いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
ついに、三学期最初となる『生存と脱落の特別試験』の当日がやってきた。
冷たい冬の空気が漂う二年Aクラスの教室は、決戦を前にした特有の緊張感に包まれていた。
チャイムが鳴ると同時に、教室の前方扉がガラリと開く。
入ってきたのは、担任の星之宮先生ではなく、Dクラスの担任である茶柱佐枝だった。
「……今回のこの試験で、Aクラスの担当官を務める茶柱だ」
茶柱先生は冷徹な視線で教室を見渡し、淡々と告げた。
クラスメイトたちが真剣な面持ちで頷く。
「それでは、試験前に攻撃の順番と注意事項の説明をする」
茶柱先生が教卓のタブレットを操作すると、教室前方のモニターに今回の攻防の順番が映し出された。
【前半戦】
①Bクラス → ②Cクラス
↑
④Aクラス ← ③Dクラス
(……なるほど。攻防の順番は、B・C・D・Aの並びか)
私はモニターに表示された順番を確認し、脳内で瞬時に各クラスの相対関係を整理する。
(前半戦、我々AクラスはDクラスから攻撃を受け、Bクラスへと攻撃を仕掛ける。そして後半戦はその逆。……うん。理想的な順番だ。……悪いがこの試験、勝たせてもらおう)
私は静かに目を閉じ、この一週間で張り巡らせてきた盤面の構造を反芻した。
「次に注意事項だ」
茶柱先生がモニターの画面を切り替える。
「原則として、トイレ等の離席は4ターンごとにある10分間の休憩時間のみとする。前半戦終了後には、40分の昼食休憩を挟む。試験中の私語、および携帯電話の使用は、指名を受けた生徒が問題を解いている時間を除き、自由とする」
携帯の使用許可については、すでに星之宮先生からも聞かされていた通りだ。
「なお、体調不良等で試験の続行が不可能と判断された生徒は、その時点で『脱落』扱いとする。当然、カンニング等の不正行為が発覚した場合も、その生徒は脱落扱いとした上で、クラスの得点を没収する。以上だ。質問はあるか?」
茶柱先生の問いかけに、教室は静まり返ったままだ。
「……よし。試験開始まで、残り十分だ。各自、準備を怠らないように」
茶柱先生が教卓の後ろで腕を組み、静かに待機姿勢に入った。
試験開始前の最後の時間。
教壇の前に立った一之瀬が、クラスメイトたちを見渡して明るい声を上げた。
「みんな! いよいよ試験が始まるね! 今日まで一緒に勉強してきた成果を、しっかり出していこう!」
彼女の澄んだ声に、クラスの空気が少しだけ柔らかくなる。
「もし難しい問題が来ても、焦らなくて大丈夫だよ。除外ジャンルも上手く設定できているし、みんなで協力して、絶対にAクラスの座を守り抜こう!」
「おう! やってやろうぜ!」
「頑張ろうね、帆波ちゃん!」
柴田や白波たちが力強く応える。
しかし、皆を鼓舞する一之瀬の表情には、どこか少しだけ申し訳なさそうな色が滲んでいた。
私はゆっくりと席を立ち、フッと自信に満ちた優雅な笑みを浮かべた。
「――案ずることはない」
私の静かな、しかし絶対的な声が教室に響き渡ると、クラスメイトたちの視線が一斉に私へと集まった。
「――皆はただ、己の信じるままに歩めばいい。……勝利は、すでに我らの掌の中だ」
「『何も心配はいりません。皆さんはこれまで通り頑張ってくれれば大丈夫です。絶対に勝ちましょうね』と仰っていますっ」
ひよりが完璧な笑顔で翻訳を入れると、一之瀬の顔から僅かな曇りが完全に消え去り、パァッと眩しい笑顔が咲いた。
「……うんっ! 藍染くん、リーダーお願いね!」
クラスの空気が、不安を一切排除した完璧な闘志へと染まり上がる。
私は静かに席に座り直し、手元の携帯電話の画面へと視線を落とした。
そして。
『――これより、生存と脱落の特別試験を開始する。最初の攻撃側は、Bクラスだ』
無機質な校内アナウンスと共に、長きにわたる決戦の幕が上がった。
攻撃側のクラスがジャンルと難易度、そしてターゲットとなる5名を選定するまでの3分間。
防御側のクラスにとっては、沈黙の待ち時間となる。
クラスメイトたちは、少しでも正答率を上げるために、直前まで携帯電話を開いて知識を詰め込んだり、まとめノートを見返したりと、ギリギリまで追い込みをかけている。
私もまた、手元の携帯電話を操作し、必要な情報の整理と確認を黙々と続けていた。
やがて、教室前方の大型モニターが切り替わり、無機質な電子音と共に他クラス間の最初の攻防状況が共有された。
『Bクラスからの攻撃。ジャンルは【社会】。難易度は『1』を選択』
Cクラスがプロテクトを選定する3分間の沈黙の後、大型モニターに結果が開示された。
攻撃側指名者
