「……昨日執り行ったばかりですが。これより、アビドス廃校対策委員会、定例会議を始めようと思います」
ホワイトボードにペンが走る音。各々が小さく身じろぎをして、パイプ椅子が軋む音。
その中でアヤネは全員に一瞥を向けた後で、真剣な顔つきで眼鏡を掛け直す。気合い十分、といった様子だ。
けれどそんな空気の中でも、ホシノは相も変わらず机に突っ伏したまま。小首を傾げると、欠伸混じりに口を開いた。
「昨日も話し合いしたばかりだけど。何か進展があったの?」
「はい。先生と過去の資料を読み漁ったり……私も個人的に色々と調べたりしまして。今後の方向性が定まったので、共有しておこうかと」
「うへぇ〜……先生もアヤネちゃんも働き者だねぇ。おじさん尊敬しちゃうよ……そんな動けないもん……」
等とアヤネとホシノは褒めてくれるが、正直俺は文字を目で追って違和感を口にしただけ。大したコトはしてない。
……と、言葉にしようと思ったけれど。咎められて気まずい空気になりそうな気がしたから、俺は口を固く閉ざすのだった。
アヤネは概要をホワイトボードに書き終えて。一拍置くように、小さな呼吸を挟む。
「さて。では、本題に入らせていただきます────まず、私たち……アビドス高等学校に降りかかっている借金の話ですが。先生から『何故毎回現金手渡しなのか』という言葉が出まして」
「確かに、私たちは自然と受け入れてましたけど……考えてみれば不自然ではありますよね〜。電子決済も、口座振り込みもあるのに」
はて、と首を傾げるノノミ。その言葉に、内心胸を撫で下ろす自分がいた。
よかった。この違和感は俺だけのモノでは無い。アビドス復興の力になりたい、と思った以上、良い加減なコトは言いたくは無いし。的外れな言葉も口にしたく無い。
「俺は法律の事は詳しく無いけどさ。それでも、少し不自然だなって思って────借り受けているカイザー側も、書面や記録に残したく無い
「ん……その思考は自然。なら、私たちでちゃんと調べるべき」
シロコもとても乗り気だった。ふんす、と短く鼻から息を吐き出す。ついでに得物で構えを取り、ここには居ない誰かへとその先を向けたのはとりあえず見なかったことにした。……俺も俺だが、この子もこの子でだいぶ血の気が多いように見える。思考が極端というか、何というか。
会議は滞りなく進んでいく。しかしその中でアヤネの表情は何処か浮かない。今日何度目かわからない小さなため息が部屋に響いた後で、
「……ですが、私たちにはまだ調べなければいけないことがあります」
再びホワイトボードに体を向けて。借金問題、とデカデカと書かれたスペースの下に、文字が書き足されていく。
「様子のおかしいカタカタヘルメット団。それから、彼女が持っていた謎のカード────それも勿論気にかけなければいけません。が、重要なのは『彼女たちが誰の指示を受けて私たちを襲っていたのか』という点です。対空砲や戦車、それから弾薬。それらは明らかに、彼女たちだけでは叶わない質であったと、私は認識してます」
「ん、む────そうなのか。案外みんながみんな、ああいうモノを振り回してるモンだと思ってたんだけど」
「
俺の疑問に答えるセリカの視線が小さく揺れた。ついでに眉間に皺が寄り、ゆっくりと手元に向けられるのが見える。
「……あのね、先生。私たちキヴォトスの生徒にとって、学籍はその子の戸籍も兼ねてるの。ヘルメット団の連中は、ソレを事情があって捨てなきゃいけなかったか……自ら望んで捨てた連中。だからあの子達は今じゃ『生徒』じゃなくて────、」
「キヴォトスに居ないようなモノとして扱われる────ってコトか?」
「……うん、そう」
『アタシたちはアンタが言うような
あの銃弾の雨の中で。彼女が放ったあの時の言葉を、真の意味で理解して。
