ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
気が付いた時、俺は板張りの床の上に身を横たえていた。
身を起こして周囲を見回すと、少し離れたところには同じように身体を横たえた坂柳の姿がある。そして、俺と坂柳の間には防波堤のように神室の姿もあった。それから男がもう一人。
部屋の中央部では、また別の男が奇妙なダンスをしている。――いや、違うな。喧嘩の経験が教えてくれる。ありゃあダンスじゃねえ。攻撃を避けてるんだ。
そう察した瞬間、男に攻めかかる女の姿が浮かび上がった。十中八九最初からいたんだろうが、俺自身が無意識に『いない存在』として扱っていたせいで気付けなかった。
他人の認識に阻害を齎すような強烈な隠形。俄かには信じ難いが、目の前で起こった以上は信じざるを得ねえ。
そして、それを観戦する男子と女子が一人ずつ。星之宮クラスの月ノ輪フォルテと茶柱クラスの池寛治だ。この二人もある意味では有名で、だからこそ俺も顔と名前を知ってるわけだが……。
「チッ、またか……」
そこまでを認識して、俺は自分に何が起こったのかを悟った。すなわち、『記憶の欠落』。
舌打ちを一つして、俺は諦観と共に受け入れた。
自己認識との間に存在する、奇妙な記憶の空白。……昔からそんなところがあるんだ。度々ってわけじゃねえが、一度や二度ってほど少なくもねえ。である以上、いい加減慣れもする。
そして、そんな経験があるから、俺は自分が『二重人格』なんじゃねえかと疑っているわけだ。実際、疑う要素は十分だしな。
また、その度に俺自身に何らかの影響が起こる。超能力とか魔法としか思えねえような『力』の使い方を知ったり、それまでよりスムーズに『力』を使えるようになったりだ。
まあ、そういったアレコレから判断するに、普段はメインを張ってる俺の方が、その実は『副人格』なんだろう。実にムカつくことだが、状況からはそうとしか思えねえ。端的に言えば、『主人格の意向には逆らえねえ』ってことだな。
もちろん、いつまでもそんな状況を認める気なんざ俺にはさらさらなく、だからこそ高みへ至ることを目指していたりする。
「状況は理解している。……そう判断してもよろしいか?」
坂柳との間に立つ男が、そう声をかけてきた。
「完全にってわけじゃねえ。朧げなもんだ。ただ、こういうのは初めてってわけでもねえんでな。経験則から、『俺が知らねえところで、俺が何かをやったんだろう』と、そう判断してるだけだ。どうにも、俺は二重人格っぽいんでな。
そんなわけだから、詳細は知らねえ。よければ教えてもらいたいもんだが?」
俺は正直に答える。今までの経験上、その後の反応は様々だが、状況を教えてくれる奴も偶にはいた。そういう場合、大抵は『無我の境地』って感じに納得していたが、情報を得られる分にはありがてえ。
「そうだな。その認識と判断は正しい。しかし、詳細を語るのは止めておいた方がいいだろうな。君の抱える業は、まず間違いなく君が思っている以上に重い。部外者に等しいこちらにとっても、君には同情せずにはいられん。
だが、その一方で君には深く感謝している。君の身に起こったことは、我が流派が目指す頂の、その一つの姿だからな。
そして、君自身は知らぬだろうが、君の行いは我が門弟である坂柳に希望を齎した。尚更に感謝せざるを得んよ」
男は重々しく語る。
やっぱ分かんねえことの方が多いが、それでも分かることはある。同時、俺の『主人格』とそれが齎す『力』は、かなりの『厄ネタ』である確率が跳ね上がった。……割かし便利使いしておいてなんだが、そうだろうとは思ってたんだ。
「俺自身の知らねえことで感謝されてもな……。まあ、俺自身じゃなくても俺がやったことに違いはねえからな。受け取らせてはもらうとするさ」
肩をすくめて俺は答える。俺自身、俺の持つ『妙な力』には随分と世話になってるんだ。である以上、『主人格』が齎しただろう感謝も憎悪も引き受けるのが、せめてもの礼儀ってもんだろう。
「ほう? 達観しているな。君みたいな年頃であれば、自身の与り知らぬところで得た感謝や憎悪など、『余計なもの』として撥ね退けるかと思ったが……」
「そういう気持ちがないとは言わねえけどな。経験上、そういうのは俺自身の感情とは関係なく付いて回るもんなんだよ。なら、受け入れた上で対処する方がよっぽど楽だ」
いや、本当に。喧嘩に明け暮れていた中学時代、地元のヤーさんに取り囲まれたときもあれば、『ストリートファイトだ!』とか言いながらいきなり仕掛けてきた奴もいる。それでも俺は無事だったし、家族も同様。
結果として、その界隈では一目置かれるようにもなった。まあ、それがまた別の厄介事を運んできたりもしたわけだが、運んできたのは何も厄介事ばかりじゃねえから文句も言いづれえ。
「まあ、いいや。ここが道場で、俺に感謝の気持ちがあるってんなら、ちょいとばかし使わせてもらっても構わねえか?
