Fate/stay night 『BA√』   作:悠問追

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エピローグ

 

───√ ̄ ̄Interlude 09

 

 やった。やってやった。やってしまった。

 

「は、は、は────」

 

 回る足。酸素を欲して痛みを孕む肺。高揚感と酸欠、それから罪悪感が入り混じったようなごちゃごちゃな感覚を抱えながら、足を回す、回す、回す。

 

 ずっと気に入らなかった。ずっと嫌だった。ずっと腹が立っていた。

 

 だからツノ持ちは嫌なんだ、と。論理的思考をかなぐり捨てて、大事な局面で感情に任せた選択をする。論理が伴っていない。思考がひどく浅はかで。常に、不快に思っていた。

 

 下品な笑いが耳障りで。短絡的な思考が愚かで。身に余る立場を抱えて歩む姿が痛々しくて。

 嫌いで、嫌で、憎らしくて、それでいて────妬ましかった。

 

『お前たちに次はない』

 

 だから、

 

『アビドスの生徒を拉致して来い。それくらいならおまえたちにも出来るだろう。アビドスの自治区のことは後回しでいい』

 

 だから、だから。

 

「私、私は────」

 

 私は、正しいことをしたはずだ。

 次はない。チャンスはもうない。あの人ひとりの問題じゃない。あの人が選択を間違えれば、カタカタヘルメット団(私たち)全員の立場が危うくなる。今ただでさえ、あって無いような立場が。今より、ずっと。

 

 だから。

 

「ふ、ふふふ。はは────!」

 

 私は、正しいことをした。私は間違ってない。これで私はカイザーに認められるはずで。私が新しいヘルメット団の長になるはずで。私は、私、私が────、

 

「あ、あは、あ────」

 

 私を、私が。私が。

 

「あ────」

 

 私の、手のひらに、ずっと。あの人から神秘を吸い上げる感覚が残っていて。

 

 痛ましい悲鳴が、ずっと鼓膜に残留していて。反響していて。

 

「わた、わたし────」

 

 私は、正しいことをしたはずなのに。なんで、

 

「私は、何を……」

 

 あの人が放つ声音が不快で仕方なかった。

 

『おまえもひとりなのか? じゃあ、アタシと来いよ』

 

 浅ましい思考が不快で仕方なかった。

 

『まぁ何、どうにでもなるだろ。人生なんて』

 

 あの人の、背中が、背中が。

 

 倒れ伏すその姿が。苦し気に歪んだその顔が。毎晩手入れしているのを見ていた、ボサボサに乱れた金色の髪が。白目を向いたその瞳が。恨み言のひとつも放たなかったその口が。全部、全部私の中から離れなくて。

 

 右手に握った、ヘイローが表裏に描かれた銀色のカード一枚に。今は、その人の全てが詰まっている。

 

「私は、」

 

 ────私のせい。私の、手によって。私が、壊した。

 

 足がもつれる。転ぶ。体を強く打ち付けて、肺の中の空気が一気に漏れ出した。

 嗚咽。目の前が眩み、泣いてたまるかと噛み締めた歯の間から、吐瀉物が漏れ出すような感覚があった。

 その全てが不快で仕方なくて。ヘルメットを外して、何処か遠くへ投げ捨てた。あの人に、あの時したのと、同じように。

 

 地面に胃の内容物を撒き散らし。浅い呼吸を繰り返し。涙の膜で揺らぐ視界に、あの人の全てが詰まったカードがある。

 

 私の想像の中のあの人ですら。私のことを責めず、『しゃあねェな』なんて困ったように笑うものだから。胸が痛くて痛くて仕方がなかった。

 

「あ、ああ、あ────」

 

 何が入っているかもわからないコンテナの山に囲まれて。知らぬ間にたどり着いていた知らぬ場所に、私の泣き噦る声が響いている。

 

 ────私は、私が。

 

 要領を得ない声に応えるものは誰も居らず。共にここまで歩いてきた仲間も誰も居らず。ただただ、虚しく響くだけ。

 

 どれほどそうしていたのだろう。何処に向かうべきなのだろう。私は何をすればいいのか。ぐるぐる回るとめど無い思考を遮るように、いくつかの足音が聞こえてきた。

 

「あ────居たよ、社長」

「回収するように言われていたカードは?」

「うん、持ってる。……様子がおかしいけど、どうする?」

「私たちが受けた依頼はカードと彼女の身柄の確保よ。相手がどうあれ、そこは揺るがないわ。……ムツキ、拘束して」

「はぁ〜い」

 

 声の主が、足音の主が誰なのかと確認する余力すらなく。されるがままに、身体を拘束される感覚があって。視線を何気なく投げかけた空には、煌びやかな星が浮かんでいた。

 

 私、私は。私たちは。何のために────なんで、

 

「何のために、何がしたくて────私たちはここまで歩いてきたんだっけ」

 

 ようやく掴めた、疑問の形。

 ようやく口にした私の問い。

 

 その声に誰も応えることはなく。疲労と眠気に身を任せるように、私は重たい瞼を閉じた。

 

