───√ ̄ ̄Interlude 13
アビドス自治区の中央区。背の高いビルが立ち並ぶ通り。
肩で息をするムツキ。自身の得物を抱えて、壁に凭れ掛かる形で地面にへたり込むハルカ。
そして、額から伝う汗を拭いながら。端末を操作して、誰かの番号をコールするアル。
スピーカーから流れる電子音。無機質なソレだけが辺りに響き、私たちの緊張を逆撫でる。数秒間の沈黙が続いた後でコール音は途切れ、スピーカーの向こうから、小さな物音が聞こえてきた。
「……アビドス襲撃は失敗したわ。ごめんなさい」
『ああ、把握している。全員
戻ってきている。ほんの少し引っかかる物言いを選ぶものだ。
思わず私は眉間に皺を寄せて、小さくため息を吐く。その言葉を追求するために口を開けば、
「────ねえ。あのヘルメット団の子達は、何?」
私よりも早く。アルが問いを投げかける。
一瞬の間があった。相手の表情は見えない。それでも僅かにスピーカーの向こうからため息の音が聞こえて、アルのこの質問を『めんどくさい』と思っていることは、なんとなくわかる。
「意思疎通が取れないのはまだ良いわ。
『ソレをキミたちに話す必要が?』
「あるわよ。得体の知れない誰か……いいえ。得体の知れない
いつに無く真剣な声音。いつに無く真剣な眼差し。それでも返ってくるのは大きなため息だけで。挙げ句、舌打ちまで聞こえてくる始末だった。
『キミたちに話す義理はない。私が伝えた依頼だけ熟していれば金はやる。だから────』
「そう。なら、便利屋68はこの依頼を降りるわ」
『────ほう?』
「社員の命を預かるものとして。社長として。みんなの命を貴方にベットする判断はできない。……私たちは依頼も依頼主も選ばない。けど、社員の命を使い潰すつもりはないもの」
『その発言がどういう結果を招くか。どういう意味合いを孕んでいるか。十分に理解して発言しているんだろうな?』
決して、自分には反抗させない。私たちには拒否権はない。そう言わせるだけの凄みがあった。
けど、それでも、
「ええ。理解しているわ、
社長は、アルは。決して止まらなかった。
それだけ言い捨てて通話を終了したその後で、
「……、…………ごめんなさい。貴女たちを危険な目に遭わせないために、って思っていたのに。もっと危険になる選択をしてしまったわ」
その視線は私たちには向かない。通話が終了されて、ホームに戻った端末の画面をじっと見つめながら。ぽつり、ぽつりと謝罪の言葉を並べ立てた。
……まぁ、でも。私たちの答えは、社長が『降りる』と発言した時にはすでに決まっていて。
「……あ、アル様かっこよかったです! 流石です!!」
「そうだよ〜。今回の選択は大正解。明らかにカイザーは怪しすぎるもん。だから、自分を責めることはないよ〜! かっこよかった!!」
ハルカとムツキが、口々に満面の笑みでそう答えて。ようやく社長の視線が二人に向いた。
不安で揺れた、潤んだ瞳。それが最後に、私を見つめてくる。
「……そうだね。社長の選択は大正解。これからもっと危なくなるかも知れないけど……まあ、そこは私に考えがあるから。大丈夫、胸を張って良いと思うよ」
アルの選択は正しかった。二人が口にしたように、確かにカッコ良かったし────
だからこそ、私たちはしっかり支えないと。今度は私が答える番だ。
◇Interlude out◇
「これで終わり────と」
セリカの放った弾丸が最後に残ったヘルメット団に直撃し、粒子となって霧散していく。
疲れ切った様子のセリカたちのため息が辺りに響いて。俺も思わず疲労を訴える肩を大きく回した。
「今回も多かったねえ。おじさん疲れちゃった」
いつもの様子で放たれるホシノの言葉。けれど、その声音の中に気怠さはなくて。俺を横目に見つめる青色の隻眼は、何かを訴えかけているようだった。
「……で、先生? 今回の子達も
「……、…………ああ。セリカを救出する時戦った子達と同じだった」
魔力を広げた探知範囲の中。歩き方の癖、銃の構え方。イレギュラーが起こった時の対応速度やその方法まで。俺は、今回戦った全員に覚えがある。
これでアビドスに来て、ヘルメット団と戦闘を行うのは三度目だ。
二度目の戦闘────セリカ救出作戦の時。ヘルメット団の団員、その全員が魔力の粒子となって消えていったはず。
だというのに、またこうして俺たちは彼女たちと銃弾を交えた事実だけが目の前に横たわっている。地面や校舎の壁についた弾痕という形で。
「そっかぁ。……先生、よく見てるね」
「え、ああ。いや……まあ。一応、キミたちに指示を飛ばす人間として、な。いい加減なコトはできないよ」
「だとしても、だよ〜。偉い偉い」
ホシノの手が俺の頭に伸びてくる。髪が乱れるのも気にせず、数秒わしゃわしゃと撫で回した後で満足気に小さく息を吐き、
「で、どうする? 便利屋の子達逃げちゃったけど。追おうか?」
……丁度、便利屋と名乗った子たちがアビドスを後にして十五分程。何処に向かったのか、何処に居るのかはわからない。でも、本気で探せば見つかる範囲だとも思う。
「……いや。追いかけなくて良いよ」
「その心は?」
「ヘルメット団の団員────最初のひとりが粒子になって消えた時、便利屋の子たちの間に動揺があった。多分、あの子たちには何も知らされてない」
「カタカタヘルメット団と同じで、便利屋68も利用されている側だ……と」
「ああ。少なくとも、俺はそう思う」
