────足を回す。
目的地はアビドス自治区、郊外。砂の山が積もり広がる地帯の一角にある倉庫だ。砂に足を取られて走りづらいことこの上ないが、だいぶ慣れてきたし。弱音を吐いている場合でもない。
ヘルメット団の前哨基地の位置は生きている監視カメラを通してアロナが特定してくれた。戦場に生身で立ったことを出会い頭に咎められたが、それはまあ一旦横に置いといて。
「そろそろ着くぞ。みんな大丈夫か?」
言いながら、背後へと振り返る。小鳥遊、黒見、シロコ、十六夜と順番に視線がかち合って────奥空は、俺たちの頭上を飛ぶヘリの中だ。
走りながらもそれぞれが頷いたのを確認してから、耳に付けたAR機器の電源を入れた。
視界に広がるシッテムの箱の起動画面。同時に視界の隅から不服そうなアロナが顔出し、ジト目を向けてくる。
『今回も前線に立つんですか?』
「え? あ、ああ。そのつもりだよ」
『ふぅ〜〜〜ん……まあ、良いですけど。先生の強さは十分に伝わりましたし。いざとなれば私がどうにかしますし……』
……とは言ってるけど未だに表情は不服そうだ。納得してないんだろうな、これは。
『…………、……道中でAR機器用のUIを作っておきました』
「ゆーあい……?」
『先生、たまにお爺ちゃんみたいですよね……ARも私が説明するまで知りませんでしたし。言うなれば、表示される画面形式です。展開しますね!』
引っ込んでいくアロナと交代する形で表示される画面。視界を覆う形で表示されたソレは、『AR機器用』と言うだけあってかなり見やすい。
右下にはそれぞれ、いつ撮影したのかはわからないがアビドスの面々の顔写真が表示されていて。左下の地図アイコンを注視すれば、透明度の高い辺りの地図がポップアップする仕掛けだ。
俺が前進するのと同じ速度でその地図は更新され続けていて、細かな遮蔽物の類は表示されていないものの、その他は俺が魔力で読み取っている風景と遜色ない。
『その地図を開いた状態で、右下のアビドスの方々のアイコンを視線で地図上にドラッグ&ドロップ────は、通じますよね?』
「ああ、キミに教わったから」
『地図上にドラッグ&ドロップすると、予め先生が設定しておいた合図が該当生徒さんの通信機に送られます。……先生がアビドスの方々に合図の説明をするのを聞いて、何と無く先生がやりたいことを察知して作ったんですが……あってますか?』
「ふふ、あってるよ。ありがとうな、アロナ」
『はい! 先生の有能秘書なので!』
そう。白石にこの機械を作ってもらったのはこの為。
キヴォトスに来てすぐの戦闘。一度目のあの時に、前線に立ちながら口頭で生徒たちに指示を飛ばすのはなかなか骨が折れたモンだから。ソレに慣れるよりも、自分に適した方法を手に入れた方が早いのではないか────なんて。
完成するよりも早く俺の方が慣れたんならソレはソレ。併用して、余裕がない時は使う……程度に考えていたモノだけど。俺の予想よりも早く、望みの品は完成した。帰ったらまた白石────というか、エンジニア部の面々にお礼をしないとな。
心の中で遠くの白石に手を合わせたあたりで。俺たちは目的地に辿り着く。
各々が左右に別れて扉脇の壁に背中をくっつけ、荒くなった呼吸を整える。その間に内部の状況を読み取って、大まかな遮蔽物の位置を、視界の地図にマーキングした。
中にいる生徒は五十四人。正直、数だけで言えば圧倒的に不利────ではあるのだが。
「……突入のタイミングは先生に任せるよ〜」
初対面での小鳥遊の印象。聖杯戦争の記憶が引き摺り出されるほど、濃密な魔力。
この子が居る限り、俺たちに負けはない。そう思わせるほどの凄みが、彼女の中にはある。
「────入り口付近に見張りは二名。俺と小鳥遊で無力化して……後の面々は作戦通りのポイントに展開。あとは、適宜指示の通りに! 突入!!」
「ん、了解」
「りょうか〜い」
「了解!」
「了解しました〜☆」
『了解です!』
背中に返事を聞きながら、倉庫内へと突入。突然現れた俺と小鳥遊の姿に面食らった見張りの二人の片方────その懐に潜り込み、両手に握った双剣を振るう。
