───√ ̄ ̄Interlude 07
私たちが先生の背中を目視した、その時に。
「でも本当にキミたちが地獄に居るって言うんなら、手を差し伸ばすことはできる────いくらだって差し伸ばす!!」
傷つきながら、喉を枯らしながら叫んだ先生のその言葉は。
「俺はキミたちの居場所を奪いたいワケじゃない。壊したいワケじゃない!! より良い物にしたい。守りたいんだ!!」
願うように、それでいて縋るように叫んだその言葉には。
一切の嘘や打算の類は含まれていないように感じた。
ああ、本当に────
今だってそう。私を助ける為に……その邪魔をさせない為に、ひとりで相手するには無謀すぎる数を前にして、こうして身体を張っている。
それだけじゃなく。一度拒否されたにも関わらず、あの子たちのことを思いながら。喉を枯らして叫んでいるのだから。
────ああ、敵わないなあ。なんて。
こんなに真っ直ぐ言葉をぶつけて。自分が傷つくことも厭わず、こうして手を差し伸ばし続けることができる人。
これじゃあモヤモヤして、拒否してた私の方が馬鹿みたいじゃない。
きっとこの人は、私がいくら拒否したところでしつこく手を差し伸ばし続ける。絶対に諦めてくれない。
その姿を鬱陶しいと思うのと同時に、眩しく思えて。
酷く危ういと、私の目には映ったのだ。
シロコ先輩たちが、先生のことを信用する道を選んだのは。こういう所を感じ取ったからなのかもしれない。
先生を守っていた花弁が散る。ガラスのように砕けた防壁が辺りを舞い散り、トドメを刺す為第二射が準備されるのが視界に映る。
……ったくもう、仕方ないわね。助けられっぱなしは性に合わないし。
私は必死に足を回して、それで────、
◇Interlude out◇
命の危機を感じる。もう一発来る────躱せるか? いや、もう一度アイアスを投影するか、デカい剣を投影して壁を作って……、
「もう、何やってんのよバカ!」
そんな俺の思考を遮るように。首根っこを強く掴まれ、罵倒と共に身体が引きずられる。
砂山の麓に転がり込んで。凄まじい爆音を聞きながら、俺はその声の主を見た。
「黒見……! 良かった、無事だったんだな」
「誰かさんのおかげでね。……その。まあ、何? 助けに来てくれてありがと」
照れ臭そうに呟くその顔には怪我はなく。最後に顔を合わせた時と大きな違いはなくて。思わず安堵するのと同時に、ドッと疲れが押し寄せるのがわかる。
良かった。いや、本当に良かった。
「……だけど、この数ひとりで相手するのは無謀すぎない? ホント何考えてるんだか」
「む────本当は俺だってもっと上手くやる予定だったんだぞ」
「はいはい。そんなの後から何とでも言えるでしょ」
……信用されてないな、これ。別に嘘はついてないんだけども。
俺の魔力を察知されるのは想定外だった。俺の計画通りに行けば、またあの子たちと話できてる予定だったんだよ。本当に。
「ま、良いわ。どうせヘルメット団の子達も助けたいとか言い出すんでしょ?」
「……、……ま、まあ」
「アンタのことわかってきた気がする。筋金入りのバカ。……でも、協力してあげる。多分ホシノ先輩たちも同じ気持ちだろうし」
言いながら、得物を構え直す黒見。肩越しに振り返り、俺に向けられたその視線は。ここに来て一番、俺の目を真っ直ぐに見つめてくれていて。
「指示出して。とっとと片付けるわよ」
「────ああ。じゃあ、やろうか」
思わず笑みが溢れて。拳を合わせから、干将・莫耶を投影し────しっかり握りしめて、砂山の麓を飛び出した。
耳に当てがったAR機器の電源を入れる。通信機能がオンになったのと同時に、小さなノイズの音と共に。その向こうから、ホシノの声が聞こえてきた。
『先生、無事〜?』
「ああ、おかげさまで。ありがとう」
同時に戦況の確認。ホシノとノノミ、シロコは高所を陣取りヘルメット団の迎撃中。ヘリに乗り込んだアヤネは、上空から物資を投入しながらの火力支援。
俺と黒見に注意が向いているのは十数名。これなら、分担してどうにかなる。
……いくら様子がおかしいとはいえ、一度無力化した相手だ。どうにでもなるだろう。