『だからこそ、だよ。キミのことは何も知らない。知らないからこそ話して欲しい。アビドスを襲撃しなくちゃいけない程の事情があるんなら聞かせてくれ。シャーレはその為にあるんだ。ソレを頼るのは、生徒として当然の権利だと思うぞ』
あの時、前哨基地で初めて彼女と交わした会話。あの時に放った何気ない言葉が彼女を傷つけてしまったんじゃないか、と。
キヴォトスの子たちにとって、俺の認識よりも何倍も。生徒、という呼称は酷く重たいのだと。
だとすれば。あの時俺は、彼女にとって痛くて仕方ない言葉だったのではないか。
「……後悔するんなら。申し訳ないと思ってるんなら、まずはちゃんと救わなくちゃいけないな」
気を改めて引き締める。名前も聞けていない、今は空き教室に寝かされているあの子を思いながら。俺は両掌で、強く自分の頰を引っ叩いた。
「よし。俺からも報告だ。実は、昨日の朝────」
そうと決まれば、だ。昨日の朝に尾刃から受けた報告を、アビドスの面々にも報告しておく。それぞれが渋い表情を浮かべ、静かに頷いたのを確認してから、
「────というワケで、正直俺はカイザーの連中が怪しくて仕方ない。けど、まだ咎められるだけの状況証拠が揃ってない状態だ。だから、決定的な何かが欲しい」
「んまぁ、そうだね〜。カイザーの連中はかなり姑息だから……ちゃ〜んと突きつけてやらないと逃げられちゃうかも。おじさんも先生に賛成だよ」
「だな。だから、今日は二手に別れて────」
進む方向の確定。舵を取る先。見据えた先について話そうとする俺の言葉を、
「……、……銃声。なんか、デジャヴですね」
無数の銃声が遮り、その場の全員の視線が窓の外へと向けられる。
校庭の向こう。大きく口を開いた校門の向こうに見えるのは、無数のヘルメット団の影。俺がアビドスに来たばかりの時に見た光景と同じだ。
違う点があるとすれば。立ち並ぶヘルメット団の面々に生気がなく────傀儡の集団であるというコトと。見覚えのない、四人の影があるコト。
窓枠を乗り越え、各々が校庭に出る。気合い十分に得物を構えたセリカが、数秒眉間に皺を寄せた後。その見覚えのない四人組を順繰りに指差しながら、
「あーーー!!! アンタたち、昨日の!!」
「な、なんだセリカ? 知り合いなのか?」
「昨日芝関に来たのよ、アイツら! 大きめの仕事もらえたから頑張るって言ってて……私も応援したりしたんだけど────!!」
何ともまあ、奇妙な縁である。その集団のひとり……立派なファーのついたコートを肩にかけた生徒も、心なしか少し気まずそうだった。
「なぁに〜? ラーメンのお代は全員分ちゃんと払ったでしょ〜。文句言われる筋合いはないと思うんだけどなぁ?」
「こら、ムツキ────」
「今こうして
ああ、いけない。またセリカが全身の毛を逆立てる勢いで怒り狂っている。……まあとりあえず、だ。
「……キミたち、誰に雇われた? 目的は何だ?」
状況を少しでも前に進めるための問い。ソレを受けて、集団の中からひとりの生徒────上着を肩にかけた子が、一歩前に歩み出る。
「雇い主は教えないわ。依頼主の情報を漏らして会社の看板に泥を塗るような行為はしたくないもの。……私たちからの要求はひとつだけ。貴女たちアビドスの生徒……誰かひとりを差し出して? 大人しく着いてくるのであれば、悪いようにはしないから」
「────何を言ってるのか、理解してるのか?」
「ええ。例え依頼主が誰であろうと、どんな依頼内容であろうと請け負い熟す。それが私たち、『便利屋68』のモットーなの」
酷く冷たい声だった。同時に、彼女の手に持ったスナイパーライフルが持ち上がるのが分かる。
「
干将・莫耶の投影。辺りに魔力を張り巡らせ、
「────
銃口が俺たちに向き、
「それじゃあ、交渉決裂────」
便利屋と名乗った彼女の指先が引き金にかかるよりも前に。言葉が終わるよりも前に。辺りから、鼓膜が破れんばかりの銃声の波が押し寄せた。
無数の弾丸の雨。ソレは恐ろしい程に統率が取れているモノではあるが、彼女が意図したモノでは無かったらしい。
