いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
十二月二十五日。クリスマス当日。
二人きりの穏やかな朝食とプレゼント交換を終えた後、午後からの外出に備え、ひよりは着替えのために一度自分の部屋へと戻ることになった。
私は寮の自室の扉の前まで彼女を見送り、優しく声をかける。
「――もし羽を休めたいのなら、無理はしなくていい。今日はこの箱庭で、君と二人きりの時を紡ぐのも悪くない」
(訳:本当に体は大丈夫? 無理してない? 疲れてるなら、今日は部屋でゆっくりデートでもいいよ)
私の言葉に、ひよりは花が綻ぶような笑顔を見せた。
「ふふっ、大丈夫ですよっ! それに、せっかくもらったプレゼント、早く外で使いたいですし」
ひよりはそう言って、左腕に着けたパールホワイトの腕時計を嬉しそうに撫でた。
「…………っ」
(以前贈った髪飾りやネックレスも普段からよく着けてくれているし、こうして自分の贈ったものを嬉しそうに身につけてもらえると、本当に嬉しいな……!)
私は内心でホクホクと温かい幸福感に包まれながら、フッと優雅な笑みをこぼした。
「――ああ。では、再び太陽が中天に差し掛かる頃、君を迎えに行こう」
「はいっ!」
ひよりを見送った後、私も部屋に戻ってシャワーを浴び、デートの身支度を整えた。
黒のタートルネックに上質なロングコートを羽織り、左腕にはひよりから贈られたシックな黒い腕時計を着ける。
約束の時間より少し早く寮のエントランスへと降り、静かに彼女を待つ。
やがて、エレベーターの扉が開き、淡いブルーグレーのコートに身を包んだひよりが姿を現した。
彼女は私を見つけるとパァッと顔を輝かせ、小走りで駆け寄ってくる。
「お待たせしました、惣右介くんっ」
ごく自然な動作で、ひよりが私の右腕にきゅっと腕を絡ませてきた。
(昨日の今日だからか、距離感が……ゼロ!!)
彼女の甘い密着に、私は内心で激しくドギマギしつつも、オサレにフッと微笑んでみせた。
「――待つ時間すらも愛おしいものさ。だが……今日の君の装いは、ひどく残酷だな。その白銀の可憐さだけで、私の視界を完全に支配してしまうのだから。……さあ、行こうか。まずは君を満たすための宴へ」
(訳:全然待ってないよ。今日の服もすごく似合ってて可愛いね! とりあえず、お昼ご飯を食べに行こうか)
「ふふっ、ありがとうございます。行きましょう!」
私の言葉に頬を染めながらも、ひよりは嬉しそうに腕にギュッと力を込めた。
私たちは密着して腕を組んだまま、聖なる熱気に包まれたケヤキモールへと歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
ケヤキモール内の落ち着いたカフェで昼食を済ませた後、私たちは本屋で互いにお勧めの小説を教え合い、服屋や雑貨屋を見て回った。
アパレルショップでひよりに似合いそうな冬服を眺めていた時のことだ。
「あーっ! 藍染せんぱいに椎名せぇんぱい!」
背後から、聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、一年生の天沢一夏が、七瀬翼と藤泉要を伴ってこちらへ歩いてくるところだった。
「藍染会長! 椎名先輩! 聖夜においても変わらぬその神々しいお姿、拝謁の栄を賜り至極光栄に存じます!」
要が直立不動の姿勢で、まるで神でも崇めるかのような最敬礼を繰り出してくる。
「こんにちは、藍染先輩、椎名先輩。お邪魔してすみません」
その横で、七瀬が常識的にペコリと頭を下げた。
「――フッ。賑やかな星々が揃っているね。君たち三人で、この聖なる時間を分かち合っていたのかな?」
(訳:あれ、生徒会の三人で遊んでるの?)
私がオサレに問いかけると、天沢がニヤニヤと笑いながら答えた。
「せっかくのクリスマスだからね〜! 生徒会の一年生で仲良くなるための交流会を企画したんですよぉ」
「天沢の提案に乗るのも癪ではありますが、いずれ私たちの代になった時のためにも、生徒会役員同士の絆を深めることは必要不可欠と判断いたしました」
要が真面目な顔で腕を組んで頷く。
「はいっ。先輩方に安心して任せていただけるよう、私たちも頑張ります!」
七瀬も力強く同意した。
(うんうん。一年生同士、仲良くやってるようで何よりだな!)
