───√ ̄ ̄Interlude 15
床を転がる後輩たちと便利屋の二人。睡眠ガスが開け放った窓の外へと流れていくのを確認してから、私はガスマスクを外し、小さく息を吐く。
……思ったより時間がかかっちゃったな。ガスだけでシロコちゃんを完全に無力化できないのは想定内。けど、便利屋の二人まで持ち堪えるとは思わなかった。
戦闘の余波で倒れた机を直し、その上に封筒を置いて……そのまま踵を返して、私は教室の扉へと向かっていく。
「……シノ、せんぱ……」
まだ意識が残っているらしい。瞼を持ち上げることすら出来ないのに、シロコちゃんが私の名前を呼ぶのが聞こえてきた。
「ごめんね。目が覚めた頃には全部終わってるよ」
発砲。マズルフラッシュが視界を埋め尽くし、苦悶の表情を浮かべて、やっと意識を手放してくれるシロコちゃん。強い後輩は頼もしいけど、こういう時に厄介で仕方ない。
窓枠を飛び越えて校庭に出る。衣服についた埃を払って、溜息を飲み込みながら校門へ向かって歩いていくと……校門のすぐ隣の壁にもたれかかり、私を気怠そうに見つめる影があった。
「……ああ、そっか。そういえばキミも居たね、シンジくん」
私に呼ばれた彼は、いつもの私と同じように大きな欠伸を漏らした後で目尻に滲んだ涙を拭い、
「なんかまたドンパチやってると思ったら、今度はオマエ? 随分と騒がしいね、アビドスは」
「シンジくんも私を邪魔するようなら
「僕が小鳥遊の邪魔を? 冗談じゃない。別にオマエに対して思い入れはないしね。勝手にすれば」
……一宿一飯の恩義、とやらを知らないのだろうか。この人は。まあ別に見返りを求めてこの人を助けたわけではないけど。それでも自然と、私の眉間に皺が寄るのがわかった。
「別にアビドスがどうなろうが僕には関係ないね。何処かのお人よしとは違って、僕は自分のコトで手一杯だからさ」
「あっそ。じゃあ良いや」
言って、再び歩みを進める。シンジくんとすれ違おうとした、その瞬間。
「ただ、最高に気色悪いよ。今のオマエ」
「────は?」
「類は友を呼ぶ、とはよく言ったモンだよね」
思わず詰め寄り、胸ぐらを掴もうと手が伸びる。が、寸前でシンジくんは身を引いて、行き場がなくなった掌は空を掴んだ。
強く握りしめた掌。私の視界に映ったソレが、強く震えているのがわかる。
「……誰と、誰が」
「別に。小鳥遊がわからないなら、それで良いんじゃないの」
……こんなことしてる暇はない。夜には睡眠ガスの効果も切れる。シロコちゃんだって、別に回復が遅いわけじゃない。あの子たちが寝ている間に、全部終わらせないと。私が────私が、守らないと。
早く歩き出さなきゃいけない。なのに、シンジくんから向けられた冷たくて堪らないその視線が、痛かった。
「────キミに何がわかるの。アビドスのこと、何も知らないくせに」
「ああそうだね、僕はオマエらからすれば部外者だよ。何も知らない。けどキモいヤツを見てキモいって言う権利くらいはあるでしょ」
「わた、私は!」
キモい。気色悪い。その言葉の裏に含まれた感情が何となくわかってしまうから。理解できてしまうから。感情を閉じ込めるために、強く押し付けた蓋が────内側から押し上げられている気がして。
「────私は、間違ってない。部外者なら口を出さないで」
「あっそ。ま、勝手にすれば?」
「言われなくても勝手にするよ。……やらないとは思うけど、シロコちゃんたちのこと無理矢理起こしたりしないでね」
ブツクサと漏らし始めた文句を無視して、再び私は歩みを進めていく。
────アビドスは、もう私だけの場所じゃない。私と……私と
シロコちゃんが居て、ノノミちゃんが居て、セリカちゃんが居て……アヤネちゃんが居る。私だけの居場所じゃない。みんなの居場所。
年々『守らなければ』という気持ちは育って行って、それと同時に『先輩に対する罪悪感』も育って行った。
『想像以上です、暁のホルス。アビドスの中で真っ先に『結論』へと辿り着き、『答え』へと達し、我が身を顧みず周囲の安全や安寧の為に身を売るべくここへ来た。その内側に揺らいでいるのは『後悔』────ですか? かつては大切な人を守れなかった。何気ない言葉で傷つけた……惨状を繰り返さないための自己犠牲、というヤツでしょうか』
私は間違いを犯した。取り返しのつかない罪を背負って、ここまで歩いてきた。
私は来年の春には卒業だ。あの子たちはまだ、あの場所で過ごす日常がある。だからこそ、犠牲になるのであれば私じゃなきゃいけない────と。そう思う。
……二度と。二度と、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。今度はあの場所を、私が守らないと。
ユメ先輩が、そうしてくれたように。
歩みを進めていく。住宅街を抜けた辺りで、目の前に『カイザーPMC』のロゴが書き記された装甲車が止まり、ドアが開いた。
……運転席からは機械人の無言の圧。どうやら乗れ、ということらしい。
愛銃を抱えたまま助手席に乗り込んで、窓の外を眺めていること数分。窓の外を流れる景色は、やがてビル街からアビドスの砂漠地帯へと変わっていく。
確か、私たちが担保に渡した土地のひとつだ。しばらくそのまま揺られていると、駐屯基地の目の前で装甲車は止まった。
扉が開き、機械人の後に続く形で駐屯基地に入っていく。
行き交うPMCの兵士たち。何やら慌ただしい様子の中で、PMC理事は私を見つけると、まるで瞬きでもするように機械の瞳を点滅させた。