裏で糸引く誰か。ソイツから全てを知らされているなら、あんな反応は出ないと思う。あそこで撤退を選ばないだろう、とも。
戸惑い。困惑。恐怖。その類の感情に駆られる形で、あの子たちは逃げていったように見えた。
だから、
「……多分だけど。追いかけたところで、俺たちが欲してる情報は持ってない」
「そっか。先生がそう判断したならおじさんは従おっかな。でも便利屋の子たちも気になってるんでしょ〜?」
「ゔ……そりゃあ、まあ」
致命傷を受ければ魔力の粒子となって消えていく、二度にわたって俺たちの目の前に現れたヘルメット団。そして、そのリーダーを抜け殻へと変えた謎の黒いカード。
水面下ではあるものの、アビドスには今『異常』が蔓延りつつある。その中で便利屋の子たちを放っておくのは気が引ける。
……けど。考え方を変えるなら、あの子たちが被害に遭う前に事態を解決に導くべきだと思う。
ようやく俺たちも前に進み始めてきた感覚があるんだ。それなら、その違和感の本流を掴むことに専念したい。新たな被害者を出さないためにも。
「事情があったとしても、私はアビドスのこと襲ったの許してないから。ヘルメット団なんて私のこと拉致したし!!」
「まぁまぁ、セリカちゃん? 落ち着いてくださいね〜」
「ん゛もう。もう!!」
ああ、いけない。話が横道に逸れていく。とりあえず舵を取り直さなければ。
場を仕切り直すように、気持ち大きめの咳払いをひとつ。全員の視線が俺に向くのを待ってから、改めて口を開いた。
「────というコトで、ここからは本来の予定通りに。二手に分かれて手掛かりを探っていこう。シロコ、セリカ、アヤネの三人は今月分の支払いを終えたら、銀行員の後をつけていく形で」
「……ん、了解」
「了解!」
「了解しました」
「残った俺とホシノ、ノノミの三人で、カタカタヘルメット団が使っていた装備の出所を探っていこう」
と、まあ。ここまでは順調。……順調ではある、んだけども。
「……出所を探るのは良いんだけど。俺はその辺、てんでわからなくて。ホシノ、ノノミ。どの辺を捜索すればいいんだ?」
何ともまあ情けない話である。俺の問いかけにホシノが肩を落とし、ノノミが苦笑を浮かべたのが見てとれた。仕方ないだろう。わからないモンはわからないんだから。
気まずさのあまり、指先で数度頰を掻く。思わず視線が泳ぎ始めたところで、ノノミが小さく笑みをこぼした。
「そうですねぇ〜。となれば、行くべき場所はブラックマーケット────でしょうか」
「ブラックマーケット……?」
「ありゃ、先生本当に知らないんだ? てっきりそこも見越して、おじさんと先生をこっちに配置したんだと思ってたんだけど……」
……? イマイチ言ってる意味がわからない。わからないが、
◇◆◇
……すぐにその意味を、実感することになる。
アビドス自治区の外。人の目の届かない、全体的に怪しい雰囲気を感じる繁華街。煌びやかな光を放つ無数の看板と、シャッターの閉まった店の前にヤンキー座りをするスケバンや────如何にも『我こそはアウトロー也』と言いたげな生徒たち。
「……なるほどなあ」
「理解できた?」
「ああ。とっても」
鋭い視線を無数に受けながら、居心地悪さを誤魔化すように歩いていく。
確かにこの場に、アビドスで一番強いホシノを連れてきたのは正解だったかもしれない。油断すれば、あちこちから銃弾が飛んできそうな物騒さがそこにはあった。
視線が合えば、返ってくるのは会釈では無く舌打ち。それでもすぐに俺たちに襲いかかってこないあたり、ホシノとの実力差を肌で感じているんだろうか。
「で、まぁ。先生からも見てわかる通り、この場所はアウトローの巣窟でね〜。大概、学園の支援を受けられ無いような子たちは、ここで武装を調達することが多いんだよ」
「なるほどな。じゃあカタカタヘルメット団の子たちも、ここで武装を調達した可能性が高い……と」
「そだね。でもおじさんはこの場所、あんまり詳しく無くってさ〜」
欠伸で目尻から漏れ出た涙を指先で拭いながら、ホシノのオレンジの瞳がノノミに向いた。ノノミちゃんは? なんて問いかけを含んだ、一拍の間がある。
「私も実際に訪れたのは初めてですね〜。話には聞いたことあるんですけど……」
「じゃあ地道に足で稼ぐ、か。もしくは────」
再び視線を向けたその先。返ってくるのは凄まじく眉間に皺が寄った物騒な視線と舌打ち。ついでにガムまで地面に吐き捨てられた。
「────聞き込み、は……気が引けるなあ」
「先生の処世術で何とかならないの? 先生には人誑しの才能があると思うけど」
「……人聞きの悪い。別に誰かを誑し込んだ覚えはないぞ」
「ふぅん」
……何だよその反応は。
肩身が狭い。恐ろしいほどに。……まあ、比較的話しやすそうな子を探して地道に聞き込みしていくしかない。気持ち急ぎめに、それでいてゆっくりやるか。
シロコたちには大きな戦闘になりそうならすぐに連絡を入れるように言ってある。ここまで連絡がないあたり、向こうも順調に行ってるんだろう。頼りがないのは良い知らせ、とは昔の人もよく言ったモノだ。
なんて思考を回しながら、肩身の狭さに身を縮めて歩くこと、数分。
「や、やめてください〜!! だ、だれかー!!」
ふと。遠くから聞こえて来た悲鳴のような、助けを求めるような声を聞いて。俺たちの歩みが一瞬止まる。
即座に俺に集まるホシノとノノミの視線。俺が何かを口にしなくとも、二人は俺の言いたいことを理解しているようだった。
「────様子を見に行こう」
「だよねぇ」
「はい♪」