『絶頂の守護者(ガーディアン) ―「イクイクの実」という最悪を授かった転生者は、不退転の努力で神域の覇道を行く―』 作:微糖コーヒー
1. 呪いという名の受肉
波の音が、絶えず鼓膜を叩いている。
その音は心地よいリズムであるはずなのに、今の俺にとっては、前世という安寧の地から引き剥がされたことを突きつける、残酷なカウントダウンのように聞こえた。
「……ふぅ、落ち着け。まだ、死んだわけじゃない」
俺──かつて現代日本で、システムエンジニアとして画面の文字を追い続けていた男は、今、見知らぬ海岸に立っていた。
視界に広がるのは、異常なほどに青い空と、生命力に満ち溢れた、しかしどこか狂気を感じさせる巨大な原生林。
そして、自分の体。
鏡はないが、水面に映る自分は十代後半の、驚くほど整った顔立ちをしていた。だが、それ以上に異常だったのは、右手の中に残る「味」の記憶だ。
「……イクイクの実」
口に出すだけで、胃の底からせり上がってくるような嫌悪感がある。
空腹に耐えかねて、海岸に落ちていた奇妙な螺旋模様の果実を口にしたのが、数時間前。
その瞬間、俺の脳内に「理解」が流れ込んできた。
この実は、超人系悪魔の実。
能力は、視認した対象の「神経伝達物質」および「生殖・快楽中枢」を完全に掌握し、強制的に操作すること。
具体的に言えば、瞬き一つで、相手に致死量の一歩手前の快感を叩き込み、心身を「絶頂」という名の檻に閉じ込める力だ。
「ふざけるな……。よりによって、こんな……」
俺は地面を殴りつけた。拳に伝わる砂の感触。
前世で読み耽った『ONE PIECE』の世界に転生したのだとしたら、もっとマシな力があったはずだ。火を噴くとか、雷を操るとか。
だが、俺に与えられたのは、戦士の誇りを踏みにじり、生理的な屈辱の中に沈める、世界で最も「下劣」な能力だった。
この力に頼れば、俺はどんな強者も屈服させられるだろう。
だが、その瞬間に俺は、人間としての何かを失う。
快楽に溺れ、自失し、涎を垂らして失禁する敵を見下ろしながら、自分を「強者」だと錯覚する──そんな化け物には、なりたくなかった。
「……鍛えるしかない」
俺は立ち上がり、海に向かって叫んだ。
「能力は、あくまで最後の手段だ。俺は、この拳と、この足で、この世界を生き抜いてみせる!」
それが、俺のこの世界での「初志」だった。
2. フーシャ村の太陽
それから三年の月日が流れた。
俺は東の海(イーストブルー)の片隅、フーシャ村に流れ着き、そこで「便利屋」のような仕事をしながら暮らしていた。
村の人々は、身元のしれない俺を温かく迎え入れてくれた。特に、酒場のマキノさんや、村長のウープ・スラップ。
そして、あの大馬鹿野郎。
「おい、アルス! 今日こそ勝負だ! 俺の『ゴムゴムの銃(ピストル)』を受けてみろ!」
快活な、それでいて耳に突き刺さるような大声。
麦わら帽子を被った少年、モンキー・D・ルフィが、村の広場から俺を見つけて駆けてくる。
「ルフィ、お前、さっきガープ中将にしごかれたばかりだろ。少しは休め」
「ししし! じいちゃんの拳は痛いけど、寝たら治ったぞ!」
俺は溜息をつきながら、持っていた薪の束を地面に置いた。
ルフィは、俺の能力の正体を知らない。ただ「相手をフニャフニャにする魔法」を持っている、物知りな兄貴分だと思っている。
俺は三年間、一度も人間に能力を使っていない。
修行はもっぱら、裏山の猛獣相手。それも、能力を使うのは「どうしても食料が必要だが、体力が限界の時」に限定していた。
普段の俺は、ひたすら木々を殴り、岩を担ぎ、山の中を走り回る。
前世の知識を活かし、解剖学に基づいた効率的な筋力トレーニングと、呼吸法による自己制御。
その結果、俺の体は、この年齢の人間としては異常なほどに引き締まり、鋼のような密度を誇るようになっていた。
「よし、相手になってやる。ただし、一発でも俺に触れたらお前の勝ちだ」
「よっしゃあ! 行くぞ、アルス!」
ルフィの腕が伸びる。
俺はそれを見切り、わずかな足運びでかわす。
「ゴムゴムの実」は確かに脅威だが、今のルフィはまだ未熟だ。
