Fate/stay night 『BA√』   作:悠問追

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2 『この都市の日常』

 

「なんでさ────!?」

 

 建物から、少し言った先の街道に出た俺たちを迎えたのは、無数の弾丸の雨と止むことのない銃撃音。咄嗟に遮蔽物に隠れた俺は良いが、早瀬の身体に弾丸が直撃したのが横目に見えて、

「は、早瀬!?」

「い、痛! 痛いってば!! もう……あいつら、違法JHP弾を使ってるじゃない!?」

「ま、待て待て! 『痛い』で済むのか!?」

「伏せてください、ユウカ。それに、ホローポイント弾は違法指定されていませんよ」

ミレニアム(ウチ)ではこれから違法になるの。傷跡が残るでしょ!」

 なんて身を屈めながら平然と会話を交わす早瀬と羽川。じ、状況についていけてないのは俺だけか────!?

「慣れてください、衛宮先生。銃撃戦はキヴォトス(ここ)では日常茶飯事。銃を携帯していない生徒は、それこそ下着姿で出歩く者より珍しいくらいですから」

「そ、そうなのか……」

 七神のその言葉に思わず引き攣った笑みが浮かぶ。ああ、なるほど。今になってようやく、エレベーターでの『慣れるまで多少時間がかかる』という言葉を身をもって理解した。

 怒りのあまり地団駄を踏む早瀬を物陰に引き込み、ようやくひと息。全員が身を隠したことを確認するなり、七神は言葉を続ける。

「シャーレの建物の地下に、()()()()を持ち込んでいます」

「そのとある物とやらに接触すれば、サンクトゥムタワーの制御権は掌握できる。その為に先生をその建物まで護衛せよ、と……」

「ええ。スズミさんの言う通りです」

 ああ、こんな騒ぎが起きているからヘリが飛ばせなかったワケか。何となく、不良同士の殴り合い程度のモノを想定していたから呆気に取られてしまったが。

「先生はキヴォトスの外からいらっしゃった方。弾丸の一撃が致命傷です。なので、皆様には目的地までの道を開いていただき、先生は安全な場所で────」

「いや、その必要は無い」

 案外、話は簡単だ。

 

 言ってしまえば、おイタをした生徒たちにお灸を据えて。目的地に辿り着けば良い。

 

「……先生?」

 四方から向く困惑の視線を受けながら、自身の肉体の内側に意識を向ける。

 

 自身の身体。自身の肉体構造を、常人から魔術師に────いや、魔術使いに切り替えるスイッチに。

 

投影(トレース)開始(オン)────」

 

 見知らぬ場所。見知らぬ人々。知らぬ間に成長している自分の身体。それから、当たり前のようにぶっ放される銃弾の雨霰。

 非日常(イレギュラー)は数あれど、色々考えるにはまず落ち着かなきゃいけない。この混乱をどうにかするのが先決だ。

 先生として書類整理や授業をさせられるより、こっちの方がよっぽど向いている。

 

 スイッチの切り替えに呼応するように。肉体の魔術回路が反応し、俺の両手に得物を()()()()────。

 

 干将(かんしょう)莫耶(ばくや)。白と黒を基調とした、握り慣れた夫妻剣。一般人の前で魔術を行使したコトを咎められるかもしれないけれど、今はアレコレ考えるのは後だ。

「な、何ですかそれ……?」

「大人の力、ってコトにしとこうかな。自分の身は自分で守れる。それに、女の子(生徒達)ばかりに戦わせるワケにいかないだろ?」

 言いながらネクタイを外してポケットに仕舞い、ジャケットを脱ぎ捨てる。ワイシャツの袖を捲りながら魔力を目に集中し、視力を『強化』────同時に固有結界と強化の応用で、周りに自身の魔力を張り巡らせて戦況を把握した。

