プロローグ
俺が『シャーレ』という部活の顧問に就任してから、一週間の月日が経った。
最初は驚きしか無かったこの町の風習や住人にもようやく慣れを感じ始めてきた。そこらの櫻の木には桃色の花が咲き、
暖かな陽の光を浴びながらやってきた目的地の入り口には、端末を片手に弄りながら背中を壁に預ける早瀬の姿があった。
「おはよう早瀬。悪いな、今日も付き合わせちまって」
「あ、先生! おはようございます。良いんですよ、私も先生の力になりたくてやってることですから」
俺の姿を視認するなり、早瀬は櫻の花に負けない、綺麗な満面の笑みを咲かせる。
俺がやってきたのは『ミレニアムサイエンススクール』の一画。実習センター。中には様々な機械設備が揃っていて、最初に訪れた時には思わず目を見張ったのを覚えている。正直楽しくて仕方なかった。
まだ早い時間だからか、中には他の生徒の姿は特になく。今日も今日とて貸切状態である。
「というか、先生の方こそ大丈夫なんですか? お忙しいでしょうに、こんなに朝早い時間で」
センター内の奥。射撃スペースに向かい、自身の愛銃を取り出して。マガジンを抜き取りながら、早瀬は俺を横目に見ながら問いを投げかけた。
「良いんだよ。早瀬はこれから授業があるだろ? 放課後もセミナーで何かとやるコトがあるだろーし。時間をもらってる以上、邪魔するワケにいかないしさ」
「それを言うなら先生だってこれから〝やること〟があるでしょうに……まあ、これ以上は水掛け論になりますかね。わかりました。じゃあ心配はしないでおきます。……なんか、思ったよりしっかりしてるみたいだし。先生」
なんかサラッと失礼なコトを言われた気がする。まあ、気にしないでおくか。
さて。キヴォトスに来てから四日ほどミレニアムに通い詰めているのは。早瀬にとある実験に付き合ってもらっているからであった。
俺はシャーレのジャケットのポケットから五発の弾丸を取り出すと、そのまま早瀬に差し出す。
「じゃ、今日もよろしく」
「わかりました。今日も撃った感覚をお伝えすれば良いんですよね?」
頷きを返せば、早瀬は差し出した掌から弾丸を受け取って。そのまま空のマガジンに装填されていく。
装填が済んだアサルトライフルを構えると、銃口は目の前の、人型の模様が描かれた的に向いた。
「ふ、ぅ────」
鼓膜を揺さぶる小さな呼吸音。一拍の間があり、俺が両手で耳を塞いだのを確認した後で────発砲音。一発目。
「ん……反動が大きいですね。火薬の量が多い……? 私が普段使ってるのに比べて、ですけど」
二発目。
「今度は逆に少ないですね。本来想定されている射程距離に届かないかも」
三発目。それが的に着弾した後で、早瀬は小さく首を傾げた。そのままの勢いで、四発目、五発目────。
「……先生。今回、市販のものが混ざっていたりしますか?」
「うん? いや。そんなコトないけど」
「本当に? じゃあ驚きです。三発目、四発目、五発目のモノは私が普段使ってるモノと大きな差がなかったように感じました……それこそ、混ぜられても気づかないくらい」
……よし。良かった。思いの外早く正解に辿り着けたみたいだ。
「早瀬、空のマガジン借りて良いか?」
「はい、どうぞ」
手渡されたマガジンを受け取り、魔術回路を起動する。
袖の先から漏れ出る、淡い黄緑色の光。それを確認した後でマガジンの内部に意識を向けて、
「
作成、複製を開始する。今日
『衛宮くんの投影魔術は、きっと固有結界由来のモノなんでしょうね』
聖杯戦争を終えて。魔術の修行を遠坂につけてもらっていた時。アイツが何気なく言い放った言葉だ。
『だから〝剣〟以外の投影物はからっきし。貴方の言葉を借りるなら────ガラクタだとか、ナマクラってコトになるんでしょう。……衛宮くんの起源が剣だとか、特殊なモノなのかしら』
遠坂の言葉を全面的に信用するのであれば、剣以外は大したモノは作れないってコトになる。
とはいえ、弾丸だって無限にあるワケじゃない。
「────
言いながら渡したマガジンを受け取り。興味深そうにしばらくソレを眺めいた早瀬は、俺を見上げながら口を開いた。
「何度見ても不思議ですね、これ。大人の力……でしたっけ。どういう仕組みなんですか?」
