いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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百六十八話

 特別試験のルールが発表された翌日の、金曜日の朝。

 

 私は自室のベッドで目を覚まし、身支度を整えながら昨晩一之瀬から届いたメッセージを反芻していた。

 

『坂柳さんと連絡が取れたよ! もしCクラスとDクラスが同盟を組むのなら、お互いにプロテクトを保証し合ってから真剣勝負をしようって提案したら、快く承諾してくれたよ。それに、Bクラスから三クラス同盟を仕掛けるつもりもないって明言してくれたよ!』

 

 その報告を受け、私は静かに冷徹な思考を巡らせる。

 

(……坂柳も、下位クラスを巻き込んだマネーゲームは避けたというわけだな)

 

 三クラス同盟による完全包囲網を敷かれれば、Aクラスといえども最下位に沈む可能性は高かった。

 

(もしも向こうが三クラス同盟で仕掛けてくるのなら、こちらもプライベートポイントを使って、Bクラスを逆に嵌めるか、CクラスやDクラスの生徒に秘密裏に接触し、寝返らせることも考えていたが……)

 

 私はネクタイを締め、鏡の中の自分を見据える。

 

(こうしてBクラスと僅差で競い合うことは、みんなの成長に繋がる、いい刺激になると思う。……だが、出来ることなら三年生の早い時期のうちに、他のクラスに追いつかれないだけの圧倒的な差をつけておきたい)

 

 三年生になれば、進学や就職といった進路に向けた活動が本格化する。

 

(みんながクラスポイントの変動に気を取られることなく、それぞれの進路に向けて意識を集中できるようにしたいからな)

 

 それに、三学期の最後には『学年末特別試験』が控えている。

 

(満場一致特別試験の時、俺たちは対戦相手としてCクラスを指名したが、各クラスの指名が噛み合わなかったため、結局ランダムで振り分けられることになった。学年末特別試験がどんな内容で、どのクラスと相対することになるかは分からないが……その前に、少しでも差を広げておきたい)

 

 だからこそ、この『生存と脱落の特別試験』は確実に一位を取りにいく。

 

(あとは、清隆や龍園がどう動いてくるかだな。……近いうちに、こちらにも何らかの接触があるだろう)

 

 私は思考を切り替え、鞄を手に取って部屋を出た。

 

 寮のエントランスに降りると、そこにはすでに、マフラーに顔を埋めた愛しい恋人が待っていた。

 

「おはようございます、惣右介くんっ」

 

「――おはよう、ひより。今日の君も、朝の澄んだ空気を霞ませるほどに可憐だね」

 

(訳:おはよう、ひより。今日も可愛いね!)

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 私たちは自然に手を繋ぎ、冷たい冬の風が吹く並木道を、温かい体温を共有しながら学校へと向かった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 学校での昼休み。

 

 教室でひよりと向かい合って弁当を食べていると、一之瀬と神崎が私たちの席へと歩み寄ってきた。

 

「藍染くん、ひよりちゃん。少しお話ししてもいいかな?」

 

「――構わないよ。星々の囁きに耳を傾けるのも、私の密やかな愉しみだからね」

 

(訳:うん、いいよ。どうしたの?)

 

 私がオサレに応じると、一之瀬は少しだけ真剣な表情になって声を落とした。

 

「実は、さっき龍園くんから連絡が来てね。放課後に、私と坂柳さんと堀北さん、そして龍園くん……各クラスの代表の四人で、次の試験に向けて話し合いをしたいって言われたの」

 

 その報告に、神崎が腕を組んで眉間を揉む。

 

「龍園からの呼び出しだからな。場所はケヤキモール内の、監視カメラや人の目があるカフェを指定するように言ったが……一之瀬を一人で行かせていいものか、心配でな」

 

「うーん……今回の特別試験のリーダーは藍染くんだから、私じゃなくて藍染くんが行くべきかなとも思うんだけど……」

 

 一之瀬の言葉を受け、私は静かに思考を回転させる。

 

(……とりあえず、龍園は各クラスの代表を直接指名してきたわけか。四クラスの代表で話し合うとなると……パッと思いつくのは『どのクラスも脱落者を出さないようにする』という平和的な契約くらいだが……)

 