経験上、『主人格』との切り替えが起こった際には、俺の自覚のねえ部分で変化が起こってんだよ。どこがどう変化したかを確認しねえことには、怖くってしょうがねえんだ」
これも本当。大抵の場合、意識すりゃあ制御も可能なんだが、初回ばかりは適用外だ。何せ、『使えるようになっている』ことすら分からねえからな。実際に使ってみて、初めてそのことに気付くのが定番だ。『風呂温いなぁ』とか思った瞬間、一気に沸騰したりするんだ。あの時は本当に焦ったぜ。ヘタすりゃ家の浴槽がぶっ壊れるところだったからな。
段々と経験則による慣れで『被害の減少』もできるようにはなったが、流石に完全とはいかねえ。
「然もありなん、と言うべきだろうな。本来の君には『出来ないこと』の方が少ないだろう。実際、君が言うところの『主人格』はそれほどの圧を放っていた。畏怖すら感じたよ。
彼の者は『積極的に表に出る気はない』と言っていたが、逆に言えば、『必要とあれば表に出る』ということだ。実際、さっきもそうだったしな。
そうだな。さっきは誤魔化したが、そういう理由であれば『彼の者がなしたこと』を簡単に伝えておく方がいいだろう。むしろ、伝えない方が怖い」
「おいおい、よっぽどだな。一体全体、俺の『主人格』は何をやったってんだ?」
「可能な限り有栖嬢に負担が掛からないようにしつつ、強制的に有栖嬢の『チャンネル』を開き、その上で最適な存在と結び付けたんだよ」
俺の質問に答えたのは、中央で戦っていた男だった。
「……よく分かんねえな」
「だろうな。まずは有栖嬢が学び始めた神祇無窮流のことから説明するとしよう」
そうして、二人の男から神祇無窮流とやらについて説明された。
「……早い話、坂柳の奴は俺みたいになったってことか?」
「端的に言えば。――もっとも、有栖嬢の場合は、君と違って徹頭徹尾有栖嬢が主人格であることに変わりはないだろうがね」
どうにか導き出した結論を、男は否定しなかった。
「それに、目的そのものは『坂柳を健常な肉体にすること』だ。彼の者にとって、それ以外は『オマケ』に過ぎまい」
頭を押さえつつ、師範を名乗る男が言う。
「『病は気から』。或いは、『健全な精神は健全な身体に宿る』か……? ともあれ、俺の『主人格』はその論法を逆利用したわけだな?」
「そうとしか思えんよ。世の医学に真っ向から喧嘩を売っている方法だ。『強制的に天神地祇と結び付けることで、器である肉体をそれに耐えられる域にまで昇華する』。言葉にすればそういうことだからな」
「本来、その論法は前提と言うか、願望を示すものなんだがな。『規則正しい生活や運動によって体調を整えることが、心の安定や前向きな気持ちに繋がる』という考え方なだけで、『体が健康だからといって心まで必ず健全になるわけではない』のは事実だからな。
しかし、そんな人の理屈などは関係ないのであろうよ。向こうに言わせれば、『健全に過ぎる精神が宿っているのだから、肉体もまた健全でなければならない』ということなのだろう。
理屈で言えば、『精神が肉体を凌駕する』を常態化させることで、その状況が『常態である』と肉体に誤認させ、それによって『肉体の健全化を図る』ということになるのだろう」
疲れた顔で語る男たち。正直、俺も疲れている。
無茶苦茶な理屈であり、普通ならそれが達成される前に肉体の方が壊れるだろう。しかし、結び付けられた存在が坂柳にとって最適であるが故に、そうなることを許さない。無理矢理にでも、強制的にでも、肉体を機能させる。
天神地祇――超常の存在であるからこそ、それを可能とする。
考えるだけでもゾッとする方策だ。
「ま、俺がどうこう言えたもんでもねえわな。イかれてるってんなら、俺だってよっぽどイかれてる」
しかし、俺はその一言で坂柳の状況を受け入れた。飲み込んだ。
「むしろ、それでこそ坂柳だ。そうでなくっちゃあ面白くねえ」
俺自身、ただ『お行儀のいい』だけの連中なんざ求めていねえんだ。俺が高みを目指すためにも、理解を振り切る『バカ』は必要不可欠だ。
その一方で、俺は何となく新たに起こった変化が分かった様な気がした。
単純に考えれば、『超常の力』には『超常の力』で対抗するのが一番だ。しかしながら、『言うは易く、行うは難し』の極みであるのも間違いねえ。
ならどうするか? 極論、その難易度を下げればいい。
そう考えれば、俺が新たに得た『力』にも見当が付く。
「ま、話は分かった。俺はこれで失礼させてもらうぜ。坂柳には『お大事に』と伝えておいてくれや」
立ち上がった俺は一方的に言い捨て、片手を振りながらその場を後にした。
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道場を後にした俺だったが、頭の片隅ではどうするかを思案していた。
おそらく、俺が新たに手にしたのは、
