かぐや「かぐやがいない間に、彩葉がかぐやと浮気したー!」 あの子ちゃん「蛇足っす」 作:超かぐや姫!に脳を焼かれた人
原作:超かぐや姫!
タグ:ガールズラブ 転生 独自設定 独自解釈 独自展開 本編読了後推奨 かぐや 酒寄彩葉 かぐや(KG型) 月見ヤチヨ 百合 短編集 あの子ちゃん
※注意
本作は、『かぐや「かぐやがいない間に、彩葉がかぐやと浮気したー!」』本編完結後の蛇足短編集です。
本編最終話までのネタバレを含む、後日談・補足・ifめいた小話などを扱います。
そのため、本編読了後にお読みいただくことを推奨いたします。
タワマンのリビングに、布団が四組並んでいた。
わざわざソファを壁際に寄せて、ローテーブルもずらして、床の上にふかふかの布団を敷き詰めた。
かぐやが「みんなで寝たい!」と言い出したからだった。
彩葉は最初、露骨に面倒くさそうな顔をした。
「リビングに布団? いや、普通にベッドとソファでいいでしょ。何でわざわざ片付けてまで……」
「いろは~?」
真っ先に、かぐやが甘えた声を出した。
「いーろーはー」
続いて、もう一人のかぐやが、かぐやの真似をするみたいに両手を合わせる。
「いろは~……だめかな~?」
最後に、ヤチヨが少しだけ首を傾げて、わざとらしいくらい柔らかい声を重ねた。
三方向から見上げられて、彩葉の言葉が止まる。
上目遣い。
甘え声。
逃げ道を塞ぐみたいな配置。
「おねが~い?」
「みんなで寝よー?」
「ヤッチョも、それ、すごく素敵だと思うな~」
「……」
彩葉の眉間に、深いしわが寄った。
かぐやは、もうひと押しだと思った。
「だめ?」
「だめー?」
「だめかな~?」
三人ぶんの声が重なる。
彩葉は、かぐやを見た。
もう一人のかぐやを見た。
ヤチヨを見た。
それから、もう一度かぐやを見て、ゆっくりと目を逸らした。
勝った。
かぐやは、心の中で小さく拳を握った。
「……今回だけだからね」
「やったー!」
「彩葉すきー!」
「さすが彩葉~」
「はいはい。調子に乗らない」
そう言いながら、彩葉はもう袖をまくっていた。
その時点で、かぐやは知っていた。
これは、今回だけでは終わらない。
でも、布団を並べただけでは終わらない。
かぐやには、まだ決めるべき大事なことがあった。
「じゃあ、今日、彩葉の隣で寝る人をじゃんけんで決めよう!」
かぐやが元気よく手を挙げると、彩葉が即座に振り返った。
「今日はもなにも、今日だけだから」
「よーし! かぐや、カニさんのチョキ出すー!」
もう一人のかぐやが、両手でちょきちょきと指を動かす。
「ヤッチョのグーが火を噴いちゃうよ~☆」
ヤチヨも、楽しそうに拳を握った。
「今日だけだから!」
彩葉の声が、少し大きくなる。
けれど、かぐやたちは顔を見合わせた。
そして、ぴったり声を揃える。
「「「またまた~」」」
「今日! だけ! だから!」
彩葉はそう言った。
強めに言った。
とても強めに言った。
けれど、かぐやは知っている。
今日だけでは済まない。
たぶん、もう一人のかぐやも知っている。
ヤチヨも、わかっている顔をしていた。
彩葉だって、薄々気づいているように見えた。
だから、これはもう決定事項だった。
その日の夜、タワマンのリビングに、布団が四組並んだ。
並び順は、かぐや、彩葉、ヤチヨ、もう一人のかぐや。
川の字、というには一本多い。
でも、みんなハッピーなので、これがかぐやたちの正解だった。
布団の中は、あたたかかった。
隣には彩葉がいて、すぐ近くにヤチヨともう一人のかぐやの寝息がある。
それだけで、もう十分すぎるくらいだった。
「……」
深夜。
かぐやは、そっと目を開けた。
眠れなかったわけではない。
ただ、ふと目が覚めた。
カーテンの隙間から、薄い光が差し込んでいる。
かぐやは、隣で眠る彩葉を見た。
少し大人になった寝顔。けれど、眉間に薄くしわが寄っているところは、昔と同じだった。
彩葉は今日も忙しそうだった。
研究所でも、この部屋でも、相変わらずみんなの真ん中にいた。
だから、起こさない。
かぐやは、彩葉の腕をそっと外した。
指先が離れる。
布団が、ほんのり冷える。
彩葉のまつ毛が、わずかに揺れた。
けれど、かぐやはそれに気づかないふりをした。
ヤチヨも、もう一人のかぐやも起こさないように、ゆっくりと布団を抜け出す。
足音を殺して、リビングの窓へ向かった。
鍵を開ける音が、やけに大きく聞こえた。
けれど、誰も起きない。
かぐやは、そっとバルコニーへ出た。
夜風が頬を撫でる。
冷たい。
でも、嫌な冷たさではなかった。
タワマンの高い階から見下ろす東京は、夜でも眠っていなかった。遠くの道路を、車の光が細く流れている。
あたたかい場所だと思った。
かぐやは、顔を上げた。
夜空に、月があった。
時々、こうして見上げることがあった。
帰りたいわけではない。
未練があるわけでもない。
あそこは、退屈だった。
白くて、灰色で、静かで、きれいで、何も変わらない場所だった。
それに、かぐやの帰る場所は、もう決まっている。