『小宮叶吾』『近藤玲音』『伊吹澪』『野村雄二』『矢島麻里子』
防御側プロテクト成功者
『小宮叶吾』『伊吹澪』
そこから、プロテクトから外れたCクラスの3名がタブレットで課題を解答する時間が経過し、やがて最終結果がモニターに表示される。
課題正解者
『野村雄二』
『これにてBクラスの攻撃は終了。Cクラスは合計3点を獲得した』
続いて、CクラスからDクラスへの攻撃ターン。
『Cクラスからの攻撃。ジャンルは【歴史】。難易度『2』を選択』
モニターに映し出されたその情報に、教室が少しだけざわめいた。
「えっ……いきなり得点を消費して、難易度を上げてきたの?」
白波が驚いたように目を丸くする。
「序盤から勝負に出るつもりか……?」
渡辺も険しい表情でモニターを見上げた。
クラスメイトたちが動揺を見せる中、私は静かに携帯電話の画面を見つめていた。
やがて、Dクラスの防御結果が共有される。
攻撃側指名者
『沖谷京介』『牧田進』『外村秀雄』『小野寺かや乃』『本堂遼太郎』
防御側プロテクト成功者
『沖谷京介』『小野寺かや乃』
プロテクトから外れた3名が、難易度の上がった課題に挑む時間が過ぎ、結果がモニターに表示された。
課題正解者
『該当者なし』
『これにてCクラスの攻撃は終了。Dクラスは合計2点を獲得した』
そして、いよいよDクラスから我々Aクラスへの攻撃ターンが回ってきた。
「Dクラスからの攻撃だ。ジャンルは【科学】。難易度は『1』。Aクラスはプロテクトの選定を開始しろ」
茶柱先生の指示を受け、私は即座に手元の情報を精査する。
私は事前に把握していたクラスメイトの『科学』における得点力と、除外設定の状況を照らし合わせ、瞬時に5名のプロテクト対象を選定した。
「――プロテクト対象は、網倉麻子、白波千尋、渡辺紀仁、墨田誠、浜口哲也の5名だ」
私が指定した生徒名を茶柱先生が端末に入力し、結果が確定する。
攻撃側指名者
『網倉麻子』『小橋夢』『柴田颯』『白波千尋』『渡辺紀仁』
防御側プロテクト成功者
『網倉麻子』『白波千尋』『渡辺紀仁』
「プロテクトから外れた小橋と柴田は、速やかに課題の解答を開始しろ」
茶柱先生の声に、小橋と柴田がビクッと肩を揺らし、急いで手元のタブレットを操作して問題に向き合う。
静寂の中、2人が懸命に解答を入力し終えると、モニターに結果が映し出された。
課題正解者
『柴田颯』
『これにてDクラスの攻撃は終了。Aクラスは合計4点を獲得した』
「よしっ! 4点ゲットだ!」
柴田が小さくガッツポーズをする。
しかし、問題を間違えてしまった小橋夢が、申し訳なさに顔を真っ赤にして縮こまった。
「ご、ごめんね……っ! 簡単な問題だったのに、ド忘れしちゃって……!」
「――下を向く必要はないよ」
私が優しく声をかけると、小橋はビクッと肩を震わせて顔を上げた。
「――君のその小さな躓きすらも、私が織りなす完全なる軌跡の一部に過ぎないのだから」
「『誰にでもミスはあります。気にしないでくださいね、次は頑張りましょう』と仰っていますっ!」
ひよりの完璧なフォローに、小橋はホッと胸を撫で下ろし、「う、うんっ! ありがとう、藍染くん、ひよりちゃん!」と笑顔を取り戻した。
続く、AクラスからBクラスへの攻撃ターン。
私は手元の端末を操作し、的確にジャンルとターゲットを選定し、茶柱先生へと告げた。
「――ジャンルは【英語】。難易度は『1』だ。石田優介、杉尾大、的場信二、矢野小春、六角百恵の5名」
茶柱先生が端末に入力し、Bクラスへと情報が通達される。
3分間のプロテクト選定時間の後、モニターに結果が映し出された。
攻撃側指名者
『石田優介』『杉尾大』『的場信二』『矢野小春』『六角百恵』
防御側プロテクト成功者
『的場信二』
Bクラスでプロテクトから外れた4名が、課題を解き進める時間が経過し、やがて最終結果が表示された。
課題正解者
『杉尾大』『六角百恵』
『これにてAクラスの攻撃は終了。Bクラスは合計3点を獲得した』
こうして、最初の1ターン目が終了した。
私は手元の携帯電話の画面から一切視線を外すことなく、淡々と作業を続ける。
2ターン目に入っても、試験は滞りなく進んでいく。
しかし、ここで再びモニターに異変が映し出された。
『Cクラスからの攻撃。ジャンルは【文学】。難易度『2』を選択』
「またか……。Cクラス、これで連続して得点を消費したぞ」
クラスメイトたちが再びざわめく中、私は携帯電話の画面を見つめたまま、ただ静かに沈黙を保っていた。
◇ ◇ ◇
同時刻。二年Dクラスの教室。
オレは、モニターに映し出される各クラスの得点状況を冷徹な視線で見つめていた。
(……龍園は何を考えている?)
