「ライバー、機材……と。げ、高い」
「かぐやさん、かぐやさん」
「ん、どしたの」
「どうするんですか、これから?」
ツクヨミからログアウトしてから、かぐやはずっとパソコンと睨めっこをしている。配信で必要になるであろう機材について調べていた。全てはヤチヨカップ優勝の為だ。高い機材も惜しまず購入するかぐや。これでスタートダッシュは完璧だろう。
そう、スタートダッシュは重要だ。短期間だし競合が幾千万といるわけだから、それはわかる。だがそれ以上にかぐやには重要な事があるのではないのか。そんな事は誰でも分かる、当人でも分かっている。かぐやと彩葉の立ち位置が逆ならば良かった。気兼ねなく毎日を配信に注力出来ただろうが、そうはいかない。何故なら
「かぐやさん、学校とかどうするんですか」
「そりゃあ毎日行くよ」
「じゃあ、この”あるばいと”って大丈夫なんですか!?」
「むむむ……バレてた。無い日とか、終わったら配信するつもり!」
「死にますよ??」
かぐやは一般人だから。学校も、アルバイトも、勉強も、趣味のプログラミングや父親譲りの作曲と、やらなければならない事が山積みなのだ。しかもテストが近いのもあって、普段であれば今頃は勉強のデスマーチを敢行して死にかけている筈だ。それなのに、配信……?。何かおかしいぞ?
かぐやはこの無茶苦茶を強引に突破しようとしていた。学校にも行って、アルバイトにも行って、配信は勉強配信&ゲームや雑談で何とかしよう、と。彩葉はこれを聞いて絶句した。絶句し過ぎて髪色が赤色、緑色、青色、琥珀色、金銀銅色と激しく変色している。もう滅茶苦茶だ。ただひとつ分かったのは、止めないとヤバイと言うことだ。
「かぐやさん、配信……やめませんか?」
「覆水盆に返らず、だよ彩葉。」
「覆水だって盆に返してみせます。かぐやさん、無茶してると死にますよ?」
「でもさぁ、彩葉もヤチヨと一緒にライブして、褒められたいよね?」
「むむっ、それは……はい。」
「なら決定。配信は、かぐやと――――彩葉でやろっ!!!」
「…………ええええ!?」
そうして決まったスケジュール。1ヶ月で1番新規登録者が多い者が優勝という形式上、配信は毎日配信が最も効率的と判明した。夏休み半ばまで続くこのイベント、一日とて休みはない。そうして始まった計画立案、大枠のみ捉えたガバガバ計画表のかぐや、中身をガチガチに決める彩葉、ああでもないこうでもないと一向に決まらない。
「かぐやさん、このアルバイトの時間は私が代わりに出勤しますね!!」
「いやいやいや、それは絶対だめーーー!」
「じゃあ配信どうするんですか」
「帰ったらやる!」
「勉強は?」
「いい感じにやる!」
「「―――――――――――――!!!」」
ドンッ!