けれど。
心残りが、ないわけではなかった。
「あの子……」
小さく、名前にもなっていない呼び名を零す。
あの子。
月で出会った、変な友達。
いつもへらへらしていて、よくわからないものばかり作っていて、すごいことを、すごくないことみたいに言う子。
かぐやを、彩葉のところへ帰してくれた子。
『わたしはかぐや。あなたは?』
『家具屋? 月人に家具職人なんていたんだ』
『ちっがーう! な ま え!』
思い出すだけで、少し笑ってしまう。
あの子がいなかったら、きっと、この夜はなかった。
この世界の月に、あの子がいるのかはわからない。
時間を越えることは、世界を越えることに等しい。
それくらいのことは、かぐやにもわかっていた。
今見上げている月では、別のかぐやがばりばり社畜をしているのかもしれない。
あの子に出会っているかもしれないし、出会っていないかもしれない。
たとえ、どこかにいたとしても。
それは、かぐやと一緒に笑った、かぐやのあの子ではないのかもしれない。
胸の奥が、きゅっとした。
「……寂しいよ」
声にしてから、自分でも少し驚いた。
やっぱり、引きずってでも地球に連れてくればよかった。
『一緒に地球、来ない?』
あのとき、かぐやはそう言った。
あの子は、きょとんとしたように目を瞬かせた。
それから、少しだけ考えるふりをして、いつもの調子で肩をすくめた。
『いやー、お誘いは嬉しいっすけど、百合に関わる男はロクな死に方を選べないのでやめとくっす』
かぐやには、あの子の言っていることが、最後までよくわからなかった。
あの子は友達だ。
一緒に来てほしかった。
ただ、それだけだった。
でも、あの子はついてこなかった。
かぐやも、無理やり手を引かなかった。
またね、と言った。
さよならではなく、またね。
それで、終わりにしたつもりはなかった。
それなのに、今になって思う。
あのとき、もっと強く手を掴んでいればよかったのかもしれない。
彩葉が、かぐやに何度も何度も手を伸ばしてくれたみたいに。
かぐやも、あの子の手を引けばよかったのかもしれない。
かぐやは、月へ手を伸ばした。
届くはずがない。
そんなことはわかっている。
それでも、手を伸ばした。
指を広げて、掴めないものを掴もうとして。
それから、手のひらを向けて、ひらひらと振る。
またね。
最後に交わした言葉が、夜風の中で揺れた。
そのとき。
背中に、温度が触れた。
「……かぐや」
彩葉の声だった。
かぐやは振り向かなかった。
振り向く前に、彩葉の腕が肩の上から回ってきた。背中に、彩葉の体温が重なる。
少し身をかがめた彩葉の額が、かぐやの髪にそっと触れた。
「彩葉、起きちゃった?」
「……起きた」
「ごめんねー。起こさないようにしたんだけど」
「うん」
彩葉の声は、まだ眠そうだった。
けれど、それだけではなかった。
腕の力が、少しずつ強くなる。
かぐやは、その抱きしめ方を知っていた。
「……ね、かぐや」
その呼びかけに、胸の奥で、遠い花火の音がした。
あの日も、彩葉はそう呼んだ。
かぐやが月へ帰る前。
夜空に花火が咲いて、消えて、その光の下で。
――帰っちゃうの?
彩葉は、そう聞いた。
今、背中にいる彩葉は、あの日より少し大人になっている。
声も、腕も、抱きしめる力も、あの頃とは違う。
けれど、その奥にあるものは、きっと同じだった。
「なあに?」
すぐには、次の言葉が返ってこなかった。
彩葉の指が、かぐやの手を探す。
かぐやは、その手に自分の手を重ねた。
彩葉の指が、ぴくりと動く。
そして、かぐやの手を握り返した。
「……帰らない、よね?」
その声は、とても小さかった。
夜に溶けてしまいそうなくらい。
けれど、かぐやには、ちゃんと聞こえた。
かぐやは、彩葉の手をぎゅっと握った。
「帰らないよー」
いつもの調子で言おうとした。
でも、少しだけ声が柔らかくなった。
「かぐやの帰る場所は、彩葉だけだよー」
彩葉の腕が止まった。
それから、ゆっくりと力が抜ける。
離れるのではなく、安心したみたいに、かぐやを抱きしめ直した。
「……なら、いい」
「うん」
彩葉は、それ以上聞かなかった。
かぐやも、それ以上言わなかった。
思い出す相手はいる。
置いてきた言葉もある。
でも、それは、帰りたいということではない。
かぐやの帰る場所は、ここだ。
彩葉の腕の中だ。
リビングには、ヤチヨともう一人のかぐやが眠っている。
布団が四組並んでいる。
そこへ帰る。
彩葉と一緒に。
かぐやは、もう一度だけ月を見上げた。
またね。
最後に交わした言葉は、まだ、かぐやの中に残っている。
あの子も、後悔してくれているといいな。
かぐやについてこなかったことを。
何でもない夜に、かぐやのことを思い出してしまうくらいには。
かぐやだけが寂しいのは、ずるいから。
そう思ってから、かぐやは彩葉の手を握り直した。
布団へ戻れば、一本多い川の字が、ちゃんとかぐやを待っている。
本編はあそこで完結です。
こちらでは、後日談や補足めいた蛇足話を別途投稿していきます!