 私は龍園の顔を思い浮かべ、その可能性を検証する。

 

(いや、あの龍園がそんな平和な提案をするか? Cクラスからすれば、ここで一か八かの勝負に出て一位を取り、俺たちやBクラスの資金を削りたいと考えていそうなものだが……)

 

 意図が読めない以上、慎重に動く必要がある。私はフッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「――衆目の中で牙を剥くほど、彼も愚かではないだろう。だが、君を一人で送り出すほど、私も冷たくはない。我々も同行しよう。君の帰路を見届けるためにね」

 

「『龍園くんも人目のある場所で暴力行為をするとは思えないので大丈夫だと思いますが、念のため私たちも同行します。話し合いが終わるまで、近くで待機していますね』とのことですっ」

 

 ひよりが優しく翻訳すると、一之瀬はホッとしたようにパァッと笑顔を咲かせた。

 

「うんっ、ありがとう! どんな交渉になるかは分からないけど、クラスのプラスになるように私も頑張ってくるね!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、放課後。

 

 一之瀬、神崎、私、そしてひよりの四人で、龍園が指定したケヤキモール内のカフェへと向かった。

 

 店内の一角にある大きめのテーブル席には、すでに他クラスの面々が集結していたのだが――その光景は、異様の一言に尽きた。

 

 Bクラスからは、代表である坂柳の他に、葛城、神室、そして鬼頭が背後に控えている。

 

 対してDクラスは、堀北がたった一人で静かに紅茶を飲んでいた。

 

 そして呼び出し主であるCクラスの龍園は、ソファに深く腰掛け、集まった他クラスの『護衛たち』を見て呆れたようにため息をついた。

 

「……おい。呼んだ覚えがねえ奴らまで、ゾロゾロと来やがって」

 

 龍園がクククと喉の奥で笑うと、坂柳が優雅にフフッと微笑んだ。

 

「私は一人で来ても大丈夫だと言ったのですが。あなたが暴力行為に及ぶのではないかと、みなさんたいそう警戒していらっしゃるようで」

 

「当たり前でしょ。有栖をあんたみたいな野蛮な奴がいるところに一人で行かせるわけないじゃない」

 

 神室が不機嫌そうに龍園を睨みつける。

 

「その通りだ。坂柳は、羽毛のように軽く、紙細工のように脆い。危険な場所へ一人で向かわせるわけにはいかない」

 

「……葛城くん? 怒りますよ?」

 

 葛城の悪気のない暴言に、坂柳がピシャリと冷たい声を浴びせた。

 

 すると、葛城はハッとしたように口を噤み、反省したような顔でポツリと呟いた。

 

「…………ゆるん」

 

(か、葛城ィィィィィ!?…………い、いや、気のせいだな! たぶん俺の幻聴だ! てかそうであってくれ!?)

 

 私の内心の激しい動揺をよそに、今度は私たちの隣に立つ神崎が、スッと前に出た。

 

「俺も同じだ。一之瀬に何かあれば、この俺が容赦なく……断つ」

 

 神崎は、真顔のまま自身の腰元――制服の下に仕込んでいた『木刀』の柄に、スッと手を添えた。

 

「…………」

 

 その狂気に満ちた姿に、一人で来ていた堀北が、氷のように冷たい視線を向けた。

 

「……なぜ神崎くんは、こんな場所に木刀を持参しているのかしら?」

 

「フッ。これはただの木刀ではない。勝利へ至るための架け橋。『鵲(かささぎ)』だ」

 

「…………そう」

 

 堀北は一切の興味を失ったように冷たく言い捨てると、なぜか私の方をジロッと恨めしそうに睨みつけてきた。

 

 ひよりは「ふふっ」とニコニコ微笑んでおり、一之瀬は「はぁ……」と深いため息をついて頭を抱えている。

 

(……めちゃくちゃカオスな空間だな。……ていうか堀北さん、なんで俺を睨んでくるんだ!? 木刀に関しては寛治のせいだろ!? むしろそっちの責任でしょ!?)

