病院から出た私たちは、まずはスマホで現在の時刻を確認する。
「…流石にもう体育祭は終わってるか」
「仕方ねぇだろ。今回は緊急事態だったんだ」
「そうですよ。ちゃんと雄英側にも事情は説明してあるし、きっと大丈夫ですって」
「うーん…別にその辺は気にしてないんだけど…」
今回の体育祭は色々と予想外の出会いが多すぎた。
特に親父と焦凍の二人は。
…今後は、可能な限りはあいつらと接触しないようにしなきゃな…。
私のように『闇』の中に生きる人間と、『光』の中で生きる、あの二人があまり関わっちゃいけない。
何となくだけど、そんな気がする。
「それじゃあ、今日はこのまま神野にそのまま帰るか……あ」
「どうした?」
そういや…忘れてた。
先生から、帰りにバーに寄って弔の説得をするように頼まれてたんだった。
「あー…悪い。私はまだ帰れそうにないわ」
「何か用事があるんですか?」
「まぁな。つっても、別にこの辺でじゃないんだけど」
「…神野での用事か?」
「ま…そゆこと」
これだけで兄貴は察してくれたようで、呆れたように深々と大きな溜息を吐いた。
「そういうわけだからさ、向こうに着いたら被身子の事を送ってやってくれるか?」
「任せておけ。お前も、余り遅くなるなよ」
「分かってるよ。出来るだけ早く帰るつもりさ。私だって疲れてるしな」
「…気を付けろよ」
「…うん」
アンタに言われるまでもなく気を付けるっつーの。
寧ろ、気を付けて行動しない方が無理な話だわ。
「…で、帰りはどうする気だ? 空間転移の個性でも使うか?」
「うんにゃ。あれはあれで地味に疲れるから。帰りぐらいはのんびりと行きたい。ってことで、電車でGOだ」
「また懐かしいタイトルを…」
「クロウちゃんのレトゲーコレクションにもありましたよね」
めーっちゃ昔のゲームだけど、妙に癖になる面白さなんだから仕方ないじゃん。
お前らもやってみれば分かるっつーの。
因みに、流石に少し小腹が空いたので駅の売店で色々と買って、電車の中で食べながら帰った。
電車の中で皆で食うってだけなのに、妙に美味しく感じるのはなんでだろう…?
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
神野駅で電車を降り、そのまま私だけ裏神野にあるいつものバーに直行。
もうすっかり歩き慣れた道なので、最短で辿り着いた。
「よっ。邪魔するよ」
「クロウ。良く来てくれました。先生からお話は伺っております」
「そか。なら話は早いな」
中に入ると、カウンターの向こうからいつものように黒霧が出迎えてくれた。
あそこにいる時のあいつは、敵モードじゃなくて完全に営業モードだ。
「…どうやら、もう奴さんは帰ったみたいだな」
「はい。クロウが来る少し前に」
「…そうか」
変に鉢合わせにならなくてよかったな。
もし会ってたら、私にとっての数少ない憩いの場である、このバーが更地になっちまう所だった。
「で、それを命じた張本人はどこに?」
「そこのソファーにいます」
店の端に設置してあるソファーに、項垂れるように座っていた弔。
少しボーっとしていたようだが、すぐに私が入ってきたことに気が付いた。
「んあ…? どうしてクロウがここに…? 別に来る予定とか無かっただろ? 普通に酒でも飲みに来たのか?」
「そうじゃあねーよ。先生に呼ばれて来たの」
「先生に…?」
先生の名前が出て少しだけ顔を上げたが、その表情は未だに怪訝なままだ。
「話をする前に、まずは何か一杯どうですか? 奢りますよ」
「そう? なら、今日は仕事帰りで疲れてるから…気持ちよく、ほろ酔いして眠れるようなのを頼むよ」
「了解しました。少々お待ちを」
今日みたいな時は、アルコールでも接種しないとやってられないっつーの。
ほんと…たった一日で色々と起きすぎだろうがよ…はぁ…。
カウンターに体を預けながら椅子に座ると、そのタイミングでモニターに電気が灯って先生の声が聞こえてくる。
『やぁ…クロウ。良く来てくれたね。感謝するよ』
「そいつはドーモ。で、そっちの説得はどうだった?」
『やはり、僕よりも君の言葉の方が効果が高そうだ。『奴』に関しては特にね』
「…だろうな」
このにいるメンバーの中で最もアイツ…ステインとの因縁が深いのは間違いなく私だ。
そんな私だからこそ言える言葉もある…ってことだろう。
