デバッガーズの夏【先行体験版】   作:EMM@苗床星人

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Log03『1日目:ワーカーホリックな神様の、初めてのなつやすみ』

 「おもてなし」も、友達と入るお風呂も、みんなで囲む晩ごはんも。

 それまでの私にとっては、データベースの中にしかない「他人の記録(ログ)」でした。

 あのポートに触れられた時、本当は少しだけ怖かったんです。

 冷たい機械の痕跡を見つけられたら、みんな逃げ出してしまうんじゃないかって。

 その覚悟はしとるつもりやったんですけども……

 でも、返ってきたのは、あたたかい肌の感触と、呆れるほど真っ直ぐな心配の声。

 

 あの夜、煙の向こうで笑っていたみんなの顔。

 演算を止めて、ただの女の子として眺めたあの青い夜空。

 管理者(アドミン)の仕事なんて、忘れてしまえたらよかったのに。

 ……なぁんて。 そんな「バグ」みたいな願いを、初めて抱いた素敵な夜でした。

 『みんな』も喜んどったよ……?

 

        —―燕糸 ヨーコ

 

 

     * * *

 

 

 鎮守の森を抜けて、蝉の声が降り注ぐアスファルトの道をぞろぞろと歩く五人の影。

  汗と土埃にまみれたデバッガーズの一行が辿り着いたのは、村の中でも一際大きな日本家屋――ひとみの自宅だった。

 

「うっわぁ、デカい……。ここがひとみちゃん家?」

 

「でしょ? 元々民泊『恵那』って名前でじーちゃんがやってた宿をリノベしたんだってさ。

 無駄に広いし掃除は大変だし、スマートダスト巻かれるまではWi-Fiのルーター三つ置かないと届かない部屋あったんだよ、最悪」

 

 もんたが感嘆の声を上げると、ひとみは気怠げに、しかし少しだけ誇らしげに鼻を鳴らした。

 重厚な瓦屋根に、最新のセキュリティロックがかかった引き戸。

 古さと新しさが同居するその玄関を、ひとみがIDタグ付きの指紋をかざして開錠する。

 

「ただいまー。……あー、客連れてきた。風呂借りたいんだけど」

 

「お邪魔します! おばさん、いつものメンバーに加えて転校生の子も一緒です!」

 

 ぶっきらぼうなひとみの背後から、こんが慣れた様子で声を張り上げる。

 すると、奥の居間からパタパタとスリッパの音がして、ひとみの母親が顔を出した。

 

「あらあら、お帰りなさい! こんちゃんも一緒だったのね。……まぁ、みんな泥んこじゃないの!」

 

「すいません、裏山でちょっと……その、自由研究の生態調査をしてまして」

 

「いいのよいいのよ、元気があって。お風呂ね?すぐ自動給湯入れるわね!」

 

 こんが淀みなく事情を説明(隠蔽)し、母親が手際よくタオルを用意してくれる。

 その一連の流れは、彼がこの家において「家族同然」の信頼を得ていることを物語っていた。

 

「……ほう。これが『おもてなし』いうやつですやね」

 

 その様子を、ヨーコは玄関の隅で、珍しい生き物を観察するように目を輝かせて見つめていた。

 彼女にとって「家」とはEMM社の無機質なラボか、堅苦しい屋敷しかない。

 こんな風に、土足のまま上がり込めそうな温かい空気感は、彼女のデータベースにはない未知の領域だった。

 

「さ、行くよ。こっちが男湯、そっちが女湯」

 

 ひとみが案内したのは、脱衣所の暖簾がかかった長い廊下だ。

 かつて民泊だった名残で、この家には「殿方」と「御婦人」と染め抜かれた暖簾が下がる、数人は余裕で入れる大浴場が二つ備わっている。

 

「すげーのだ! 旅館みたいなのだ!」

 

「おう、シャンプーとかは備え付けの使っていいぞー」

 

もんたがこんと共に男湯へ消えていく。

 

「ほな、うちらは『御婦人』の方やね。……ふふ、メンテナンス(入浴)かぁ。ハードウェアの汚れを落とすんも、管理者の務めやもんね!」

 

「……あんた、時々言葉選びが変だよね」

 

 謎のやる気を見せるヨーコに、ひとみは呆れつつも、ミズキと共に女湯の暖簾をくぐる。  脱衣所からは、カコーンという桶の音と、甘い入浴剤の香りが漂ってきた。

誰かとの入浴。

 ヨーコにとって、それは初めての「何もしなくていい時間」への入り口だったのかもしれない。

 