「……なんか騒がしいね」
「ああ、
……随分引っかかる言い回しだ。
「……何? 私がこうしてここに来たんだから、アビドスには手を出さない。そういう約束でしょ?」
ほんの少し声が震えるのがわかる。音が辺りに響かないように、ゆっくりと得物のセーフティロックを外していき、
「────ああ、そうだな。そういう契約ではあった」
PMC理事の酷く冷たい声音と共に。辺りが嘘のように静まり返った。
「だがな、小鳥遊ホシノ。状況は刻一刻と変わるものなんだよ。わかりやすく言うのであれば────話が変わった」
「はあ? 何言って────」
沈黙を割くように駆けてくる機械兵。迎撃のために構えたショットガンはPMC理事の足先によって蹴り上げられ、照準が外れた散弾は天井を目掛けて炸裂する────。
「先に手を出したのは貴様らだ、アビドス。本社のエントランスの爆破────それは紛れもなく敵対行為。我々は、相互理解の余地は無いと判断した」
「何を言っ────知らない! そんなの、」
「やれ」
短い彼の号令と共に、無数の機械兵が私を押し潰し、組み伏せる。ソレを弾き飛ばそうと力を入れたその瞬間、
「だが契約は契約だからな。おまえの神秘は私のものだ」
首に、何かが押し当てられた。
辺りを白く覆い尽くすほどの閃光。暴風を伴い、私の体から溢れ出る『何か』────私の体にとって大切な何かが、抜き取られていく感覚があった。
「ぁ、が────、っ、」
抜けていく。ぬけていく。力が、意識が。首筋から引き抜かれていくような、思考が、覚束なくて、
「は、はははは! なるほど!! 黒服の推測は正しかったわけか……ゴールドクラス。しかも、
笑い声がうるさくて、頭に響いて。意識を保つために噛み締めた奥歯が、ガタガタと震えている。
「これはゲマトリアへの納品用にとっておけ。例の『
意識が、意識が────、
「────これの複製が叶えば、キヴォトス制圧も夢では無い」
おち、ていく。
◇Interlude out◇
「────んせい、」
体が揺さぶられている。暗闇の中にある意識が徐々に浮上していくような感覚。
「────先生」
起床時のソレとはまた違う。押し付けられていた意識が急に、無理矢理引き上げられるような。思考の再起動はヤケにゆったりとしていて、重たい瞼を開けば視界は酷く霞んでいた。
「……、……シロコ」
徐々にクリアになっていく視界。俺の目の前にはシロコがしゃがみ込んでいて、アビドスに来た最初の日のことを思い出させた。といっても今回は野外ではなく屋内。別に遭難もしていないけど。
ふと視線を横に向ければ、屋上に続く扉が見える。どうやら俺は踊り場で眠りこけて居たらしい。開け放たれたその先には既に夜空が広がっているのが見えて、
「何で俺はこんな所で寝────」
……いや、待った。
「シロコ。ホシノはどうなった!?」
俺の声を聞き、シロコの肩が小さく跳ねる。俺の目に真っ直ぐに向けられていた視線はゆっくりと伏せられ、長いため息を吐き出した。
「……ごめん」
「……、……そうか。でも謝るコトないよ」
ホシノを止められなかったのは俺も同じだ。別にシロコのせい、というワケではない。
そんな俺の言葉を聞いて、未だに罪悪感が拭えない様子のシロコは何かを俺に差し出してくる。……白い、綺麗な封筒だった。
受け取って、中身を取り出す。出てきたのは二枚の畳まれた紙だった。
一枚はおそらくホシノが書いたであろう、女の子らしい文字が並ぶ手紙だった。
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先生とアビドスのみんなへ
正直こんな形の別れになるとは思ってなかった。……ごめんね。
私ね、カイザーと取り引きしたんだ。きっと、アイツらが欲してるのはお金なんかじゃなくて……私たちの身体。私たちの神秘。私がカイザーの所に行く代わりに、アビドスをもう襲撃しない、って。
キミたちの目が覚めた頃には、全部が終わってると思う。明日からは、また平和な毎日がまた送れるはずだからさ。おじさんなんかのことは忘れて、ちゃーんととびっきり幸せになってくれないと嫌だよ。
笑ってるみんなが大好きでした。みんなと過ごす毎日が大好きでした。大切な場所でした。
だからごめんね。それから、ありがとう。
小鳥遊ホシノ
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「────、────」
思わずため息を吐き出しながら手紙を折り畳む。封筒の中のもう一枚は『退学届』と書かれた書類。アビドスの校章が記されていて、この学校の正式な書類であろうことがわかる。
手紙と同じ筆記で『小鳥遊ホシノ』とサインがされていて、あとは俺が名前を書き込み、シャーレの印鑑を押せば終わり────。
「……先生」
掠れた、消え入りそうな声で俺を呼ぶシロコ。向けられた視線は小さく震えて、不安の色を濃く宿しているのがわかる。
その先は何も言わずとも、その視線が何を問いかけているのかは理解できた。
「どうするか、なんてのは決まってる」
重たい身体を立ち上げる。そのまま両手で退学届を強く摘み、
「ホシノを助けに行くぞ。どのみち、カイザーとの衝突は防げない。ヤツをぶっ飛ばす理由が増えただけだろ」
勢いよく破り捨てる。
こんなのは認められない。こんな形の別れは認めない。たとえ誰かが責任を取らなければいけなくとも、ソレはホシノの仕事じゃない。
「────準備するぞ、シロコ」
「……ん」