機動戦士ガンダム外伝 アルバ・ラル伝 作: ares-vargas
■ レムス・ラル家(亡命者と残留組)
アルバ・ラル(U.C.0068:10歳 / U.C.0079:21歳)
本作の主人公。レムス・ラルの長男。側室の子。
1歳上のキャスバルを「決して勝てない兄」として尊敬し、その背中を追い続けてきた。父レムスの不審な死の後、従兄弟ランバの手引きで独り月へ亡命する。
ランバの「ラルの名を捨て、ただの息子として育ててほしい」という願いと共に、
名門の宿命から切り離される形で送り出される。
アテナイ・ラル(U.C.0068:24歳 )
レムス家長女(正妻の子)。
父亡き後、残された家族と一族を守るため、自らギレンの秘書官となる道を選び、ザビ家の懐に飛び込む。
ミラ・ラル(U.C.0068:13歳 / U.C.0079:24歳)
レムス家次女(正妻の子)。
母と共にサイド3に留まる。一族を襲う激動を静かに見守る、
家庭的な平穏の象徴。
セシリア・ラル(U.C.0068:8歳 / U.C.0079:19歳)
レムス家三女(正妻の子)。
幼いながらも、兄たちの訓練を静かに見つめるその瞳には、異能とも言える鋭い観察眼の片鱗が宿っている。
月へ発つ兄アルバを、屋敷の隅から見送る。
レムス・ラル(故人)
ジンバ・ラルの弟。アルバたちの父。
ラル家の「知」を支えた人物であったが、宇宙世紀0068年、不自然な「事故」によってその生涯を終える。
■ 宿命の血脈と支援者
キャスバル・レム・ダイクン(U.C.0068:11歳 / U.C.0079:22歳)
ジオン・ズム・ダイクンの遺児。
アルバにとっての超えるべき目標。
父を失い、自らも死線に立たされる中、サイド3を離れる。
アルバとは言葉を交わすことはなかったが、その一瞬の眼差しと去りゆく背中だけで、互いの覚悟と「生きろ」という想いを通じ合わせた。
ランバ・ラル(U.C.0068:34歳 / U.C.0079:45歳)
ジオンの軍人。アルバとキャスバルの武芸の師。
叔父レムスの死にザビ家の影を感じ、アルバだけでも戦火から遠ざけるため、
義兄弟リカルドに
「普通の男として育ててくれ」
と彼を託す。
クラウレ・ハモン(U.C.0068:24歳 / U.C.0079:35歳)
クラブ・エデンの歌手であり、ランバ・ラルの良き理解者。
ラル家とダイクン家の危難に際し、ランバと共に亡命の隠蔽工作や連絡役を担う。
幼いアルバにとっても、その慈愛に満ちた振る舞いは救いとなっていた。
リカルド・ヴァルガス(U.C.0068:34歳 / U.C.0079:45歳)
月の名門ヴァルガス家当主。ランバの義兄弟。
アナハイム社とも関わりを持つ有力者。
ランバとの約束を守り、亡命したアルバを一族の宿命から解き放つべく、
月で受け入れる。
■ ザビ家
ギレン・ザビ(U.C.0068:34歳 / U.C.0079:45歳)
ジオン共和国(ムンゾ)の若き実力者。
父デギンの陰で実権を握りつつある。ラル家の持つ才能を、自らの覇道の道具として利用しようと画策している。
キシリア・ザビ(U.C.0068:24歳 / U.C.0079:35歳)
ザビ家の長女。
同世代のライバルとして、アテナイに強い警戒心と対抗心を抱いている。
宇宙世紀〇〇六八年。サイド3「ムンゾ自治共和国」の庭園には、木剣が激しくぶつかり合う音だけが響いていた。
「――そこだ、アルバ!」
鋭い叫びと共に、銀色の髪をなびかせたキャスバルの一撃が、アルバの喉元でぴたりと止まる。
「……負けました、兄様」
