いくつかの店舗を横目に通り過ぎ、曲り角を曲がった先。薄暗い路地裏に、その子たちは居た。
恐らくここの住人であろう、黒いセーラー服を身に纏ったスケバンの生徒が三人と。その子らに囲まれるように立っている、煌びやかな、白を基調とした制服を身に纏った生徒だ。
「ん、あれ────」
白い制服……その二の腕に付けられた校章には見覚えがある。確か、キヴォトスに来てすぐに……ああ、そう。
「……珍しい。トリニティのお嬢様が何でこんなとこに」
「む。そうなのか」
「品行方正のお嬢様が来るような……いや。どっちにしろ、ここまで見た通りおじさんたちみたいな生徒が来るような場所では無いからね」
それもそうか。まあ、何にしろ────だ。こんな話を続けてる最中も、目の前の状況は良くない方向へと転がり始めている。
トリニティの生徒はスケバン三人に追い詰められる形で壁際に後退していき、必死に助けを求めるような視線を俺たちへと向けて来ていた。
「おい、キミたち。何してるんだ?」
スケバンの視線が一斉に俺に向く。背中に鬼神でも宿しそうな勢いのその形相。マスクの下でくっちゃくっちゃとガムを噛みながら、俺に銃口が向いて、
「ンだよクソ先公。今お嬢様から金巻き上げてんだから邪魔すんバヘッ」
……うーん。一瞬だった。目を離した隙にホシノが彼女の懐に潜り込み、ショットガンのストックで勢いよく後頭部をぶっ叩いた────と、思われる。俺もその動きを視認できたわけではなく。気づけば殴られたその子は地面に熱烈なキスをしていた。
「なんだテメェ────!」
「はぁい♡これ以上はやめておいた方がいいと思いますよ〜?」
行動に移すのが早いのはホシノだけではなく。俺の隣に立つノノミの愛銃────ゴテゴテしたミニガンの無数の銃口が、今にもホシノに殴りかかろうとしていた彼女に向けられていて。
セーフティが解除されたソレは、持ち主であるノノミの指示を待つように。静かに唸り声をあげている。
「ッ、っ……ツラぁ覚えたからな!!!!」
「はいはい。リベンジならいつでも待ってるよ〜」
俺が指示をするまでもなく、一瞬で終了を迎えた修羅場。気絶した仲間を回収して、脱兎の如く逃げていくスケバン三人を見送った後で。俺たちは件のトリニティの生徒へと向き合った。
「助かりました……ありがとうございます……」
「ああいや、キミを助けるのは全然構わないんだけども。……むしろ俺は何もできてないんだけど。どうして、ここにひとりで来てるんだ?」
「そ、それは……その……」
気まずそうに自身の指を組み、視線をあちこちに漂わせるトリニティの生徒。……いや、違うな。気まずいワケじゃないか。そりゃあ警戒もする。ああやって絡まれていた後だし。
「悪い、まずは名乗っておくべきだったな。俺は連邦捜査部『シャーレ』の先生。衛宮士郎だ。こっちは小鳥遊ホシノで、こっちは十六夜ノノミ」
「シャーレの先生って……キヴォトスの外から来たにも関わらず、銃弾が効かず……たったひとりでスケバンやヘルメット団の同盟大隊を滅ぼしたっていう、あの────?」
「…………、…………噂に尾鰭がついてないか?」
ちょっと有らぬ誤解を受ける可能性がある。とりあえず、噂の原因となっているであろうキヴォトスに来て最初の戦闘の話をしておいた。
「ご、ごめんなさい! 誤解してたみたいで────」
「良いんだよ。就任して即ドンパチやりすぎたのは事実だからさ」
致し方ない状況だったとはいえ。あの時は些かやりすぎたとは思ってる。今度は俺が視線を泳がせる番になるのだった。
……さて、閑話休題。
「私は
トリニティの生徒……改め、阿慈谷は何やら背負っていた鳥のリュックを下ろすと、何かを探してガサゴソと探り始める。
……にしても、なかなかキテレツなデザインのキャラだな。目が虚で、舌を垂らしていて……なんだこの鳥。というかそもそも、鳥って扱いで良いんだろうか。
「これを────ペロロ様の限定グッズを購入するために来たんです!」
