いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
Aクラスの作戦会議と同時刻、二年Bクラスの教室でもまた、来たるべき特別試験に向けた綿密な作戦会議が開かれていた。
教室の前方、教壇の中央には坂柳有栖がステッキを両手でつき、優雅な微笑みを浮かべて座っている。その傍らには、彼女の腹心としてクラスを支える葛城康平が、腕を組んで重々しく立っていた。
そしてなぜか、坂柳の真後ろには、森下藍が無言のままピタリと背後霊のようにスタンバイしている。
「――では。今回の特別試験について、話し合いましょうか」
坂柳が、コロコロと転がるような、それでいて教室の空気を一変させる様な声で切り出した。
「ああ。前回の試験ではAクラスにリードを許し、突き放されてしまったが……」
葛城が目を閉じ、静かに、しかし力強い声で言葉を引き継いだ。
「今回の試験で一位を取れば、Aクラスへ返り咲くことのできる、大きなチャンスだ」
「ええ。私たちが一位を取り、Aクラスを最下位に落とした上で彼らのプライベートポイントを削ることが出来れば理想的な展開ですが……そう簡単にはいかないでしょうね」
坂柳はフフッと笑い、状況を冷静に俯瞰する。
すると、最前列の席で退屈そうに頬杖をついていた神室真澄が、不機嫌そうな声で口を挟んだ。
「CクラスとDクラスの同盟はどう考えるの? 体育祭の時は私たちも乗ってAクラスを沈めたけど、今回もあいつらが何かしら仕掛けてくる可能性はあるわけ?」
「……確証は持てませんが、一位を取らなければクラスポイントがマイナスされる以上、共闘は難しいと考えています」
坂柳の推測に対し、葛城が腕を組んだまま慎重な意見を述べる。
「だが、彼らに退学を回避できるだけの潤沢なポイントがあるかは分からない。最下位というリスクを避けるために、安全策を取って組んでくる可能性はあるのではないか?」
「ええ。ですが、彼らに残された時間も多くはありません」
坂柳はステッキの先で軽く床を叩く。
「退学回避のためだけに一位を譲るような妥協を、龍園くんや堀北さんが受け入れるとは思えません。……とはいえ、同盟を組まれる可能性は警戒しておくべきでしょう」
教室の空気が引き締まり、今後の戦術についてさらに深い議論が交わされようとした、その時だった。
「……な、なあ」
教室の中央付近の席に座っていた橋本正義が、ひきつった笑いを浮かべておずおずと手を挙げた。
「なんで誰も、森下にツッコまないんだ?」
橋本の視線の先――教壇の坂柳の真後ろ。
そこに立つ森下は、あろうことか坂柳のサラサラとした銀髪の頭を『水晶玉』に見立て、そのすぐ真上で両手を不自然に撫で回すような動作で、ひたすら何かを占い続けていた。その目は真剣そのものであり、一切の瞬きをしていない。
その異様すぎる光景に、橋本はついに耐えきれなくなったらしい。
しかし、坂柳は振り返ることもなく、優雅な微笑みを崩さないままさらりと言ってのけた。
「森下さんの奇行に毎回ツッコミを入れていては、キリがありませんから」
「今は大人しくしているのだから、放っておこう」
葛城もまた、森下の奇行を完全に風景の一部として処理し、微動だにしない。
「…………いや、姫さんと葛城がそれでいいなら、俺は別にいいんだけどさ……」
クラスのトップ二人の完全なるスルーに、橋本は頬を引きつらせながらも、それ以上の追求を諦めた。
気を取り直すように、坂柳が再び全体へと視線を向ける。
「話を戻しましょう。仮にこの試験でも下位クラスが同盟を組んでくるのなら、私たちの元へもお誘いがあるかもしれませんね」
「……なるほど。彼らに一位を譲った上で、共にAクラスを最下位に落とすということですか」
真田が顎に手を当てて確認するように言う。
「ええ。私たちにとってもAクラスとの五十クラスポイント差を確実に詰めることが出来るし、悪い話ではありません。……ですが、龍園くんなら、Aクラスにも同様のお話を持ちかけ、プライベートポイントを多く出した方のクラスと組む、という『オークション』のような交渉をしてくるかもしれませんね」
「そうなるとマズイんじゃないか?」
吉田が焦ったような声を上げた。
「Aクラスの方が資金力は間違いなく上だし、もしあいつらが大金を積んでCやDと三クラスで同盟を組まれたら、俺たちに勝ち目はないんじゃ……」
「いや、そうなれば俺たちがAクラスと同盟を組み、お互い五十点ずつプロテクトで保障し合えばいい。仮に龍園がその話を持ちかけてくるのなら、対等な関係でないと組まないと言えばいいだけだ」
葛城が力強く断言する。
「……確かに、三クラスで同盟を組めば、確実にAクラスを最下位に落とすことは出来るでしょう」