九歳のアルバ・ラルは、荒い息を吐きながら剣を引いた。
わずか一歳年上のキャスバル・レム・ダイクン。
その動きは未来を予見するように淀みがない。
対するアルバは、天性の直感ではない。相手の重心、芝生の踏まれ方、風の向きから論理的な帰結として剣の軌道を導き出していた
。それを見守っていたランバ・ラルが、豪快に笑う。
「はっはっは! 坊ちゃんの才を知略だけで受け止めるとはな。
アルバ、お前は化けるぞ。理屈を積み重ね、その眼で見えるものだけで真理をねじ伏せる……それは、どんな天才よりも恐ろしい力だ」
この穏やかな日常が永遠に続くと誰もが信じていた。
だがその数日後、指導者ジオン・ズム・ダイクンの急逝と共に世界は暗転する。
混乱に乗じたキシリア・ザビは、ラル家の知略を削ぐべくアルバの父レムス・ラルを暗殺。ラル邸は私兵に包囲され、一族は沈黙を強いられた。
潜伏生活の中、次期当主ランバ・ラルの元に、ジオン党政治部部長ギレン・ザビから呼び出しがかかる。
「ラル家が生き延びる道は一つだ。アテナイを差し出し、ザビ家に膝を折ると誓え。さすれば、これ以上の粛清はせぬ」
ギレンは手元の資料に目を落としたまま告げた。彼が欲したのはラル家の忠誠以上に、アテナイという「個」の才能だった。彼女の持つ、膨大な情報から未来の力学的帰結を導き出す観察眼と洞察力。それは独裁体制を築こうとするギレンにとって、いかなる計算機よりも精密な「戦略兵器」になり得ると踏んだのである。
「……ふざけるな!」
ランバは机を叩き、拒絶の咆哮を上げた。
だが、その腕を二十歳のアテナイが静かに、しかし強く制した。
彼女は冷徹なギレンの瞳を正面から見据え、自らの身を賭した「条件」をねじ込む。
「閣下。私があなたの駒となりましょう。ですが、条件がございます。……前当主ジンバとダイクン家の二人の遺児、彼らの亡命を黙認してください。そして、末の弟アルバの安全を保証することを」
ランバは唇を噛みしめた。アテナイは自らを犠牲にして、一族と主君の種の存続を勝ち取ろうとしていた。
ギレンはその契約を愉しむかのように不敵に頷いた。
しかし、この密約に猛反対したのがキシリアだった。
「兄上、ダイクンの種を逃がすなど、将来に禍根を残すのみ!
私の部隊で仕留めるべきです!」
ギレンは一蹴したが、キシリアは引き下がらなかった。
彼女は独断で隠密私兵に追撃を命じ、暴走を開始する。
サイド3の場末にある、ハモンが営むクラブ「エデン」の地下室。
監視の目を掻い潜り、ランバ・ラルは極秘の超短波通信を月へと繋いでいた。
ノイズ混じりの画面に映し出されたのは、月の鉱山王リカルド・ヴァルガス。
その豪胆な面構えを見た瞬間、ランバは一人の男として、絞り出すように口を開いた。
「……リカルド、アニキと見込んで頼みがある。これは一人の男としての、一生に一度の願いだ」
リカルドは酒瓶を片手に、不敵に笑う。
「改まってどうした、ランバ。サイド3のきな臭い噂は月まで届いているぞ」
「……前当主ジンバの親父殿が、ダイクン家の二人の遺児を連れて地球へ逃れる。
ラルとして、主君の『種』を絶やすわけにはいかない。お前の力で、彼らの亡命の手引きを引き受けてはもらえないか」
リカルドの顔から笑みが消えた。
「ダイクンの遺児だと? ……ランバ、それはザビ家を完全に敵に回すということだ。俺の商売がどれだけ月に根を張っていようが、キシリアの執念は月まで届く。ヴァルガス家を滅ぼす気か」
