※注意
本作は、『かぐや「かぐやがいない間に、彩葉がかぐやと浮気したー!」』本編完結後の蛇足短編集です。

本編最終話までのネタバレを含む、後日談・補足・ifめいた小話などを扱います。
そのため、本編読了後にお読みいただくことを推奨いたします。


1 / 1

本作は、以下の本編読了後にお読みいただくことを推奨します。

かぐや「かぐやがいない間に、彩葉がかぐやと浮気したー!」



蛇足話01 かぐや「後悔してくれてるといいな」

 

タワマンのリビングに、布団が四組並んでいた。

わざわざソファを壁際に寄せて、ローテーブルもずらして、床の上にふかふかの布団を敷き詰めた。

 

かぐやが「みんなで寝たい!」と言い出したからだった。

 

彩葉は最初、露骨に面倒くさそうな顔をした。

 

「リビングに布団? いや、普通にベッドとソファでいいでしょ。何でわざわざ片付けてまで……」

 

「いろは~?」

 

真っ先に、かぐやが甘えた声を出した。

 

「いーろーはー」

 

続いて、もう一人のかぐやが、かぐやの真似をするみたいに両手を合わせる。

 

「いろは~……だめかな~?」

 

最後に、ヤチヨが少しだけ首を傾げて、わざとらしいくらい柔らかい声を重ねた。

 

三方向から見上げられて、彩葉の言葉が止まる。

 

上目遣い。

甘え声。

逃げ道を塞ぐみたいな配置。

 

「おねが~い?」

 

「みんなで寝よー?」

 

「ヤッチョも、それ、すごく素敵だと思うな~」

 

「……」

 

彩葉の眉間に、深いしわが寄った。

かぐやは、もうひと押しだと思った。

 

「だめ?」

 

「だめー?」

 

「だめかな~?」

 

三人ぶんの声が重なる。

 

彩葉は、かぐやを見た。

もう一人のかぐやを見た。

ヤチヨを見た。

それから、もう一度かぐやを見て、ゆっくりと目を逸らした。

 

勝った。

 

かぐやは、心の中で小さく拳を握った。

 

「……今回だけだからね」

 

「やったー!」

 

「彩葉すきー!」

 

「さすが彩葉~」

 

「はいはい。調子に乗らない」

 

そう言いながら、彩葉はもう袖をまくっていた。

 

その時点で、かぐやは知っていた。

これは、今回だけでは終わらない。

 

でも、布団を並べただけでは終わらない。

かぐやには、まだ決めるべき大事なことがあった。

 

「じゃあ、今日、彩葉の隣で寝る人をじゃんけんで決めよう!」

 

かぐやが元気よく手を挙げると、彩葉が即座に振り返った。

 

「今日はもなにも、今日だけだから」

 

「よーし! かぐや、カニさんのチョキ出すー!」

 

もう一人のかぐやが、両手でちょきちょきと指を動かす。

 

「ヤッチョのグーが火を噴いちゃうよ~☆」

 

ヤチヨも、楽しそうに拳を握った。

 

「今日だけだから!」

 

彩葉の声が、少し大きくなる。

 

けれど、かぐやたちは顔を見合わせた。

そして、ぴったり声を揃える。

 

「「「またまた~」」」

 

「今日! だけ! だから!」

 

彩葉はそう言った。

強めに言った。

とても強めに言った。

 

けれど、かぐやは知っている。

今日だけでは済まない。

 

たぶん、もう一人のかぐやも知っている。

ヤチヨも、わかっている顔をしていた。

 

彩葉だって、薄々気づいているように見えた。

 

だから、これはもう決定事項だった。

 

その日の夜、タワマンのリビングに、布団が四組並んだ。

並び順は、かぐや、彩葉、ヤチヨ、もう一人のかぐや。

 

川の字、というには一本多い。

でも、みんなハッピーなので、これがかぐやたちの正解だった。

 

布団の中は、あたたかかった。

隣には彩葉がいて、すぐ近くにヤチヨともう一人のかぐやの寝息がある。

 

それだけで、もう十分すぎるくらいだった。

 

「……」

 

深夜。

かぐやは、そっと目を開けた。

 

眠れなかったわけではない。

ただ、ふと目が覚めた。

 

カーテンの隙間から、薄い光が差し込んでいる。

 

かぐやは、隣で眠る彩葉を見た。

少し大人になった寝顔。けれど、眉間に薄くしわが寄っているところは、昔と同じだった。

 

彩葉は今日も忙しそうだった。

研究所でも、この部屋でも、相変わらずみんなの真ん中にいた。

 

だから、起こさない。

 

かぐやは、彩葉の腕をそっと外した。

指先が離れる。

布団が、ほんのり冷える。

彩葉のまつ毛が、わずかに揺れた。

 

けれど、かぐやはそれに気づかないふりをした。

 

ヤチヨも、もう一人のかぐやも起こさないように、ゆっくりと布団を抜け出す。

 

足音を殺して、リビングの窓へ向かった。

鍵を開ける音が、やけに大きく聞こえた。

けれど、誰も起きない。

 

かぐやは、そっとバルコニーへ出た。

 

夜風が頬を撫でる。

 

冷たい。

でも、嫌な冷たさではなかった。

 

タワマンの高い階から見下ろす東京は、夜でも眠っていなかった。遠くの道路を、車の光が細く流れている。

 

あたたかい場所だと思った。

 

かぐやは、顔を上げた。

 

夜空に、月があった。

 

時々、こうして見上げることがあった。

 

帰りたいわけではない。

未練があるわけでもない。

 

あそこは、退屈だった。

白くて、灰色で、静かで、きれいで、何も変わらない場所だった。

 

それに、かぐやの帰る場所は、もう決まっている。

 