 

 私が内心で必死に弁明していると、龍園が本気でうんざりしたように天を仰いだ。

 

「……てめぇら、ふざけてんのか?」

 

 龍園は深くため息をつき、テーブルを軽く叩いた。

 

「流石にこんな監視カメラのある場所で、何もしねえよ。話し合いの邪魔だ。……リーダー以外のギャラリーは、さっさとどっか行ってろ」

 

 その言葉に従い、私たち護衛の面々は、少し離れた別のテーブル席へと移動することになった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 少し離れた席で待機している藍染くんたちに見守られながら、私は、四クラスの代表による会談の席に着いていた。

 

 龍園くん、坂柳さん、堀北さん、そして私。

 

 それぞれのクラスを背負う代表者たちの間には、ピリッとした静かでヒリつくような空気が流れている。

 

「ふふふ。それで、私たちを集めてのお話とは何でしょうか?」

 

 坂柳さんがティーカップを優雅に傾けながら、面白そうに問いかけた。

 

「ククク。簡単な話だ」

 

 龍園くんはソファに深く背を預け、私たちの顔を見回す。

 

「次の試験、最下位となったクラスに『三回間違えた脱落者』がいた場合は退学者が出る。……全クラスで事前に契約を結び、意図的に脱落者を出さないようにしようって提案だ」

 

 その言葉に、私は思わず目を見開いた。隣に座る堀北さんも、意外そうな顔をしている。

 

 勝利のためには手段を選ばない彼から、まさか『全員の安全を保障し合う』という平和的な提案が飛び出してくるとは思わなかったからだ。

 

「……私としては、すごく魅力的な提案だと思う」

 

 私は、真剣な表情でいち早く賛同の意を示した。

 

「どのクラスであっても、出来ることなら退学者を出さないで試験を終えたいからね」

 

「……そうね。私たちのクラスは、最下位になった時にプライベートポイントで救済することは出来ないわ。私もその提案には賛成よ」

 

 堀北さんもまた、Dクラスの切実な台所事情を踏まえた上で頷く。

 

 しかし、坂柳さんだけは余裕の笑みを崩さず、ステッキの先で床を軽く叩いた。

 

「ふふふ。龍園くんにしては、随分と弱気な提案ですね。それに、Aクラスも私たちのクラスも、最下位になったとしてもプライベートポイントで救済可能です。こちらに得があるとは思えませんが?」

 

「ククク。強がるなよ、坂柳。てめぇらにとっても、二千万という莫大なプライベートポイントを節約できるのはメリットだろうが。それに、Bクラスだけ拒むというのなら……俺たち三クラスで組んでもいいんだぜ?」

 

 龍園くんが、蛇のような笑みで脅しをかける。

 

 だけど、私は即座に首を横に振った。

 

「ううん。坂柳さんが事前に、三クラスでの同盟には参加しないって約束してくれたからね。私たちも三クラスでの同盟には参加しないよ」

 

 私は坂柳さんへの義理を通した上で、真っ直ぐに彼女を見つめた。

 

「でも、この提案は確かに、CクラスやDクラスの方がメリットは大きいかもしれない。だけど、私たちにとっても悪くない提案だと思うよ」

 

 私の言葉を受け、坂柳さんは目を閉じ、龍園くんの真の思惑を静かに思案した。

 

「……一之瀬さん。この提案は、退学者を出さないこと以上に、彼らの方が『勝負において』メリットが大きいと思います」

 

「えっ?」

 

「クラスの平均学力の劣る彼らの方が、必然的に『脱落リーチ』のかかる生徒が増えるでしょう。そうなれば、後半戦になるにつれ、防御側は『誰をプロテクトすればいいか』が絞りやすくなり、プロテクトの成功確率が飛躍的に上がります。つまり、意図的に脱落者を出さない契約は、結果として下位クラスの防御力を底上げすることに繋がるのです」

 

 坂柳さんの鋭い指摘に、堀北さんの肩が微かに揺れた。

 

 しかし、龍園くんは痛いところを突かれた様子もなく、不敵に笑い飛ばす。

 

「ククク。だとすれば、前半でお前らの方が多く得点を稼いでるだけの話だろうが。脱落リーチの奴らが増えるってことは、それだけ俺たちが不正解を重ねてるって証拠だ。脱落者を出さない契約をしたとしても、試験の大勢には影響はねえだろうよ」

 

「……坂柳さんの懸念も尤もだと思うわ」

 

 堀北さんが、腕を組んで坂柳さんへと視線を向けた。

 