坂柳はフッと笑みをこぼし、ステッキの先で床をコツンと鳴らした。
「ですが、あの藍染くんがそれを警戒していないはずはないですし、そう簡単にはいかないと思います。それに……今回の試験は、同盟を組むことなく勝負したいと考えています」
「藍染が警戒してたとしても、組んでしまえばこっちのもんじゃないか?」
橋本がいぶかしげに尋ねる。
「Aクラスにとっても、ここで最下位になることは避けたいはずですからね。私たちのクラスから裏切り者が出るとは思いませんが……クラスポイントに大きな差がある、CクラスやDクラスは違います。引き抜き分のプライベートポイントを用意した上で、彼らを裏切らせることも、資金力のあるAクラスには可能なのです」
「……確かにその通りだが、藍染や一之瀬がそんな手を使うか?」
葛城が、一之瀬たちの戦い方から疑問を呈する。
「あくまで可能性の話です。しかし、今回の試験は、体育祭の時のように三クラスで包囲されても勝機が残る試験とは違います。完全に包囲されたと分かれば、彼らもなりふり構わず動いてくるでしょう」
「確かに、携帯電話が使えるなら試験中でもやりようはあるわね」
神室も同意するように頷いた。
「ええ。それに下位のクラスからすれば、私たちが最下位になっても構わないわけですからね。それこそ、三クラスで同盟を組むためのマネーゲームとなる可能性もあるので……ここは、三クラスでの同盟はしない方がいいと考えます」
「ならば、事前にAクラスにこの話を持ちかけるか?」
葛城が、懸念を払拭するための現実的な次の一手を提案する。
「一之瀬や藍染なら、こちらから向こうの同盟には加わらず、純粋にAクラスに挑むと宣言すれば、彼らが下位のクラスの同盟に乗ることはないだろう」
「ええ。葛城くんの言う通りです」
坂柳は優雅に頷き、Aクラスの思考を正確にトレースする。
「彼らにとっても、無用な争いで貴重なプライベートポイントを浪費することは避けたいはずですからね。それに……遅かれ早かれ、Aクラスからも『もし下位のクラスが同盟を組むのなら、こちらも五十点ずつプロテクトを保障し合おう』といった交渉が持ちかけられるでしょう」
「当然、攻防の順番次第では下位クラスの同盟も機能しないからな。……そうなれば、全クラスが策に頼らない、正々堂々とした勝負になるわけだな」
葛城は腕を組み直し、迫り来る決戦へ向けて真剣な表情を浮かべる。
「み、見えました……っ!」
不意に、坂柳の背後でひたすら頭上の虚空を撫で回していた森下が、目を見開いて叫んだ。
「この試験の結末が……!」
「森下さん?」
坂柳はピタリと議論を止め、背後へと首を傾げる。
「とりあえず大まかな方針は決まったので、後はリーダー決めと細かな動きを――」
「私の占いによると……橋本正義の裏切りにより、神室真澄が退学してしまいます……っ!」
森下の唐突で不穏すぎる予言に、教室の空気が一瞬だけ凍りついた。
「……橋本ならありえるわね」
神室が、一切の感情を排したような冷たい目で橋本を睨みつける。
「確かに……」
坂柳もまた、ステッキの先で床を叩きながらフフッと笑みを深めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
橋本が顔を引きつらせ、慌てて立ち上がる。
「俺が裏切る理由もないし、このクラスを裏切れないことは姫さんだって知ってるだろ!?」
「ふふふ。冗談ですよ、橋本くん」
「私は半分本気だけど」
神室が容赦なく切り捨てる。
「ま、真澄ちゃん……っ。信じてくれよ……! それに、森下のいつものやつだろ、これ!?」
「馴れ馴れしく名前で呼ばないで。気持ち悪い」
「ぐはっ……!?」
神室の容赦のない拒絶に、橋本は胸を押さえて大げさに崩れ落ちた。
その惨めな姿とテンポの良い掛け合いに、ピリッとしていた教室の空気が一気に緩み、クラスメイトたちからドッと笑い声が漏れた。
すると、腕を組んでいた葛城が、神妙な面持ちで森下へと視線を向けた。
「罪深い占いの結果だな。……それに、占いに使うなら、坂柳の頭ではなく、俺の頭を使うべきだろう」
葛城は極めて真剣な表情で、ピカピカに光る自らのスキンヘッドを指差した。
「ぷっ……あはははっ!」
「葛城、それはズルいだろ!」
クラス一の堅物である葛城の予想外のボケに、こらえきれなくなった生徒たちが一斉に吹き出し、教室は再び大きな笑い声に包まれた。坂柳もまた、たまらず口元を手で覆って上品に肩を震わせている。
「……え、嫌です」
しかし、森下だけは一ミリも表情を変えることなく、葛城の渾身のボケを無慈悲に一蹴して自分の席へと戻っていった。
「…………ゆるん」
バッサリと切り捨てられた葛城は、少しショックを受けたような顔で、どこで覚えたのか分からない哀愁漂う呟きを漏らした。