ててーん、なんてSEがつきそうな程に勇ましく取り出されたのは、これもまた奇妙な鳥のぬいぐるみであった。
なん……何というか、奇抜なデザインだな。変わらず虚な目をしたその恐らく鳥であろうと思われるぬいぐるみの口にはアイスが突き刺されていて、ほんの少し同情する。
あまりにも苦しそうな、居た堪れない気持ちになるぬいぐるみを、阿慈谷は満面の笑みで愛でるように撫でていた。
「アイス屋との限定コラボ品で、私は当時手が出せず……ブラックマーケットに出回っているという噂を聞きつけ、こうして私はやって来たんです。結果としてスケバンたちに絡まれることになりましたが悔いはありません。それだけの魅力が、このペロロ様には詰まっています────!!」
「わあ、ペロロ様! 私も大好きですよ〜♡」
……えらく饒舌に語る阿慈谷と、それに乗っかるノノミ。それから取り残される、俺とホシノ。
「……ホシノ。知ってるか、あいつ?」
「や、おじさんも知らない」
何というか。流行り物についていけず、寂しい思いをする父親の気持ちがわかった気がする。こんな感じなのか。目の前で行われている楽しげな会話が、別世界で行われているモノなんじゃないか……なんて気までして来てしまう。楽しそうで何よりではあるけれど。
……ペロロ何某の話で盛り上がるのは良いんだけど。とりあえず、だ。
「阿慈谷はこの辺で武器を調達できるような店、知らないか?」
年頃の女の子の楽しそうな会話を遮るのは申し訳ないが。この様子だと、俺たちよりはブラックマーケットに詳しいだろう。そんな期待を込めての問いに、阿慈谷は首を傾げながら、
「ええ、まあ……全て知っている、というわけでは無いですけど」
「じゃあ俺たちの調査、少し手伝ってくれないか? この子たち────アビドス高等学校は、だいぶ困ったコトになってて……」
◇◆◇
ホシノとノノミに同意を得て、ブラックマーケットの店舗を回る道すがら、阿慈谷にアビドスの現状を掻い摘んで説明した。
……結果から言えば、ブラックマーケットからカタカタヘルメット団に武装や戦車の類が流れた痕跡は無し。店主から別の店の場所を聞いたりと、なるべく殆どの『怪しい店』を回ったつもりではあるが。答えは全て変わらずであった。
そんなこんなでほんの少しの疲労感を覚えながら、俺たちブラックマーケット組はシロコたちと合流すべく、歩みを進めている。
「ホシノさんたち、大変な目に遭ってるんですね……」
そんな調査の最中、すっかり阿慈谷とホシノ、ノノミは仲良くなっていて。色々と会話も弾んでいたようだけど。ふと、目を伏せながら阿慈谷が呟く。
「……インターネットやSNSで、色々なことを知った気になってましたけど。私の知らない場所、知らない学校ではそんなことが起こっていたんですね」
……確かに、とは思う。俺が知っている冬木に比べて、ここ────キヴォトスはだいぶ技術が発展していた。
手元の端末に全てが詰まっている。何処にいても、誰とでもやり取りすることができる世界。様々な場所の情報を収集できる世界。だとしても、目の届かない『何処か』はある。
「……私、ホシノさんたちの力になりたいです。トリニティに帰ったら、ナギサ様に相談してみますね」
「ナギサ様……?」
「ティーパーティー……他の学校で言う、生徒会の一番偉い人、と言えば伝わるでしょうか」
「そりゃ助かるよ〜。いやあ、やっぱり持つべきものは友、だねぇ」
それは確かに、かなり助かる。これからカイザーと全面的に激突することを考えると、正直俺とアビドスだけだと戦力が乏しいと思っていたから。外部から協力者を得られるとすれば、渡りに船というヤツである。
そんな会話を交わしつつ、歩みを進めていると。シロコから送られて来た現在地────カイザーが運営する銀行が見えてくる。街路樹の下で佇み会話をしていたシロコたちの視線が、俺たちへと向いた。
「お疲れ様、先生」
「お疲れ、シロコ。そっちはどうだ?」
「特に怪しい動きは無し。アビドス以外からも色んなところからお金を回収して、まっすぐこの銀行に帰って来た」