もっとも、この推測が正しいなら、おいそれと試すことも出来ねえがな。気の向くままに振り撒けば、現代社会に混乱が起こることは必至だ。流石にそれは困る。俺は別に『超人の楽園』を作りてえわけでもねえんだからよ。
そう思う一方で、一切合切試さずにはいられねえだろうという思いもある。何であれ、最初から使いこなせる筈もねえんだからよ。
そして、俺が得た『力』は段々とグレードアップしているのも確かだ。少なくとも、世の中を真っ当に生きるだけなら必要のねえ『力』であるのは間違いねえ。
俺は自身を『世界の
そして、それに対する回答はない。いくら考えても答えは出ない。出るのは可能性だけだ。
「あ~、止めだ止め。考えても分からねえことを考え続けるのはストレスの元だ。俺はこの齢で若ハゲになる気なんざねえっての……!」
頭を振り、俺は益体もない考えを放り出した。考えるべきは、より現実的なことでいい。
帰りの船は一週間をかけて学校に戻る。行きは無人島までたったの数時間だったってのに、帰りにそれだけ時間を掛けるのは、ハッキリ言って『異常』と言うより他にない。
つまりはそうするだけの理由があるってことであり、真っ先に思い付くのは『特別試験』だ。この学校に限って、『騙し討ちで試験を行わせたことに対する謝罪』なんて可能性はあり得ねえ。ゼロだゼロ。
通っている生徒もそうだが、それを受け入れている学校の方だってそんなにお行儀がよくはねえ。お行儀がいいのは外面だけだ。
じゃあ、一週間を丸々使って試験をするかっていうと、その可能性も低い。何せ生徒たちは騙し討ちを食らって解放されたばかりなのだ。今の状況では、解放感もあるだろうが警戒心だってそれなりにある。そんな状況で仕掛けたところで、騙し討ちの効果は低い。
しかし、何もないままに一週間の半分――三日から四日も経てばどうだ……?
元より警戒心なんて長続きするもんじゃねえ。それだけの時間、『豪華客船』という、日常からは縁遠い、それでいて極楽に等しい状況に身を浸していれば、警戒心なんざ溶けて無くなっちまっても不思議はねえ。
となれば、俺がやるべきことは決まったな。
俺は端末を手に取り、クラスチャットの画面を開く。
『王:十中八九、帰りの船の中で特別試験が行われる筈だ。もっとも、最後の三日~四日間に限られると思われる。それまでは好きに過ごせ』
画面を開いた俺は、一文を投下した。何度見ても我ながら頭を抱えたくなる名前だが、ハッタリを利かせるには都合が良いのも事実。
そして、こうしておけば実際に事が起こった際、自然と『先見の明』があるとして俺への畏怖と評価は高まり、指示も行き渡らせやすくなる。
もちろん、外れた場合のダメージは相応にデケえが、その可能性は低いだろう。
ただでさえ百二十人近くの学生に無料で豪華客船を利用させてるんだ。正直、裏でどんだけの金が掛かってのかも分からねえ。考えたくもねえ。
そんな、
どんだけ上等な教育を受けたところで、スタッフだって人間だ。当然ながら自慢したい気持ちはあるだろう。そして、『人の口に戸は立てられぬ』ってのは昔から言われてきたことだ。
この現代社会、情報の拡散方法ってのはいくらでもある。『高度育成高等学校生』の実態が知れ渡る可能性自体はゼロじゃねえんだ。
一端の危機感を持ってれば、それが実際に起こった場合の『言い訳』だって用意するだろう。すなわち、それこそが『特別試験』だ。『上げて落とす』ことの有効性は周知の事実。十分に筋は通る。
ついでなんで、そこら辺の考察も投下しておいた。こうすることで、俺がただの『暴君』じゃねえってのを知らしめることが出来るし、推測が外れた場合のダメージも最小限に抑えることが出来る。
やることをやった俺は、既読も返信も無視して、再び船内をぶらつくのだった。
『よう実』って、原作からして敷地外の描写が『民度の低さ』を想起させる部分が余りにも多いんですよね。
中学生ですよ。義務教育期間中ですよ。それで、イジメた相手に消えない傷を付けたり、自殺未遂に追い込んだり。或いは喧嘩に明け暮れたり。
学校もグループも環境も違うからこそ、余計に『民度の低さ』を思わずにはいられません。
世界観をナムカプシリーズ風味にしたのは、なったのは、そこら辺を加味した結果でもあります。
町中を歩いているだけでヤクザに因縁付けられてもおかしくはありませんし、世界の各所では『常に』と言っていいほど大小問わず裏組織が暗躍してます。
そんな世界観であれば、まあ『民度の低さ』にも納得がいくかな……と。
正味、本作の龍園は原作以上に苦労してます。
結果として、『力がなきゃあ何も出来ねえ』、『何事も楽しく受け止めたもん勝ちだ』……といった感じの行動指針に行き当たりました。ハプニングも前向きに受け止めます。
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