 20m四方の、正方形の区域。その中だけでも、なかなかの数の生徒が見える。ヘルメットを被ったモノやら、スケバンと呼ばれる格好をしたモノやら。

 準備は済んだ。得物の柄を握り直し、遮蔽物から飛び出して────、

「ちょ、ちょっと先生!?」

 うん、予想通り。銃弾くらいであれば、『強化』された視力で見える。

 ……というか。成長してるのも相待ってか、身体が幾分か動かしやすい。俺の予想以上だった。

 回す足を止めずに自身の肉体に被弾しそうな弾だけを双剣で弾き、手短なヘルメットを被った生徒の懐に潜り込む────。

「な、なんだおまえ!?」

「今日から『シャーレ』ってとこに就任することになってる、衛宮士郎だよ。よろしく頼む」

 言いながら、銃身目掛けて右手に握った莫耶を振り上げる。お灸を据えるとはいえ、生徒を傷つけるワケにはいかないし。

 その刀身は何の抵抗もなく銃身を真っ二つに斬り分け、困惑する生徒を他所に次のターゲットを、

「何しやがる!!」

「うお!?」

 背を向けようとしたところで凄まじい轟音を伴った拳が飛んでくる。咄嗟に背後に飛ぶことで躱したけど、顔にかかる風圧が凄まじかった。何だ、弾丸を『痛い』で済ませる耐久力だけじゃなく、この子達は腕っぷしも強いのか……??

「キヴォトスの『不良』を嘗めすぎです、先生。銃が()ダメ()になっただけ(くらい)では戦意は喪失しません!」

 後方から飛んでくる火宮の怒号に似た声と。同時に、俺の顔を横切る放たれた弾丸。目の前のヘルメットを被った生徒が被弾し、勢いよく地面に背中から倒れ込むのが見えた。

「そ、そうか……タフなんだな……」

 

 とはいえ、だ。そうか……そうか。

 

 銃弾を痛いで済ませる耐久力。だとしても刃物を向けるのは気が引ける。女の子相手なら尚更だ。……なら、

「よ、っと……ちょっと借りるぞ」

 銃弾を弾きながら近くのスケバンの生徒へと駆け寄って。マガジンを斬り捨て、右手の莫耶を手放し投影を解除。空いた手で銃を奪い取れば、

同調(トレース)開始(オン)────」

 スケバンから視線は外さず、アサルトライフルの内部構造を読み取り、拳を躱して。

 構成物質を読み取り、魔力を流し込み。基本骨子を魔術的なモノに変更し補強していく。放たれた拳────その腕を引っ掴むと、そのまま背負い投げの要領で地面に身体を投げ、

「ぐは、っ!?」

全工程終了(トレースオフ)。はい、お仕置きだ」

 その頭を目掛けて、すこーん……と。銃身を振り下ろした。

 うん。ちょうど良い強度とちょうど良い強さ。流石に強化した銃身と腕力で引っ叩けば、気絶くらいはしてくれるようだった。

「まあ……それでも気は引けるけども」

 ……これからは警棒でも携帯しておいた方が良いんだろうか。等と場違いなほどに呑気に思う俺であった。

 

 ……で、俺を守らなくて良い分戦いやすいか、なんて思ったりはしたんだけども。戦況は悪くは無いにしろ、ほんの少し苦戦を強いられていた。

 

 理由は明白だ。第一に相手の数の方が圧倒的に多い。これは考えなくてもわかることだろう。でもって、

「まあ。聞いた感じ、通う先が違うんだから仕方ないとは思うんだけど────、」

 こちら側の統率があまり取れていない。ひとりひとりの戦力や立ち回りは良いとは思うんだけど、その動きがあべこべというか。噛み合っていなかった。

 歯車の回転がいくら良くとも、それらが噛み合わなければ何も生まないのと同じ。羽川と守月の二人は同じ学園で面識があるからか、いくらか呼吸が合っているように見える。

 特に後方に構える羽川を狙った相手を、閃光弾で撹乱したり────逆に羽川が狙いたい先の相手の隙を作ったり。無論羽川も守月のやりたいこと、行きたい場所を把握しているのか彼女が戦いやすいように支援をしている。不良の相手をしながら、思わず感心するほどだった。

 

 が、それでは足らない。現状から分かる通り。事実俺たちは今でも無力化できず、同じ場所で足踏みさせられている状況だ。

 