「どういうことだ。おい先生。ちゃんと説明しろ」
『弔。この僕がステインの引き入れに反対していることは、もう話したよね?』
「あぁ。だが、多少の危険なんて恐れてちゃ何も出来ねぇだろうがよ。だから俺は…」
『ステインの一件…クロウも僕と同じ意見なのさ』
「なんだと…?」
おいおい…そこで私をギロリと睨むなよ。
全然怖くはないけどさ。
「どうしてクロウも反対する? 教えろ」
「言われなくても、ちゃんと教えてやるよ。けど、その前に…」
私の前にコトン…と一杯のカクテルが置かれる。
ピンク色で綺麗だな…。
「ついこの間、私が新たに開発したカクテルです。今の貴女には丁度いいかと」
「まさかの新作かよ。これは嬉しいね。んじゃ、早速…」
カクテルグラスを傾けながら軽く一口。
あぁ…こいつはまた…。
「いいね…マジで美味いわ。今日の疲れが吹っ飛んでいきそうだ」
「それは何より」
これなら私の口も滑らかになるな。
この酒を遠慮なく楽しめるのが、敵連合でいることの最大にして唯一のメリットだな。
「クロウってマジで酒が好きだよな。どこがいいんだ?」
「どこって言われてもな…普通に味とか、この酔うのが楽しいと言うか…」
「さっぱり分からねぇ…」
「さいですか」
一応、弔も年齢的には成人してるから酒を飲んでも問題は無いんだけど…。
(こいつはまだ子供舌だからなぁ…)
酒よりもジュースとかが好きなお年頃なんだよな。
ま、いずれは私が酒の素晴らしさを教えてやるさ。
この『呪縛』から解き放った時に…な。
「ふぅ…弔」
「なんだ」
「私も先生から話は聞いてる。あろうことか、あのステインを敵連合に引き入れようとしてるんだってな?」
「そうだ。確かにアイツには色々と問題があるかもしれないが、それ以上に利用価値の方がデカい。だから…」
「やめとけ。あいつは…ステインは危険だ。危険すぎる。問題がどうこうなんて次元の話じゃない」
よく見たら、弔の右肩に血の滲んだ包帯が巻かれている。
恐らくは、ここに来たステインと一悶着した結果、やられてしまったんだろう。
「…先生の時とは何かが違う。クロウ…お前、ステインと何か関係があるのか?」
この感じは…やっぱり…。
「なぁ…黒霧。先生。弔は最初にステインが逮捕された時の事を知らないのか?」
「そのようです。ですが、それもある意味では仕方が無い事かと」
『当時の事を詳しく知っているのは、直接関わった一部のヒーローと警察関係者。それと、僕のように裏社会で常にアンテナを張っている者だけだ。弔がそういった情報に疎いのは無理も無い事なのさ』
「そうなのか…」
だとしても、風の噂ぐらいは聞いてそうなもんだけどな…。
少なくとも、ウチの連中は全員知ってるし…。
「今から二年前…ステインは一度逮捕されている」
「それぐらいは知ってる。で、それが一体なに…」
「その時、ステインを倒して警察に突き出したのは…この私なんだよ」
「なんだと…!?」
やっといい反応をしてくれたか。
これで少しは話がしやすくなる。
「といっても、私も決して無傷じゃなかったけどね。全身斬り傷だらけの血だらけで、全治2か月の見事な重傷。あの時は久々にマジで命の危機を感じたね」
「2年前の…2か月って…確かに、あの頃…かなりの長期に渡ってクロウの姿を見なかったが…まさか、その時に…」
「そう言うことだ」
「し…知らなかった…」
弔が全身を震わせながら頭を抱えだした。
ちょっと危なそうにも見えるが、これぐらいはいつもの事なので気にしない。
「お…俺は…知らなかったとはいえ…クロウを傷つけた相手を仲間にしようと…? あ…あぁぁぁ…! ごめん…ごめんクロウ…! 俺…そんなつもりじゃなくて…! 俺は…ただ…」
「分かってる。お前にはお前なりの考えがあったんだってことも。でも、あいつだけはマジで止めとけ」
「あぁ…分かった…。もうステインには関わらない…」
「よろしい」
なんか呆気なかったな。
もっとこう…色々と話すことになると思ってたけど。
「ところでクロウ。参考までに伺いたいのですが、貴女から見たステインと言うのはどういう人物なのですか? 少なくとも、私には人の形をした殺意の塊にしか見えませんでした…。実際、迎えに言った私自身も刃を突き付けられましたからね…」
「脱獄しても何も反省なし…ってか」
刑務所に入って、ここまで変化が無いってのも逆に珍しいだろ…。
