その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

2 / 44
1章 第2話 無能職員、上級冒険者に出会う

 アルノーのダンジョン。

 そこに併設された冒険者ギルド、アルノー支部。

 

 冒険者ギルドの例に洩れず人で賑わうその場所で、いま最も不遇なのは自分であるとルナ・リングハートは思っていた。

 

 『疾風の乙女』とも称される上級冒険者ルナ・リングハート。

 彼女は自身の金獅子色の髪をかきむしりたい衝動をどうにか抑えて、目の前にいる男を見た。

 

「良いよなぁ冒険者の二つ名。オレ何か欲しいぜ」

 

 ギルドの受付卓。ルナの向かい側で(うそぶ)くのはギルド職員の男だった。

 黒猫(こくびょう)色の髪と目を持つ年若い——しかし妙に気だるげな男。

 

 その男、ギルド職員ムクロ・スパルダを眺めながら、ルナは彼に相応しい二つ名の候補を思い浮かべた。

 

 無能のムクロ。

 ごくつぶしのムクロ。

 軽薄のムクロ。

 ギルドの暇つぶし窓口担当ムクロ。

 アルノーに降り立った流星の如きボンクラ。

 顔は悪くないのにどうしてこう、微妙なんだよムクロ。

 こないだご飯誘われたけど意外と紳士だったよムクロさん。

 アイツがギルド職員になれたのは採用担当の女性に枕営業をしかけたかららしいですよ? ルナさんも気を付けた方がいいですよムクロには。

 

 思い返しているうちに最後には二つ名ではなくなってしまったが、どれもが実際にルナが冒険者たちから聞いた話。

 つまり、それがアルノーの冒険者たちによるムクロ・スパルダという男への評価であった。

 

 驚くべきは。それらの評価がムクロに与えられたのは、彼がここアルノーの冒険者ギルドに出向してきて数日のことだというのだから、その無能さのほどはダンジョンの深淵のように底が知れない。

 

「クエスト受注窓口」

「そいつは少しばかり格好悪いな。二つ名ってのはもっとこう……」

「二つ名じゃなくて! いまのあなたの担当が、クエスト受注窓口でしょう!」

 

 冷静でいようと自身を律していたルナだったが、ついに大声を出してしまう。

 

「おいおい。冒険者さんよ。ほかのみなさまに迷惑になるぜ?」

 

 悪びれることもなく。逆にルナを注意してくるムクロ。その様にルナは酷い脱力感を覚えるが——これも自業自得かもしれないと思い直す。

 

 ダンジョンへの入場受付。ドロップアイテムの査定換金。

 親に連れてこられた子供が、ステータスを得るためだろう冒険者登録をしている光景。

 

 この大陸世界における生活の根幹を成すのは、ダンジョンとそこに挑む冒険者たちであり。それらを管理する冒険者ギルドは常に盛況だ。

 そのギルドで職務に励むギルド職員は誰もが有能であり、その有能さでも捌ききれないほどに常に人が溢れている。

 

 ギルド内のどの窓口を見ても、冒険者が列をなしている。

 対してルナ・リングハートの後ろ——ムクロの担当する窓口には誰も並んでいない。

 ムクロの窓口を利用することが時間の無駄であると、誰もが理解しているからだ。

 

 他のクエスト受注窓口の混み合いの中で、幸運とばかりに空いているムクロの窓口を選んでしまったのはルナ自身だった。

 彼が無能だという話は聞いていたものの、それでも手際が悪いくらいで受付処理くらいしてくれるだろうと高を括っていたのだ。

 

 だが、ムクロはルナの想像を遥かに超えて仕事が出来なかった。

 口だけは回る。だが、手は全く動いていない。

 

「はぁ……私のクエスト受注、進めてくれる?」

「クエスト受注か。すこしばかり特殊な仕事だな……オレはアルノーのギルドに来てまだ七日目で、そういう地方独特の仕事には疎くてな」

「クエスト受注はどこのギルド支部でもやる基本業務でしょ! まったく。前の支部ではどうしてたのよアナタ……」

 

 呆れた調子のルナの質問にムクロは視線を宙にやって何かを思い返す仕草をした。

 しばしして「ああ!」と手を打って答える。

 

「前は海が近くて、魚が美味かった。最近はダンジョン産の食材を出す店ばかりだが、俺はやっぱり地上産で、地方それぞれの特色が出た料理が好きだね」

「つまり、ここと同じ調子でろくに仕事してこなかったのね」

 

 はあ、とルナはため息をつく。

 もう少し、地元の冒険者の言葉に耳を傾けるべきだったと反省しながら。

 このギルドに来てから七日とムクロは言っていたが、ルナもまたここでは新参者である。

 

 無論、『疾風の乙女』との二つ名まで賜っているほどである。

 冒険者として新参者ということではない。すでにレベル65に到達し、ダンジョンの下層域まで潜る許可を得た上級冒険者だ。

 いくつものダンジョンをめぐり、数多のモンスターを打倒し、そして幾多のドロップアイテムを手に入れてきた。

 

 新参者というのはアルノーの街においてという話。

 今回ルナは、アルノーのダンジョン下層でドロップ報告がある光属性のアイテムを狙って魔導列車に乗ってはるばる王都から遠征してきたのだ。

 