けれど。

心残りが、ないわけではなかった。

 

「あの子……」

 

小さく、名前にもなっていない呼び名を零す。

 

あの子。

 

月で出会った、変な友達。

 

いつもへらへらしていて、よくわからないものばかり作っていて、すごいことを、すごくないことみたいに言う子。

 

かぐやを、彩葉のところへ帰してくれた子。

 

『わたしはかぐや。あなたは?』

 

『家具屋? 月人に家具職人なんていたんだ』

 

『ちっがーう! な ま え!』

 

思い出すだけで、少し笑ってしまう。

 

あの子がいなかったら、きっと、この夜はなかった。

 

この世界の月に、あの子がいるのかはわからない。

 

時間を越えることは、世界を越えることに等しい。

それくらいのことは、かぐやにもわかっていた。

 

今見上げている月では、別のかぐやがばりばり社畜をしているのかもしれない。

あの子に出会っているかもしれないし、出会っていないかもしれない。

 

たとえ、どこかにいたとしても。

それは、かぐやと一緒に笑った、かぐやのあの子ではないのかもしれない。

 

胸の奥が、きゅっとした。

 

「……寂しいよ」

 

声にしてから、自分でも少し驚いた。

やっぱり、引きずってでも地球に連れてくればよかった。

 

『一緒に地球、来ない?』

 

あのとき、かぐやはそう言った。

 

あの子は、きょとんとしたように目を瞬かせた。

それから、少しだけ考えるふりをして、いつもの調子で肩をすくめた。

 

『いやー、お誘いは嬉しいっすけど、百合に関わる男はロクな死に方を選べないのでやめとくっす』

 

かぐやには、あの子の言っていることが、最後までよくわからなかった。

 

あの子は友達だ。

 

一緒に来てほしかった。

ただ、それだけだった。

 

でも、あの子はついてこなかった。

 

かぐやも、無理やり手を引かなかった。

 

またね、と言った。

さよならではなく、またね。

 

それで、終わりにしたつもりはなかった。

 

それなのに、今になって思う。

 

あのとき、もっと強く手を掴んでいればよかったのかもしれない。

 

彩葉が、かぐやに何度も何度も手を伸ばしてくれたみたいに。

 

かぐやも、あの子の手を引けばよかったのかもしれない。

 

かぐやは、月へ手を伸ばした。

 

届くはずがない。

そんなことはわかっている。

 

それでも、手を伸ばした。

 

指を広げて、掴めないものを掴もうとして。

それから、手のひらを向けて、ひらひらと振る。

 

またね。

 

最後に交わした言葉が、夜風の中で揺れた。

 

そのとき。

背中に、温度が触れた。

 

「……かぐや」

 

彩葉の声だった。

 

かぐやは振り向かなかった。

振り向く前に、彩葉の腕が肩の上から回ってきた。背中に、彩葉の体温が重なる。

 

少し身をかがめた彩葉の額が、かぐやの髪にそっと触れた。

 

「彩葉、起きちゃった?」

 

「……起きた」

 

「ごめんねー。起こさないようにしたんだけど」

 

「うん」

 

彩葉の声は、まだ眠そうだった。

けれど、それだけではなかった。

 

腕の力が、少しずつ強くなる。

かぐやは、その抱きしめ方を知っていた。

 

「……ね、かぐや」

 

その呼びかけに、胸の奥で、遠い花火の音がした。

 

あの日も、彩葉はそう呼んだ。

 

かぐやが月へ帰る前。

 

夜空に花火が咲いて、消えて、その光の下で。

 

――帰っちゃうの?

 

彩葉は、そう聞いた。

 

今、背中にいる彩葉は、あの日より少し大人になっている。

声も、腕も、抱きしめる力も、あの頃とは違う。

 

けれど、その奥にあるものは、きっと同じだった。

 

「なあに?」

 

すぐには、次の言葉が返ってこなかった。

 

彩葉の指が、かぐやの手を探す。

かぐやは、その手に自分の手を重ねた。

 

彩葉の指が、ぴくりと動く。

そして、かぐやの手を握り返した。

 

「……帰らない、よね?」

 

その声は、とても小さかった。

夜に溶けてしまいそうなくらい。

 

けれど、かぐやには、ちゃんと聞こえた。

かぐやは、彩葉の手をぎゅっと握った。

 

「帰らないよー」

 

いつもの調子で言おうとした。

でも、少しだけ声が柔らかくなった。

 

「かぐやの帰る場所は、彩葉だけだよー」

 

彩葉の腕が止まった。

それから、ゆっくりと力が抜ける。

 

離れるのではなく、安心したみたいに、かぐやを抱きしめ直した。

 

「……なら、いい」

 

「うん」

 

彩葉は、それ以上聞かなかった。

かぐやも、それ以上言わなかった。

 

思い出す相手はいる。

置いてきた言葉もある。

 

でも、それは、帰りたいということではない。

 

かぐやの帰る場所は、ここだ。

 

彩葉の腕の中だ。

 

リビングには、ヤチヨともう一人のかぐやが眠っている。

布団が四組並んでいる。

 

そこへ帰る。

彩葉と一緒に。

 

かぐやは、もう一度だけ月を見上げた。

 

またね。

 

最後に交わした言葉は、まだ、かぐやの中に残っている。

 

あの子も、後悔してくれているといいな。

 

かぐやについてこなかったことを。

 

何でもない夜に、かぐやのことを思い出してしまうくらいには。

 

かぐやだけが寂しいのは、ずるいから。

 

そう思ってから、かぐやは彩葉の手を握り直した。

 

布団へ戻れば、一本多い川の字が、ちゃんとかぐやを待っている。

 





本編はあそこで完結です。
こちらでは、後日談や補足めいた蛇足話を別途投稿していきます!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。