機動戦士ガンダム外伝 アルバ・ラル伝 作: ares-vargas
本作は、一年戦争の裏側で、モビルスーツという巨神に「魂」ではなく「狂気」を吹き込んだ一人の若き技術者、アレス・ヴァルガス(アルバ・ラル)を軸に描く外伝物語です。
彼は、後に「ガンダムの父」と呼ばれるテム・レイの弟弟子であり、同時に、ザビ家に踏みにじられた名門ラル家の遺児でもありました。
テム・レイが「理知」と「安定」による平和の機械を求めたのに対し、
アレスが求めたのは、パイロットの殺意を神速に変える「暴力」のシステム。
師であるミノフスキー博士の死、そして姉アテナイの非業の最期が
彼の技術を「救済」から「復讐」へと変貌させていきます。
なぜシャア・アズナブルのザクは、通常の三倍で駆けることができたのか。
なぜ「赤い彗星」は、ノーマルスーツも着ずに戦場を支配し得たのか。
その答えは、サイド3の地下ドックで、呪いのように編み上げられた
「裏OS」にありました。
血脈、技術、そして復讐。
ガンダムの歴史を「加速」させた、もう一人の男の物語。
第一章:スミス海の弔い宇宙世紀0078年。
月面スミス海のクレーター地帯は、ミノフスキー粒子の濃密な霧に包まれていた。
地球連邦軍の観測艦「シラキューズ」のブリッジで、技術士官テム・レイは額の汗を拭うことも忘れ、メインモニターを凝視していた。
「……ありえん。物理的に、ありえんのだ……!」
暗黒の宇宙(そら)で、連邦が誇る最新鋭の「鉄騎兵中隊」ガンキャノン隊が、文字通り紙細工のように引き裂かれていく。
ジオンの新型機MS-04『ブグ』。その挙動は、テムが知る工学的な常識を、物理法則ごと嘲笑っていた。
数トンの鋼鉄の塊が、まるで意思を持つ生き物のように急制動と旋回を繰り返し、ミノフスキー粒子の霧を掻き回す。
「速すぎる……。誰だ、あのような狂った機動を可能にした技術者は」
テムの脳裏に、かつての師の工房で、自分とは対極の理論を叫んでいた少年の顔が浮かぶ。二番弟子、アレス・ヴァルガス。
「教育型コンピュータによる安定」を説くテムに対し
「パイロットの反射速度を0.1秒早く物理量に変える」ことに執着していた
あの危うい瞳。一方、サイド3の技術局。モニター室の防音壁を突き破らんばかりの、アレス・ヴァルガスの絶叫が響いていた。
「ガイア! 待て! ヤメロ!! ヤメロォォォ!!」
モニターの中、ガイアのブグに追い詰められた最後の一機のガンキャノンが、恐怖で理性を失い、あろうことか生身で走るミノフスキー博士の逃走方向へ向かって、その巨体を向けて逃げ出していた。
アレスはコンソールに爪が食い込むほど身を乗り出し、届かぬ叫びを月面へ叩きつける。だが、サイド3から月面へ届く通信には、無慈悲な数秒のタイムラグがある。
彼の叫びが真空を渡るよりも早く、ガイアのブグは、アレスが極限まで研ぎ澄ませた
「瞬発力」を爆発させた。ガイアの放つヒート・ホークの一閃が、逃げるガンキャノンのランドセルを背後から正確に断ち切る。
動力部を失い、バランスを崩した数トンの鋼鉄は、逃走の慣性を保ったまま、のめるように前方へ――博士の背中へと倒れ込んだ。
砂塵が沈殿し、熱源反応が消える。アレスが「師を救うため」に磨き上げた技術が、連邦兵を醜い逃走へ追い込み、最後には師を圧殺するための「重し」へと変えてしまった。
モニターを見つめるアレスの瞳から、光が消えた。
「僕が……僕の調整が、博士を押し潰した……」
この日、アレス・ヴァルガスの魂から、純粋な「善意」が消失した。
師を失った悲しみは、自分という存在への、そしてこの不条理な宇宙への、ドス黒い殺意へと変質していった。
第二章:生贄の継承
スミス海の惨劇から数日後。ラル家を襲ったのは、さらなる非情な現実だった。
ギレンの秘書官として、自らを「生贄」に捧げることで一族を守っていた長姉アテナイ・ラルが、キシリアの放った隠密部隊により暗殺されたのだ。
服毒自殺を装った無慈悲な処理。
ラル家を繋ぎ止めていた「盾」は、音を立てて崩壊した。
