『絶頂の守護者(ガーディアン) ―「イクイクの実」という最悪を授かった転生者は、不退転の努力で神域の覇道を行く―』 作:微糖コーヒー
第5話:洋上の晩餐と、折れない騎士道(騎士道の真価)
1. 潮風と空腹のメロディ
「海だー! 肉だー! 飯だー!!」
ゴーイング・メリー号の船首、特等席である羊の頭に腰掛けたルフィが、乾いた喉を震わせて叫ぶ。シロップ村を後にして数日、彼らの前には見渡す限りの紺碧の海が広がっていた。
「ルフィ、騒ぐな。お前が叫んでも魚は寄ってこないし、肉も降ってこないぞ」
アルスは甲板で、一本の鉄棒を片手で握り、逆立ちの状態で指立て伏せを繰り返していた。額からは玉のような汗が流れ落ち、鍛え上げられた背筋が、呼吸に合わせて生き物のように躍動している。
「……アルス、お前は相変わらずだな。そんなに鍛えてどうするんだ。お前のその『指先』がありゃ、大抵の奴は腰を抜かすだろうに」
ゾロが、三本の刀を傍らに置き、砥石で刃を研ぎながら呆れたように言う。
「……ゾロ、何度も言わせるな。能力はあくまで『補助』だ。精神が肉体を追い越したとき、人は慢心し、隙が生まれる。俺が守りたいのは、能力が効かない『怪物』が現れた時でも、ルフィの前に立っていられる自分だ」
アルスは軽やかに着地し、タオルで汗を拭った。彼の瞳には、一切の妥協がない。
「イクイクの実」という、他者の快楽を支配する最悪の能力を授かって以来、アルスは常に「自分自身を支配すること」を最優先の課題としていた。快楽を与える者が、自らの快楽や怠慢に溺れてはならない。それは、前世から持ち越した数少ない彼の矜持だった。
「……あー、お腹すいた。ナミさーん、おやつないのー?」
「ないわよ、ルフィ。食糧管理もまともにできない船長ね……。あ、見て! あれじゃない!?」
ナミが水平線を指差す。そこには、巨大な魚の形をした異様な建築物が浮いていた。
洋上レストラン「バラティエ」。
海を愛する料理人たちが集い、飢えた者には敵味方問わず飯を食わせるという、この海域で最も有名な社交場だ。
「飯だあああああ!! 行くぞ野郎共!!」
ルフィの咆哮と共に、メリー号は「戦うコック」たちの巣窟へと吸い寄せられていった。
2. 騎士道という名の「呪縛」
バラティエの店内に一歩足を踏み入れると、そこは戦場だった。
飛び交う罵声、空飛ぶ皿、そしてそれらを華麗な脚技で捌きながら客に料理を運ぶ、金髪の男。
「お待たせいたしました、マドモアゼル。……こちらのカルパッチョは、貴女の瞳のように輝いています」
サンジ。後に「黒足」として名を馳せる料理人は、ナミを一目見た瞬間、文字通りハートの目をしながら滑り込んできた。
「おい、あいつ……。戦えるのか?」
ゾロが不審げに眉をひそめる。
「……ああ。いい脚をしてる。だが、それ以上に……『神経』が焼き付いているな」
アルスの「見聞色」は、サンジの内面を透かして見ていた。
サンジの精神には、幼少期の過酷な飢餓体験と、命の恩人であるゼフへの狂信的なまでの忠誠心、そして「女を傷つけない」という異常なまでに強固な騎士道が、一種の「呪い」のように刻まれている。
(……面白い。あの鋼のような自制心、俺の能力で揺さぶれば、どうなる?)