「けれど、あなたたちにとっても、プライベートポイントを失うリスクを完全に無くすことができる。……それとも坂柳さんは、この契約を結べば、Bクラスが勝てないと思っているのかしら?」

 

 少し不器用な、堀北さんなりの煽り。

 

 それを受けた坂柳さんは、クスリと肩を震わせて笑った。

 

「ふふふ。堀北さんはあまり挑発が上手ではありませんね」

 

「確かに坂柳さんの言う通りかもしれない。……だけど、私たちはそれでも負けるとは思ってないよ」

 

 私は二人の間に入り、力強く澄んだ声で宣言した。

 

「結局得点を取るには、プロテクトを成功させることと、出された課題に正解すること。AクラスとBクラスの有利は変わらないと思う」

 

「……分かりました」

 

 坂柳さんは小さく息を吐き、優雅に微笑んだ。

 

「三クラスがその契約に賛成な以上、私たちも乗るしか無さそうですね」

 

「ククク。話が早くて助かるぜ」

 

「それで? 契約に違反して、意図的に脱落者を出してしまった場合のペナルティはどうしますか?」

 

「脱落者を出すような攻撃をしたクラスが、脱落者のいるクラスに二千万ポイントを払う。これでいいだろう? そうすれば、最下位になったとしても退学者は出ねえ。……ただ、鈴音。お前のクラスは別だ。そうなればリーダーを務めた生徒が自主退学する。それでどうだ」

 

「……ええ。構わないわ」

 

 退学という重すぎるペナルティを前にしても、堀北さんは一切怯むことなく頷いた。

 

「うん。私はそれでいいよ」

 

 私も同意を示す。

 

「……」

 

 坂柳さんは少しだけ思案するようにステッキの先を撫でた後、静かに頷いた。

 

「分かりました。契約を結びましょう。……ただ、龍園くんがこのような契約を持ちかけるとは意外ですね。一之瀬さんならこのような話を持ちかけてくるかもしれないと想定していましたが」

 

「ククク。さあな」

 

 龍園くんははぐらかすように笑い、四クラスの代表による『脱落者を出さない契約』は、ここに成立したのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その頃、離れた席で待機していた私たち護衛の面々は、奇妙なティータイムを楽しんでいた。

 

 私、ひより、神崎のAクラス陣営と、葛城、神室、鬼頭のBクラス陣営。

 

 六人が囲むテーブルは、異様な空気に包まれていた。

 

「……罪深いな」

 

 葛城が、運ばれてきたモンブランを見つめながら、ひどく重々しい声で呟いた。

 

「このモンブランの圧倒的な甘さは、我々を怠惰なる堕落の深淵へと誘うようだ」

 

「ああ、同感だ。だが、その甘き毒を喰らってなお、己の魂の剣を研ぎ澄ますことこそ、真なる騎士の矜持というものだろう」

 

 神崎が腕を組み、真顔でモンブランの深淵について熱く語り返す。

 

(お前ら、ケーキ食べるだけでどんだけカロリー消費してんだよ!?)

 

 私が内心で激しいツッコミを入れていると、これまで無言でケーキを見つめていた鬼頭が、ゆっくりと口を開いた。

 

「……この身を焦がすような甘味、悪くない」

 

(……これは誰の影響なんだ!? ……いや、前からそれっぽい手袋とかしてたし、俺は関係ないな!)

 

 男三人が織りなす凄まじいカオスな空間に、私は表情筋を完全に凍結させて静かに目を逸らした。

 

 すると、向かいに座っていた神室が、心底うんざりしたような顔で隣のひよりへと話しかけた。

 

「……はぁ。男子ってほんとバカね。お互い大変ね」

 

「ふふっ。みなさん個性的で楽しいですよ」

 

 ひよりがニコニコと天使のような笑顔で返すと、神室は呆れたように小さく息を吐いた。

 

 そんな混沌としたティータイムを過ごしていると、やがて話し合いを終えた一之瀬と坂柳が戻ってきた。

 

「お待たせ! 藍染くん、神崎くん、ひよりちゃん」

 

「お待たせしました。みなさん。私たちも戻りましょう」

 

 それぞれが合流し、私たちはカフェの前で解散することとなった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ケヤキモールからの帰り道。