オレは内心で、不可解な行動を繰り返すCクラスの狙いを分析する。
(先日、各クラスの代表を集めて『退学者を出さない契約』を持ちかけたのは龍園自身だ。防波堤を張って安全を確保した上で、いきなり得点を消費して課題の難易度を上げてくるとはな)
もしも難易度を上げて特定のクラスを完全に潰しに行くつもりなら、狙うべきはオレたちDクラスではなく、直接対決となる後半戦の『Bクラス』であるはずだ。
オレが思考を巡らせていると、教壇の近くにいた堀北が、困惑したように眉をひそめて近寄ってきた。
「……綾小路くん。なぜ龍園くんは、いきなりここまで攻めてくるのかしら?」
堀北は腕を組み、モニターの得点表を睨みつける。
「仮にどこかのクラスを落としたとしても、こんな風に毎ターン得点を消費していたら、このままだとCクラスが間違いなく最下位になるわ」
「まだ始まったばかりだけど、やっぱりAクラスとBクラスは強いね」
洋介も心配そうに堀北の隣に立ち、推測を口にする。
「課題の難易度を上げることで、どのくらいの正答率になるかを試しているのかな? それとも、情報を集めているとか……」
「だとしても、私たちを攻撃する必要はないはずよ」
堀北が鋭く反論する。
「それならむしろ、私たちに得点を取らせる代わりに、Aクラスへ難問を出すよう交渉するべきよ。彼らにとっても、上位のクラスを落とさなければ1位になる目は無いはずなのだから」
(……普通に考えれば、堀北の言う通りだ)
オレは静かに二人の会話を聞きながら、さらに思考を深める。
(だが、同盟を破棄して実力勝負に持ち込むと言い出したのも、龍園からだ。あの男が、何の勝算もなくただ得点を消費するような真似をするはずがない。……何か思惑があるのは間違いない)
オレは手元の携帯電話の画面を開き、水面下で集めさせた他クラスの情報を視界に収める。
(まだ確証は得られないが……AクラスかBクラスのどちらかと、秘密裏に組んでいると見るべきか)
だが、その仮説にも矛盾が生じる。
(クラスの学力を考えても、このまま得点を消費し続ければ、最下位は間違いなくCクラスになる。どんな契約を交わしていたとしても、ここで上位のクラスが1位を取り、Cクラスが最下位となれば、彼らがAクラスへ浮上する目は完全に消え去るだろう。……龍園は、本気でAクラスを目指すことを諦めたのか?)