「ステインにはステインなりの確固たる信念ってのがある。この『ヒーロー飽和社会』ってのに対してな」
『それは僕も知っているよ。だが、君はあのステインと実際に拳を交えた。きっと、見ているだけでしかない僕達とは違った印象があるんじゃないかな?』
「そうだな…」
グラスの中に残っているカクテルを一気飲みしてから、少しだけアイツの事を思い出す。
「…ステインの中にある『粛清対象』の基準には、ヒーローも敵も関係ない。口では、今いるヒーロー達を『偽物』扱いして襲い掛かってるけど…実際のあいつは、ヒーローだろうと敵だろうと一切関係なく、奴が『殺すべき』と判断したのを殺ってる。表沙汰にこそなってないけど、実際にこの『裏神野』でステインに殺害された敵は結構な数がいる。そのいずれもが、かなりの凶悪犯罪をしている連中ばかりだった」
2年前…初めて相澤さんと出会った日。
あの人が追ってた敵を殺したのもステインだった。
『処理屋』のおやっさんは『リンチされてた』とか言ってたけど、後でちゃんと調査したらステインの仕業だったのが判明した。
見せられた死体の写真も、全身の至る所が見事に切り刻まれてたからな。
ステインと戦って、あいつを捕まえたのはその直後の出来事だった。
「『ヒーロー』と『敵』…この二極化になりつつある今の世の中で、ステインはその両方に刃を向けている、完全なる『第三勢力』だ。ステインの存在はヒーロー達だけじゃなく、確実に敵連合にも不利益をもたらす。なんせ、あいつはあの悪名高い『沖縄第弐刑務所』を脱獄してるんだ。刑務官を何人もぶっ殺してな」
「なんと…! あの刑務所から脱出してきたと…!? 信じられない…」
「刑務官を何人もって…誰彼構わずかよ…」
『ふむ…余りにもいきなりな出現だと思っていたが、まさか脱獄囚だったとはね。流石の僕も今の情報は初耳だよ。でも、お陰で合点はいった。あの男ならば、それぐらいはやりかねないだろう』
しれっと黒霧が出してくれた、おつまみである塩茹でした枝豆を摘まみながら今後の事を真剣に考える。
「ステインは一種の狂戦士…バーサーカーだ。自分に敵対する者…近づく者を全て殺す。そんな存在になりつつある。もし仮にステインが敵連合に入ったとしても、長くは持たないだろう。ほんの些細なことを切っ掛けに、奴は簡単に連合を内部からぶっ潰そうとするはずだ」
「そんな奴を俺は引き入れようと…クソッ…! クロウがいなかったら…俺は自分で自分の首を絞めるところだったのか…!」
どうやら、今回の一件は弔にとってもいい教訓になったようだ。
荒療治にはなってしまったが、これはこれでいい傾向なのかもしれない。
「ステインの事は私が何とかする。前に一度倒した相手だ。やってやれない事じゃない。それ以上に、ステインは放置しておくには余りにも危険極まりない。敵連合の為にも一刻も早くどうにかした方が良い」
『そうだね。クロウの言う通りだ。こっちとしても、そうしてくれると非常に助かるよ。無事に弔の説得も成功したようだし。今回、敵連合は完全不介入をここに誓おう。弔も、それでいいね?』
「あぁ…クロウと先生がそう言うなら」
随分と大人しくなっちゃってまぁ。
普段からこれぐらいなら可愛げもあるんだけどな。
「んじゃ、私はそろそろ帰るよ。被身子も待たせてるし。めっちゃ疲れてるし」
「クロウ…」
「ん?」
帰ろうと椅子から腰を上げると、急に弔が近寄ってきて私の手を握って来た。
その手は凄く震えていて、何かに怯えているようだった。
「本当に…本当に気を付けてくれよ…。クロウがいなくなったら…俺…俺は…」
「大丈夫だって。私が、そんな簡単に殺られるようなタマかよ。それは、お前が一番よく知ってるだろ?」
「あぁ…分かってる…分かってるけど…」
これは…私に懐いてくれてるって思っていいのかな?
だとしたら、これが弔を先生から引き剝がす鍵になるかもしれない。
「もういいか? 眠くなってきたから本気で帰りたいんだけど」
「ご…ごめん…それじゃあクロウ…またな…」
「うん。またな」
最後に弔の頭を撫でてから、私はバーを後にした。
あれでホークスと同い年の二十歳だってんだから不思議だよなぁ…。
一言に二十歳と言っても、世の中には色んな奴がいるってことなのか。
それとも、私やホークスが歳の割には自立しすぎているだけなのかね?