俺は「見聞色の覇気」を独学で目指している最中だが、集中すれば、風の動きで彼の攻撃の軌道が読める。
スッ、とルフィの懐に潜り込む。
「──おっと」
手刀を彼の首筋に当てる。寸止めだ。
「あだっ! くそー、またアルスに読まれた!」
「動きが直線的すぎるんだよ。もっと、予備動作を消せ」
俺は笑いながら、ルフィの頭を撫でた。
この日常が、俺の支えだった。
前世で画面越しに見ていた「英雄」が、目の前で笑っている。
彼がいつか海へ出るとき、その隣に立てるだけの「本物の強さ」を身につけたい。
能力という劇薬に頼らず、一人の男として。
だが、運命というやつは、いつだって俺の平穏を土足で踏み荒らす。
3. クズの襲来
その日の夕暮れ。
マキノさんの店『PARTY'S BAR』で、俺はルフィとジュースを飲んでいた。
平和な時間。だが、店の扉が乱暴に蹴破られ、その静寂は終わった。
「おいおい、酒だ! 酒を持ってこい!」
入ってきたのは、数人の男たち。
一目でわかる。このあたりを根城にしている山賊の残党だ。
以前、シャンクスという海賊に叩きのめされたはずだが、味を占めたのか、また村を脅しに来たらしい。
「いらっしゃいませ……。でも、お酒はもう切らしてしまって……」
マキノさんが怯えながらも、毅然と対応する。
だが、先頭に立つ男──顔に醜い傷のある、ヒグマの部下だったという男が、カウンターを激しく叩いた。
「あぁん!? 誰に口聞いてんだ、この女。俺たちは山賊だぞ? 海賊がいなくなったからって、ナメてんじゃねえぞ」
男はマキノさんの腕を掴もうとした。
ルフィが立ち上がろうとする。だが、それよりも早く、俺の手が男の首根っこを掴んでいた。
「……マキノさんに触るな」
俺の声は、自分でも驚くほど冷えていた。
前世からの理性か、あるいはこの世界で培った野生か。
目の前の「クズ」に対する不快感が、脳を突き抜けていた。
「あぁ? なんだお前は。……綺麗なツラしやがって。ガキはひっこんでろ!」
男が腰の剣を抜こうとする。
俺は掴んだ手を離さず、そのまま男を店の外へと引きずり出した。
「アルス!」
マキノさんの悲鳴。ルフィも後に続く。
村の広場。夕日に照らされた砂埃の中で、俺は山賊たちと対峙した。
相手は五人。全員が武器を持っている。
「いい度胸だ、兄ちゃん。その顔、ぐちゃぐちゃにしてやるよ!」
男たちが一斉に襲いかかってくる。
俺は、鍛え上げた身体能力を爆発させた。
一人の懐に飛び込み、掌底で顎を打ち抜く。
バキッ、という音と共に、一人が崩れ落ちる。
二人目の剣をかわし、その手首を掴んで捻り上げる。
「ぐああああっ!」
三年間、能力を封印して磨き続けてきた体術。
凡百の山賊程度なら、能力など使うまでもない。
だが、頭目の男が、卑怯にも隠し持っていた銃をルフィに向けた。
「動くな! このガキの頭に風穴を開けてほしいか!」
「ルフィ!」
ルフィは驚いて固まっている。
俺の動きが止まる。
男は勝ち誇ったように笑い、銃口をルフィに向けたまま、俺に近づいてきた。
「ははは! 結局はガキだな。おい、土下座しろ。そしたらこのガキは助けてやる」
男は俺の顔を蹴りつけようとした。
俺の視界の中で、ルフィの怯えた顔と、マキノさんの涙が見えた。
その瞬間、俺の中の何かが「切れた」。
(……ああ、そうか。俺がこの力を授かったのは、こういう時のためか)
今まで、自分を縛り付けていた倫理観。
能力を使えば、俺は化け物になる。そう思っていた。
だが、目の前のこのクズを守るために、俺が化け物にならずに何が救えるというのだ。
「……お前、ルフィに銃を向けたな」
俺の声から、感情が消えた。
「あぁ? 何をブツブツと──」
俺は顔を上げた。
視線の先には、男の脳内にある「快楽中枢」と「自律神経」。
『イクイクの実』の真の力が、俺の視神経を通じて標的をロックする。
「……『昇華(アセンション)』」
4. 尊厳の崩壊
次の瞬間、世界は静止した。
少なくとも、男にとってはそう感じられたはずだ。
「──っ!? あ、ガッ……!? ぐ、ああああああッ!!」