「────、し」
銃身を切断。同時に室内の両壁沿いに置かれた弾薬や資源が入った無数の箱を地図にマーキングし、奥空に射撃指示を飛ばす。
上空から降り注ぐ弾丸の雨。箱が弾ける音と、着弾音に大きく跳ねさせたソイツの背後に回り、膝の後ろに足を押し込み転ばせ、気絶させようとしたところで、
「はぁ〜い、もいっちょ上がり〜」
小鳥遊のショットガンが目の前の生徒に着弾する。意識を失い地面に倒れ伏したところで、前方の遮蔽物に小鳥遊と身を隠した。
「────小鳥遊、よく見てるな」
「んぇ? んー、そうかな。そんな大したことしてないよ〜。まあでも、先生はシロコちゃん達に指示を飛ばしたりしてるから、それに比べたら反応は早いかもね」
それを抜きにしても、だ。俺がさっきの子を制圧するよりも早く、的確に無力化して。そして、俺の動きを気にしながら周囲を警戒していた。
戦闘の中で俺以上に誰かを気にする余裕がある。本気を出していない、というワケではなくて────有り余る程の力を、的確に配分する能力を持っている、という印象だ。
背中の遮蔽物に、無数に弾丸がぶつかる音がする。その中で小さくため息を吐き出す小鳥遊の表情は眠たげだけれど。そのあべこべな様子に、思わず小さな笑みが漏れた。
「おじさんの顔、そんなにおかしい?」
「いや、可愛らしい顔をしてるなと思うよ。……ではなくて。頼りにしてる」
「おじさんを頼りに? やめてよ〜荷が重いからさ〜」
「何謙遜してるんだよ。だって小鳥遊、この中で一番強いだろ?」
「────、────」
一瞬、笑顔が引っ込む。が、青色の瞳が俺に向いて、すぐにいつもの笑みに戻った。
「それは、おじさんの学年が一番上だから?」
「いやなんだろ……立ち振る舞いから、かな。その次にシロコが強いだろ、多分。こっちはあまり自信がないけど」
「ふぅん……?」
……これはどっちの『ふぅん』だろう。納得されたのか、不審に思われて警戒されているのか。イマイチ表情からは読み取れない。まあけど、どっちにしろ、
「俺のことは気にしないでいいよ。俺に合わせようとしなくていい。小鳥遊の好きにしてくれ」
俺が足を引っ張るのは頂けない。それに、アビドスを救うため────という気持ちは勿論あるが、今回俺のワガママに付き合って貰っているような形なのもまた事実なワケだし。
鎮圧。しかし、加減はするように。降伏の姿勢を見せたらすぐに銃は下ろしてくれ。それが、ここに着く前にアビドスの面々に告げた指示だ。
数秒の沈黙がある。俺を見つめた小鳥遊の片目が、何度かの瞬きで瞼の裏に見え隠れして。笑みを浮かべたままの小鳥遊が口を開く。
「じゃあ、先生が合わせてくれる?」
「善処する」
「仕方ないなあ……ま、早く終わらせて帰って昼寝したいし。おじさん、頑張っちゃおうかな」
肩から下げた四角い鞄のようなモノが展開され、盾へと変貌を遂げて。懐から取り出したスタングレネードを小鳥遊は遮蔽物の向こうに投げ込めば、展開したソレを構えたまま飛び出す────。
その背中を見やり、両手の干将・莫耶を左右に投げる。回転を伴い、弧を描くように宙を駆ける双剣は、狙いと違わず閃光で目が眩んだ敵対生徒の銃身を真っ二つに切り裂いて行き、漏らした生徒はシロコたちに任せるように指示を出す。
銃が無効化され、それでも戦意を失わない連中は小鳥遊が次々と撃ち抜いていき、次々と敵対生徒の数が減っていくのがわかる。
戦況が傾く。穴の空いた守備────数の有利が意味をなさず、混乱と被弾の声が倉庫内へ響き……そして、
「はい、最後のひとりだよ」
校庭で俺と会話を交わした、色違いのヘルメットを被った生徒。最後に残ったその子が、小鳥遊のショットガンの銃口を突きつけられ────両手を挙げて地べたに座り込んだ。
「ンだよ、噂は本当だったのか。少なからず誇張してるかも、とか思ったんだけど……まぁ事実、そのよくわからん剣で銃弾を斬った時点で察するべきだったかな」
ヘルメットの中から、何やら不貞腐れた声が聞こえてくる。それから態とらしく吐き出されたため息も。