「そうか……」
双方調査に進展は無し。お互い小さなため息を吐き出したものだが、シロコの耳が小さく揺れて。俺の背後に立つ阿慈谷に視線が向けられる。
「……その子は?」
「ああ、この子は阿慈谷 ヒフミ。ブラックマーケットで会って、色々助けてもらったんだ」
各々短く自己紹介をするだけの時間が続いて。最後に名乗ったセリカが阿慈谷に歩み寄れば。繁々と阿慈谷の顔を見つめながら、
「へぇ〜……大人しそうな子なのに、ブラックマーケットにね……」
「あ、あはは……ちょっと買いたいものがあったので」
「買いたいもの? もしかして、何かの限定品とか?」
「そうなんです! このペロロ様の限定────」
「そ、それはさておき! えっと……これからどうするか。俺たちが思い当たるような場所はとりあえず回ったけど……」
危ない。また阿慈谷のペロロ様トークが始まるところだった。何やら周囲から疑問の色を孕んだ視線が向けられるが仕方ない。……ホシノだけは俺の言いたいことを理解してくれているようだけれど。助かる。
ほんの少しの沈黙。その中で、
「あ、あの……!」
真っ先に口を開いたのは阿慈谷だった。
「アビドスの皆さんが融資を受けているのはカイザーローン、と言っていましたよね……?」
「え、ああ。間違い無いけど。それがどうかしたか?」
「それが……その。カイザーローンには色々と黒い噂があるんです」
「……黒い噂、か」
言いながら、自身の端末を取り出す阿慈谷。しばらくソレを操作した後で、画面を俺たちに見えるように向けてくる。
そこに開かれていたのは、トリニティの総合掲示板。生徒に向けた注意喚起が書き連ねられているスレッドだった。
「カイザーローンは、カイザーコーポレーションが運営している高利金融会社です。……正直、カイザーは明確な犯罪行為は行なっていません。ですが、違法と合法の合間を上手いこと縫って、グレーな振る舞いをしているのも事実です」
そこに書き込まれている、カイザーコーポレーションの社員の、トリニティ自治区での目撃例と。それから、明らかに怪しい声かけの数々。
さっき阿慈谷の口から出た名前────ティーパーティーの
「……ここまで何の手がかりもなかった。手がかりは得られなかった。ですけど、深いところを叩けば何らかの煤は出てくると思うんです」
「なるほど────」
……正直な話。カイザーの被害者が、アビドスやヘルメット団の子たちだけではない事実に頭が痛くなった。
未遂に終わっているとはいえ、だ。トリニティの生徒たちまでその毒牙にかかっていて────目撃されていないだけで、アイツらの思惑通りに進んでしまった案件だってあるかもしれない。
これはもう、きっと。アビドスだけの問題ではない。
とはいえ、だ。
「なら尚のこと、どうしたモンか────」
「簡単な話。深いところに潜り込んで、叩けば良い」
思わず額を抑えながら漏らした呟きに、食い気味に答えるシロコの声。
顔を上げて、肩越しに振り返りシロコを見やれば。何やら、カバンの中をガサゴソと漁っていた。
しかもシロコだけではなく、ノノミとホシノまでも。
「まぁそうだよねぇ〜……ソレしかないね」
「はい♪やると決まれば全力で、ですね〜!」
……ええ、と。困った。話が見えない。
「……シロコ、ノノミ、ホシノ? いったい何を探して……」
「ええ……? 本当にやるの?」
「……まあ、こうなった先輩たちは止まらないし。諦めるしかないかな……」
戸惑いながらも、セリカとアヤネは何をしようとしているのか理解ができているようで。どうやら、この場で置いてけぼりを喰らってるのは俺と阿慈谷だけのようだった。
カバンの中から、探していた何かを探り当てたようで。ホシノとノノミ、シロコがゆっくり立ち上がる。シロコの手から布状の何かがアヤネとセリカに受け渡され、全員がソレを頭に被ったのがわかる。
いや、待て。待ってくれ。そんな姿、まるで────、
「お、おい。もしかして────」
「……ん。銀行を襲う」