生徒会長として、後輩たちの親睦が深まっていることに内心で嬉しく思っていると、天沢が悪戯っぽい笑みを深めた。
「あんまりデートの邪魔をするのも悪いんで、私たちはこの辺でぇ〜。……ねえねえ、藍染せぇんぱい」
天沢はすっと私に近づき、背伸びをして耳元でコソリと囁いた。
『――あたしのプレゼント、ちゃんと役に立ちましたかぁ?』
「…………」
私はピクッと眉を動かしながらも、顔面は絶対零度の強者の威厳を保ち、フッと不敵な笑みをこぼしてみせた。
「――さあ。如何だろうね。ただ……一応君には感謝しておこう」
(訳:ご想像にお任せするよ。……まあ、ありがとね)
「ふぅん? ニシシ……それじゃ、またねー!」
天沢は楽しそうに笑いながら、七瀬と要を引き連れて去っていった。
「生徒会の一年生たちも、仲が良さそうで何よりですねっ」
ひよりが彼らの背中を見送りながら微笑む。
「――ああ、そうだね」
私はオサレに肯定し、再び愛しい恋人の手を引いてデートの続きへと戻った。
◇ ◇ ◇
その後も買い物を楽しみ、夕飯の食材を買うためにケヤキモール内のスーパーへと立ち寄った。
(昨日はシチューとローストビーフだったし、今夜は何を作ろうかな……。せっかくのクリスマスだし、チキンやパエリアなんかで聖夜らしく彩るか)
私が内心で献立を考えながら、ひよりと並んで歩いていると。
「あ、綾小路くんたちですね」
ひよりの声に視線を向けると、少し先の通路に綾小路清隆の姿があった。
そしてその周囲には、軽井沢恵、佐藤麻耶、佐倉愛里の三人の女子が、ぴったりと張り付くように歩いていた。
「…………」
(……お、おお……みんな幸せそうで何よりだな!)
私は常軌を逸したハーレム状態を前に、内心で微かな諦めを抱きながら歩み寄った。
「奇遇だな、惣右介。椎名も」
清隆が平然とした顔で声をかけてくる。
「――ああ。君たちも、聖夜を彩る宴の準備かい?」
(訳:偶然だね。みんなで買い出し?)
私がオサレに挨拶を返した、その瞬間だった。
「ひぇっ……!」
清隆の背後に隠れるようにしていた佐倉愛里が、私の声と姿にビクッと肩を震わせ、小さな悲鳴を上げた。
(……何度か清隆が俺の部屋に遊びに連れてくることがあったのに……相変わらず怖がられてるな……)
私は自分の威圧的なオーラを呪い、内心で少しだけショックを受けていた。
すると、ひよりが軽井沢と佐藤の元へ小走りで駆け寄り、何やら女の子同士で小さな声で内緒話を始めた。
「……あまり、愛里を怖がらせないでやってくれ」
清隆が、佐倉を庇うように私の前にスッと立ち塞がる。
「…………」
(いや、俺何もしてないってぇぇぇ!? ただ挨拶しただけなのに、なんで悪役みたいな扱い受けてるの!?)
私が内心で血の涙を流していると、佐倉が頬を真っ赤に染めながら、清隆のコートの袖口をきゅっと掴んだ。
「き、清隆くん……」
すると清隆は、無表情のままスッと佐倉に振り返り、彼女の顎に指を添え、クイッと持ち上げるという少女漫画顔負けの『顎クイ』を繰り出した。
「オレの盤上で、他の駒に怯える必要などない。オレがこの手で最後まで守り抜くのは、愛里……お前たちだけだ」
「きゅう……っ」
清隆の顎クイと甘い台詞のコンボを食らった佐倉は、茹でダコのように顔を赤くして、その場でフリーズしてしまった。
「…………」
(清隆ァァァ!? それ、前にも坂柳にやってたやつだろ!? 反応が良かったからって、味をしめて別の子にリピートしてんじゃないよ!?)
私が内心で激しくツッコミを入れていると、清隆は私の方へ向き直り、満足そうに頷いた。
「……やはり、惣右介のような詩的な言葉はいいな。みんなに好評なんだ」
(どんどん変な方向に進化してないか!? 彼女たちも本当にそれでいいのか!?)