「七神!」

 名前を呼びながら駆け寄った先。七神は少し疲れた様子で銃を下ろすと、首を傾げて俺の言葉の続きを待った。

「通信機か何かは無いか? 早瀬たちに繋がるモノだとありがたいんだけど────」

「え? ……ええ、ありますよ」

 言いながら七神は耳に当てた通信機を外し、俺に手渡してくる。受け取ったそれを耳につけながら、

「ありがとう、七神。あまり慣れてないなら無理しないで、建物に戻ってくれて良いんだぞ。こっちの方で何とかするからさ」

「……ありがとうございます。私としては、先生が()()()()()()に慣れているのが意外なのですが」

「ま、まあ。はは……」

 聖杯戦争の経験がこんなところで生きてくるとは思ってもみなかったよ、俺も。

 通信機の電源を入れるとノイズが走る。チャンネルを聞こうと七神に振り返ると、『そのままで大丈夫です』と言いたげにオーケーサインが返ってきた。ん、よし。なら、

「早瀬、火宮、羽川、守月。聞こえるか?」

『え、先生?』

『はい、大丈夫です』

『聞こえます』

『問題なく』

 各々通信機越しに返事がある。そのまま前線に戻り、得物で銃弾を弾きながら、

「今から俺が前線を押し上げつつ指揮を取る。不安はあるかもしれないけど、従ってくれるか?」

『戦術指揮をされるんですか? ま、まあ……先生ですし……』

『生徒が先生の指揮に従うのは自然なこと、ですね。よろしくお願いします』

 ……なんか思いもよらない形で納得されたけど。受け入れてくれたなら、まあ良いか。

 

 ◇◆◇

 

 結論から言えば、そこからは早かった。停滞していたのが嘘みたいに次々と敵対生徒を無力化していって、街道をそのままの足で駆けていく。

「なんだか……戦闘がいつもより、かなりやりやすかった気がします」

「やっぱりそうよね? まるで先生が私たちより高い位置から見下ろしているような正確さというか……」

 とは守月と早瀬の弁。

 戦いやすかったんなら良かった。俺も初めてのことで緊張していたんだけども。

 正確には高い位置で俯瞰している、というよりは視界が360度広がるように全部見えている────というのが正しいけれど。

「七神、そのシャーレの部室まではあとどれくらいだ?」

『お疲れ様です、先生。もう少しで建物自体が見えてくるかと……今回の暴動の中心はその建物なので、どうか最後まで油断されないようにお願いします』

「了解」

 なんて会話をしながら、途中鉄パイプを拾って強化するのも忘れない。さっきの戦闘で借りていたライフルは返却したし、対生徒用の何かは必要。警棒やその手のモノを投影しても良かったんだけど……遠坂曰く、俺の投影は剣に特化しているらしいし。ナマクラじみた投影物より、現地調達した〝しっかりしたモノ〟を強化した方が安心だろう、という判断である。

 いやまあ、だとしても銃弾を弾くのは干将や莫耶の方が安全なのか……? 難しいな、ヘンに加減をしながら戦闘するってのは。しかも相手の攻撃はこっちの致命傷になり得るし。ううん。

『ああ、それから。この騒ぎを起こした生徒の正体が判明しました』

 そんな俺の思考を遮るように、通信機から聞こえてくる七神の声。

 各々走りながら自身の得物の調子や、残弾数を確認しながら。その言葉の続きを待つ。

『名前はワカモ。百鬼夜行連合学院(ひゃっきやこうれんごうがくいん)で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。似たような前科がいくつもある危険な人物なので、お気をつけください』

 ……物騒というか、アグレッシブというか。ここに来て、俺の中の常識というものが改めて崩されていくような気配がある。

 聖杯戦争中の冬木もそれはそれで物騒ではあったんだけども。また別種のもの、というか。

「……見えてきた。アレか?」

 なんて思考と足を回していれば、向かいに見えてくる大きなビル。七神が『騒動の中心』と言っていた通り、ビルへ向かう道を塞ぐように無数の生徒達の影が見える。

 そして、その中に、

「噂をすれば、ですか。騒動の中心人物────狐坂(こさか)ワカモを発見、対処します!」

 羽川の叫びと発砲。銃口が向けられたその先には、一風変わった生徒がいた。

 黒を基調とした煌びやかな着物。それから、顔を覆い隠す狐の面。狐坂、と呼ばれたその少女はヒラリと弾丸を躱して。その銃口が向けられたのは────、

「まあ、俺だよな……!」

 この集団の中でのウィークポイント。俺を狙えば誰かしらが庇い、行動が制限されると踏んでのことだろう。だが。

「生憎。俺自身、防御手段を持ってるからな────!」

「……あら。まあ」

 銃声に混じって聞こえてくる心底以外、と言いたげな声。立て続けに放たれた三発の弾丸を弾き、斬り飛ばすと。目を離したのはほんの一瞬だったというのにそこに既に狐坂の姿はない。