男の手から、銃が落ちた。
彼の全身の筋肉が、不自然なほどに波打ち、痙攣し始める。
男の瞳は白く裏返り、口からは言葉にならない、粘つくような喘ぎが漏れた。
「な、なんだ……!? お前、何をした!!」
仲間の山賊たちが動揺する。
だが、俺は止まらない。
出力を上げる。
通常、生物は快楽を感じることで生存確率を上げるように進化してきた。
だが、俺が与えるのは、その生存本能を破壊するほどの「過剰な毒」だ。
男の脳内では今、数万回分の性的な絶頂が、コンマ一秒の間に凝縮されて叩き込まれている。
神経系は焼き切れ、脳は情報の濁流に耐えきれず、自己防衛を放棄する。
「あ……あぐっ、あ、あああッ!! 助け……ひぐっ、あ、あああッ!!」
男は地面をのたうち回った。
プライドも、山賊としての威厳も、そこにはない。
ただ、抗えない生理現象に支配された、一匹の無様な動物。
男の股間からは、情け容赦なく汚物が溢れ出し、地面を汚していく。
大衆の面前で、彼は「絶頂」しながら自らを汚し、廃人のように涎を垂らしている。
「……汚いな」
俺は冷たく言い放ち、残りの四人を見据えた。
「ひっ……死神だ! こいつ、死神だ!!」
山賊たちは武器を捨て、逃げ出そうとした。
だが、逃がさない。
「『絶頂連鎖(オルガズム・チェイン)』」
俺の視線が四人をなぞる。
四人同時に、膝から崩れ落ちた。
広場には、男たちの悶える声と、異臭が充満する。
村の人々は、あまりの光景に言葉を失っていた。
そこにいたのは、勇ましく戦う英雄ではない。
ただ静かに、敵の「心」を根こそぎ破壊する、静かなる怪物だった。
「……アルス、お前……」
ルフィが、震える声で俺を呼んだ。
俺は能力を解除し、深く息を吐いた。
「ルフィ。……怖かったか?」
俺は振り返り、なるべく優しい顔を作ろうとした。
だが、今の俺の手は、まだ「絶頂の余韻」を覚えている。
ルフィはしばらく俺を見つめていたが、やがてニカッと笑った。
「ししし! すっげぇ! アルス、お前やっぱり魔法使いだな! 相手をあんなにフニャフニャにするなんて、最高に面白いぞ!」
「……面白くないよ。最高に最低だ」
俺は自嘲気味に笑い、マキノさんの元へ歩み寄った。
「マキノさん、店を汚してすみません。掃除は俺がやりますから」
マキノさんは少し戸惑った表情を見せたが、やがて優しく俺の肩に手を置いた。
「……ありがとう、アルスくん。私を、守ってくれたのね」
その言葉に、俺の胸の奥の氷が、少しだけ溶けた気がした。
5. 誓いと船出の予感
その夜。
俺は一人、海岸に座って月を見上げていた。
能力を人間に使った。
その瞬間、俺の中にあった「一線」は消えた。
これからは、この力と共に生きていくしかない。
だが、今日確信したことが一つある。
(能力に頼るんじゃない。能力を『使いこなす』ための自分であることだ)
あの山賊の頭目は、おそらく二度とまともに立ち上がることはできないだろう。
脳に刻まれた「圧倒的な屈辱」と「強制的な快感」の記憶は、彼の精神を内側から食い荒らす。
それが、俺の戦い方だ。
クズには容赦しない。
悪役には、死よりも辛い「尊厳の死」を与える。
そして、仲間には──
「アルス、寝るのか?」
後ろから、ルフィがやってきた。
彼は俺の隣に座り、海を見つめる。
「俺さ、決めたんだ。海賊王になるって」
「……ああ、知ってるよ」
「だからさ、アルス。お前も一緒に来いよ! 俺の船の、……えっと、一番頼りになる奴としてさ!」
ルフィのまっすぐな瞳。
俺は一瞬、迷った。
俺のような汚れた力を持つ男が、彼の太陽のような旅路に同行していいのか。
だが、彼のような危なっかしい男には、俺のような「影」の役割が必要なのだとも思った。
「いいだろう。お前が海賊王になるその日まで、俺がその背中を守ってやる」
「ししし! 決まりだ!」
俺たちは拳を合わせた。
これが、全150話に及ぶ、俺たちの航海の始まり。
最強で、最悪で、そして誰よりも仲間を愛する男の、再生の物語だ。
俺の名はアルス。
超人系「イクイクの実」の能力者。
そして、未来の海賊王の、最強の盾だ。