いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
放課後のケヤキモール。
薄暗い照明と防音壁に囲まれたカラオケルームの一室に、二年Cクラスのコアメンバーたちが集結していた。
モニターから流れる映像の音量はゼロに設定され、部屋の中には微かな機械の駆動音だけが響いている。
ソファの中央に深く腰掛け、テーブルに両足を投げ出している龍園翔を中心に、石崎、伊吹、アルベルト、金田、そして時任の五人が彼を囲むように配置についていた。
「――龍園氏。今回の試験はどう動きますか?」
金田悟が中指で自らのメガネをクイッと押し上げ、静かなトーンで切り出した。
「前回の試験ではDクラスと直接対決でしたので、一時的に同盟を解消して真剣勝負としましたが……今回の『生存と脱落の特別試験』は、これまでの同盟関係を活かすには絶好の試験だと思います」
「同盟関係、か」
龍園は喉の奥で低く笑い、テーブルに投げ出していた足を下ろした。
その不敵な笑みに、金田は少しだけ警戒するように言葉を続ける。
「……龍園氏の思い描く手段は私には想像もつきませんが、まさか暴力を伴うような盤外戦術を、実行するつもりではないでしょうね? 藍染氏、坂柳氏、綾小路氏の目を全て欺き、それを実行することは不可能と考えますが」
「も、もしバレたら即退学っすよ……!」
石崎がビクッと肩を震わせ、引きつった声を上げる。
「ククク。ちげえよ」
龍園は石崎の不安を鼻で笑い飛ばすと、自らの学生証端末を取り出し、乱暴にテーブルの中央へ放り投げた。
投げ出された端末の画面を覗き込んだ石崎と伊吹が、同時に息を呑む。
そこには――『40,450,800』という、一人の高校生が所持しているとは到底思えない、莫大なプライベートポイントの残高が表示されていた。
「よ、四千万……っ!?」
「……想定以上ですね」
金田も僅かに目を見開き、感嘆の息を漏らした。
「クラスからの毎月の徴収分と、無人島サバイバルで一年生と結んだ契約分。……ですが、それらを全て合算しても、この額には届かない。……これだけのポイントとなると、それ以外でもポイントを得る契約をしていたというわけですか」
「……このポイントを使って、今回の試験で一位を取りに行くわけ?」
伊吹が腕を組み、鋭い視線を龍園へ向ける。
しかし、龍園から返ってきたのは、彼女の予想を完全に裏切る言葉だった。
「いや。この試験での勝ちは捨てる。Dクラスとの同盟も、これで辞めだ」
「は……?」
「ここからの時間は、どれだけプライベートポイントを稼ぐかの勝負に出る。ターゲットは七億六千万だ。……七億六千万ポイントを貯め、このクラスの全員をAクラスへ移籍させる」
龍園の口から語られた、あまりにも途方もないスケールの作戦。
静まり返ったカラオケルームの中で、伊吹が呆れたようにため息をついた。
「……あんた、あの作戦本気なの?」
「賭けにはなるがな。はっきり言って、このクラス単独の力でクラスポイントの差を覆し、Aクラスを目指すのはもう現実的じゃねえ」
「……私は、龍園氏が他クラスのリーダーに劣っているとは思いません」
金田がメガネの位置を直し、冷静に分析を述べる。
「ですが、確かにこれまでの特別試験を振り返っても、リーダーとしての実力だけでなく、多くの試験でクラス全員の総合力が問われる仕組みになっていますね」
「チッ。確かに学力はウチが一番低いけど、運動なら負けてないでしょ?」
伊吹が不満げに反論するが、金田は静かに首を横に振った。
「確かに伊吹氏の言う通り、運動能力では上位クラスにも対抗できます。ですが、三年生となって最後の一年を迎えるにあたり、進学や就職に向けて学力や知識が問われる試験の方がさらに増える傾向にあると予測します」
「そういうことだ」
龍園は金田の分析に同意し、深くソファに背を預けた。
「ウチの馬鹿どもにも勉強はさせているが、そもそもの基礎学力が低く、底上げを始めた時期も遅すぎる。今から純粋な学力や知識勝負で、AクラスとBクラスに勝つのは無理だ」
「……なるほど。上位のクラスが競り合っている今だからこそのチャンス、というわけですね」
金田は龍園の狙いを完全に理解し、その戦術を言語化した。