 

     [ 御 婦 人 ]

 

 

 

 恵那亭の女湯は、元民宿の看板に偽りなく、家庭用とは思えないほど広々としていた。  湯船には合成入浴剤によって淡い桃色の湯がなみなみと張られ、浴室全体に甘く華やかな香りが湯気となって立ち込めている。

 脱衣所で服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿となった三人。 ヨーコが洗面器を手に鏡の前の椅子にちょこんと座り、体を洗おうとした、その時だった。

 

「「……せーのっ」」

 

 背後で示し合わせたような掛け声がしたかと思うと、左右から伸びてきた手が、ヨーコの細い二の腕を「わしっ!」と鷲掴みにした。

 

「……んにゃ?」

 

 突然のことに、ヨーコは間の抜けた声を上げてぱちくりと瞬きをする。

 振り返れば、ひとみとミズキが、まるで研究対象を見る科学者のような真剣な眼差しで、彼女の肌を揉みしだいていた。

 

「むむむ……」 「……ふむ」

 

 もみもみ、もみもみ。 その手つきは、単なるスキンシップの域を超えていた。

 具体的な技能で言えば〈生物学〉や〈解剖学〉、あるいは〈電子工学〉を総動員して、皮膚の下に隠された構造を探るような、執拗な「検品」作業だ。

 

「ちょっ? ぅや、あははっ、なに、なになにっ!? なにしてはるんよぉ!」

 

 くすぐったさと羞恥心に、ヨーコは身をよじって抵抗する。

 しかし二人の検査官は容赦ない。肩の関節、背骨のライン、あばら骨の感触。 そのどこにも、硬質な金属のフレームや、冷却ファンの駆動音、あるいは人工皮膚の継ぎ目は見当たらなかった。

 あるのは、年相応の少女の、柔らかく温かい肌の弾力だけ。

 

「……ちぇっ、なんだ。人間かぁ」 「……はぁ。よかった、人間だ」

 

 その事実に、ミズキは心底残念そうに唇を尖らせ、逆にひとみは心底安心したように深くため息をついた。

 

「今ちょお、捕獲される宇宙人の気分は味わいましたけどなぁ!?」

 

 解放されたヨーコは、自分の腕をさすりながら、ふーふーっと息を切らして抗議の声を上げる。

 

「いや、だってさ。あんた、たまに言動が機械っぽいじゃん?

 だからてっきりEMM社の作った精巧なロボットなんじゃないかってさぁ。

 昔そういうアニメあったじゃん、死んだ息子に似せて作られた、みたいな」

 

「あー『鉄腕トビオくん』? 残念ながら生身やよぉ。……期待させてしもてごめんな?」

 

 ひとみのSFチックな疑念に、ヨーコは苦笑しながら、再び体を洗おうと背中を向けた。 その時、ひとみの目が一点に吸い寄せられた。

 

「……あ」

 

 ヨーコの白く華奢なうなじ。

 髪をかき上げたその首筋に、一つだけ、異質なものがあった。

 それはアクセサリーではない。皮膚に馴染むように埋め込まれた、小さな金属製のポート(接続端子)だった。

 まるで、そこだけが人間であることを拒絶するかのような、冷たい銀色の輝き。

 

「……これ」

 

「あぁ……これですか?」

 

 ヨーコは振り返りもせず、泡立てたスポンジで自分の腕を洗いながら、淡々と言った。

 

「これは『旧式のイヅモ』をつけてた跡ですえ。『電脳眼鏡』いう名前でしたやろ? あれ、元々は重度の障害を持つ子供のための医療機器でしてな。

今でこそ、かけるだけで網膜に描画できて疑似痛覚や疑似触覚なんてやれてますけど……昔はこういうの体に埋め込んで、視神経に直結(ダイブ)せなならへんかったんですよ」

 

 その説明に、ひとみは言葉を詰まらせる。

 それは、彼女がただの「お嬢様」として蝶よ花よと育てられたわけではないことを物語る、痛々しい傷跡だった。

 

「……これ、お風呂入って大丈夫な奴?」

 

「もう中身の回路は塞いであるから、だいじょーぶですえ?」

 

 ヨーコはあっけらかんと笑うと、かけ湯をして、ざぱぁと桃色のお湯に身を沈めた。

 ひとみとミズキもそれに続き、三人並んで湯船に浸かる。

 

「ふぅ……」

 

 極楽のような温かさが、冒険で強張った体を解きほぐしていく。 湯気越しに、ヨーコは天井を見上げて、ぽつりと漏らした。

 