「はは、悪いな。イタズラに広めると俺が怒られちまう。だから内緒ってコトにさせてくれよ」
「ふぅん……まあ良いですけど。先生のことだから、悪用なんかはしないでしょうし」
じとり、と半目で暫く俺を眺めていたモノだけれど。どうやら俺の言葉に納得してくれたらしく、そのマガジンを銃身に装填して。込められた弾丸の半分ほどを的目掛けて発砲すると、満足気に頷いた。
「うん。完璧です、先生」
「そっか、良かった」
シャーレの先生ってやつになったのは良いが。俺が彼女たちにしてやれるコトはだいぶ少ない。それが増えたと考えれば
今悩んでいることはないか、困っていることはないか。そんな話を早瀬から聞いていると、センターの入り口から足音が近づいてくるのがわかる。
肩越しに背後へと振り返れば、その足音の主は緩く手を振ってきた。
「おはよう、先生」
「
彼女は白石 ウタハ。ミレニアムサイエンススクールの『エンジニア部』に所属している三年生。
そのまま白石は俺のそばまで歩み寄ると、態とらしいため息を吐き出した。
「どうかしたか、って……私に
「え。いや、もう完成したのか……? まだ頼んで三日だぞ」
「ああ、無事完成したよ。注文通り、先生の望む性能を。それでいて無駄なモノはつけないように」
言いながら、目の前に差し出されたのは小さなアタッシュケース。ソレを受け取り、留め具を外している最中、早瀬が俺の手元を背後から覗いてきた。
「? なんですか、それ?」
「ふふ。よくぞ聞いてくれた。これはね。Bluetoothで接続した、先生のタブレット端末の画面を直接視界に映す機器────言うなれば、
アタッシュケースの蓋を開けば、耳に引っ掛ける形状の小型の機械が顔を見せる。白と青を基調とした、ミレニアムらしい配色のソレと……あとは、コンタクト……?
「仕掛けとしては、その耳に装着する機械からレーザーを放ち……そしてコンタクトレンズに映写する、というモノだね。先生の希望通り、視線誘導で画面の操作ができるようにもしてある」
「助かる。……こんな短時間で作れるモノじゃないだろうに」
「途中から楽しくなってきてしまってね……ランナーズハイ、という感覚に近しかった。勿論、私ひとりではなく他の部員にも手伝ってもらったりもしたけど。出来は保証するよ」
その気持ちはわからないでもない。俺もガラクタの修理を始めて、気づいたら朝になってた────なんて経験はしたことがあるし。
改めて頭を下げ、アタッシュケースから取り出した機械とコンタクトを装着する。タブレット端末────シッテムの箱を操作してソレに接続すれば、目の前いっぱいにその画面が表示された。
「何か使用感に不満があればまた連絡して欲しい。制作に携わったからには、アフターケアもしっかり行わせてもらうよ」
「何から何まで本当にすまない。今度何か奢らせてくれ」
「いや、良いんだ。先生のソレが問題なく動作するようであれば、私たちの間でも導入しよう、という話になっていてね。テスターになってくれるだけで十分だよ」
なんて言いながら身を翻し、センターの出入り口へと戻っていく白石。
建物から出ていく瞬間に見えたその横顔は満足気ではあったが。大きなあくびが漏れ出て、締まりが悪そうにそそくさと何処かへ向かって駆けていく。
まったく……制作を依頼する時に、無理はしないようにと伝えたはずなのに。
───√ ̄ ̄Interlude 02
キヴォトスの住人には認知されない、世界のどこか。
煌びやかな街並みと暖かい陽の光に包まれる彼女たちが暮らすキヴォトスとは正反対な光景。
薄暗い部屋の中。部屋の闇に同化するような黒い頭を持った、黒服の何か。体格や形状からして大凡『ヒト』であろうと察することができるソレがひとり、椅子に腰掛けたまま本のページを捲った。
断続的に聞こえてくる紙の音。チク、タク、と秒針が奏でる機械音。それだけが全てだったその一室に、がちゃり、と扉が開く音が聞こえる。
ドアを潜り、部屋に入ったその人影はカソックを身に纏った大男であった。
後手に扉を閉めると、部屋の中央で本から視線を上げたソイツに声をかける。
「……おや。今日はキミひとりなのか、黒服」