「よし、じゃあ────」
『……相手を無力化。対話の意思や降参を示したらすぐに銃を下げること。話がしたい、でしょ?』
俺の言葉を遮るシロコの声。言葉の続きをズバリと当てられてしまったモノだから、思わず苦笑が漏れ出た。
「……そんなに俺ってわかりやすいか?」
『……わかりやすい。というか、私たちが先生のことをわかってきたって感覚に近いかも……それに、』
相互理解が進むのは良いことだ。そんな呑気な言葉を漏らそうとしたモノだが、シロコの言葉が不意に途切れる。その続きを待っていたところで、代わりに続けたのはホシノだった。
『今のヘルメット団の子達にキナ臭さを感じてるのは、先生だけじゃないからね〜』
「……何かあったか?」
『見てればすぐにわかるよ。だからとりあえず、今は戦場に集中して』
言われるがままに。まあ確かに、今は目の前の状況をどうにかするのが先か。
数秒前まで俺に向けられていた敵意と殺意は、今はアビドスの面々にも向けられている。
明らかに普通ではない。一度目の邂逅とは比べものにならない程に、濃密な敵意だった。
最前線に立つホシノの動きに合わせるように足を回す。被弾の恐れがある弾丸は握った双剣で弾き、陣形の穴を探すように魔力を張り巡らせながら。
……正直、アイアスの投影が身体に響いている。気だるさが常に襲いかかる。楽になってしまえ、と。甘い誘惑を囁きながら。
それでも、弱音を吐くコトは許されない。
救う対象はアビドスの子らだけではない。まだこの子たちの話も聞けてないのだから。奥歯を噛み締め、手放しそうになる意識を手繰り寄せて。絶え間なく、指示を。
「────、────」
自然に飛ばした射撃の指示。シロコの元から飛来したドローンが放った砲撃が、丁度俺の目の前の団員に直撃する。
くの字に曲がった彼女の肉体。そのまま後方に吹き飛ぶかと思われたその身体は。
まるで風に溶けていく砂の粒子のように。細やかな粒と化して霧散した────。
「……いや、これは」
魔力。魔力だ。魔力の粒子。
彼女たちを模倣した何か。何処かで糸を引き、彼女たちを操っている何かが居る。
自分の直感は存外正しいモノだと……信じたくはないが、目の前で起こっていることが全てだ。
異様に揃った統率と、大凡年頃の女の子が向けるとは思えない敵意と殺意。
それから、俺の放った魔力の感知。
────与えられたプロトコルをひたすらに行使する魔力で編まれた傀儡。今目にしている彼女たちが、
どういった原理か。どういった技術かはわからないにしろ。
「────一緒に地獄に堕ちてくれるのか、か」
姿の見えない糸引く存在。彼女たちをこんな形で利用する誰かが本当に存在するのであれば。
それは確かに、地獄と言う他無いだろう。
◇◆◇
無数に鳴り響く銃声。視界の隅で魔力の粒子となって消えていく生徒たち。
迫り来る弾丸を弾きながら視線を巡らせる。その中で、
「先生の目的は対話、だもんねぇ……ちょっと難しいんじゃない? この様子だと」
隣で盾を構えたホシノがボヤき、小さなため息を吐き出した。
この様子だと。……まあ、確かにそうかもしれない。全員が全員、傀儡と呼べるような
「────いや、」
だとしても……あの時の感覚。アイアスが割れるあの直前、ヘルメットを被った集団の中で。俺の言葉に僅かな反応と動揺を示したあの子がまだ居るのであれば。俺の言葉が届く余地はある。
「アヤネ! 敵対生徒の中に、色違いのヘルメットを被った子は居ないか!? 赤いヘルメットの────」
通信機に向けて指示を飛ばす。殴りかかる無機質な生徒の拳を交わしながら、それでも視線は周りから外さない。アヤネだけに任せるワケにはいかないし。
時間にして五分ほど。通信機の向こうから僅かなノイズが響き、
『視認しました! 先生から見て、ポイントCの方向────十メートル先です!』
「わかった、ありがとう!」
言いながら即座に足を回す。傀儡の生徒の波の間を縫うように。その最中、視界の隅で────大きな爆炎が弾ける。アイアスにトドメを刺した、あの対空砲……!
