模倣した、偽物の人形か何かが……何処から糸を引かれて動かされているような。
「────ッ、話を聞いてくれ!」
押し寄せる銃声の波。それに負けじと声を張り上げ、奥歯を噛み締め魔力を回す。
「俺は、ッ! 俺は────!!」
いくら声をあげても、投げかけても。俺の言葉が届いている気配は一切なくて。
『アンタみたいな急に現れた
確かに俺の言葉は信用できないかもしれない。俺の言葉は届かないのかもしれない。
それでも、だとしても。
『────先生は。一緒に地獄まで落ちてくれ、っつったら落ちてくれんの?』
あの時の言葉が、ずっと胸に引っかかっていた。
迷うような、ほんの少し震えた声音。ヘルメットの下から僅かに向けられたその感情を、嘘だとは思えないし思いたくなかった。
「俺は、キミたちと一緒に地獄に落ちることは出来ないし、したくない!!」
抱えた重荷を共に背負い、落ちるところまで落ちるのではなく。
「でも本当にキミたちが地獄に居るって言うんなら、手を差し伸ばすことはできる────いくらだって差し伸ばす!!」
引き上げるための手を差し伸ばし。共に上を向く。
それがキヴォトスの、
「俺はキミたちの居場所を奪いたいワケじゃない。壊したいワケじゃない!! より良い物にしたい。守りたいんだ!!」
俺の心からの叫び。振り絞るようなその声の中で、
「一緒に悩む。一緒に傷つく! だから俺のことを信じてくれ!!」
色違いのヘルメットを被った彼女の肩が、小さく跳ねるのがわかった。
けど、それと同時に。魔力の探知外────視界の隅で。眩い光と砲撃が放たれる。
音を立ててガラスのように飛び散る花弁。衝撃に耐えきれず身体が後方に吹き飛び、頰や身体を幾つもの弾丸が掠めて。
第二射が、放たれようとしていた。