壁ドン。子育て以来二度目の強襲。二人とも時間を忘れ過ぎである。ライブを終えて、話し合いの末に時刻は既に24時を若干超えていた。流石にうるさかったかと口をキュッと縫い合わせる。壁ドンのお陰で、ライブで放出した過剰なドーパミンが収まったのかコソコソ話で進む会議では数分で予定表が完成する。彩葉の口上手な特徴が光り、かぐやを何とか説得することで、彩葉7割、かぐや3割の意見が織り込まれた計画表が完成した。
「私は朝昼夕のお料理、掃除洗濯にサブ配信を頑張ります!」
「メイン配信はかぐやに任せて!。ねぇ、彩葉の負担が多いような気がするんだけど」
「?」
「かぐやが強引に詰めた所しか休みないよ、コレぇ……」
「何もする事ないので問題なしです!」
にこにこ
何と朗らかな笑みか。その裏にワーカーホリック星人の彩葉が仕事を任された!と喜んでいることを知らなければ誰も彼もが騙されるだろう。計画表を見るに、これまでかぐやが行ってきた部分を全て彩葉が担当する事で、何とかかぐやの配信及び勉強を確保。家にかぐやが居ない時は、彩葉がずっと配信と切り抜きを続ける事で驚異的な配信時間を継続するつもりである。
これでもかぐやの意見のお陰で優しくなっているのだ。元々は、寝なくても問題ない月人たる彩葉が夜間も配信を行う事で、ほぼ24時間配信を1ヶ月継続する予定だったのだ。つまり、744時間弱の継続配信をするつもりだった。
「まあ、これでいっか。じゃ、一緒に寝よ♪」
「別に床の上でも大丈夫で……わっ、かぐやさん体温高めですね」
「彩葉は冷たくて最っ高。んん~」
エアコンを付けて部屋を涼しくする。そうして部屋の明かりを消して同じお布団に包まる。その内側では、抱き寄せるかぐやと、脱出せんと抗う彩葉の小さな争いが行わられていたが、勝者はかぐや。実質母親には勝てない運命か。なんとも微笑ましい風景だ。口では床の上で―――なんて言って抗っていた彩葉も満更ではないようで、暗闇の中ではかぐやには見せない表情……赤子が母親に抱き抱えられる時の表情と浮かべていた。つまり安心しきっている。素直になれない娘、彩葉。
そんな彩葉の事など露知らず、最高の抱き枕を得たかぐやは既に夢見状態で三連休に思いを馳せる。流れ星に彩葉との出会い、子育てにヤチヨとの握手。色々と積み込まれ過ぎな三日だった。こんな楽しい毎日が、明日も明後日も続いていく。嗚呼、最……高。
明日を夢見て二人は眠る。
夢……ユメ……ゆめ
……………………………………
…………………………
……………
…………
……
暗い黒い世界。ありとあらゆるものが電子的に制御されており、電子的でありながらも物質的という曖昧な空間。そこが電子の世界なのか、それとも現実空間に存在するのかは誰にも分からない。或いは、その矛盾こそが彼らにとって必要なジャミングだったのかもしれない。そんな世界には人型ではあるものの何処か違う住人達が住んでいる。彼らは忙しなく行動し続けていて、今日も今日とて変わらずに意味を感じない仕事に興じるばかり。
さぞかし未来チック近未来的な世界を想像するかもしれないが全くの真逆で、その都市の様子は平安時代の寝殿造りが連続している古都のよう。まるで地球のツクヨミと似ている、何かの意図があるだろうか。
『もうどこかに行ってよ……ちきゅう』
幼女は辟易した態度のまま教育係兼従者を自室から離れる様に命令をする。窓から見える暗黒の中、輝く物が二つあった。一つは太陽、煌々と輝き続ける不変の存在。二つ目は地球、移ろい行く変化に満ち満ちた星。幼女は地球を見つめていた。大人たちからは見ることも語る事も許されざる禁忌であると教え込まれて、穢れを忌み嫌うのと、過去の出来事から関係を完全に断絶した事も伝えられている。由緒正しき姫君の後継者たる幼女は、今日も魅入られた様に地球を眺めていた。
『帝様?……だれ?』
思う、想う、憶う。刻まれたモノ
▼△▼△▼△▼△▼△▼
「行ってきます(*`・ω・)ゞ」
「いつの間にそんな巫山戯た扇子を買ってたのよ……かぐやさん。行ってらっしゃいませ!!」
「おぃーす!」