だが、ズム・シティの総帥府に、新たな影が現れる。
亡きアテナイに生き写しの面差しを持ちながら、より鋭利な光を瞳に宿した少女。
末妹、セシリア・ラルである。
ギレンの呼び出しに応じた彼女は
ランバ・ラルが再び自分を止めることを予見し、あえて彼に相談することなく、「セシリア・アイリーン」という偽名でギレンの前に立った。
「……セシリア・ラル。いや、今はセシリア・アイリーンだったかな」
デスクから顔も上げず、ギレン・ザビが低く笑った。彼は既に知っている。アテナイが命懸けで守ろうとした姉妹の中に、姉をも凌駕する鋭い観察眼と知略を備えた「末娘」がいたことを。「
姉が結んだ『四つの契約』。私が全て引き継ぎます、総帥」
セシリアは、ギレンの冷徹な品定めを真っ向から受け止めた。
アテナイは犠牲の盾としてギレンの前に立ったが、セシリアは復讐の刃としてこの部屋に立っていた。
「キシリアの手によってアテナイという『担保』が消えた今、その代わりはおまえにやってもらう」
「わかりました、私は今日から閣下の駒となりましょう」
ギレンは初めて顔を上げ、セシリアを凝視した。
姉アテナイが守り抜いた「家族」という名の絆を、ザビ家を内側から食い破るための「毒」へと変換する決意だった。
「クク……。アテナイは情けを武器にしたが、お前は憎しみを武器にするか。……いいだろう。ラルの血がどこまで私を愉しませてくれるか、見せてもらうぞ。セシリア・アイリーン」
こうして、セシリアは二代目秘書官として独裁者の懐に潜り込んだ。
彼女が就任直後にアレスへ送った暗号通信は、極めて短いものだった。
『姉さんの遺志は私が継いだ。……アレス、思う存分、狂いなさい。あなたが造り上げる加速の果てに、ザビ家の終焉を用意してあげる』
第三章:神速のオンライン0079年1月
開戦直前。ズム・シティの地下ドックで、アレスは深紅のS型ザクIIを見上げるシャア・アズナブル少佐の前に立っていた。
「この機体、レスポンスが鈍い。……安全リミッターをすべて解除しろ」
コクピットから降りてきたシャアは、軍服のまま整備兵を退けた。
アレスは静かに歩み寄り、自身の端末をザクのインターフェースに叩き込んだ。
「少佐。……リミッターを外すんじゃない。パイロットの指先の微細な予備動作をシステムが『先読み』し、応答遅延を物理限界まで消去する。……その『質量』を、あなた自身が引き受けることになるシステムです」
アレスの瞳は、もはや技術者のそれではない。
獲物を追い詰める捕食者の色だ。
「これを起動すれば、機体のレスポンスは物理限界まで跳ね上がる。ただし、その重力負荷の全てが、ノーマルスーツも着ていないあなたの肉体に直接襲いかかる。それでも使いますか?」
シャアは不敵に笑い、軍服のままシートに身を沈めた。
「ふ……いいだろう、アレス。博士の最期のデータが私の『手足』になるというのなら、これ以上の供養はあるまい。起動しろ。ルウムを、我々の戦場にする」
アレスが実行キーを叩くと、ザクのモノアイが禍々しい赤色に点灯した。
0079年1月15日。ルウム戦域。観測艦「シラキューズ」
ブリッジで、テム・レイは再び、あの「絶望」を凝視していた。
「加速度、旋回半径……。設計上の限界値(リミッター)の3倍を超えている。パイロットを壊してまで、速さを求めるのか! アレス、君は師の教えを、そこまで冒涜するのか!」
テムの視線の先で、一筋の「赤い閃光」が、巨大なマゼラン級戦艦を紙細工のように切り裂いていく。
それは、敵の動きを予測して動く「理知」ではない。パイロットの神経系を機械の深層へと直結させた、文字通りの「侵食」。
「……学習型コンピュータでは間に合わない。あちらが『狂気』で来るなら、こちらは……機械が人間を凌駕する『論理の極致』をぶつけるしかない」
敗走する「シラキューズ」のブリッジで、テム・レイは取り憑かれたようにキーボードを叩き始めた。
師を失った二人の弟子による、技術の深淵を巡る「呪い」のぶつかり合い。
ルウムの空を赤く染めた加速の果てに、新たな「化け物」が胎動を始めていた。