椅子を引っ張ってきて向き合って座り、ことの顛末を語ること数分。俺の話を聞き終えたアロナは腕を組み、何度か小さく頷きを返した。
「なるほど……だいたい理解できました。連邦生徒会長がいなくなったことで、キヴォトスのタワーを制御する手段がなくなった、と」
「そういうコトらしい。アロナは、その連邦生徒会長の居場所を知ってたりしないのか?」
「ん〜……私はキヴォトスの情報の多くを知っていますが、連邦生徒会長のことはよく知りません。彼女が何者なのか。どこに行ってしまったのか。彼女がどうして居なくなったのかも……ごめんなさい。ああでも! サンクトゥムタワーの問題は、私が解決できそうです」
……連邦生徒会長の行方がわかれば、七神の力になれるかも……とは思ったんだけども。知らないものは仕方ない。
本来の俺の目的はサンクトゥムタワーをどうにかすること。それが叶うのなら、一旦は良い────ということにしておくか。
「そっか。じゃあ頼むよ、アロナ」
「はい! それでは────サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します!!」
アロナの目の前に浮かぶ、無数の電子の画面。そこに幾つかの文字列が並んで、それを眺めているだけの時間が続く。
……驚いた、というのは失礼かもしれないが。こうしてみると、アロナは本当に優秀なんだな。自分で言ってしまうことで台無しにはしているけれど。
「────サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了。並びに、復旧作業も終了しました! 今、サンクトゥムタワーは私の統制下にあります。先生が承認してくだされば、連邦生徒会に制御権を移管することもできますけど……」
「ん、ありがとうアロナ。そのまま連邦生徒会に渡してくれて良いよ」
「かしこまりました。では、そのように────」
ピロン、と短い通知音が響いて。アロナの目の前に広げられていた、無数の電子の画面が閉じていく。
「はい。制御権の移管、終了しました。これでキヴォトスの混乱は解決に向かうと思われます。あとは、士郎先生の問題ですが……」
まあ、そうだな。ようやくこうして、落ち着いて考える時間ができたワケだし。
改めて、椅子に腰掛けた自分の体を見下ろす。記憶よりも大きな身長と、ほんの少し成長した筋肉。気づけば知らない場所にいて、知らない子たちに囲まれていた現状。
キヴォトスの問題が解決に向かえど、俺の目の前にはまた別の問題が横たわっている。
体の調子を確かめるように掌を開閉する俺をしばらく眺めて。アロナは、まっすぐに視線をこちらに向けながら、再び口を開いた。
「連邦生徒会長のことと同じく。士郎先生の身に起こっている問題のことも、私には正直わかりません。このキヴォトスでは不可思議現象が起こることは多々ありますが、事例のないことというか……」
「そう、か」
「でも、私から提案できることはあります。……まずひとつは、このまま
「まあ、そうだな。シッテムの箱を起動できるのは俺だけ、という話だったんだよな?」
「そうですね。連邦生徒会長から許諾を得て、かつ託された士郎先生だからこそシッテムの箱を起動し、サンクトゥムタワーを復旧させることができました。……私はシッテムの箱に常駐している管理者であり、メインOS。そして、シャーレの先生を補佐する秘書────しかし、今の貴方は……今こうして私と会話を交わしている貴方は、
「……、…………」
その言葉に偽りはない。いわば、体は
「タイムトラベル、記憶喪失。様々な要因は考えられますが……何にしろその事実は変わりません。役割は終えた。自分には関係のないことだ、と……先ほど交わした『よろしく』の言葉は今なら取り消せますし、私も責めるようなことはありません。……少し寂しいですが。えへへ」
「そ、そんな顔をするとその選択肢を取りづらいな」
「ああごめんなさい! うぅ……話を続けます。そして、提案がもうひとつ。これは反対に、この町に『シャーレの士郎先生』として残ること」