統率主は彼女ではない。彼女たちではない。この場にいない誰かの手によって糸を引かれ、傀儡たちは引き金を引いている。
陣形を整える。俺とホシノを先頭に、中程にシロコとセリカ。後衛にノノミとアヤネの順。被弾が想定される弾丸を刃で弾きながら、盾を構えて駆け出すホシノの後に続く────。
「まったく……若い子達は加減ってもんを知らないねぇ〜」
「怪我はしないようにな」
「それはこっちのセリフ。先生もあまり、無理はしちゃダメだよ」
───√ ̄ ̄Interlude 12
意図しないタイミングでの銃撃戦が始まる。目の前で社長の肩が跳ね、社長だけではなく────私と並んだムツキとハルカですら、目を見開いて息を呑んだのがわかった。
カイザーが私たちに寄越した兵隊。正気が薄いヘルメット団の面々。意思疎通が取れずに困ってはいたけど、ここまで『変なやつら』だとは思ってもみなかった。
正確無慈悲に放たれる弾丸の数々。ソレらを慣れた様子で弾きながら、桃色の髪の生徒と赤胴色の髪の青年が迫ってくる────。
「驚いている暇はないわ! 戦闘開始!!」
「了解」
社長が後ろに引っ込み、私たちはいつもの陣形を取る。ハルカを先頭に、中程に私とムツキ。一番後ろに社長。ホルスターから愛銃を引き抜いたところで、私の視界の先でハルカが桃色の髪の生徒と激突するのが見えた。
行き交う弾丸。ハルカの攻撃は全て盾にいなされる形で防がれてしまう。
……実力差が一瞬で目に見えるとは思わなかったな。あの子、相当強い。
「ムツキ、カバー!」
「了、解!!」
その声と同時に無数にばら撒かれる爆弾。ムツキの銃口から放たれた7.62mm口径の弾丸がソレらに着弾し、凄まじい爆風と熱を生み出す。
立ち上る砂煙。その中で、ゆらりと揺れる影がある。
「嘘、無傷────!?」
あまりにも出鱈目だ。完璧な位置、完璧なタイミングだった。全部着弾したとしか思えないのに。数秒前と変わらず、気怠げな欠伸を交えながら。盾を構えながらの前進は止まらない。
ちょっかいをかけようにも、疎に飛んでくる弾丸────銀髪と黒髪の獣耳の子が放つソレが私とムツキの動きを邪魔する。ヘルメット団の援護も期待できない。
とても『仲間』と呼べる感覚では無かった。ヘルメット団の連中はアビドス殲滅にだけ専念しているし。私たちと連携を取るようなことはしてくれない。
それどころか。アビドスの中に誰か……優秀な司令塔が居るのか。戦力では圧倒しているし、確かに『押している』感覚はあるのに。一向に
「……というか」
あの奇妙な双剣を持った大人。あの人が噂の先生だったんだ。
ひとりと一小隊で不良の同盟大隊を殲滅したとか、剣で銃弾を弾く異様な反射神経を持っているとか噂の。
思ったより戦況が芳しくない。どうしたものか────視線を、戦場を見渡すように回した。その瞬間、
「────は?」
誰かが放った無数の弾丸。ソレが着弾し、粒子となって消えていくヘルメット団の誰かを見た。
見たのはきっと私だけじゃない。ハルカも、ムツキも。きっと────社長も、スコープ越しに。
ハルカの動きが止まる。ムツキが目を見開く。私たちの目の前で起こったその現象は、『生命の死』と称するのもまた違う。
「……何、今の」
背後から聞こえる社長の戸惑う声。視線を背後に向けたその瞬間、手に持ったスナイパーライフルを下げるのが見えた。
社長の視線が揺れる。不自然に繰り返される呼吸は浅く、短く。肩が上下して、口元は迷うように開閉を繰り返されて、
「アル────」
「撤退。撤退するわ。ハルカ、ムツキ、カヨコ! 下がって!!」
何かがおかしい。ずっと胸の中に巣食っていた違和感が、隠しきれないほどに表層へと飛び出して。私たちは、踵を返して必死に足を回す。
隣を走る社長は────アルは。目を伏せて、強く奥歯を噛み締めていた。
◇Interlude out◇