美女の多い世界に転生した 作:インフェルノ
「くくくっ……まだ効果は薄いか……」
眼下の街路、去っていくグリザイア・エーテリアスの背中を見下ろしながら、俺は昏い愉悦を孕んだ笑みを漏らした。
隣を歩くエルザとの間に、一瞬だけ生じた不自然な距離。ほんの僅かとはいえ、俺の言葉はあの少年の心に楔を打ち込んだはずだ。
エルザの味方になり得る人間は、今のうちに少しでも排除しておくか、あるいはその信頼関係を内側から揺さぶって崩壊させなければならない。
すべては、偉大なる黒魔導士ゼレフを復活させるため。
そのために人生のすべてを捧げ、建設を進めてきた『楽園の塔』――Rシステムは、あと一歩で完成を迎える。そして、そのシステムを起動するための最も純度の高い『生贄』として、エルザ・スカーレットの身柄の確保は絶対条件だった。
「8年もかかったんだ……。ようやくこの手に入る真の自由を目前にして、諦める気など毛頭ない」
あの日、あの地獄のような塔からエルザを追放した時から、計画はすべて俺の筋書き通りに、順調に進んでいたはずだった。
本来なら、エルザ一人を確保することなど、俺の手駒として育て上げたショウやウォーリーたちを使えば極めて容易なはずだったのだ。
エルザの性格は知り尽くしている。
彼女がいくら成長し、次期『聖十大魔導』の候補として名が挙がるほどに強くなっていようと、その心の根底はあの頃の脆い少女のままだ。かつて苦楽を共にした仲間たちが突如として目の前に現れ、自分に敵意を向けてきたとなれば、激しい動揺を隠せないだろう。
その一瞬の隙を突き、ショウたちの魔法で気絶させて連れ去る。それだけで、計画は完璧に遂行されるはずだった。
――はずだったのだ。
あの忌々しい妖精の尻尾(フェアリーテイル)に、一人の青年が現れるまでは。
新入りの魔導士、グリザイア・エーテリアス。
『エーテリアス』などという、あまりにも不気味で禍々しい名を冠する男。
だが、その名は決してハッタリではなかった。奴の実力は完全に一線級、いや、それ以上だ。評議院の調査によれば、聖十大魔導の面々ですら手こずるような超高難易度の依頼を、奴はエルザと共に平然と、次々に完遂していったという。
報告書を読むたびに、俺の奥歯は軋んだ。
二人の様子を遠目から観察していても、日が経つにつれてエルザが奴を深く信用し、その冷たい鎧の奥にある心を許し始めているのが手に取るように分かった。
これは、俺の計画にとってあまりにも良くない流れだ。
もし今、ショウたちを動かしてエルザを捕らえようとすれば、確実にその隣にいるグリザイアに阻まれる。それどころか、ショウたちはあの怪物の手によって一瞬で消し飛ばされるだろう。
窓硝子に映る己の顔を睨みつける。
底がまるで見えない、あの圧倒的な魔力。認めざるを得ない。正面からまともにぶつかり合った場合、この俺(ジェラール)ですら、あの男に勝てるかどうか分からないのだ。
…だが、打つ手はある。
正面から戦って勝てないのなら、絡め手を使えばいい。
どれほど底知れない力を持っていようと、俺は魔法評議院の上級評議員ジークレインだ。その権力を使えば、奴に強制的な長期任務を押し付けて物理的に遠ざけることなど造作もない。
その隙にショウたちを動かしてエルザを連れ去る。だが、真の問題はその先だ。
まだ『楽園の塔』は完全には完成していない。生贄を確保してから起動の儀式を行うまでの僅かな空白期間に、もしあのグリザイアが狂犬のように塔へと攻め込んできたらどうなる?