「逃げられてるじゃないの! 追うわよ!!」

「待ってください、ユウカ。私たちの目的はあくまでシャーレの奪還────それに、罠かもしれません」

「……確かに羽川の言う通りだ。とりあえず、このままビルに向かおう」

 狐坂の目的は気になるけど、最初に掲げた目的を違えてはいけない。

 変わらず銃撃戦を続けながら、前へ、前へ。

「守月は一時の方向に閃光弾。早瀬は光が止んだらそっちに進んでくれ。俺は十一時の方向に向かうから、火宮と羽川は援護を。その二箇所が層が薄い。そこから切り開いていく!」

 俺の指示に的確に従ってくれるものだから、俺自身も立ち回りやすい。それに後衛の二人────火宮と羽川の援護も最適だ。このままいけば、苦もなくビルに辿り着けるだろう。

「なんて思考はまあ……甘い、よな。そうだよな……」

 ビルの入り口が見えたのと同時に、地響きと共に聞こえてくるキャタピラ音。俺たちの目の前に現れたのは、迷彩柄の戦車であった。

「参考までに聞くんだけど……銃の携帯と同じくらいに戦車がこうして走っているのは、キヴォトスじゃ当たり前なのか?」

「ええ、まあ……アレはクルセイダーⅠ型。トリニティ────私たちの所の制式戦車と同じ型です」

 思わず引き攣った笑みを浮かべる俺の隣で、羽川は小さく溜息を吐き出す。

 ああ、そうか。さっき不法流通がどうこう、と言っていたし。羽川たちの所に行く予定だったもの、ないし羽川たちの戦車だったものが何処かに流れて今こうして犯行に使われている可能性があるのか。そりゃあため息もつきたくなる。

「PMCに流されたものを、不良たちが買い入れたのかも……つまり違法のガラクタってことね。壊しても構わないわ!」

 そう……そう、なのか早瀬? その計算は正しいんだろうか。壊れた後での被害だとか、なんか。色々と考えなくちゃならないんじゃ。

 とはいえ、確かにどうにかしないと先に進めないのは確かか。

「早瀬。戦車の爆発に巻き込まれたら、キミたちはどれくらいのダメージを負うんだ? なんというか。傷の度合いとか」

「うん? んー……小一時間気絶する程度、ですかね。多少熱いですけど、大きな火傷や傷にはならないかと……」

「了解」

 ……なら、手早く済ませる。何より、違法に買い取ったものなら誰かが咎めなくちゃいけない。

投影(トレース)開始(オン)

 

 自身の内部。心象風景。かつての聖杯戦争で何度か目にした剣の塚から、一本の剣と弓を引き出す。

 名を、偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)────捻れた刀身を持つ一本の剣。それを弓に(つがえ)て、

 

I am the bone of my sword(我が骨子は捩れ、狂う)────」

 

 剣が細く、長く。矢のように変質していく。あの時目にしたアーチャー(アイツ)の技術。流石未来の自分自身、と言った所だろーか。見様見真似でやってみても、案外上手く行くものである。

「怪我したくなかったらさっさと逃げるんだぞー!」

 なんて口にした所で、自分の中の『先生』の像……その要因に思い当たる。

 藤ねえか。あの冬木の虎は普段おちゃらけているけれど、叱る時はしっかり叱るし。俺に鉄槌を喰らわせるのなんてしょっちゅうだった。

 

 俺の思う大人。俺の思う先生。確かに、正義の味方になりたい────そう思うのと同じくらいに。大人として名乗るのであれば、ああいった存在になりたいと。そうも思う自分が居て。

 

 士郎、なんて優しく俺の名を呼ぶ声を思い返し。指先を剣の柄から離せば、拘束を失った剣は戦車に吸い込まれるように飛んでいく。

 運転席の後部。エンジンルームに放たれた()は直撃し、地響きと共に爆発四散した。

 

「……先生、案外容赦ないですよね」

「む。俺だって、本当は各々の理由とか話とか聞きたいくらいだぞ?」

「まあ、そんな時間も今はないですもんねえ……」

 

 そんな呑気な会話を交わして。蜘蛛の子を散らすように戦車から逃げていく生徒を見ながら……すっかりキヴォトスの思考に染まり始めた自分に、今になって気づくのであった。

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