「これはこれは。こんにちは、
「そうか。打つつもりで来たのだが」
「それは残念。私としても、貴方への負け分を取り返したいのですがね……」
言いながら、二人の────言峰と黒服の視線は、部屋の隅に片付けられたひとつの机に向いた。今は布に隠されて見えないが、その下には無数の牌が横たえられている。所謂、全自動麻雀卓というヤツである。
「二人では打てませんし」
「そうだな。今日のところは私も、大人しく読書にでも勤しむとしよう」
机を挟んで向かい側の席。言峰は黒服に向き合う形で腰を下ろすと、懐から取り出した本を開く。
「今日は貴方は何処へ行っていたのですか?」
「……トリニティ学園の教会へ。これでも、
「ククク。
ページの文字列を追っていた言峰の視線が止まった。その後で、数秒の沈黙。その視線はページに落とされているはずなのに、何処か遠くを見ているようで。自身が目にした記憶の断片を追っているような。
「教会は私の世界と変わらず。だが────、」
陽の光を受けて鮮やかに輝くステンドグラス。教会の中に響くオルガンの音と、生徒たちの口から紡がれる讃美歌。そして、
「────『生徒』という存在は、凄まじいな」
神に祈るように。両手を合わせる生徒の面々。
この世界の日常。その学園に於ける日常的な風景。
しかし、外部から来た魔術に精通した人間である言峰には。その光景に、薄ら寒さを感じていた。
「……と、言いますと?」
「そのひとりひとりが、私の居た世界に比べて膨大すぎる程の魔力を内包している。アレはもう、『ひとり』ではなく『ひと柱』と数えても良いほどだろうな。魔力のソレも、現代ではなく神代に匹敵すると言っても良い。その膨大な魔力や神秘を────自覚も無しに持て余し、振り撒いて生活している。アレは最早、人を模った化け物だ」
「ククク……なるほど。貴方の目にはそう映るのですね」
所持している魔力が少ないものでも、低級サーヴァントとされるモノ程の魔力量がある。薄ら寒さや気味悪さを覚えるのと同時に、時計塔の魔術師が目にすれば卒倒するだろう……という気持ちも言峰の中にはあった。
可愛らしい見た目をした『
「だがまあ……キミたちが『利用できる』と思うのは、心の底から同意する」
◇Interlude out◇
ミレニアムからシャーレの部室へ。町の面積が広いせいで移動時間も馬鹿にはならないが、通い詰めた四日間でそれにもだいぶ慣れてしまった。
来たばかりの頃に比べて家具や収納スペースも増えたシャーレの部室。その扉を開いてデスクチェアに腰掛けると、そのまま目の前のパソコンを起動して。懐から取り出したタブレット端末を机に置く。それと同時に、
『おかえりなさい! お疲れ様です、先生!』
「ただいま。ありがとう、アロナ」
タブレット端末の画面の隅に。ひょっこりと顔を見せるアロナ。笑みを浮かべながら手を振るその姿はだいぶ可愛らしい。
『にしても私も、何度見ても不思議だなって思います。あの……とれーすおん、ってアレ』
「んなこと言ったら、俺からしてみればアロナの存在も不思議だけどな。俺の居た元の時代には、キミみたいに画面の向こうで流暢に喋る……しかも会話するようなヤツなんて居なかったよ」
すっかり習慣になっていた魔術の鍛錬。投影魔術を繰り返し行い、その作業を体に慣らしていく────というモノ。
投影する対象は剣から銃弾には変わったが、キヴォトスに来てもそれは変わらず行なっていた。
その度に画面の向こうから不思議そうにアロナは眺めていたモノだけれど。言葉にした通り、俺からしてみればだいぶアロナも不思議生物である。
なんて思っているところでパソコンは完全に立ち上がり、画面の隅にメールの受信を告げるウィンドウが通知音と共に立ち上がる。知らない名前の送り主に首を傾げながら、そのメールを開いて、
「ん、む。これは────」
そこに書かれていた内容に。俺は思わず、眉間に皺を寄せるのだった。
はい、というわけで一気に更新です。次の更新は今週の土曜日です。そこから週一投稿で行きます。
なんかアヤネからの手紙をメールとして書いてしまってますがミスです。次の話から修正してあります。申し訳ない。