……アビドスの強い日差しを受けて、街中をひとりで歩いている。今思い返すと、こうしてひとりで出歩くのは久々かもしれない。
常に私の隣には誰かが居てくれて。暖かい時間があって。ソレを二度と失いたく無いと思うのだ。
……それと、同時に。
────こんな暖かい時間に浸る権利があると思う?
心の奥底に封じ込めたかつての自分が。自分の黒い部分が。冷めた声で私に問いかけているのも事実で。
────先輩を救えなかった、
「……わかってるよ。だからひとりで、カイザーの所に行くんでしょ」
踏み締めたコンクリートの感覚が足の裏に返ってくる。足取りが重たい。それでも身体を引きずるように、前へ。前へ。
背の高いビルが立ち並ぶ通り。その中の、とある一棟。カイザーPMCのロゴがデカデカと飾り付けられたそのビルの中に、私は入っていく。
口を開ける自動ドア。閑散としたロビーの中で、受付の機械人と目があって。名前と学校名を告げただけで、すんなりと私はエレベーターに通された。
身体に襲う浮遊感。徐々に数字を増していく電光掲示板を眺めながら、自然と私の口からはため息が漏れ出ていた。
キン、コーン、と。場違いなほどに明るい電子音が響いて。目の前の扉が開かれる。
自身の権力。身分の高さを誇示するような、高い高いビルの最上階。無駄にだだっ広い部屋の中心────根が張りそうな机に向き合う形で、私の目的の男……PMC理事は居た。見慣れない黒服のヤツも居るけど。
「そろそろ来る頃だろうと思っていたよ、小鳥遊ホシノ」
「……別にアンタは良いけどさ。隣のソイツ、何?」
問いを受けると、黒服を身に纏ったソイツはくつくつとくぐもった笑い声をあげて、
「貴女が『暁のホルス』ですか。私は────そうですね、『黒服』とでも呼んでいただければ。友人につけてもらった、気に入ってる名なのです」
「ふぅん」
どうでも良い。とりあえず名前を頭の片隅に記録するだけに留めておく。そんな私の不躾な様子を、黒服と名乗ったソイツは特に気に留めるでもなく。再び、PMC理事が口を開いた。
「……で? 今回は何の用かね。見ての通り、私は商談中で忙しいんだが」
「商談中? そんな明らかに怪しい奴とも取引するんだ。趣味悪いね。……で。アビドスを繰り返し襲わせてるの、アンタでしょ」
「なんのことだか────」
「惚けなくて良いよ。別に、アンタのソレを咎めに来たわけじゃないからさ」
沈黙がある。静かに私を見つめるだけの黒服とPMC理事。どうやら私の、次の出方を伺っているようだった。
値踏みするような視線。足の爪先から頭の先まで。舐めるような視線がまとわりつき、どうしようもなく腹が立つ。
「アンタはアビドスの誰かの神秘が欲しい。違う?」
「────、────」
「ヘルメット団が持ってた怪しいカードはその『神秘』を吸い取り、保管と再現をするモノ。ヘルメット団の連中じゃまだ足らない。だから、繰り返し
PMC理事は何も答えない。その代わり、私の言葉に答えたのは、
「────素晴らしい」
黒服、だった。ヤケに演技がかった動きで拍手を繰り返し、不快な笑い声をあげながら。机の後ろから、私の元へ歩み寄ってくる。
「想像以上です、暁のホルス。アビドスの中で真っ先に『結論』へと辿り着き、『答え』へと達し、我が身を顧みず周囲の安全や安寧の為に身を売るべくここへ来た。その内側に揺らいでいるのは『後悔』────ですか? かつては大切な人を守れなかった。何気ない言葉で傷つけた……惨状を繰り返さないための自己犠牲、というヤツでしょうか」
「ッ────」
「ああいえ、良いのです。良いのです。特段答えを求めているわけではありませんので。私の勝手な想像、人間観察の末に導き出された『妄想』とでもしていただければ」
……随分と不快な言葉選びをするヤツだ。舌打ち混じりに睨みつけても、その笑い声は止まらなかった。
コイツのことはもう良い。だから改めて、PMC理事へと視線を向けて、
「────どうなの」
答えを、ただ待つ。