私は内心の困惑を覆い隠し、フッと不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「――君たちが織りなすその特異な世界も、どうやら平穏な熱を帯びているようだね。結構なことだ」
(訳:……まぁ、清隆たちも幸せそうで何よりだよ)
「ああ」
清隆は静かに頷くと、視線を少し先――ひよりや、軽井沢たち三人の方へと向けた。
私も釣られて視線を向ける。そこには、軽井沢と佐藤から何やらニヤニヤと楽しそうにからかわれ、恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも、どこか心底幸せそうな笑みを浮かべるひよりの姿があった。
その微笑ましい光景に、清隆はふっと口角を上げると、どこか『先を行く者』としての余裕を漂わせながら、私の肩にポンと手を置いた。
「……ようやくお前も、こちら側の景色を知ったようだな。おめでとう、惣右介」
「…………」
(やかましいわ!! なんだそのドヤ顔は!? 自分が先に経験済みだからって、マウント取ってくるんじゃないよ!! ……でも、まぁ、ありがとう!!)
私は顔に集まりかける熱と気恥ずかしさをオサレな笑みで完璧に誤魔化し、軽く肩をすくめてみせた。
「――理の涯を越えた者同士、もはや無粋な言葉は不要だろう。君たちも、せいぜいこの甘き幻夜に酔いしれるがいい」
(訳:じゃあね、清隆。君たちもデート楽しんで)
互いの健闘(?)を称え合うように短い視線を交わし、清隆たちと別れた私たちは、必要な食材を買い揃えてスーパーを後にした。
◇ ◇ ◇
すっかり暗くなった帰り道。
ひよりと手を繋いで並木道を歩きながら、私は穏やかな空気の中で言葉を紡いだ。
「――今宵の晩餐には、君の望み通り、海の恵みを抱いた黄金の米と、炎に身を委ねた鳥を用意しよう。……それで構わないかい?」
(訳:今日の夜ご飯はパエリアとローストチキンでいいかな?)
「はいっ、とっても楽しみです! 惣右介くんのご飯、大好きですから」
「――軽井沢たちと楽しそうに言葉を交わしていたね。退屈しなかったかな?」
(訳:軽井沢さんたちとのお話は楽しかった?)
「はいっ! 色々なことをお話しできて、すごく楽しかったです!」
ひよりが花が綻ぶような笑顔で答えてくれたことに内心で安堵していると、ふと前方から、見知った二つの人影が歩いてくるのが見えた。
「おおっ! 藍染様!! そして
相変わらずの全力厨二病全開な声で駆け寄ってきたのは池寛治で、その後ろを松下千秋が呆れ顔で歩いてきていた。
「あはは、こんばんは。藍染くん、椎名さん」
松下が少し呆れたような、けれど楽しげな苦笑いを浮かべて挨拶をしてくる。
「――奇遇だね。君たちも、この聖なる夜に逢瀬を楽しんでいたのかな?」
(訳:お、寛治と松下さんもデートしてたのかな?)
私がオサレに問いかけると、松下は「まあね」と微笑んでから、ふと何かを思いついたようにひよりの方を見た。
「ねえ、椎名さん。……もし藍染くんから変なものをクリスマスプレゼントに貰ったら、どう思う?」
「……え?」
突然の質問に小首を傾げたひよりだったが、すぐにふわりと微笑んだ。
「惣右介くんからいただける物なら、私はなんでも嬉しいですよ」
「…………椎名さんは、すごくいい子だね」
一切の迷いなく言い切ったひよりに、松下はどこか遠い目をして呟いた。
(寛治ィィィ!? 一体何をプレゼントしたんだ!? まさか、金ピカの龍のキーホルダーとかじゃないよね!?)
私が内心で盛大にツッコミを入れていると、寛治は気まずそうにシュンと肩を落としている。
松下はわざとらしくため息をつきつつ、呆れたように呟いた。
「……クリスマスプレゼントにね……木刀を貰ったの」
「…………え?」
ひよりが目を丸くして固まる。
(…………え? ぼ、木刀? クリスマスで女の子に、木刀……?)