その疑問への答えを裏付けるかのように、前半戦の3ターン目の攻防に入っても、モニターに表示されるCクラスの行動は異常なままだった。
『Cクラスからの攻撃。ジャンルは【雑学】。難易度『2』を選択』
「くそッ! またかよ! 龍園のやつ何考えてやがる!」
須藤が、苛立ちを隠すことなく悪態をつく。
その間にも、AクラスとBクラスは順調に得点を重ねている。
(……プロテクトによりある程度の得点は重ねているものの、難易度を上げられた課題の正解率が著しく低い。すでに、AクラスとBクラスには差をつけられ始めている)
「……やはり、AクラスかBクラスを勝たせる為にアシストしていると見るべきね」
堀北が悔しそうに呟く。
「今のところはそうとしか見えないけど、Cクラスにメリットがあるのかな?」
洋介が困惑したように推測を口にする。
「考えられるのは、プライベートポイントでの契約くらいだけど……龍園くんは、Aクラスを目指すのを諦めたわけ?」
恵も信じられないといった様子で首を傾げた。
(……間違いない。どちらかと組んでいる)
オレは手元の携帯電話を操作し、事実を確認するため、惣右介と坂柳の両名に同じ内容の短いメッセージを送信した。
『――Cクラスと手を組んでいるか?』
数秒後、それぞれの端末から返信が届く。
『私たちは組んでいません。ですが、龍園くんの動きから見るに、Aクラスと組んでいると思います。このままでは後半戦に、Cクラスが課題の難易度を上げて私たちを攻撃してくるとなれば、Aクラスが一位を獲得してしまいます』
『――君にしては気づくのが遅かったようだね』
オレは携帯電話の画面を見つめ、静かに思考を深める。
(……惣右介がそういう手を取ってくるとはな。Aクラスの戦力なら、わざわざ龍園と協力しなくとも勝つ方法はあったはずだが……)
並び順も悪い。これがBクラスと隣り合う順番なら、お互いにプロテクトを成功させ合い対抗できるが、坂柳もオレたちを一位にするための支援はしないだろう。
「……堀北。この試験はすでに詰んでいる」
オレの言葉に、堀北がビクッと肩を震わせた。
「坂柳と連絡を取り、Aクラスを攻撃する際に難易度を上げて彼らの得点を削る代わりに、Bクラスからプライベートポイントを得る方向にシフトした方がいい」
「っ……!」
堀北はギュッと唇を噛み締め、ひどく悔しそうな顔をした。
「……龍園くんのあの提案は、この為だったのね……。みんな、ごめんなさい。私の認識が甘かったせいで……」
「堀北さんのせいじゃないよ!」
「そうだよ。みんなで頑張って、少しでも点数を稼ごう!」
軽井沢や平田が、落ち込む堀北を必死に励ます。
しかし、一部の生徒からは不満を漏らす声も上がり始めた。
「……今回の試験のリーダーはオレだ。堀北を責めるのは筋違いだ」
オレは静かに声を上げ、不満の矛先を逸らしつつフォローを入れる。
(惣右介は、これまでは基本的には正攻法で迎え撃つことを好んでいたが……まさかここで、確実な勝ちを得るために動いてくるとはな。……しかし、龍園がAクラスに話を持ちかけた時点で、オレたちに止める術はなかった)
マネーゲームとなれば、資金力のあるAクラスに勝てるクラスはない。
(そして、坂柳ではなく惣右介に話を持っていったのにも、何か理由があるのだろう)
龍園の性格と思惑を、さらに深く推測する。
(……まさか。本気で、そんなことが可能だと思っているのか?)
オレは、Cクラスのリーダーが描いたであろう『狂気のシナリオ』に気づき、僅かに目を細めた。
◇ ◇ ◇
同時刻。二年Bクラスの教室。
「……姫さん。まずいんじゃないか?」
橋本正義が、モニターの得点状況を見上げながら焦った声を上げる。
「……ええ」
坂柳有栖は、教壇の中央でステッキを両手で握り締め、表情を硬くしていた。
「龍園くんのあの提案は、この為だったのですね。自分のクラスを最下位に落としつつ、多額のプライベートポイントを払ったであろうAクラスを支援する。……自クラスから退学者を出すことなく、多額のプライベートポイントを得るために」
「だとしても、龍園は何を考えている?」
葛城康平が、腕を組んで訝しげに眉をひそめる。
「Aクラスの座を諦め、プライベートポイントを稼いで自分とその側近の生徒のみをAクラスに移籍させるつもりか?」
「そうとしか考えられませんが……龍園くんらしくありませんね」
坂柳は小さく息を吐き、悔しそうに目を伏せた。
「……それに、Aクラスがそのような提案に乗るというのも、私の認識が甘かったようです。こちらが三クラスでの同盟を組まなければ、藍染くんは、私も綾小路くんも、正面から相手取ってくると思い込んでいましたから」
「まだ負けが決まったわけじゃないでしょ」
神室真澄が、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「後半のCクラスは、間違いなく難易度を上げた問題を出してくる。有栖の読みと、私たちがどれだけ正解できるかにかかってる」
「神室さんの言う通り、諦めるには早いよ。全力を尽くそう!」
里中聡も、クラスメイトたちを鼓舞するように声を上げる。
「……ええ。ありがとうございます」
坂柳は二人に感謝を告げつつ、内心でさらなる思考を巡らせる。
(これまでの動きから、龍園くんがAクラスとプライベートポイントを用いた契約を結んでいるのは間違いありません。……しかし、単にポイントを稼ぐことが目的なら、最初からAクラスに肩入れして独走させるより、Bクラスも巻き込んで競り合わせた方が値は吊り上がるはず。早々にAクラスと手を結んだということは、ポイント以外にも彼を動かす『何か』があった……?)