時間にしておそらく数秒。それでも不快な場所にいるせいか、何分にも何時間にも感じ取れて。私の眉間に皺がよったのを見て、ようやくPMC理事は小さく笑った。
「……良かろう。その取り引きに応じよう。キミが身を差し出すのであれば、アビドスにはもう手出しはしない」
「そりゃ良かった。……ああでも、少し時間もらうから。何も言わずにアビドスから居なくなるわけにはいかないでしょ」
応答も聞かず、私は踵を返してエレベーターへと戻っていく。
ボタンを押して。扉が閉まって。そこでようやく、私の肩から力が抜けていくのがわかった。
これで大丈夫。全部丸く収まる。
これがきっと、最善だから。
◇Interlude out◇
必死に足を回して、前へ、前へ。住宅街を抜けて、高いビルが立ち並ぶ通りに出る。
鬼方の言っていた通り、確かに戦車と────何人かの見覚えのない武装した生徒がそこに居て。その子らに追い込まれる形で、道の隅に固まる便利屋の面々が居た。
「え、ええ……と?」
……カイザーに襲われているワケ、では、無さそうだけど。なんだ、この状況は……?
鬼方と並んで、便利屋の面々に駆け寄る。俺の顔を視認するなり不思議そうな表情を浮かべる彼女たちへと、まずは緩く片手を挙げた。
「
「ええ、貴方は……シャーレの先生……?」
うーん、うん。戸惑うのもわかる。わかるけど、とりあえずは現状の理解に努めなければ。
「えっと……何が、あったんだ?」
俺の問いに答えたのは便利屋の面々ではなく。俺たちを取り囲む、武装した生徒のうちのひとり。
「私たちはゲヘナの風紀委員会。この辺で便利屋68の目撃報告があがってたから、そいつらの身柄を確保するためにここに来た」
浅黒い肌をした、銀髪のツインテールの生徒だった。その言葉に嘘はなく、左腕には『風紀』という文字が書かれた腕章が見える。
いやまあしかし、なるほど。言ってるコトに通りは通ってる。
けど、
「待った。便利屋は別に悪事を働いてないぞ。現行犯以外で捕えるのはどうかと思う。何よりここはアビドス自治区だ。何かしてたとしても、俺とアビドスに任せて欲しい。就任したてで、うろ覚えで申し訳ないんだけど。確か他自治区で許可なく武装展開、発砲するコトは許されてないはずだろ?」
装着していたAR機器を起動すると、キヴォトスのあれこれを纏めたPDFをアロナが表示してくれる。確かにその中にも、禁止の文言は確認できた。
と、同時に。
『ええ、先生が言ってることは正しいです。ですが、犯罪者は犯罪者。アビドスで悪事を働いていないとはいえ、今までのことが綺麗さっぱり許される────というわけではありませんので』
目の前に割り込む形で表示されるホログラムの通信画面。映し出された青い髪をした生徒は笑みを浮かべつつ、
『初めまして、先生? 私は風紀委員会所属、
有無は言わせない、という威圧感が滲み出ていた。なるほど、この子もこの子で修羅場を潜り抜けてきた────というか。交渉慣れをしているらしい。
「……関係ない話なんだが、天雨?」
『? はい。何でしょうか、先生』
「風紀委員を名乗ってるのに、その胸の横がかっ
『────、────』
天雨の額に青筋が立つのがわかる。
「ッ……ぶ、ふふふ……」
同時に背後では盛大に浅黄が噴き出す声が聞こえてきて。何やら天雨は、勢いよく机を叩きつけた。
『ほ、ほほほ本当に関係ない話ですねぇ、衛宮先生? これはファッションです!! あと胸、圧迫してると苦しいんですよ!!』
「そ、そうか。それは失礼した。……とはいえ、便利屋の身柄をキミたちに渡すコトはできないよ。俺も俺で、やるべき事があるんだ。こっちもこっちで立て込んでてな、どうか引き下がって欲しい」
カイザーのコトと、アビドスの問題。ようやく色んな点が線で繋がって、向かう先が見えてきたんだ。ここで足踏みをしている時間は、正直言ってあまり無い。
それでも天雨の表情から不満の色は取れるコトは無く。態とらしく、大きなため息を吐き出すのが見えた。