予想の斜め上をいくチョイスに、私も内心で完全に困惑していた。
すると、シュンとしていた寛治が、言い訳がましく顔を上げた。
「
(
突然として飛び出した聞き覚えのない異名に、私は思わず思考を巡らせる。
(……時任がプレゼントを渡すような相手……そして「蒼き牙」……二人でよく稽古をしてると言っていたし、伊吹のことか? ……いや、だとしたら本人が聞いたら絶対キレるでしょ!?)
私が内心で激しくツッコミを入れている横で、松下が苦笑いしながらフォローを入れる。
「寛治くんなりに一生懸命考えて選んでくれたんだとは思うけど……ちょっと、さすがに、ね」
「ゆ、ゆえに! 今から二人で、新たなる誓いの聖遺物を共に選び直しに行くところなのです! ……はっ! いかん、聖夜における藍染様と
ハッとしたように身を引いた寛治は、厨二病全開でバサァッと見えないマントを翻し、松下の手を引いて再びケヤキモールの奥へと駆け出していった。
「あはは、引き止めちゃってごめんね! じゃあまたねー!」
松下も楽しそうに笑いながら、私たちに向かって手を振って去っていく。
「――フッ。聖夜の迷い子たちに、星の導きがあらんことを」
(訳:じゃあね、気をつけて)
私たちは微笑ましい背中を見送った後、再び手を繋いで寮への帰路についた。
「ふふっ。池くんたち、とっても仲良しですね。……あのお二人も、交際されているのでしょうか?」
並んで歩きながら、ひよりがふと気になったように小首を傾げて問いかけてくる。
「――さて、どうだろうね。以前彼から聞いた話では、まだ告白の審判を待つ身だと言っていたが……。この特別な夜に共に歩みを進めているのなら、すでに二人の軌跡は交わっているのかもしれないね」
(訳:どうなんだろうね? 前に寛治から聞いた時は告白の返事待ちって言ってたけど、クリスマスにデートするくらいだから付き合ってるのかもね)
「そうなんですね。ふふっ、素敵なプレゼントが見つかるといいですね」
「――ああ。二人で選ぶ時間こそ、何よりの贈り物になるかもしれないね」
二人だけの静かな夜道。私は繋いだ彼女の手に少しだけ力を込め、愛しい恋人と共に温かな自室へと歩みを進めた。
その後、私の部屋へと戻った私たちは、買ってきた食材でディナーの準備に取り掛かった。
出来上がったのは、色鮮やかな魚介のパエリアと、香ばしく焼き上げたローストチキン。
「わあ……! とっても美味しそうですっ!」
「――聖夜の食卓を飾るに相応しい仕上がりだ。さあ、冷めないうちにいただこうか」
二人で食卓を囲み、美味しい料理に舌鼓を打つ。
食事を楽しみながら、ひよりがふふっと笑みをこぼした。
「今日はクリスマスだからでしょうか。いろんな人にお会いできましたね」
「――フッ。聖なる夜というものは、普段は交わらぬ縁さえも引き寄せるものさ。誰もが誰かと温もりを分かち合いたくなるのだろう。……けれど、私の瞳に映る月は、ただ一つだけだよ」
「も、もう……惣右介くんは、すぐそういうこと言うんですから……っ」
照れて顔を赤くするひよりの姿を見ていると、それだけで胸がいっぱいになるような心地がした。
食後は、温かい紅茶を淹れてティータイムだ。
ソファに並んで座り、今日一日を振り返る。
「ふふっ。今日はお買い物もできて、とっても楽しかったです」
ひよりは紅茶のカップを両手で包み込みながら、左腕のパールホワイトの腕時計を愛おしそうに見つめた。
「――ああ。私にとっても、君の笑顔という至上の宝飾を一日中眺められた、素晴らしい時間だったよ」
私も自分の左腕にある黒い腕時計に視線を落とす。
互いの腕で同じ時を刻む、お揃いの秒針。
「……これからも、ずっと。惣右介くんと一緒に、同じ時間を刻んでいきたいです」
「――ああ。ならば、この先も共に刻もう。幾千の夜を越え、幾度季節が巡ろうとも……私の隣で時を刻むのは、君だけだ」
窓の外では、静かに雪が舞い始めていた。
私たちは寄り添い合いながら、甘く、穏やかに流れる聖夜の時間を、ただゆっくりと味わい続けていた。