「ふふっ……ふふふっ。――さて」
坂柳はしばらく楽しげに笑い声を漏らしていたが、やがて小さく咳払いをして、空気を一変させるようにステッキの先で床をコツンと叩いた。
「……それでは、次にこのクラスのリーダーを決めたいと思います。皆様に異論がなければ、私が務めたいと考えていますが……いかがでしょうか?」
坂柳の静かな、しかし有無を言わさぬ宣言に、教室は水を打ったように静まり返る。当然ながら、彼女の提案に反対する者は一人もいなかった。
「ああ。俺たちのリーダーは坂柳、お前しかいないだろう」
葛城が腕を組み、力強く頷いてクラス全体を見渡した。
「当然、俺たちも全力でお前を支える」
「ふふ。頼もしいですね。ありがとうございます」
坂柳は満足そうに微笑むと、再び空気を引き締めるように眼光を鋭くした。
「では、私たちのリーダーが決まったところで、次は他クラスの司令塔を予想しましょうか。リーダーが全てを決めるわけではありませんが、誰がその座に就くかで、戦術の方向性は大きく異なってきますからね」
「やっぱり、Cクラスは龍園くんで確定かな?」
里中聡が、爽やかな表情の中に真剣な色を浮かべて尋ねる。
「ええ。今回の試験において、彼が解答席に居座るメリットは皆無ですからね。Cクラスのリーダーは彼で確定と見て間違いないでしょう」
「問題は、AクラスとDクラスが誰を選んでくるかだな」
葛城が目を閉じ、思考を巡らせる。
「クラスの代表としては、Aクラスは一之瀬、Dクラスは堀北だが……」
「姫さんは、藍染と綾小路がリーダーとして出てくると読んでるわけだ?」
橋本が壁に寄りかかりながら、鋭い視線を坂柳に向けた。
「私はそう考えています。今回の試験では、高い確率で他クラスから退学者が出てしまいますからね。藍染くんなら、心優しい一之瀬さんに代わり、自らがその非情な役回りを引き受けると立候補するはずです」
「……確かに。一之瀬の性格で、他クラスを蹴落とすような残酷な決断をするのは難しい、か。彼女の優しさは素晴らしいが、この過酷な試験においては、狙いが容易に読まれる弱点になってしまうというわけだな」
葛城が深く頷き、坂柳の思考を補足する。
「その通りです。プライベートポイントに余裕のある私たちが相手であれば、一之瀬さんも迷うことはないでしょうが、ポイントに余裕のないCクラスやDクラスが相手となれば話は別。退学者を出したくないと考える彼女の思考は手に取るように読めてしまいますから」
「なるほど。Dクラスも藍染くんがリーダーを務めると予想して、彼に対抗するために綾小路くんをリーダーに擁立するだろう、というわけですか」
白石が納得したように相槌を打つ。
「ええ。堀北さんも優秀な方ですが、藍染くんや龍園くんの思考を読むとなれば、やはり彼が適任でしょう。もっとも、向こうも私たちの動きをそう読んでいるでしょうけれど」
坂柳が楽しげに微笑むと、西川が少し首を傾げて提案した。
「坂柳さんがリーダーをやることに異論があるわけじゃないんだけどさ。単純に『思考を読ませない』ってだけなら、それこそ森下さんとかをリーダーにしてみるのはどうかな?」
「もちろん、それも一考の余地はあります。ですが、ただ予測不能な動きをするだけでは、相手に出した問題をあっさりと正解されてしまえば意味がありません。相手の能力を計り、的確な課題をぶつける盤面のコントロールができなければ、学校側のランダム指名に縋るのと何ら変わりませんからね」
「なるほど……。確かにそうだね。変にかき回すより、的確な指示を出せる坂柳さんの方がずっといいか」
西川はポンと手を打ち、深く納得した様子を見せた。
「……方針は固まりましたね」
坂柳はステッキを両手で持ち、静かにクラスメイトたちを見渡した。
「試験に向けたジャンルごとの勉強会と並行して、何人かには他クラスの動向を確認するために動いてもらいます。各自、抜かりなく準備を進めてください」
「ああ、任せろ。坂柳が存分に力を振るえるよう、俺たちが支えてみせる」
葛城が気合を入れるように言うと、橋本や里中たちも力強く頷いた。
「ふふ。心強いですね」
坂柳は嬉しそうに目を細め、Bクラスの全員へ向けて力強く宣言した。
「今回の試験は、クラス全員の総合力が試されます。そして、私たちのクラスがAクラスに劣っているとは、私は微塵も思っていません。必ず勝利して――再びAクラスへ返り咲きましょう」
「おう!」
「絶対勝つぞ!」
教室中から力強い歓声が湧き上がる。
Bクラスの教室は、迫り来る決戦へ向けて、これまでにない確かな結束と士気の高まりを見せていた。
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