「まぁ、ちょっと周りとズレとるんは自覚しとるんですよ。

 お察しの通り、あの機械(イヅモ)がないと、声も出せないし、世界も見えない病気やったさかいな」

 

 彼女は、ひとみが「直接聞かない」という選択をした優しさに免じてか、少しだけ綻んだ顔で、自身の過去の一部を明かした。

 湯船に広がる波紋が、彼女の言葉を静かに受け止めて消えていく。

 それは、魔王が初めて人間に見せた、装甲の下の素顔だった。

 

 

     [ 殿 方 ]

 

 

 「殿方」の暖簾の向こう側。

 かつての民泊をリノベーションした恵奈亭の男湯は、子供二人には広すぎるほどの贅沢な空間だった。

 高い天井に湯気が満ち、淡い桃色の水面が揺れている。

 

「……どう思う? もんた」

 

 肩までお湯に浸かり、手拭いを頭に乗せて天井を仰いでいたこんが、静かに問いかけた。

 その視線の先では、広大な湯船をプール代わりにしたもんたが、バシャバシャと豪快にバタ足の練習をしている。

 

「ぷはっ! ……ヨーコちゃんのことなのだ?」

 

「ああ」

 

 こんは顔にお湯をかけて、溜まっていた汗と思考のノイズを洗い流すように拭った。

 そして、少し自嘲気味に白状した。

 

「俺は……正直、わかんなくなったよ。

 はじめは純粋に、情けないが……『怖い』と思っていた」

 

 神社の息子として、人ならざるモノの気配には敏感だった自負がある。

 教室で出会った時の彼女は、まさに底知れない怪異そのものだった。

 

「ひとみの裏の顔も既に知ってたし、何よりあの態度だ。

 『私は危険人物だから警戒しろ』って言ってるようなもんだと思ってた。

 ……だが、今日の態度は真逆だ。

 俺も親父の仕事を見てて、他人の心はある程度分かってきたつもりだったんだが……」

 

 こんは水面を見つめ、複雑な表情で呟く。

 

「今やあいつは、『心を二つ飼ってる』としか思えなくなったよ」

 

 その言葉に、もんたはバタ足を止め、ぷかぷかと湯船に浮かびながら「んー」と首をかしげた。

 カメラのファインダー越しに世界を見る彼は、こんとは違う角度で彼女を見ていた。

 

「僕は……よっぽど終業式で誰も寄り付かなかったのが、堪えたんじゃないかなって思うのだ」

 

「堪えた?」

 

「うん。自分はそれだけヤバいやつだけど、それでもついてきてくれるかなって、わざと怖がらせて試してたんだと思うのだ。でも……」

 

 もんたは脳裏に焼き付いた映像を再生する。

 さっきの森で、カゲリの記憶を見た時に浮かべた、痛々しいほどの悔恨の表情。

 そして今朝、ラジオ体操のカードにハンコを押してもらった時の、花が咲くような無邪気な笑顔。

 咄嗟のことでシャッターは切れなかった。

 けれど、その表情は写真よりも鮮明に、もんたの網膜と心に焼き付いている。

 あれは演技じゃない。二つの心があったとしても、そのどちらもが、彼女の「本当」なのだと直感していた。

 

「夏休みを、すごく楽しみにしてたんだなっていうのは、わかるのだ」

 

 チャプン、と波紋が広がる。

 もんたは湯船の中で足を伸ばし、湯気で霞む天井を見上げた。

 

(……また、あの笑顔をしてくれないかな)

 

 魔王のような顔よりも、泣きそうな顔よりも。

 ただの女の子として笑う彼女を、もう一度撮りたい。

 そう願いながら、もんたは深く息を吐き、温かいお湯に身を委ねた。

 

 

     * * *

 

 

 日が傾き、黒客村の空が茜色から群青色へとグラデーションを変える頃。

 校庭には、教職員たちが等間隔に並べたバーベキューコンロの列が、さながら城壁のように聳え立っていた。

 その周りでは、父兄たちが手際よく長机を展開し、白い紙皿と割り箸を配備していく。

 運び込まれた発泡スチロールの箱が開けられるたび、子供たちからは「おぉー!」と歓声が上がった。

 氷水に浸かった新鮮な夏野菜。そして、この日のために用意された、サシの入った村自慢の特選牛肉。

 パチパチ、と炭の爆ぜる音が重なり合い、香ばしい煙が立ち込め始めたところで、赤いジャージの男――烈戸先生が、ビールケースの上にドンと片足を乗せて立ち上がった。

 