「AクラスもBクラスも、今回の試験では一位を取りたいはずです。そこに我々が『オークション』のような形式で持ちかけ、多くのプライベートポイントを払ったクラスを勝たせるために動く。その代わり、こちらは最下位を回避できるようにだけ支援してもらう……そういうことですか」
「ああ」
「この戦略に完全に切り替える以上、上位のクラスが最下位となって、学年全体の保有しているプライベートポイントを救済のために消費させられることも避けたいというわけですね」
「ああ。AクラスもBクラスも、最下位になれば確実に二千万を払って退学者を救済する。そうなれば、学年全体からポイントが消えちまうからな。だから、理想はDクラスを最下位に落として退学者を出し、市場の総量を減らさせねえことだ」
「チッ。理屈は分かるけど」
伊吹が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「勝てないからって最初から諦めるわけ? あんたらしくないじゃない」
これまで壁際で腕を組み、黙って議論を聞いていた時任裕也が、静かに口を開いた。
「……
「あ?」
龍園が怪訝そうに眉をひそめる。時任はどこか遠くを見るような、冷たくも誇り高い視線で龍園を見据えた。
「……そこに、矜持はあるのかと問うているのだ」
「チッ。相変わらずウザったらしい喋り方しやがって」
龍園は舌打ちをしつつも、不敵に口角を吊り上げた。
「俺の矜持だと? ククク……この学校のルールはな、最後にAクラスで卒業した奴が『勝ち』なんだよ。途中の試験の勝ちを捨てようが、這いつくばろうが、最終的にてめぇら全員をAクラスに送り込めれば、俺の勝ちなんだよ」
龍園の放った、エゴイズムの極致でありながら、クラス全員を救済するという矛盾した王の覚悟。
それを聞いた時任は、フッと口元に微かな笑みを浮かべた。
「……ならば良い。
「勝手に納得してんじゃねえよ、気色悪ィ」
龍園が毒づく中、金田が再び冷静なトーンで議論を引き戻す。
「……ですが、この戦略の問題点としては、AクラスとBクラスが事前に話をつけ、オークションに乗ってこない可能性もあることですね」
「ククク。そうなれば、学年全体のポイントが減ることになっても、Dクラスと組む。Dクラスを一位にするよう動きつつ、こちらも最下位を避けられるだけの得点を保証させる」
「しかし、私たちの同盟関係は藍染氏や坂柳氏も警戒しているはずです。こちらがDクラスと同盟を結び得点を操作しようとすれば、あちらもAとB間で最低限の得点をプロテクトで保証し合う『カウンター』を仕掛けてくる可能性があります。そうなれば純粋な自力勝負となり、学力の低い私たちが最下位になる可能性が高まりますが」
「そうなったとしても、前金でDクラスからはある程度むしり取る。それに、最下位になるとしても『三回間違えて脱落した奴』さえ出さなければ退学者は出ねえ」
龍園は蛇のような冷酷な笑みを浮かべ、確信に満ちた声で断言した。
「そのために、事前に各クラスのリーダーと『意図的に脱落者を出さない』という契約を結ぶことも考えてる」
「脱落者を出さない……ですか」
「ああ。上位クラスとしても、万が一最下位に落ちた時に二千万ポイントの消費を抑えられるメリットがあるし、救済ポイントすら用意できねえDクラスなら、間違いなく飛びついてくるはずだ」
「……なるほど」
金田はポンと手を打ち、深く納得したように頷いた。
「私たちから言わずとも、一之瀬氏あたりがそのような平和的な契約を持ちかける可能性はありますが……向こうからすれば、龍園氏がそのような話に素直に乗ってくるとは思えず、警戒しているでしょう。だからこそ、こちらから契約を提唱することで主導権を握るわけですね」
「ククク。そういうこった。上位クラスとの契約ができなくても、最悪Dクラスからはポイントを巻き上げる。その上で、最下位になった時にウチから退学者が出ねえように防波堤を張る。……これで、俺たちは完全にリスクゼロで動けるってわけだ」
それは、勝利への執着を捨てたからこそ取れる、極めて強固で独自の戦略だった。
「それに、一之瀬の性格なら、自クラスから退学者が出ねえようにギリギリまでポイントを溜め込むだろうからな。今回の試験以降にも、Aクラスを支援する身代わりに卒業前にポイントを寄越させるような契約を結ぶことも可能だ。今はとにかく、確実なポイント稼ぎと防衛にシフトする」