思考を巡らせる坂柳の隣で、戦況を注視していた葛城が険しい表情で口を開いた。
「坂柳。このまま後半戦でCクラスが本格的に我々へ牙を剥いてくれば、Aクラスに大きくリードを許すことになるぞ」
「ええ。龍園くんの真意はまだ読み切れませんが……このまま何もせずに、大人しく敗北を受け入れるわけにはいきませんね」
坂柳がステッキを軽く握り直した、その時だった。
彼女の携帯電話に、一通の交渉メールが届く。送り主は、Dクラスの綾小路清隆だった。
「……綾小路くんからです。一千万プライベートポイントを支払うなら、Dクラスの攻撃をコントロールし、我々Bクラスを全面的に支援する、とのことですが」
「一千万だと……? 」
葛城は忌々しそうに眉をひそめたが、すぐに腕を組み直し、現実的な判断を下した。
「だが、ここで乗らなければ、我々が1位になる目は完全に潰れる。……悔しいが、勝ちの目を残すためにはその条件を呑むしかないだろう」
「……ええ、同感です。背に腹は代えられませんからね」
坂柳は葛城との協議を経て状況を冷静に判断し、勝ちの目を残すための対価として、Dクラスに一千万プライベートポイントを支払う条件で契約に合意した。
◇ ◇ ◇
前半戦も中盤に差し掛かった頃。
『Dクラスからの攻撃。ジャンルは【計算】。難易度『2』を選択』
モニターのアナウンスに、Aクラスの教室が再びざわめきに包まれた。
「えっ!? Dクラスまで難易度を上げてきたの!?」
混乱するクラスメイトたちをよそに、私は静かに手元の情報を精査し、的確なプロテクトを指示していく。
(……清隆も坂柳と手を組んで、損切りをしに来たか。タダで負けるのではなく、最低限プライベートポイントを得る方針だな。そのせいで、前半戦は僅差でBクラスにリードを許す形になりそうだが……)
私は携帯電話の画面を見つめながら、フッとオサレな笑みをこぼした。
(清隆も坂柳も、俺と龍園が手を組むことは想定外だったみたいだな。……いや、俺も、龍園のあの途方もない計画は想像していなかった)
脱落者を出さない契約を盾に、自らの敗北を商品として売りに出し、クラス全員をAクラスへ引き上げるという狂気のマネーゲームへの完全シフト。
(……今回の試験は、俺たち全員の想像を超えてきた、龍園の勝利と見ていいだろう)
やがて、前半戦の10ターンが全て終了した。
得点状況は、僅差でBクラスがトップに立ち、そこから数点差で我々Aクラスが追う展開。そして大きく離れて、DクラスとCクラスが下位を争うという二極化の構図となっていた。
私は教壇からクラスメイトたちを見渡し、誰にも悟られないように静かに思考を巡らせる。
(……清隆と坂柳には悪いが。後半戦はBクラスが毎ターン、Cクラスからの高難度の課題を受け続けることが確定している。……ここから、圧倒的な差をつけさせてもらおうか)
「ふぅ……なんとか前半戦を乗り切れたね。みんな、お疲れ様!」
「ああ。今のところ大きな崩れはない。後半もこの調子で堅実にいこう」
一之瀬が明るい声でクラスメイトたちを労い、神崎も静かに頷いてみせる。
「惣右介くん、司令塔お疲れ様ですっ」
ひよりが小走りで駆け寄り、花が綻ぶような笑顔を向けてくれた。
「――ああ。君も的確なサポートをありがとう。……さて、少しばかりこの息詰まる戦場から離れて、羽を休めようか」
私は司令塔としての顔からいつものオサレな顔へと切り替え、一之瀬と神崎にも声をかけた。
「――一之瀬、神崎。午後からの采配に備えて、共に昼食でもどうだい?」
「あっ、いいね! お腹もペコペコだし、一緒に行こっか!」
一之瀬が快諾すると、神崎が少し不思議そうに首を傾げた。
「俺は構わないが……どこで食べるつもりだ? 普段、お前たちは教室で弁当を食べているだろう」
神崎のもっともな疑問に、私はフッとオサレな笑みを浮かべ、教室の外へと視線を向けた。
「――たまには、喧騒の中で食事を取るのも悪くない。それに……少しばかり、他クラスの司令塔たちの顔を拝んでおきたくてね」
「『普段は教室でお弁当ですが、今日は他クラスの生徒たちも集まる学食に行きましょう』とのことですっ」
水面下で織りなされた盤面の支配権争い。
すでに見え透いた決着の答え合わせをするため、私たちは四人並んで、賑わう学食へと足を向けるのだった。