「いいか、お前ら! 手を止めろ、注目ッ!!」

 

 よく通る野太い声が、ざわめきを一瞬で静める。

 烈戸先生は、波々とコーラが注がれたプラスチックのコップを、聖火のように高々と掲げた。

 

「この夏休みで、お前たちが感じること……バグとりの興奮、ラジオ体操や宿題をやり終えた時の達成感、そして今から食う肉の旨さ! それは全部、イヅモのデータじゃなく、お前たち自身の『本物』の経験だ!」

 

 生徒たちの顔を一人一人見回し、彼は熱く語りかける。

 

「この先、世界がどんなに便利になっても、この『物理(ハード)』の感触だけは手放すなよ。……それがお前たちの魂(OS)の根幹なんだからな!」

 

 ちょっと小難しい、でも熱い先生の言葉に、子供たちは顔を見合わせてニカッと笑う。

 

「というわけで、細かいことは食ってからだ! ――乾杯ッ!!」

 

「「かんぱーい!!」」

 

 クーラーボックスから取り出したオレンジジュース、麦茶、そしてビー玉の入ったラムネの瓶。

 冷たい水滴のついた容器を掲げ、子供たちは隣の子や、先生、父兄たちとカチンと軽快な音を立てて乾杯を交わした。

 

ジュゥゥゥゥッ!!

 

 網の上に肉が置かれ、食欲をそそる音が校庭に響き渡る。

 

「あ、もんた! その肉まだ早いって!」

 

「大丈夫なのだ、イヅモが『RARE』って言ってるのだ!」

 

「こらバスコ! 野菜も食わねえと強くなれねえぞ!」

 

 煙の向こうで、イヅモ越しに見る視界には、具材の焼け具合に合わせて『NICE!』や、赤文字の警告で『こげそう!』といったポップアップが賑やかに表示されていく。

 炭火の「熱」と、最先端の「情報」。

 電子と物理が当たり前のように混じり合う、世界でここだけの、最高に美味しい夜が始まった。

 

 

 煙と喧騒に包まれた校庭の隅で、もんたはふと足を止めた。

 網の上で焼ける肉の争奪戦に夢中になっていたけれど、気づけばあの子の姿がない。

 今朝、ラジオ体操の時に見せた、あの日向のような笑顔。

 ファインダー越しではなく、自分の目で焼き付けたあの表情を、もう一度見たくて。

 

 もんたは人混みを離れ、視線で彼女を探した。

 夕闇が世界を塗りつぶそうとする、黄昏時。

 校舎の影が伸びるフェンスの際で、もんたは彼女を見つけた。

 

「……」

 

 逆光に照らされたヨーコは、手つかずの料理が乗った紙皿を持ったまま、茜色から群青へと変わりゆく空を見上げていた。

 誰と話すでもなく、ただ一人佇んでいる。

 もんたが声をかけようとした時、彼女の唇が動いた。

 

「……綺麗な夜空が来るよ。見えとるか?」

 

 独り言? いや、まるで隣にいる親しい誰かに語りかけるような口調だ。

 もんたは無意識にイヅモの表示を確認する。通話のインジケーターは光っていない。

 通信のログもない。彼女は、誰もいない虚空に向かって話している。

 

「……ずっと、こんな日常が続けばええのに、なぁ?」

 

 切実な願いを含んだ、少女の声。

 その時だった。

 空の端、現実の風景と空のテクスチャの境界に、『ピリッ』と鋭いノイズの亀裂が走った。

 それはほんの一瞬のバグだったが、ヨーコはそれを愛おしそうに、そしてどこか諦めたように見上げ――。

 

 

「『 ……は、仕事がないと落ち着かないのは、お互いさまやろ“私”…… 』」

 

 

 ゾクリ、と。

 もんたの背筋を、氷柱を突き刺されたような悪寒が駆け抜けた。

 今、聞こえた声。

 それは確かにヨーコの声だった。けれど、可憐な少女の声の上に、氷の底から響くような、無機質で絶対的な「何か」の響きが重なっていた。

 魂が凍りつくような、二重音声。

 

(逃げなきゃ)

 

 もんたの本能が、警鐘を鳴らす。

 あれは見てはいけないものだ。関わってはいけない、深淵そのものだ。

 足がすくむ。後ろへ下がろうとする筋肉の衝動。

 

 けれど。

 

(――ううん。知りたいのだ)

 