「
身体の内側に意識を向けて、四枚の花弁の防壁を投影しようとしたその瞬間。視界の隅に、ひとりの影が割り込んだ。
「先生は気にしないで。あの子のところに向かうことだけ考えれば良い……よ!」
「ホシノ────」
盾により軌道が逸れ、明後日の方向へと飛んでいく砲弾。青い瞳を俺に向ければ、ホシノは柔い笑みを浮かべて、
「砕けるんならちゃんと当たってきて。その方が諦めもつくでしょ」
「当たって砕けちゃダメなんだけどな……」
俺としてはしっかりと、ヘルメット団の子達とも話をつけたい。丸く治るのが一番良いのだ。とはいえ、ホシノのその言葉は有難い。
礼の代わりに片手を挙げ、前へ、前へ。
戦場の中心。数々の弾丸が行き交い、銃声が鳴り響くその中で。目的のその子は、アサルトライフルを片手に強く握りしめている。
しばらくの沈黙があった。互いに何も言葉を口にせず、ただただ見つめ合うだけの間。その中で、先に口を開いたのは彼女の方であった。
「……なんで諦めねェ?」
「なんでって……」
「あそこまで拒否されといて、なんで諦めようとしないんだよ」
震えた声音で投げかけられる問い。それは、まるで何かに怯えているようで。
「もう良いだろ。諦めろよ。しつこいんだよ……」
捻り出したようなその言葉が、
「……俺はまだ、キミたちの────キミの本音を聞けてない」
「全部本音だよ。アンタに放った言葉は全部、心の底から捻り出した言葉だ。そこに何も、嘘はない。だから、もう良いだろ」
もう諦めろ。そう告げる彼女の声音が、まるで自分にも言い聞かせているようだった。
目の前で明らかに起こっている異常。何かに怯えるような震えた声。強く握りしめ、震えている彼女の得物。
そのひとつひとつが。その全てが、俺には痛くて堪らない。
自分に信用されるだけの担保や理由がないコトではなく、
「もうウンザリなんだよ。アンタの言葉はあまりにも、アタシたちにとって毒なんだ」
震えた、泣き出しそうな声で。そんなコトを言わせるような、彼女たちに降りかかった現実が。酷く、痛くて仕方なかった。
だから自然と、一歩。
「アタシたちはアンタが言うような
また一歩と。
「ましてやアビドス学校を狙って襲って……それだけじゃ飽き足らず、生徒を拉致したようなヤツらだぞ? 裁かれることはあっても、助けられる謂れも権利もありゃしない」
彼女との距離を。
「だからそれ以上歩み寄らないでくれ。手を差し伸ばさないでくれ。どうせ、どうせ────」
……俺の歩数にして、残りの距離は十歩と少し。目に見えている距離よりもはるかに、俺と彼女の間には距離があるような錯覚。
物理的な隔たりではなく、精神的な距離。いくら手を伸ばしたところで、言葉を投げかけたところで。真の意味で彼女に言葉が届くことはないのだろう。
だから。俺は────、
「ああ、そうだな。キミたちは許されないことをした。その事実には変わりないよ」
「────ッ、ッ」
「悪いことをすればちゃんと叱る。他にキミたちを怒るような
自分たちは俺が言うような生徒ではない。彼女から放たれたその言葉の真意はわからないし、きっと今日明日とすぐにわかるようなモノではないと思う。
けれど、
『キミのことは何も知らない。知らないからこそ話して欲しい。アビドスを襲撃しなくちゃいけない程の事情があるんなら聞かせてくれ。シャーレはその為にあるんだ。ソレを頼るのは、生徒として当然の権利だと思うぞ』
この子と初めて話した時に、何気なく俺が言い放ったあの言葉に。複雑な反応を示したのはきっとそういうコトなんだろう。
自分は救われる対象ではない。自分は生徒ではない。彼女の中に強く根付いた自己否定。
でも。だとしても、だ。
「でもそれは────キミが言うような『生徒』も。アビドスの子達も、例外じゃないよ」
「……何を、言って」
「俺が怒るのはキミたちだけじゃない。ホシノやシロコとノノミ、黒見やアヤネが悪いコトをしたら、俺はその時もうんと叱ると思う」
誰かが道を外れればしっかりと正す。歩みやすいように道を舗装する。誰に対しても、どの子に対しても。
「……それと同じように、俺は誰にだって手を差し伸べるよ。俺から見てみればキミもホシノたちも変わりないんだ」
苦言や裁きの対象が平等であるように。手を差し伸ばす対象もまた、俺にとっては変わりなく平等なのだから。
「キミたちに怒られる権利が、義務があるなら────その気持ちがあるなら。救われる権利も義務も、あっても良いと思う」
暗い思考の袋小路に迷い込み、頭を抱えるしかない生徒。その手を引き、明るい場所へと引っ張り上げる。それが大人の────先生の仕事だ。
大して俺と彼女の間に年齢の差は無いにしろ、そんなことは今の俺にだってわかる。周りの大人が……藤ねえが、爺さんがそうしてくれたように。俺だって誰かに何かを与えなくちゃいけない。
「だから後は。キミの気持ち次第なんだと、俺は思う」