三連休は終わり、悪夢の月曜日が始まる。多くの学生にとって最悪の一日の始まりで、かぐやも例外ではない。が、この月曜日はかぐやにとって配信活動の始まりをも意味する。そういう事で、プラマイゼロである。
今日の朝ごはんは彩葉作のパンケーキである。どうやら何時ぞやの粉ミルク入りのパンケーキを真似て作ってくれたようで、かぐやが涙を流しかけたのは秘密である。まあ、誰かが作ってくれた朝ごはんなど、家から出奔してから一度もなかったし、何よりも彩葉が作ってくれた朝ごはんなのだ、不味い訳がなく美味しかった。残念なのは蜂蜜が家になかった事だろう……
そうして、かぐやは学校へ向かう。今日の予定は芦花と真実をコラボに誘う事ぐらいか。
「おっすおっす、かぐや おはよ~」
「おはよう。なんか前よりも元気だね?」
「そうっしょ~!!。今日のかぐやちゃんはですね、絶好調なのです!!」
「「おおー?」」
訝しむ芦花と真実。それもそのはず、目の前のこの娘は年がら年中カフェインを異常に摂取し、週5のバイトに深夜まで勉強を行う健康危険人物。深夜テンション的な感じで空元気なだけかも……と思うのも無理はない。
芦花の場合は別だ。別の所で危機感を抱いている。聞きにくいので黙るしかないが、胸中では不安な思いが何度も渦巻いて仕方ない。昨日のヤチヨのライブで、かぐやの隣に居た……見た事も聞いた事もない娘は……と。まあ、奥手故、終ぞ聞くことはなかったが。
「ねぇねぇ、芦花ぁ真実ぃ。かぐやね、配信者なること決めたの!」
「かぐや可愛いし、すぐ売れっ子になると思うけど……ねぇ」
「?」
「真実、かぐや気づいてないね、これ」
「じゃあ私から。コホン、かぐや……死んじゃうよ?」
「うぐっ」
あれ、これ昨日も同じ事を言われた。と、かぐやは既視感を感じつつ、自分を心配してくれる二人に最大限の努力でもって説明をする。彩葉の存在は有耶無耶にしながら、アルバイトのこと、勉強の事で無理は生じない程度にやる。とにかくヤチヨカップで優勝したい、だから手伝って欲しい……と。
意外にも、芦花も真実も一つの約束を取り付けるだけで全面的な協力を約束してくれる。その唯一の約束とは、芦花と真実が無理だと思ったら配信を止めて一緒にご飯食べてお泊まり会をする、だ。”一緒にご飯”が真実が入れた要素で、”お泊まり会をする”が芦花が入れた要素である。二人の性質が反映された見事な条件である。
「わかった、じゃあ毎日かぐやの配信見てね!」
「今日やるの~!?」
「かぐや、さっそく約束発動しよっかぁー」
「ダメダメ、芦花ぁ、許してぇぇぇ」
そうして三人は学校へ到着する。騒がしい登校だったものの、学校はそれ以上に騒々しく、かぐやを見かけた学生達が勢い良く挨拶をしていく。プログラミング部の後輩に始まり、以前勉強を教えて別クラスの同級生とどんだけ挨拶されるんだと、隣の芦花と真実は辟易していた。
その完璧美少女準スパダリとして作られた上っ面のお陰で、その流れが終わりそうにない。教室に入っても、プログラミング部の女生徒ちゃんがアドバイスを求める。
「かぐや様、助けて下さい。部で作ってたゲームなんだけど、ここから先の展開でこんな処理したくて組んでて、複雑になり過ぎちゃって全部おかしくなって…………動かないの、壊れちゃった……私達諸共……とほほ」
「うーん、見た感じ、今ある物を活かしながら手直ししていくとなると半年以上かかるかも。イチから作り直していいのなら1ヶ月でやれるよ?」
「神様仏様かぐや様、テスト期間終わったら助けてくださいぃぃぃぃ。」
「余裕があれば手伝うね。」
配信中に組むから……ボソッと聞こえた言葉に中止カウントが一つ溜まる。後ろの席から耳を立てて会話の一つも逃さない芦花と真実。因みに、かぐやは先頭の席で、芦花と真実は後ろ側の席で隣り合わせである。こうなると三人で余り話せないので、芦花と真実が何やらこしょこしょ話をしている。
「かぐや、凄く健康的になった気がしない?」
「何時も目の隈メイクで隠してるのにねぇ。あと今日は一回もふらついてないし、何よりも……何よりも」
「だね。カフェイン一回も取ってない。信じられない」
「三連休で変わった感じするよね。芦花はどう思う?」
「そうだね、先ず変わった所は――――」