◇Interlude out◇

 

 僅かな寝息を立てながら小さく上下する胸。ノノミの手によって瞼を下された彼女は、こうして布団に寝かされていると、ただ眠っているようにしか見えない。

 そのあべこべな状態に。自分の無力さに、確かに胸が締め付けられる感覚があって。自然と俺の口からは、長い長いため息が漏れ出ていた。

 窓から差し込む強い日差し。朝を告げる爽やかなはずのソレは今の俺にとっては鬱陶しさしかなくて。思わず手を伸ばし、カーテンを閉める。

「……先生?」

 控えめに開かれる教室の扉と、俺を呼びかける見知った声。肩越しに背後に視線をやれば、ドアから顔を覗かせたシロコと目が合った。

「……、……その。大丈夫?」

 ……心配させちまった。多分、明らかに態度と顔に出てるんだろう。遠慮がちに向けられた視線はまっすぐに俺の瞳を見つめていて。その奥に潜んでいる感情の類を読み取られているような感覚がある。

「ああ、大丈夫だよ」

「本当に?」

「本当に」

 事実、『大丈夫だ』と言うしかない。いつもより冷たくなってしまった声音で紡がれた俺の言葉に、シロコは一瞬表情を歪めて。小さく頷きを返してくれた。

「……なら、先生を信じる。ホシノ先輩たちが呼んでるよ」

「わかった、すぐ行くよ。……ありがとう、シロコ」

「……ん」

 短く言い残し、顔を引っ込めるシロコ。その後を追いかけるように廊下に出て、後ろ手に彼女が眠る教室の扉を静かに閉めた。

 ……切り替えろ。切り替えよう。いつまでも顔に出してちゃ、他の連中にも心配されちまう。

 

 強く両の頰を叩いて、いつもの教室の扉を開く。そこには既にアビドスの面々が揃っていて、全員と軽く挨拶を交わす。そのまま視線を巡らせつつ、

 

「……あれ。慎二は?」

 

 唯一見当たらない慎二の姿を探しながら。その問いに答えたのは黒見だった。黒見は変わらず不機嫌そうに、机に頬杖をつきながら口を開く。

「部外者なんだから僕は話を聞かないよ、だって。どーせ校庭の隅でサボってるんじゃない?」

「アイツ……」

 部外者云々はきっと、あの時の会話をまだ気にしてるんだろう。案外根に持つと長いからな、慎二。

「ごめんな、黒見。きっとまだ謝ってないだろ、慎二のヤツ」

「それは……別に。あの時は、私も悪かったし」

 お互い爆発した感情。ある意味あの時のぶつかり合いは、どちらも間違っていてどちらも正しいように思う。いや、それにしたって慎二の言い方はどうかと思うけど。

 

 ともあれ、他ならぬ黒見が自覚してるならそれでいい。俺からは何も言うことは無いか。

 

「そ、それより先生?」

「ん? ああ。そうだよな。本題に入らないと────」

「い、いや。そうじゃなくて!」

 イマイチ要領を得ない黒見の言葉。思わず首を傾げてその言葉の続きを待つと、黒見の顔が赤く染まっていくのがわかる。なんでさ。

「……本題に入る前に、さ。私のことも、その────下の名前で呼んでも良い、から」

「え、ああ。はあ」

「何よその反応! 私のことだけ苗字で呼んでるのは不自然でしょ!? それに、シロコ先輩とノノミ先輩が『先生ともっと仲良くしろ』ってうるさいから!!」

 なるほど。そういうコトか。別に呼び方が関係性を示す全てでは無いとは思うけど……まあ、本人がそう言うなら。

「じゃあ、セリカで」

「はい、今後からそうして。じゃあ私の話はこれで終わりね!」

 そんなセリカの逃げるような言葉を合図に、笑みを浮かべたアヤネが椅子から立ち上がる。そのままホワイトボードの目の前まで歩いていくと、備え付けられた黒いペンのキャップを外した。

 

「……では、本題に入らせて貰いますね。セリカちゃんの同意を得て────アビドスの現状、私たちが抱えている問題について先生に話す、という話は私たちの総意となりました。……正直、先生としてはヘルメット団のこともあってそれどころじゃないかもしれませんが」

「大丈夫だよ、そのまま話を続けてくれ。キミたちが抱えてる問題に、優劣をつけるつもりはない」

 

 その言葉に嘘はない。誰しも自分が抱えている荷物が一番重たいものだ。それを比べる物差しはこの世には存在しないし、そこに優劣をつけるような真似はしたくない。

 

「……ありがとうございます。では、単刀直入に申し上げますと────、」

 

 小さな間。アヤネがひと呼吸挟み、ホワイトボードにペン先を走らせて、

 

「────私たちアビドス高等学校には、借金があります」

「……借金、か。それくらいなら、俺の財布から……」

「いえ、それが……その額が、その」

 

 言い淀むアヤネのペン先は、それでも迷わず走り続けて。

 そこに記された額に、俺は思わず頰を引き攣らせる。

 

「……、……約、九億円です」

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