パソコンで被身子の身分証を作り終えたとほぼ同時に、警備員特別詰め所に設置してある大型モニターから、さっきまで一緒にいたプレゼント・マイクの声が聞こえてきた。
「お? なんだ?」
「ついに始まったみたいね。体育祭」
「相変わらず、開会式だけでも物凄い盛り上がりだな」
「うわぁ~…盛り上がりもそうだけど、お客さんの数も半端じゃないですね~」
被身子の言う通り、心なしか去年よりも客が多いような気がする。
前はテレビ越しだったから、本当に気のせいかもしれないけど。
『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが我こそはと鎬を削る年に一度の大バトル!!』
流石はラジオをやってるだけあって、こういうのは本当に上手いな。
噂じゃ、他にも色んなイベントにて沢山のオファーがあるのだとか。
相澤さんとは色んな意味で真逆の存在だな。
『どーせテメーらアレだろ!? コイツらだろっ!?
めちゃくちゃ言うなぁ…。
確かにその通りではあるが、だからと言って、そこまでするか…?
言われた方はプレッシャー半端じゃないだろ…。
『ヒーロー科!! 一年!!! A組だろぉぉぉぉっ!!??』
あの時のあの子たち…か。
知らない顔もあれば、知ってる顔もチラホラ。
他の生徒たちはともかく、あの子たちとは絶対に接触しない方がいいだろうな。
色々と説明が面倒くさいし、向こうも誤解するだろうし。
担任である相澤さんから何か聞かされている可能性も微レ存だけど。
あの人、余計な手間とかすっごい嫌いそうだし。
「へぇ~…あの子たちが例の…クロウちゃんが守った子たちよね?」
「ん? まぁな…」
結果論だけど。
ここは変に何かを言わない方が賢明か。
『B組に続いて、普通科のC・D・E組…!! サポート科のF・G・H組も来たぞー! そして更に経営科…』
なんとなく想像しちゃいたが…さっきとのテンションの落差が凄い…。
これ明らかに他の連中がA組の引き立て役になってるじゃねーか…。
他の生徒達から不満とか出ても知らねーぞ…。
「仕方がないと分かってはいるけど…この扱いの差は…」
「無理もあるまい。学校側としても、前代未聞の事件を乗り越えた生徒達を特別視しないわけにはいくまいよ」
「でもこれ…明らかに他の子たちからのアンチが集中しますよね…」
「ヒーローを目指すんなら、それぐらいのトラブルを乗り越えていけ…ってか?」
なんつーか…スパルタだねぇ…。
でも、それぐらいの覚悟無しにヒーローなんて目指せないか。
漫画やアニメとは違って、現実のヒーローは本当に命を懸けてるからな。
一歩間違えば簡単に死ぬ。
それが実際のヒーロー稼業だ。
私自身は別にヒーローじゃないが、知り合いにプロがいるからか、その辺のことはよく分かる。
『選手宣誓!!』
あ。
なんか、すんごい格好の女が壇上に上がって来た。
「あ…今年の一年の主審はミッドナイト先輩なんだ」
「どっかで見たことあると思ったら…優さ、前にあいつと一緒にテレビに出てなかったか?」
「え!? もしかしてクロウちゃん、見ててくれたの!?」
「うん。被身子と一緒に腹抱えて大爆笑してた」
「大爆笑となっ!?」
「笑いすぎて、暫く腹筋の痛みが取れませんでしたよね」
因みに、あの時のはちゃんと録画して取ってある。
いつの日か、優本人に見せて日頃の鬱憤を晴らすために。
「うぅ…喜んでいいのか…よくないのか…」
「いいんじゃないのか? よく分からんが」
分かんないのかよ。
意外とテキトーな慰めをすんだな…シンリンカムイ。
「あの女がここにいるってことは、あのネズミ校長は今年も三年か」
「あれ? クロウちゃんって根津校長の事を知ってるの?」
「少しだけな。まだ被身子と会う前…私があいつらと同じぐらいの歳だった頃に『雄英に入ってヒーローにならないか』的なことを言われた」
「それって、もしかしなくてもスカウトッ!? しかも校長直々にっ!? 凄いじゃない!! あ…でも、今こうしてるってことは…」
「そ。断った」
「な…なんでっ!?」
「なんでって言われてもな…なんか違うような気がしたんだよな…私みたいのがヒーローになるのはさ…」
ヒーローになった自分が想像できないってのもあるけど、それ以上にヒーローになってたら確実にどこかで後悔しそうな気がしたんだよな。
特に根拠とかはないんだけど…なんとなく。
「別に気にはしてないんだけどな。あそこでネズミ野郎の手を取らなかったお陰で、こうして被身子にも出会えたんだしさ」
「クロウちゃん…ん~…♡」
急に胸を抑え込んでどうした?
具合でも悪くなったか?
「今のは…完璧に見事な殺し文句よね…」
「だな…」
何がだよ。
私にも分かるように説明しろっつーの。
『静かにしなさい!! 選手宣誓!!!』
あ…モニターの向こうから怒られた…わけじゃないか。
お喋りしてた生徒に注意したのか。
『1年A組!! 爆豪勝己!!』
お? あのツンツン頭は…あの時、黒霧に突っ込んできた二人の内の一人か。
私が覚えた『爆破』の個性の持ち主。
確か、体育祭の選手宣誓って入学受験主席の奴がするんだったよな?
ってことが、あいつが首席?
あの強面で? マジ?
(人は見かけによらない…ってことなのかね)
今の所は静かだな…黙って壇上に登ったし。
『せんせー』
さて…どんなことを言うのかな?