 もんたは、キュッと唇を結んだ。

 逃げたい、避けたいという恐怖よりも、ファインダーを覗く時と同じ好奇心が、そして「勇者」と呼んでくれた彼女への想いが勝った。

 こんの言っていた『二つの心』。

 笑っている彼女も、泣いている彼女も、そして今、誰もいない空と話す恐ろしい彼女も。

 「どっちのあの子」も、全部知りたい。

 もんたは震える膝に力を込め、無理やり足を前へと踏み出した。

 

「……ヨーコちゃん!!」

 

 努めて明るく、大きな声を張り上げる。

 

「早く取らないと! バスコにお肉、全部取られちゃうのだ!」

 

 もんたの声に、ヨーコの肩がビクリと跳ねた。

 彼女は驚いたように振り返り、もんたの姿を認めると――瞬き一つで、あの恐ろしい気配を霧散させた。

 

「……あ、うん! そうやね!」

 

 彼女は紙皿を持ち直し、いつもの人懐っこい笑顔で駆け出してくる。

 

「行こ、もんた君! 大食い競争なら、負けへんですえー!」

 

「待つのだー!」

 

 二人は並んで、光と喧騒に満ちたバーベキュー会場へと駆け込んでいく。

 もんたは走りながら、一度だけチラリと振り返った。

 夜の帳が下りた空には、もうノイズも、亀裂も見当たらない。

 けれど、先ほどの冷たい声の残響だけは、まだもんたの耳の奥にこびりついて離れなかった。

 

 

     * * *

 

 

 

「なにぃ? デバッガーズだとぉ?」

 

 ジューッという肉の焼ける音と喧騒の裏側で、ガキ大将のバスコはタレのついたカルビを頬張りながら、猛禽類のような目で子分を振り返った。

 

「へい。どうやらネットのBBSで予め収集したバグを退治して回るチームのようで……

 今日さっそく、近所の田中さんちの迷子シバからバグを取り除いて、えらく感謝されてたそうでやんす!」

 

 報告したのは、牛乳瓶の底のような分厚いイヅモ――通称『瓶底イヅモ』をかけた小柄な少年、ジャクソンこと鰯村(いわしむら)かけるだ。

 彼はクイッとフレームを持ち上げ、仕入れたばかりの情報を早口でまくし立てた。

 

「ふん。BBS……? はっ、都会のお嬢様にしちゃ、随分とローテクな情報収集じゃない」

 

 鼻で笑ったのは、派手なピンクのツインテールをした少女、チェリーこと権田川(ごんだがわ)ちえりだ。

 彼女は焼きトウモロコシをかじりながら、つまらなそうにイヅモの視界に映るデバッガーズの情報をスワイプして消した。

 

「ど、ど、どうするの、バスコちゃん……? 来た初日にあんな啖呵切っちゃったけど、目ぇ付けられないかなぁ……」

 

 バスコと同格の立派な体格を持ちながら、小動物のように肩を縮めておどおどと話しかけたのは、ダイモンこと大門(だいもん)まさるだ。

 彼は昼間の教室で、ヨーコに見下ろされた時の恐怖がまだ抜けていないらしい。

 

「けっ!」

 

 バスコは気に入らなそうに鼻を鳴らすと、遠くで楽しそうに笑っているヨーコと、その横にいるもんた達を睨みつけた。

 ぽっと出の転校生に、この村のヒーローの座を奪われてたまるか。

 

「なら……俺たちだってやるまでだ! 大人たちの……特にゲンゾウさんからの評判は、俺たちのもんだ!」

 

 バスコは脂ぎった指を拭うと、虚空に自分専用のCAD(設計)ソフトを展開した。

 太い指が、驚くべき速度で空中のキーボードを叩く。

 それは、生まれた時からデジタルに触れている黒客村の子供特有の、直感的かつ高速な操作技術だった。

 数秒のモデリング作業の後、彼の手のひらに『ポンッ』と音を立てて、一つの仮想オブジェクトが生成された。

 それは、Sの字を象った少し歪だが味のある手作り感満載の『バッジ』だった。

 

「これからは俺たちが『電脳自警団シェイカーズ』だ! バグ集めだったら負けねぇ……!」

 

 バスコは生成したばかりのバッジを胸に輝かせ、ニヤリと不敵に笑う。

 

「見てろよ転校生。この村の伝説、都市伝説と変なバグの源泉! ……『カゲリさん』は、俺が先にとっ捕まえてやるからな!」

 

 その宣言は、肉の焼ける匂いと共に、対抗心という名の火花となって夜空に散っていった。

 

 

 

Log03 Fin

 

 

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