『はぁ。話は平行線のようですね。私としては穏便に────』
しかし、その言葉を、
「……良い加減猿芝居はやめたら? アコ」
遮る言葉があった。
声の主は俺の背後に立つ鬼方。そのまま一歩俺の目の前に歩み出ると、負けじと冷たい視線を天雨に向けて、
「私たち────便利屋を追いかけてきたにしては過剰戦力すぎる。それにわざわざ、今になって私たちを追いかける、なんて非効率な真似は、今の風紀委員長……
『────、────』
天雨の顔から笑みが引いていく。ここに来て、一番に真剣な────それでいて、冷たい表情。
今まで浮かべていた『外行の顔』が消え失せて。ありのままの天雨が剥き出しになったような。そんな印象を受ける。
『────そうでしたね。便利屋にはカヨコさんが居たんでした。にしても面白い話をしますね? 私たちの目的が別のところにある、だなんて』
「別にこの思考に至るのは自然な流れでしょ。私じゃ無くても思いつく。まあ目的は……そうだね」
静かに、火花が散るようなやり取りの中。鬼方の視線が、肩越しに俺たちへと振り返り。そのまま真っ直ぐに、俺の目を見た。
「────シャーレの先生、って推察はどうかな」
「……え。俺?」
「そう。理由は正直わからないけど。風紀委員が今更アビドスを目の敵にして、大部隊を動かすような理由もわからないし。でも先生自体が目的ってなれば、ある程度納得ができる。……まあ、先生本人にはその自覚は無いみたいだけど」
俺を見つめる鬼方の瞳が半目になる。『本当に自覚ないんだな、この人』と言いたげな目であった。
……いや、仕方ないだろう。正直、俺自身にそこまでする価値なんて無いと思う。俺はただの『先生』であって、別に大それた力なんて持っちゃいない。
だから俺は首を傾げるしか無くて。その様子を見るなり、天雨まで半笑いでため息を吐き出した。なんでさ。
『はぁ……ええ、そうですね。カヨコさんの推理は概ね当たりです。ですが、穏便に済ませたかったのも本当ですよ? 別に無益な争いはしたくなかった。それは事実です』
「……また猿芝居。本音を話したらどう?
この場においては、鬼方が一枚
『……そこまでバレているなら隠す必要はありませんね。私、とある噂を小耳に挟みまして……何やら、シャーレからトリニティに────しかも、その上層部である『ティーパーティー』に、救援要請が出された、と』
「む────、」
……それは、心当たりがある。確かに阿慈谷を通じてトリニティに要請自体は出した。
でも俺からすればそんな大事になるとは思えない。けれど、
『その反応、ことの重大さを理解していないようですね。……トリニティと我々ゲヘナは敵対関係にありました。ですが、近々『エデン条約』が交わされるんです。わかりやすく言えば、長いこと歪みあっていた私たちですが、仲良く手を取り前に進もう、という約束事。絶対的不可侵条約とでも言いましょうか』
「それは良いコトじゃないか」
『ええ、大変良いことです────ですが、先生? その条約を目前にして。トリニティがシャーレに貸しを作る。その意味合いが理解できませんか?』
……まだ含みのある言い方だ。まるで、俺自身で間違いに気付け────と言いたげな。
未だに頭上へ疑問符を浮かべている俺に、痺れを切らしたらしい天雨は、呆れたような表情を浮かべて。ゆっくりと口を開いた。
『シャーレには────いいえ。先生には、自治区に関係なく武装展開が許可されています。しかも連邦生徒会長から直々に、ですよ。その兵数にも限りは無く』
「────、────」
『ようやくわかりましたかね? 私たちから見れば、敵対関係にあるトリニティへ、私たちすら逆らえないほどに力を貸しかねない────不安因子でしかないんです』
言われて、思い当たった。
俺が初めてキヴォトスで目を覚ましたあの日。アロナに言われたあの言葉────。
────『シャーレはすごいんですよ! 色んなことができます!!』
もっとしっかり説明してくれ────!!
