Chapter43
「ところで、お客人は結局どこまで行くんだ?」
「東方部族の方にな。お礼とお礼参りをしに行くんだよ。」
ここからさらに東か、とミーロシュは呟く。
王都を越えて、辺境を越えて、さらにその先っていうことになるな。
「いわゆるところの、蛮族どもの住処ってやつだな。」
「ま、確かにここら辺とは文化がだいぶ違うんだろうけどさ。」
この国が、逆にあっちからはどう思われてるのかね。
あんまり敵対心を持たれてないといいんだが、それも難しいか。
「それにしても、アレクシアが世話になるな。」
「ああ。だが、それだけの利益は提供してくれる相手だと見込んだ。」
「未熟ではあるが、あれだけ頭もいいしな。何とかするだろ。」
正直なところ、少し心配ではあるのだが。
「ご令嬢は、アレクシアは、自分で立ち上がったのだろう。」
「そう、だよな。これ以上俺が心配するのも、あいつに悪いな。」
そういう関係ではないからな。
独り立ちした人間の、その後を心配するような立ち位置に俺はいない。
「ふむ。別にそういう関係になるのならそれはそれで止めないが。」
「ふざけろ。俺は俺とあと一人ぐらいで手一杯なんだよ。」
「それは絶対、自分のことを見縊ってると思うが、お前の勝手ではある。」
正直、自分のことも面倒見切れてない節がなくもないからな。
「ま、無体な真似をするつもりはないから安心しろ。」
「その保証が俺への配慮だと思うとなんともって感じではあるんだが。」
「お前が本気になったら、この街ぐらいは滅ぼせるのだろう?」
あー。無理じゃないが、しないぞ?
この商会に嫌がらせぐらいは、するかも、しないかも、ぐらいだが。
「俺は商人だからな。金の匂いがするお客人の機嫌を損ねはしない。」
「まだ俺から金の匂いするの?ねえ本当に?」
「するぞ。ぷんぷんする。なあ、もっと商売の種をよこしてもいいんだぞ?」
ねえよ。いや、多分考えればあるけど、今のところねえよ。
「貴族相手の商売になる種を渡したところで満足しておけよ。」
「まだまだいけると俺は踏んでる。」
「いけねぇよ。俺はあんまり商売じみたことは得意ではねえんだよ。」
冗談はともかくとして。というミーロシュ。
本当に冗談なのかなぁ。半々よりは分が悪い気がするんだけどよ。
「ま、あれだな。」
「うん?」
「今後もどうぞご贔屓にってことだよ、お客人。」
ふむ。そうだな。こういうさっぱりとした奴は嫌いじゃなかった。
「それじゃ、また縁があったらよろしくな。」
「ああ。中々いい縁だったよ。まだ繋がってるからよろしく頼む。」
Chapter44
「本当に、行かれてしまうのですわねぇ。」
「ああ。行く場所も、帰る場所もちゃんと俺にはあるからな。」
「短い間とは思えないほどの、濃密な時間を過ごしましたのよね。」
言い方がなんかねっとりしているが。
そうだな。お前に会ってから、正直そんなに時間は過ぎてないな。
「私ね。貴方様には本当に色々、お世話になりましたの。」
「全部、俺は気紛れでやったことだよ。」
「知っていますわ。最初は拾ってもらえるかも怪しかったですし。」
なー。
正直、あんまりお前のことを助けるような気は、湧いてなかったよ。
「だって、見ただけで生命力強そうだったんだもん。」
「それ、前から言ってますわよね。」
「実際、俺の想像を超えて、あっという間に自立しやがったしよ。」
俺の見立て、何一つ間違ってなかったじゃねえか。
強い女の振りも、最後の最後で崩れるまでは維持してたしよ。
「そう、ですわね。とっくにバレてますわよね。」
「当たり前だろ。子どもの強がりぐらい、おっさんは見抜けるんだよ。」
こいつが、アレクシアが。
強い女、面白い女を演じていたことぐらいは、ずっと判ってたよ。
……俺に見捨てられないように、不安がっていたことも、ちゃんと。
「正直、すこし辛かった時もありますわ。」