二つ目、と示すように。アロナは指を二本立てて、言葉を続けた。
「先ほど挙げた要因────タイムトラベル、もしくは記憶喪失。前者だった場合はその士郎先生の身体から、本来の貴方の身体に戻る手段が見つかるまで。後者だった場合は……まあ何かの拍子に記憶が戻ることもあるかもしれませんし。それまで、シャーレの先生としてここに滞在するのも悪くないと思います。……わ、悪くありません、よね?」
「ん、ふふ。そうだな。少しばかり物騒だけど、悪い場所では無いと思ってるよ。ここまで来るのに会った子たちも、良い子ばかりだった」
「なら良かったです!」
さて。多分、アロナから提供できる案────というのは今ので最後だったらしい。笑みを引っ込め、俯きがちに視線を向けるアロナから目を逸らして。壁の向こうに広がる海へと、俺は視線を向けた。
このまま帰るか、ここに残るか。アロナの提案はどちらにも納得する気持ちはあった。
自分では無い自分に課せられた仕事。まだ心は大人になりきれて居ないけれど、大人として────先生として振る舞うこと。
数時間の『刺激的な思い出』として自分の胸の内側にしまい込み、キヴォトスを去ること。
…………、……俺は、
「なあ、アロナ」
「……なんですか?」
「なんで連邦生徒会長は、
「それは……まあ。必要だったから、だと思います。彼女がキヴォトスを不在にした今、サンクトゥムタワーが復旧したとしても。インフラが元に戻って、行政権が連邦生徒会に戻ったとしても────問題がゼロになるわけでは無いでしょうから」
アロナは『彼女』をよく知らないと言っていた。けれど、そのアロナの視点から見ても。今の言葉の通り、連邦生徒会長の抜けた穴は大きいのであろう。
その穴を埋めるために、俺を────いや。大人の俺を呼んだ。必要とした。だとすれば、
「うん。……うん。なら尚のこと、俺はここを去るワケにはいかないよ」
「────!!」
「大人の俺に比べて、
「いえ、そんなことはありません!! 嬉しいです。とっても!!」
「こらこら。そんな勢いよく椅子から立ったらまた怪我するぞ?」
この俺では無いにしろ。衛宮士郎を必要としてくれる人がいる。
俺からすればやる
なら俺はここを去るべきじゃない。残って、力になれるなら力になりたい。何よりこのまま帰って『今頃どうしてるか』と心配しながら生活するのは精神衛生上あまりよろしく無いのだ。
記憶が戻ったり、元の時代に帰れるようになった時のことは、その時にまた考えれば良い。
「そもそも、元々あまりキヴォトスを出ていくつもりはないよ。『先生』として俺が必要とされているのは、なんとなく理解してた。だから力になりたい、と思っていたし」
「そうですか……ううう、良かったです。なら改めてよろしくお願いします、士郎先生!」
◇◆◇
シッテムの箱から現実に戻った後。七神の口から直接、連邦生徒会にサンクトゥムタワーの制御権が無事譲渡されたことを聞いた。
シャーレの周りの不良生徒の残党も無事確保。狐坂は自治区に逃げ込んでしまったらしいが、すぐに捕まるであろう、ということも。
今回の一件に協力してもらった各生徒に挨拶を終えて。俺は、机と椅子以外大した家具もないシャーレの部室で、タブレット端末を両手に天井を眺めていた。
もうじき日が沈む。夜が来る。
色々あった一日だった。それこそ驚きと衝撃の連続で、疲労感が体のあちこちから主張を辞めないけれど。
刺激的で楽しかった。そう思う自分もいる。
……ああ勿論、銃撃戦の真ん中に自身を置くことに楽しみを見出しているワケではなくてだな。
「……今日はもう寝よう」
これからきっと忙しくなる。七神が机の上に遠慮なく置いて行った書類の山が、無言の圧でそう告げているから。
シャーレは特に、明確な目的が定められていない。俺のやりたいようにやれば良い。
なら、とりあえず。困ってる生徒たちの力になる、という方向で────。
いいや、もう更新してしまえ、の気持ち。