「なるほど。あらゆる状況を想定した上での、確実な利益の追求と安全網の構築ですね。了解しました」
龍園は立ち上がり、カラオケルームの薄暗い空間にいる全員を見渡した。
「てめぇらは俺についてくればいい。最後に勝つのは、俺だ」
その絶対的な宣言に、石崎やアルベルト、そして伊吹たちも、無言のまま力強く頷いた。
こうして、二年Cクラスは独自の生存戦略と野心を胸に、迫り来る特別試験の盤面へと足を踏み入れていった。
◇ ◇ ◇
放課後のDクラスの教室でもまた、教壇に立つ堀北鈴音と平田洋介を中心に、来たる特別試験に向けた方針が話し合われていた。
「今回の試験は、一位を取れば全てのクラスとの差を大きく詰めることができる、非常に重要な機会よ」
凛とした声で語りかける堀北の言葉に、平田も真剣な面持ちで深く頷いた。
「うん。堀北さんの言う通り、この試験で僕たちは絶対に負けるわけにはいかないね」
爽やかな口調の中にも、最下位となって退学者を出したくないという強い決意が込められている。
「基本方針として、この試験はCクラスとの同盟関係が活かせると思うわ」
堀北はホワイトボードに簡単な図を描きながら、クラス全体へ説明を続ける。
「攻防の並び順に左右されてしまうけれど、もしCクラスと隣り合う関係になれば、事前にお互いの指名を共有することで、確実に五十点を稼ぐことができる。その上で、前回の特別試験の時のように、そこからは真剣勝負という形になるよう、龍園くんに持ちかけようと思うの。……みんなも意見があれば今でもいいし、言いにくければ個別でもいいから私に伝えてほしいわ」
堀北の提案に対し、平田が真っ先に賛同の意を示した。
「うん。Cクラスと協力できれば、脱落者が出たとしても、最下位になることはないし、退学者が出ることもない。僕は堀北さんの作戦に異論はないよ」
クラスのまとめ役である平田が異論を唱えなかったことで、多くの生徒たちもホッとしたような表情を浮かべ、その方針に従う空気が教室に広がった。
しかし、教室の窓際付近に座っていた幸村が、鋭い視線で疑問を呈した。
「堀北の言うことももっともだが、前回の試験と違い、今回は試験中に携帯電話が使える。つまり、いつでも相手の情報を他クラスへ流したり、裏切ったりすることが可能だ。……本当に龍園が裏切らないと保証できるのか?」
幸村の懸念に、軽井沢恵が腕を組んで反論する。
「幸村くんの懸念も分かるけどさ、これまではずっと協力してきたわけだし、Cクラスとしてもわざわざ裏切るメリットが無いんじゃない?」
「そうね。軽井沢さんの言う通り、これまで良好な関係を築いてきたわ。けれど……幸村くんの指摘通り、裏切りのリスクはゼロとは言えない。だからこそ、そこに関してはお互いが絶対に裏切れないよう、ペナルティを含めた契約で縛るつもりよ」
堀北の用意周到な答えに、幸村も納得したように息を吐いた。
「……それならいい。今回のリーダーは、堀北が務めるのか?」
「ええ。誰も異論がなければ、私が務めるつもりよ。他に立候補する人はいるかしら?」
堀北が教室を見渡した、その時だった。
「――オレにやらせてくれないか」
教室の後方、窓際の席から、オレは静かに右手を挙げて声を上げた。
予期せぬオレの立候補に、堀北は少し驚いたように目を見開いた。
「……あなたなら安心して任せることができるけれど、少し意外ね」
「Aクラスのリーダーは、一之瀬ではなく惣右介が務めてくるだろうからな。あいつの思考を読むなら、お前よりオレの方が適任だろう」
「……確かに、そうね」
堀北は顎に手を当て、オレの推測を肯定した。
「一之瀬さんがリーダーなら、他クラスであっても脱落者を出さないように指名してくるでしょうし、ある程度狙いは読みやすくなると思うけれど……藍染くんの思考となると、私には読めないわね」
「惣右介も、クラスのリーダーとしての一之瀬を信頼しているし、その意思を尊重するだろう。だが、クラスが敗北の危機に瀕するような状況になれば、他クラスの生徒を切り捨てることに迷いは見せないだろうな」
オレが淡々と状況を分析すると、すかさず軽井沢が身を乗り出して声を上げた。
「清隆なら、藍染くんにだって勝てるよ!」
「うんうんっ! 清隆くんなら絶対に大丈夫!」
「わ、私も……清隆くんがリーダーなら、安心……です」
佐藤麻耶と佐倉愛里も、軽井沢に同調するようにこくこくと力強く頷く。