「承知の上だ。公国軍の目は、私がアテナイと共にギレンに膝を折ることで引きつける。だが、キシリアは必ず独断で動く。連中の追撃を振り切り、地球のテアボロ・マスの下まで確実に送り届けるには、お前の財力と独自の輸送ルートが必要なんだ。……頼む、アニキ。義兄弟としての、最初で最後の頼みだ」
沈黙が地下室を支配する。リカルドは酒を煽り、長く、重い溜息を吐いた。
「……お前という男は、いつも他人のために自分の人生を投げ出すな。アテナイまでギレンに差し出して、自分は泥を被って残るというのか」
「……あの子の『先読み』は、もはや私や親父殿の手には負えん。ギレンという化け物の横でしか、あの子は生きられぬ運命なのかもしれん。だが、あの子が命懸けで買った『自由』……それだけは、俺が守らねばならんのだ」
リカルドは静かに酒瓶を置くと、画面越しにランバを射貫くような眼差しを向けた。
「……よかろう、承諾した。テアボロの旦那には俺から直接話を通そう。二人の子供と親父殿は、俺のプライベート・ルートで責任を持って地球へ沈めてやる。奴らには指一本触れさせん」
「恩に着る、リカルド」
「恩などと言うな、兄弟。……だが、ランバ。一つ言っておく。お前が末弟同然に可愛がっているあの坊主……あの子はどうするつもりだ。まさか、ザビの監視下に残すつもりか?」
ランバは一瞬、言葉を詰まらせた。
「……あいつだけは、ラルから切り離さねばならんと思っている。だが、今はまだ……」
リカルドは不敵に笑い、ランバの言葉を遮った。
「なら、あいつも俺が引き受ける。ラルが培った知略を、どうやって『暴力』と『経済』に変換するか、俺がじっくり教えてやる。……いいな、ランバ。返事は聞かんぞ」
通信が切れる直前、ランバはモニターの向こうの義兄に、微かな笑みを見せた。
「……ああ。あいつなら、お前のような男に預けるのが一番いいのかもしれん」
脱出の夜。ランバの義兄、リカルド・ヴァルガスが手配した偽装コンテナがキャスバルらを乗せてシャトルの船腹へ消えていく。
直前、アルバは数メートル先のキャスバルと目が合った。無言のまま、二人は互いの行先が異なることを悟り、キャスバルは決別を告げるように闇へと消えた。
シャトルが轟音と共に発進した直後、発着場にキシリアが現れる。
「なかなかの手際だけど、勝ったとお思い? 私の権限で今からでも荷物を再チェックさせることもできるのよ」
キシリアの挑発に対し、ランバは苦渋を飲み込み、不敵に言い返した。
「お優しいキシリア隊長なら、まさかそこまではなさるまいと思うよ」
ギレンの後ろ盾を得たアテナイが背後に控える以上、キシリアも今は退くしかなかった。その混乱の隙を突き、ヴァルガスの私兵がアルバを月行きのシャトルへと誘導する。
「アルバ!」
ハモンが駆け寄り、震えるアルバを最後にもう一度だけ抱きしめた。
「泣かないで、アルバ。……あとのことは、私たちに任せて。あなたはリカルドさんの下で、普通に生きなさい。ザビ家やラル家のことは忘れて、自分のことだけを考えろ。……笑って生きるのよ、アルバ」
シャトルが加速し、サイド3の光が遠ざかっていく。九歳のアルバ・ラルは、自分の頬に残ったハモンの涙を、黒い手袋で拭った。
(普通に生きろ……。自分のことだけを考えろ……)
アルバは、自分を逃がすために地獄に残った姉たちの、
そして誇りを捨てて盾となった兄たちの、無言の悲鳴を聞いていた。
(……分かったよ、ハモンさん。俺は俺の意志で、俺のためだけに、あいつらを……ザビ家を根絶やしにする。それが、俺が俺として生きる唯一の道だ)
月面フォン・ブラウンへ向かう孤独な航跡の中で、
一人の少年が死に、復讐を論理へと昇華させた「漆黒のエージェント」が誕生した。
一年戦争開戦まで、あと十年。