とはいえ、しっかり説明されていたところで俺がやるべきことは変わらない。だからきっと、同じような状況にはなっていたとは思うけども……。
『なので、先生はゲヘナの地下牢にでも隔離してしまおう、と。そう思ったわけです。期間は……そうですね。エデン条約が締結する、その日まで』
「そ、それは困る……!」
『恨むなら自分の無知さでも恨んでくださいな。ようやく理解できましたか? 貴方という存在は……シャーレの先生である貴方は、政治的に見れば十二分に脅威なんです』
それは、困る。本当に困る。アビドスにはまだ解決しなきゃいけない問題があるんだ。
『安心してください。三食寝床付き……外部との連絡もまあ許しましょう。通常通り、業務はこなせるモノと思っていただいて結構です』
「そういう問題では無くてだな────!」
マズい。このままだとマズい。戦闘は避けられないのか?
けど、ここで先に手を出したら負けな気がする。正当防衛という理由を彼女に与えてはならない。
鬼方も同じように、眉間に皺を寄せながら辺りへと視線を巡らせている。何か、何か無いのか────。
必死に回る思考。焦燥感が喉を焼き、冷や汗が額から顎を伝う。
その中で、
「……戦闘は、避けられなそうですか?」
知らないうちに。俺へと歩み寄っていた伊草が、怯えた様子で俺の顔を覗き込んだ。
「え? ああ、そうならないために今、俺と鬼方が────」
「そうですよね。避けられませんよね。許せない。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない……!」
「い、伊草……?」
……その胸元から取り出されるのは、何かのスイッチ。
「アル様を舐めたような態度をとって。私たちを捕らえられると思い込んでいるその姿勢が気に入らない。許せません。こんなところで捕まるわけがないじゃ無いですか」
「待て、伊草早ま」
「だから────だから、」
俺の制止の声は届かず。俺が手を伸ばすよりもずっと早く。かち、と。乾いた音を立ててボタンが押下される。
爆風から身を守るため、交差した両腕を思わず前へ。目を瞑り、衝撃に備えたその瞬間。
爆発音が鳴り響く。けれど────、
「……あ」
────ここでは無い、何処か遠くで。
「……間違えちゃいました」
「い、伊草……? 何と間違えたって……?」
「……アル様を脅して、気に入らなかったので。私今朝、カイザーPMCのビルに爆弾を仕掛けたんです」
「ま、まさか────」
「…………、…………はい。今起爆したのは、その爆弾です」
……、……辺りが静まり返る。自然と、俺の頰が痙攣するほどに引き攣るのがわかった。
「……頭痛くなってきた」
言いながら、鬼方が頭を抱える様子が視界の隅に映り込み、
「ぶ、ふ────ふふ、あははは!! え、ハルカちゃん本気!? おもしろすぎ!! いいねいいね、サイコ〜!!」
背後では浅黄が腹を抱えて笑い転げる。その中で、
「な、なな────」
彼女たち便利屋。その社長────ボスの座に座る彼女の、
「なんですって────!?」
陸八魔の悲痛な叫びが。どうしようもなく、響き渡るのであった。
〜Unwelcome School〜
はい、はい。ちょっと失礼しますよ、作者です。ちょっと自我出ます許してください。
来週はなんの日ですか? そうですね、お盆休みですね。なので、ですね。ちょっと13日から16日まで、毎日投稿をしようかと。今書いてるもう片方の小説、P.ZZZと合わせて週に八話投稿となります。がは! ……だって対策委員会編Ⅱも終盤に入り始めて良いところじゃないですか。ねぇ。
まぁね、両方追ってくれているような読者は視認できるかぎり見当たらないので……負担を受けるのは書き溜めを放出して痛い目見る僕だけなのでね。まぁ毎日リアタイで読め、とは言わないので、各々のペースで読んで頂ければ幸い。お休みのお供にでもね。
PS.僕は普通にお仕事があります。応援しててください。