しかし、その局地的な熱狂に対し、本堂遼太郎をはじめとする数名の男子生徒たちが、不満げな声を上げた。
「いや、綾小路がすごいのは分かってるけどさ……。もし俺たちが最下位になって複数人脱落者が出た時に、公平に退学者を選ぶことができるのか?」
「そうそう。自分の彼女たちだけは絶対に安全圏に置くような真似をするやつに、クラスの命運なんて安心して任せられないぜ」
本堂の言葉に、何人かの生徒も「確かに……」「贔屓しそうだよな」と同調するような空気が流れる。
オレは表情を変えることなく、彼らの不安に対して静かに答えた。
「懸念は尤もだが、万が一そうなった時は、クラスへの貢献度などを含めて客観的な視点で判断すると約束しよう。それに、彼女たちを脱落させないためにプロテクトの枠を私情で乱用しないことも約束する」
「でも、そんなの口約束じゃなんとでも言えるよねー」
前園が腕を組み、まだ不満が残っているような刺々しい口調で反発する。
険悪になりかけた空気を察し、堀北が即座に援護射撃に入った。
「綾小路くんの言う通りよ。藍染くんの考えを読めるのは彼しかいないわ。それに、そもそもCクラスと協力して五十点を確保できれば、私たちが最下位になることはないはずよ」
堀北の毅然とした言葉と、平田の「僕も綾小路くんに任せるのが一番だと思う」という後押しもあり、不満を漏らしていた生徒たちも「……まあ、堀北や平田がそういうなら」と、渋々ながらも納得する形となった。
(……やはり、複数人彼女がいるという現状は、クラスの何人かの生徒には強い不信感を与えているようだな)
オレは席に座り直し、静かに内心で状況を分析する。
このままでは、試験中に予期せぬ不和が生じる可能性もある。
(Cクラスとの協力、か。一位以外がマイナスとなるこの試験で、あの龍園が素直に同盟を継続するとも思えない。……いや、確実に裏切ってくるだろうな)
堀北は契約で縛ると言っていたが、龍園ならその契約の穴を突くか、あるいは契約違反のペナルティ以上の利益を見出した上で寝首を掻きにくるはずだ。
(この試験は、試験開始前の動きがかなり重要になる。惣右介や坂柳も、事前に必ず動いてくるだろう。オレたちも、他クラスの動向に目を光らせておく必要があるな)
オレはさらに思考を深め、このクラスが抱える致命的な弱点へと目を向ける。
(Cクラスとの同盟における最大の問題点は、三クラスでの同盟を警戒しているであろう惣右介の動きだ)
Aクラスを包囲されることを警戒する惣右介なら、事前の切り崩しや牽制を行ってくる可能性がある。そして、未だに全員が完全にまとまっているわけではないこのDクラスは、他クラスからの干渉に対して明確な弱みを抱えている。
(クラス貯金もできておらず、退学者が出た時に救済することも不可能。そして……上位のクラスからプライベートポイントによる引き抜きの打診があれば、クラスを裏切るであろう生徒も、決して少なくはない)
入学当初に比べれば、堀北や洋介が中心となってクラスを上手くまとめ上げ、個々の生徒たちも大きく成長しているのは事実だ。
(だが、やはり上位のクラスとは、生徒個人の『質』や連帯という面において、まだ大きな差がある)
圧倒的な資金力を持つAクラスやBクラスが、Dクラスの裏切り者を買収して情報を筒抜けにさせれば、それだけで致命傷になり得る。
(オレがリーダーを務める以上、敗北は許されない。相手の思考を読み、盤面を支配するためには……事前の情報収集が鍵になるな)
オレは教室の前方で話し合いを続ける堀北たちの背中を眺めながら、迫り来る特別試験に向け、静かに警戒の網を張り巡らせていた。
少しだけ、作品についてお伝えさせてください。
先日、低評価とともに非常に不快なコメントがありました。もちろん、低評価をつけることも、作品に対して批判的なコメントをすることも読者の皆様の自由だと思っています。
ただ、本作はあくまで私自身が趣味として楽しみながら書いているものですので、上から目線でのコメントや、ここまで続けてきた作品そのものを馬鹿にするような表現は、私としては許容できる一線を越えていると感じました。
該当ユーザーについてはブロックさせていただきましたが、できれば、今後はそのような不快な表現はお控えいただけますと幸いです。
このようなことをあとがきに長々と書いてしまい、申し訳ありません。