あの規格外の魔力で暴れ回られれば、8年間の努力が文字通り灰燼に帰す。その最悪の可能性を、事前に根絶やしにしておかなければならない。
そのためには、奴らの『内側』を突く必要がある。
すなわち――グリザイアからエルザへの、信頼の欠如だ。
評議院に上がっている、エルザ単体の実力では到底こなせないはずの高難易度依頼の報告書。それを精査する限り、困難な局面の9割近くはすべてグリザイアの力によって解決されている。
つまり、実力的な面において、奴からエルザへの信頼や評価は低いはずなのだ。
「たまたま最初に頼ったのが彼女だっただけ」という奴の言葉に嘘はないだろう。実力差がありすぎるチームなど、些細な不信感一つで簡単に瓦解する。
ならば、つけ入る隙はいくらでもある。
「マグノリア中に、このビラをばら撒け。徹底的に奴を追い込むんだ」
薄暗い地下室で、俺は手元にあった数枚の紙片を差し出した。そこに書かれているのは、エルザの忌まわしき『過去』の断片を歪めて仕立て上げた、悪質な告発文だ。
「くくくっ……流石だよジェラール! これで姉さんは、自分から一人になろうとするね」
闇の中から這い出るようにしてビラを受け取ったのは、トランプの魔法を操る少年・ショウだった。その歪んだ忠誠心に満ちた瞳が、歓喜で爛々と輝いている。
「ああ。これ自体はただの噂を流すための火種に過ぎない。だが、責任感が強く、仲間に迷惑をかけることを何よりも恐れるエルザの性格を考えれば……これは極上の劇薬になる」
エルザという女は、自分がギルドの『お荷物』になっていると感じたり、自分の過去のせいで大切な仲間(グリザイア)に不利益が及ぶと察知すれば、必ず自ら距離を置く。傷つく前に、あるいは相手を傷つける前に、あの冷たい鎧の中に一人で閉じこもるはずだ。
「奴は、誰に強制されるでもなく、己の意思で自ら孤独の泥沼へと落ちていくことになる」
「ジェラール、ジェラールってば本当最高だよ! 姉さんをあんな薄汚いギルドから救い出せるのは、やっぱり君しかいないんだ!」
ショウは狂信的な笑顔を浮かべ、胸にビラの束を抱きしめた。
これでいい。計画の歯車は再び噛み合い始めた。
まずはマグノリアに火種を撒く。
過去の告発を前にしてエルザの態度は急変し、仲間を頼れなくなって孤立するだろう。周囲のギルドメンバーも、急に心を閉ざした彼女を怪しみ始め、チームの信頼は根底から揺らぐ。そうしてエルザが完全に一人になった瞬間を見計らい、保険としてあのグリザイアを遥か遠方の難関依頼へと飛ばす。
牙をもがれ、盾を失ったエルザ・スカーレットを極秘裏に手中に収めるのは、それからでも遅くはない――。
窓の外に広がる星空を見上げながら、俺は勝利を確信した笑みを深く深く刻み込んだ。
『エルザ・スカーレットには、かつて仲間を置き去りにして逃亡した過去がある。彼女は自分一人が生き延びるために、幼い仲間たちを見殺しにし、爆殺しようとした冷酷な犯罪者だ』
ある朝、マグノリアの街中のあらゆるポストに、その悪意に満ちたビラが投函されていた。だが、それを手にして内容を読んだ街の人々やギルドの面々は、一様に鼻で笑い、何事もなかったかのようにその紙片をゴミ箱へと投げ捨てた。
誰よりも仲間を大切にし、不器用なほど真っ直ぐに街やギルドを守り続けている『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のS級魔導士、エルザ・スカーレット。どう考えても、彼女の気高き人格とそんな凄惨な犯罪行為が結びつくはずがなかった。
誰もが、これは悪質な悪戯か、根も葉もない卑劣な誹謗中傷だと一瞬で判断したのだ。
――ただ一人、エルザ・スカーレット本人を除いては。
朝、日課の支度を終えて宿舎のポストを開けた瞬間、私の世界は音を立てて崩れ去った。
そこに収められていた一枚の紙。印字された悪意の言葉をなぞるうちに、自分の顔から一気に血の気が引いていくのが分かった。視界が急速に狭まり、心臓が耳の奥で早鐘のようにうるさく鳴り響く。
指先が、ガタガタと目に見えて震えていた。
私には、分かってしまった。これはただの誹謗中傷などではない。あの暗黒の海に置き去りにしてきた、決して消えない凄惨な『過去』が、ついに私を食い殺すために再び這い上がってきたのだ。
机の上に置いてある通信用魔ラクリマが、先ほどから絶えず明滅し、けたたましい着信音を鳴らし続けている。
きっと、ギルドのみんなからだ。街中にばら撒かれたあのビラを見て、私の身を案じ、憤ってくれているのだろう。あの温かい仲間たちのことだ、きっと「気にするな」「一緒に犯人をぶっ飛ばそう」と言ってくれるに違いない。
だが――駄目だ。それだけは、絶対にさせてはならない。
これは、私自身の罪だ。私が過去から逃げ出したから、ジェラールを止められなかったから起きた、私だけの問題なのだ。もしもこのままギルドのみんなに甘え、彼らを頼ってしまえば……あの『楽園の塔』の狂気は、今度こそこの大切な『妖精の尻尾』の仲間たちまでをも巻き込み、すべてを爆殺し、地獄の底へと引きずり込んでしまうだろう。
急激な目まいに襲われ、頭が鉛のように重くなる。
呼吸の仕方が分からなくなるほどの恐怖が、胸を締め付けた。
「今日は……ギルドへ行くのは、よそう……」
今のこんな状態で、みんなの前に立てるはずがない。今の私は、強きS級魔導士のエルザなどではなく、あの日の地獄に怯えるだけの、ただの無力な子供に戻ってしまっている。
これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。私自身の手で、なんとか決着をつけなければ。
そう自分に言い聞かせるほどに、身体は言うことを聞かず、足取りは泥のように重くなっていった。
私は玄関の扉を開けることすらできず、冷たい床の上にぽつんと膝を抱えて座り込むしかなかった。纏っているはずの鋼の鎧が、今はただ、私を孤独の檻に閉じ込めるためだけの、冷酷な重りへと変わっていた。
メインヒロイン誰が良い?
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ミラジェーン
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エルザ
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ルーシィ