テンプレなことを言うのか、それとも…。
『俺が一位になる』
前言撤回。
やっぱ見た目通りだわ。
「み…見事にたった一言で一年全員を敵に回したわね…」
「これも、ある種の才能なのだろうか…」
「いやいやいや…ヒーロー科として、その才能はどうなんですかね…?」
「ヴィランを挑発するって意味じゃ、いい才能かもな」
目の前にいるヴィランのヘイトを上手く向けられるのも、ヒーローとしては重要な技能の一つだろう。
そうすれば、少なくとも味方や周囲への被害は抑えられる。
問題は、たった一人でヴィランを抑え込む程の実力があるかどうかだが。
(あの危機的状況でも迷わず攻撃出来た時点で、勇気と根性だけはあるんだろうな)
訓練とかじゃなくて、トラブル的な本番であれだけ動ければ上等だろう。
『せめて、跳ねのいい踏み台にでもなってくれや』
更に煽ってるし…。
モニター越し故に上手く聞こえはしないが、確実にブーイングらしきものを飛ばされてるな。
けど…あれは…。
「笑ってなかった…」
「「「え?」」」
「前に見た時、あいつは自信たっぷりに不敵な笑みを浮かべてた。けど、今のアイツは…」
無表情だった。
「もしや…彼は…」
「シンリンカムイ先輩? どうしたんですか?」
「いや…な。まさかとは思うが、彼は敢えて周囲を敵に回すような発言をして、自分自身を追い込んでいるのではないか…と思ってな」
「追い込むって…」
「不退転の覚悟…って奴だな」
自分の手で自分の逃げ道を破壊する。
そうすることで、前にしか進めないようにする…か。
「さて。見物はここまでだ。開会式も終わったことだし、そろそろ我々も仕事を開始しよう」
「そうですね」
ガキ共が競技に集中出来るように、私たちが気合を入れなきゃな。
にしても、仮にも敵連合に名を置いている私が、仕事とはいえヒーローの巣窟とも言うべき場所の警備とはね…皮肉ってもんじゃないな。
けど…。
(こっちの居心地も…嫌いじゃないんだよな…)
かといって、弔や黒霧と一緒にいるのが嫌だってわけじゃない。
あそこはあそこで昔馴染みってことで、実家のような安心感がある。
(中途半端だなぁ…私…)
近いうち…ちゃんと自分の立つべき場所を決めないとな。
このまま敵連合に属し続けるか、それとも…。
「クロウちゃん? どうかしたんですか?」
「ん? あぁ…なんでもねぇよ。こんな広い会場を警備とか大変そうだなぁ~って思ってただけさ」
「そうですね~。日本全国からヒーローを呼んだって聞いてますけど、それでもカバー出来る範囲にはどうしても限界がありますからね…」
「そこは個性を使うしかないな」
「ですね」
いざとなれば千里眼でもなんでもガンガン使ってやろう。
この間の一件で私の手札は更に増えたからな。
「基本的に見回りはツーマンセルでするように。何かあれば即座に連絡。通信機はちゃんと持ってるな?」
「私はテレパシーが使えるからいらないよ」
「クロウはそうだったな。では、被身子くんに渡しておこう」
「分かりました」
こういう時は『報連相』と緻密な連携こそが最も重要だからな。
それを理解しているからなのか、さっきまで賑わっていた他のヒーロー達も、優…いや、Mt.レディも真剣な顔になっている。
「詰所は絶対に空にしないように。どんな時も最低一人は必ず待機しているようにしよう。昼休憩もローテーションで行おう。ここまでで何か質問は?」
シンリンカムイが場の仕切りをし、皆に色々と説明をしていく。
若手でベテランなだけあって、ここにいる誰もが彼の言葉にちゃんと耳を傾けていた。
「無いようなら、それぞれの担当区域を言っていこうと思う。まずは…」
こうして、私たち大人の裏方な仕事が始まった。
被身子だけはまだ未成年だけど。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
雄英体育祭の第一種目は『障害物競走』。
勿論、ただの障害物競走ではないわけで…。
(流石は雄英…最初から容赦の無いこって)
ワザと狭いスタートゲートにして、開始早々に篩に掛けようって魂胆か。
仕方がないこととはいえ…えげつねー…。
「被身子。何か異常はあったか?」
「いえ。今の所は何も。競技が始まった瞬間に観客の皆さんのテンションが一気に最高潮になりましたけど、だからといって変に暴れるような人はいませんね」
「なら良し。一先ずは報告だな」
こめかみに指を添えてから、頭の中で言葉を紡ぎ、念じる。
(こちら、Hー3区域のクロウ。今の所は異常なし。引き続き、見回りを続行する)
(了解。油断しないように、よろしく頼む)
(おう。任せてくれ)
私の会得しているテレパシーの個性は通常とは違って、受信した場合にのみ相手も返事が可能になっている。
これが、私が通信機を手にしなかった理由。
だからと言ってスマホを手放す気はないけれど。
『さーて! ここから実況していくぜ!! 準備はいいか? イレイザー!!』
『お前が半ば無理矢理に俺を呼んだんだろうが…』
解説席に相澤さんがいるし…。
さっき言ってたのは、あれだったのか…。
ここからでも分かるぐらいに嫌そうな顔をしてやがる…。
確かに、私から見ても解説とかキャラじゃないって思うわ。
「んじゃ、今度はこっちに行ってみるか。はぐれるなよ、被身子」
「分かってますって。クロウちゃんこそ、はぐれないでくださいね? この人込みですから」
「了解だ。お互いに気を付けようってことで」
さて…相澤さん達の解説と、ガキ共の叫び声をBGMにしながら、こっちもお仕事を頑張りますかね…っと。
それと同時に、何か有用そうな個性があったのなら、この目で見てラーニングしておくのもいいかもな。
今後の役に立つかもしれないし。