「よくここまで頑張ったもんだなと、本気で思ってるよ。俺はな。」
「でも、それは。」
そこでアレクシアは口を噤んだ。
言いたい言葉と、言えない言葉と、きっと色々がその中にあって。
そのどれにも応えられない俺に、伝える気はないんだろう。
「はぁ。エルナ様は、よくこの方に伝えられましたわね。」
「あいつはお前以上に判りやすいところもあったな。」
「この言わずとも態度で示す奥ゆかしさを心に刻んでいってくださいまし。」
おう。受け止めはしないけど、心には、な。
「ああ、もう。そんなことを伝えたいのではないのです。」
「そうなのか?」
「わたくしが伝えたいのは、圧倒的な感謝の気持ち、それだけなのに。」
そういって、首を振るアレクシア。
出会った時のように、張りと艶を取り戻した巻き髪が大きく揺れる。
あの時から、ただその成長だけが、俺の眼には眩しく見えたよ。
「餞別と感謝の気持ち、渡させていただいていいかしら。」
「あんまり過大だと受け取り拒否するからな。」
「大したものではありません。ただの未来の約束ですのよ。」
懐から取り出したのは、薄い便箋。
それを、大事なものであると言わんばかりに、俺に差し出す。
まるで何かの招待状であるかのように、封蠟までされている。
Chapter45
「これは?」
「開けてくださいまし。そして、どうか受け取ってくださいな。」
封蠟を取り去り、そして開いたその中には。
結婚式の招待状のように、彩られた一枚の紙がそこに入っていた。
「……婚礼衣装の引換券?」
「ええ。ええ。貴方様とエルナ様のためにお渡ししますわ。」
……なんというか。
マジで想像もしていなかった分野で来られると、思考が止まるな。
「いつか、未来。きっとくる未来の話ですわ。」
「あ、ああ。そうかもしれないが。」
「その祝福すべき時に、ぜひわたくしの工房を使って欲しいですの。」
今はまだ。工房なんてない、ただ一人の職人だけど。
婚礼衣装が作れるほどの技術は、まだ持ち合わせていないけれど、でも。
それでも、この形での祝福を貴方様に、とアレクシアは言う。
「その。お前は、それでいいのか?」
「貴方様の門出を祝う以上の誉は、わたくしにはありません。」
「とはいえ、なんというか。俺は、お前に。」
何をしてあげられたんだろうか、と。
大したことはしてなかったはずなのに、と。
祝福を差し出されるような、人間ではないのに、と。
「さっきまでとは真逆ですわね。」
「だって、こんな。」
「エルナ様だって、その日には最高の衣装を着たいに決まってますのよ。」
だって、女が一番美しくなる日ですものと、誇り高き工房主が笑う。
「その時までには、わたくしも最高の職人となってみせますの。」
「大きく出たな。」
「最高の職人の最高の婚礼衣装を着て、最高に幸せになるべきですわ。」
……ははっ。どれだけの高みを目指そうとしてるんだよ。
「お前らしいな。」
「ええ、わたくしは、いつまでもわたくしらしくあると決めましたの。」
そうだな。
お前はいつだって、少し見栄を張っているぐらいが似合ってる。
「きっと、それなりに待たせることになると思うぞ?」
「それはエルナ様のために出来る限り急いで差し上げてくださる?」
そうだな。もしかしてくるかもしれない未来、か。そうだな。
「最高の職人になったお前に会えること、期待してるぜ。」
「ええ。どれだけの時間と苦労があるかはわかりませんが、ね。」
気丈に笑うアレクシア。きっと道のりは、無限のように長いのだろう。
そんな奴に、掛けられる言葉が思い浮かばず、俺は茶化すように。
「ま、気長にやれよ。」
「ええ。気長にやりますわ。きっと貴方様の期待を越えて見せますの。」
そうして、俺はアレクシアと別れた。
未来の祝福を約束されて、その気恥ずかしさから逃げるように、ね。
お気に召しましたらお気に入りと評価もよろしくお願いします。