不敵な笑みを浮かべるアルスの前に、サンジがタバコをくゆらせながらやってきた。
「おい、そこの美形野郎。……お前、俺のナミさんに変な目を使ってないだろうな? さっきから視線が厭らしいぜ」
「……変な目、か。否定はしないよ。お前のその『騎士道』が、本物かどうか確かめたくてね」
「あぁん? 喧嘩なら買ってやるぜ、クソ野郎。……料理を食う前か、食った後か、選ばせてやる」
一触即発の空気。だが、その緊張を打ち破ったのは、店内に響き渡った一人の男の怒号だった。
3. クリークの傲慢と、絶頂の処刑
「……飯を食わせろ。金ならいくらでもある……!」
現れたのは、東の海の覇者と呼ばれる男、ドン・クリークの部下、ギン。飢餓で死にかけている彼に対し、サンジは無言でチャーハンを差し出した。
それが全ての始まりだった。
数刻後、空腹を満たし、本来の力を取り戻したクリーク海賊団が、恩を仇で返すようにバラティエを包囲した。
「この船は俺がもらう! 抵抗する奴は皆殺しだ!」
巨大な鎧を纏い、全身に兵器を隠し持ったクリークが、傲慢に言い放つ。
サンジやゼフたちが戦いを始める中、アルスはルフィの隣で静かに立ち上がった。
「ルフィ、あいつは……『人間の底力』を馬鹿にしている。少し、お灸を据えてやってもいいか?」
「おう! アルス、やっちゃえ!」
アルスは戦場のど真ん中へ、歩みを止めることなく突き進む。
クリークの部下たちが銃を向けるが、アルスは「見聞色」で弾道を読み、最小限の動きですべてを回避した。
「なんだ、貴様は! 死にたいのか!」
クリークがM・H・5(猛毒ガス弾)を構える。
だが、アルスはそれよりも速く、クリークの瞳を捉えた。
「……お前のような『数』を頼みにする弱虫には、一人で耐えなければならない『究極の孤独』を教えてやろう」
アルスの指先が、空中でピアノを弾くように動く。
「──『深淵の愛撫(アビス・プレジャー)』」
「……っ!? な、なんだ……体が、熱い……。鎧が、重い……!?」
クリークの巨体が、その場でガクガクと震え始めた。
彼の脳内では今、視床下部が暴走し、ありとあらゆる感覚器官が「快感」という名の激痛に変換されていた。
重厚な鎧の感触が、肌を這い回る数千の舌のように。
吸い込む空気が、甘い媚薬のように。
「あ……あぐっ、あああああッ!! やめろ、俺は、首領(ドン)だぞ! こんな、無様な……っ! あ、あはははッ!!」
クリークは、最強の武装を誇っていたはずの自らの鎧を、自らの手で引き剥がし始めた。
プライドも、野心も、全ては脳を焼き切る快楽の濁流に飲み込まれていく。
部下たちの前で、東の海の覇者が、よだれを垂らしながら全裸に近い姿で悶え、最後には汚物を撒き散らしながら白目を剥いて失神した。
「……数など関係ない。神経一つ、俺に握られれば、お前はただの肉の塊だ」
アルスは冷たく言い放つと、戦意を喪失したクリークの部下たちを、鍛え上げた脚技で次々と海へ蹴り落としていった。
4. 騎士道の裏側:サンジの「調律」
戦いが終わり、ナミがメリー号を盗んでアーロンパークへと向かった後。
サンジは、静まり返ったバラティエのデッキで一人、煙草を吸っていた。
その体はボロボロだ。パールやクリークとの戦い、そして何より、アルスの「戦い」を間近で見た精神的な衝撃。
「……おい、料理人。少し、体を貸せ」
アルスが背後から声をかける。
「……お断りだ。俺は男に興味はねえ。……特に、お前のような不気味な術を使う野郎はな」
「……これは術じゃない。整体だ。……お前、ゼフを助けるために何日食わなかった? その時の『飢餓の記憶』が、今でも胃と自律神経を締め付けているぞ」
サンジの手が止まった。
アルスは強引にサンジの肩を掴み、壁に押し付けた。
「……動くな。少し、神経を『調律』してやるだけだ」
アルスの指先が、サンジの背骨に沿って滑る。
微弱な、だが逆らい難い「快」の信号。
それはサンジがこれまで禁欲的に抑え込んできた、生命としての本能的な欲求を優しく解き放つものだった。
「……あ、ん……。な、んだ……これ……」
「お前の騎士道は立派だが、自分を痛めつけすぎだ。……リラックスしろ。お前の脳が求めているのは、犠牲じゃない。……充足だ」
アルスの指が、サンジの「飢え」に支配された神経を一つずつ紐解いていく。
サンジの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは悲しみではなく、長年張り詰めていた緊張が、アルスの「指先」によって強制的に弛緩させられたことによる、生理的な解放の涙だった。
「……ふぅ。……お前、本当に……食えない野郎だぜ……」
数分後、完全に「毒」を抜かれたサンジは、これまでにないほど澄んだ瞳をしていた。
彼の騎士道は折れていない。だが、その根底にあった「自虐的な自己犠牲」は、アルスの手によって「生き抜くための誇り」へと書き換えられていた。
「……ルフィ。俺も行くぜ。……世界中の海の食材が集まる、伝説の海『オールブルー』を見つけにな」
サンジが、メリー号のデッキで笑う。
アルスはそれを見届けながら、心の中で次なる標的を定めた。
「……さあ、次はナミの故郷か。……魚人共には、人間よりも遥かに敏感な『側線』という神経がある。……どんな鳴き声を上げるか、今から楽しみだ」
アルスの影が、夕陽に照らされて長く、鋭く伸びていた。
【次回予告:ココヤシ村。ナミを縛る八年の絶望。魚人帝国の王・アーロンを待つ、人知を超えた『絶頂処刑』】