芦花も真実も、隠してはいたが、今日初めてかぐやと出会った時には仰天していた。酒寄かぐやと言えば、カフェイン&不健康の権化だ。登校中には近所のスーパーで超安売りされている期限真近のモンスターを一本ガブ飲み、目を凝らせば見える濃い目の隈を隠していて、偶にふらついて横から支える。それが普通だった。
だがどうだろう。今日のかぐやは別人かと見違えるほどに顔色が良くなっているし、何時も何か我慢しているような、無茶をしているような―――ふっ、と消えてしまいそうな不安な気配がしない。ちゃんと其処に酒寄かぐやが居る感覚がするのだ。何時も自分を完璧美少女として取り繕っている感じじゃない、素の酒寄かぐやが其処にいる。それから、普段よりも元気だし、肌ツヤも髪ツヤも凄く良くなっている気がする。かわいい、それから―――――
じぃぃぃ
「……ん゛ん゛、多分、彩葉ちゃんのお陰かな」
「従姉妹って言ってたよね?」
「どうだろう。かぐや、多分隠してるし聞けないよ。」
「「う~ん」」
かぐやがアドバイスをしている最中、芦花と真実は結論の出ない考察を繰り返す。非常に早い体感時間で授業をこなし、気がつけば一時限、二時限目が終わり、昼休みに至る。三人はここでも仲良く昼食を一緒に取る。というかかぐやに分け与える。
例として、先週の木曜日であれば、芦花の場合は手作りのお弁当からかぼちゃコロッケを、真実はお母さんが作ってくれた弁当から唐揚げを食べさせた。基本的にかぐやは遠慮しがちなので、本当にヤバそうな時に食べさせる事になっているのである。まあ、かぐやの昼食が粗末な物であるし、時には昼飯抜きとか巫山戯た事をしているので、不安で不安で仕方ないので自主的にやっているのだ。
今日はどんなモノか、不安で見た二人は!?!?!?!?の表情を浮かべる事になる。
「おっ!うわぁ美味しそう。いっただきます~!」
「「……………………」」
「どうしたの、二人とも?」
「いや、え?。嘘でしょ。」
「か、かぐやに、健康意識が復活したー!?」
可愛い弁当箱の蓋を外すと、有り得ない事に色鮮やかなお弁当が顔を覗かせる。芦花と真実が高校でかぐやと出会ってからというもの、かぐやの弁当には彩りがなく最低限の栄養を摂取しているだけの印象があった。だが今日はどうだろうか、赤・黄・緑・白・茶の5色が弁当を彩っている。有り得ない、万年苦学生で生活費とヤチヨのイベントの時にしかお金を全く使わない倹約家である酒寄かぐやが今頃になって健康意識が蘇ったなど……
「かぐや」
「どったの芦花?」
「じ、自分で作ったの?」
「うーん、うん、そうだよ。」
「彩葉ちゃんが作ってくれたんじゃないの?」
「……………………」
バレてる。助けて彩葉っ、芦花が怖いよぉ!!
「へくちっ、何か呼ばれてる気がする……さっさと掃除おわらせよう」
一方その頃、彩葉は自宅にてパソコンをポチポチしていた。家に一人取り残された彩葉は、パソコンでヤチヨの切り抜き動画を視聴しながら家の隅々を掃除していた。本当は直ぐにでもチャンネルを作り上げたいが、配信環境を整えてからでないと怖いので掃除をしていた。
数十分後、掃除が終了する。続いて配信の機材のチェックだ。マイクに、キャプチャーボード、ヘッドセットにetc。色々な機材があるので、配信の前に、声がちゃんと乗っているか、配信中に不具合は起きないか、顔出し配信をするのなら後ろの背景から特定されないか、色々と確認事項は多い。
「一回だけ、一回だけ投稿しちゃおうかな。いやいや、かぐやさんに許可貰ってからじゃないとダメでしょ私。」
チェックは終わった。それと同時にやる事も消えてしまった。もし彩葉に覚悟と勇気があれば勝手に配信を始めてしまうだろうが、もし何かあったらと思うと何も出来なくなってしまう。
暇
暇
暇過ぎる。ヤチヨの歌を聞くのもいいが、何か、何かしたい。
パソコンをカチカチ
「なにこれ。」
デスクトップの端に置かれていたファイルをクリックして開いてしまった。直ぐにでも閉じるべきと理性が訴えてくるが、好奇心とは恐ろしい物でチラチラとファイルの中身を覗いてしまう。中身はどれも拡張子がMP3だ。
「ぅぅぅ、気になる。…………」
そうして、彩葉は抗えずクリックした。