その様子から彼女に戦意は最早無いことを察したのか、アビドスの面々が銃を下ろすのがわかった。
「……で、キミ。なんでアビドスを襲撃したんだ?」
「そんなこと聞かれて答えると思ってんのかよ? あからさまな殺意と敵意を向けられてる中でさ。誰かからモノを聞く態度じゃ無いよな」
……小鳥遊を除いて、ではあるけれど。
「ん〜? まぁね〜。おじさんはキミのことを十分に信用してるわけじゃないし。まだ何か武装を隠し持ってるかもしれない。それで先生を襲ったら大変でしょ?」
「……、…………小鳥遊」
視線と、それから短く名前を呼ぶだけで小鳥遊のその態度と発言を咎めれば。呆れたように片目を瞑ると、ようやく銃を下ろしてくれる。
「これで良いか?」
「いや、それでも話すわけねーけど」
……なかなか強情だな。これはかなりの筋金入りだ。
これ見よがしにやれやれ、と首を大きく横に振った後で。その子はそのまま、言葉を続ける。
「第一、先生。アンタの前提条件が間違ってる」
「……というと?」
「アンタみたいな急に現れた
……確かに、とは思う。今の俺は、その言葉を真っ向から否定し得る言葉を持ち合わせていない。
信用とは時間を賭して得るもの。顔を合わせてすぐに、『頼ってくれ』と甘い言葉をかける人間をすぐに信用できるほどその二文字は甘くない。
……だとしても。
「今の俺には担保がない。キミからの信用も無いかもしれない。だけど、キミの力にもなりたいと思う気持ちは本物だ」
「何の事情も知らないのに?」
「だからこそ、だよ。キミのことは何も知らない。知らないからこそ話して欲しい。アビドスを襲撃しなくちゃいけない程の事情があるんなら聞かせてくれ。シャーレはその為にあるんだ。ソレを頼るのは、生徒として当然の権利だと思うぞ」
「────、────」
しばらくの沈黙がある。全員の視線は、ヘルメットの彼女から外れない。
警戒しているのか、応えを待っているのか。小鳥遊たちの視線に込められた意図までは理解できないけれど。
「じゃあ、アンタは────」
「……うん?」
「────先生は。一緒に地獄まで落ちてくれ、っつったら落ちてくれんの?」
「…………」
思わずおし黙る。本気なのか、冗談なのか。うまく汲み取れなかった。
バイザーとガスマスクのせいで表情が見えないのもある。それでいて、『地獄』の間際に彼女が立っている────その可能性が『あり得ないもの』では無い、と。思う自分がいた。
ミレニアムのように落ち着いていて、かつ平和な学園があるのと同時に。
住んでいる生徒に『そもそも人が珍しい』と言わせるほどに、寂れている学園があるということを知らしめられて。
キヴォトスという場所の現実は、俺が思っている以上に厳しいだろうから────。
「なんてな。冗談。何でもかんでも生徒の言ってることを信じ込んで、真剣に考え込まない方が身のためだよ」
「本当に冗談なのか?」
「うるせえ。それこそ、アンタに話す筋合いは無い。アタシたちは、アタシたちなりのプライドを持って自分たちで生きてんだ。……さ、矯正局にでも何でも連絡するんだな。連れてくなら早く連れてけよ」
言いながら、バイザーの向こうから視線が向けられた対象は俺ではなく。自身の背後に立つ小鳥遊であった。
呼んで良いの? なんて意図が含まれた視線がこっちに向けられる。俺はしばらく黙り込み、小さなため息が漏れ出た。
これ以上は藪蛇か。話すつもりが無い以上、無理に聞き出して彼女の気持ちを蔑ろにする方が良く無い。信用がないのは事実ではあるし、対話の意思はもう無いのだろう。早くしろよ、なんて文句を言いながら足をバタつかせる彼女の意識から、俺は既に外されているような感覚があった。
「わかった。じゃあ、そうしてくれ」
倉庫の隅に寄った小鳥遊が矯正局へと連絡し。他のヘルメット団が逃げられないように拘束をしてる間も、俺と彼女の間には一切の会話はなく。
俺とこの子の間は、目に見えない分厚い壁で隔てられている気がして。実力不足を痛感することになる。