 

 私とひより、そして一之瀬と神崎の四人は、夕飯の食材を買いにスーパーへと立ち寄っていた。

 

 私が買い物カゴを持ち、その横でひよりが商品を見定めている。

 

「あ、惣右介くん。今日は鶏肉がお安いですねっ!」

 

「――ああ。今日の食卓はこれで彩るとしよう」

 

 ひよりが嬉しそうにパックを手に取り、私の持つカゴへと入れていく。

 

 すると、その後ろを歩いていた一之瀬が、楽しそうに笑い声を上げた。

 

「にゃはは。ひよりちゃんと藍染くん、こうして見たらなんだか夫婦みたいだね!」

 

「ふ、夫婦……っ」

 

 一之瀬のからかうような言葉に、ひよりは買い物途中の手を止め、頬を真っ赤にして照れ隠しのように俯いてしまった。

 

(くっ……可愛い! ……最高だな!)

 

 私は内心で盛大にデレデレと顔を緩ませていたが、表面上は微塵も表情を崩さず、オサレな笑みでその場をやり過ごした。

 

 買い出しを終えた私たちは、そのまま私の部屋へと向かい、私とひよりで夕食の調理に取り掛かった。

 

 出来上がったのは、鶏肉のトマト煮込みと、彩り豊かなサラダ、そして温かいコンソメスープだ。

 

「わあ、美味しそう! 藍染くんとひよりちゃん、いつもありがとうね!」

 

 四人で食卓を囲み、温かい料理に舌鼓を打つ。

 

 食事が少し落ち着いた頃、一之瀬がカフェでの会談の内容を私たちに説明してくれた。

 

「――ということで、四クラスで『意図的に脱落者を出さない契約』を結ぶことになったの」

 

 一之瀬は状況を説明し終えると、不意に箸を置き、申し訳なさそうに深く頭を下げた。

 

「……坂柳さんの言う通り、彼らの方がメリットの大きい契約だったかもしれない。私の独断で勝手に決めてごめんね……」

 

 彼女は、自分の独断でクラスの戦術に関わる重要な契約を結んでしまったことに、強い罪悪感を感じているようだった。

 

 すると、神崎が静かに首を横に振った。

 

「気にするな。一之瀬が下した決断に異論はない。その程度の些事によって、我らの勝利が揺らぐことなどありはしない」

 

 神崎のオサレなフォローに、私もフッと優雅な笑みをこぼして言葉を紡いだ。

 

「――君の選んだ平穏な夜明けを、私も歓迎しよう。できれば無用な血は流したくないと思っていたからね」

 

「『全く問題ありません。私も出来ることなら退学者が出ない方がいいと思っていましたから』とのことですっ」

 

 ひよりが温かい笑顔と共に翻訳を伝えると、一之瀬はハッとして、瞳を潤ませながらパァッと顔を輝かせた。

 

「……うんっ! ありがとう!」

 

 安堵したように笑う一之瀬を見て、私も内心でホッと息を吐き出す。

 

(龍園が自らそんな契約を持ちかけてきたことには正直驚いたな。……確かに、後半になるにつれて的が絞りやすくなり、プロテクトの成功率は上がるかもしれない。……だが、そんな状況になっている時点で、すでに覆しようのない得点差がついているはずだ。何の問題もない)

 

 私はスープを一口飲み、思考を巡らせる。

 

(坂柳が契約を突っぱねると読んで、Bクラスを共通の敵に仕立て上げ、三クラスでの同盟を目論んでいたのか? ……いや、他三クラスが同意してしまえば、結局Bクラスも同調せざるを得なくなる。その線は薄いな。ならば、Dクラスとの同盟が終了したということか? 客観的に見て、この試験に全クラスがまともに挑んだ場合、最も不利なのはCクラスだ。純粋に自クラスから退学者が出るのを避けるための防波堤……?)

 

「みんな、明日からの勉強会も頑張ろうね!」

 

 一之瀬の明るい声が、部屋の空気を前向きな熱で包み込む。

 

 三学期最初の、過酷な特別試験。

 

 水面下で蠢く各クラスの思惑をよそに、私たちの食卓には、ただ温かく穏やかな時間だけが流れていた。

 

 

 

 

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