 経験豊富な冒険者ルナ・リングハート。彼女の経験に照らせば、ギルド職員というのは誰もが優秀であった。

 それが判断の誤りを招いてしまった。

 まさか、ここまで仕事のできないギルド職員がいようとはルナにとって思いもよらないことであった。

 

 ルナは経験にばかり頼ることの愚かしさを噛み締めながら、今度は経験に基づいてこの状況を打開することを試みた。

 

「冒険者がすることじゃないけど、いいわ。私が教えてあげる」

 

 何度もクエストを依頼してきたルナは受付手順についても飽きるほど見てきた。

 受付後の手続きについては門外漢だが、とりあえずクエスト受注窓口で行うべき手続きについては分かる。

 ムクロには言うがままに書いて貰うことにしようと書類を指し示す。

 

「わざわざ悪いね。今晩一緒に酒でもどうだ? 礼の代わりにオレが奢るぜ?」

「一番のお礼は仕事を覚えることよ! ほら、ここ! まずは記入された発注者本人であることを確認する」

「はいよ。どれどれ」

 

 身を乗り出して、ムクロが書類の内容を確認しようとした。

 すると、ゴトリと鈍い音が響いた。

 

「あなた、帯剣してるの?」

「ん? ああスマンね。柄頭が当たっちまった。——どうよ、この名剣」

 

 ムクロはわざわざ剣帯から外して、鞘に収まった細身の剣を掲げてみせる。

 

鑑定(クラ・ヴィジオ)

 

 ムクロが自慢げに掲げた剣に対し、ルナは魔法を発動した。

 しかし、鑑定結果を示すウィンドウが出なかった。()()()()()()()()

 それが示すところはつまり。

 

「なんだ。地上産の剣か。じゃあナマクラじゃないの」

「ナマクラ、ねぇ。一応こいつは古の賢者に鍛えられた名剣のうち一本なんだが」

「ドロップアイテムじゃないんでしょ? じゃあたかが知れてるわよ」

 

 『鑑定』の魔法はステータスを得た冒険者、ダンジョン内のモンスター。そしてドロップアイテムに対して発動し、その情報を示す。

 それが反応しないということは何のバフ効果も追加効果も持たないナマクラに過ぎない。それが常識であった。

 

 ムクロの剣は高レベルの上級冒険者たるルナからすれば、子供が振りまわす剣の形をした木の玩具と大差ないものだった。

 恐らく切りつけられても肌すら切れないだろう。まず、体力値を削り切ることが困難だ。

 

 無論、長期間ダンジョンに潜らずステータスダウンしてしまえばその限りではないが。

 

「名剣ってのは例えば、こういうのを言うのよ」

 

 ルナは自分の腰に下げていた剣を掲げて見せる。

 

 緑柱剣サーガルド。

 高い攻撃力増加効果を持ち、更に風属性攻撃の威力増加および詠唱短縮効果をも付与された紛れもない名剣だ。ギルドの査定による等級付けでは特二等武器と位置付けられている。

 

 あるダンジョン中層の階層主を単独で撃破した際のレアドロップで、ルナの主力武装だった。

 ムクロの持つ、何の装飾も無い剣に比べて、柄から鞘から美麗な彫刻が施されたそれは、刀身を見ずとも剣としての格が大きく開いていることは明らかである。

 

 中層階層主単独撃破の証であり、自身の誇りでもある剣。

 黄玉色の瞳を輝かせて「どう?」と自慢げに剣を掲げるルナを見て、ムクロはばつが悪そうに目をそらした。

 

 その反応を見て、大人気なかったとルナは気づく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに。

 

 冒険者ギルドの理念を記した、六条から成るギルド憲章。

 その最後の六条目で謳われているのは、()()()()()

 

 冒険者ギルドは独自の戦力を保有しないものとする。

 

 その理念に基づき、冒険者ギルド職員倫理法ではレベル3以上の者はギルド職員になれないものとし、また八等級以上の武装魔具の保有・使用を禁じられている。

 

 これはギルドの所在地である各国家との同種法とも紐づけられているし、国家・ギルド間連携協定でも厳しく取り締まられることになる。

 

「あー、ギルド職員が本物の武器持つわけにはいかないか」

「ま、そうだな」

 

 どこか不貞腐れるように応じるムクロを見て、ふと、ルナは思った。

 

 この男は本当は今の仕事に嫌々就いているのではないか、と。

 

 何らかの事情。

 例えば実家が名家で、その圧力によって嫌々ギルド職員をやっているのかもしれない。——ダンジョンを有する領主の家などではそういうことがままあると聞いたことがあった。

 それならば、こうまでギルド職員として無能なのに職を失わないでいる理由も、名家からの圧力ということで説明がつく。

 

 そうやって考えると、ムクロの在りようもいささか可愛らしくルナには思えた。

 世の中には職に就くことができずに貧困にあえぐ者もいる中で、贅沢な不貞腐れではあるとも思うが。

 

「あなた、本当は冒険者に憧れてるんじゃないの?」

「——なんだって?」

 

 ルナが思わず尋ねると、ムクロはひどく低い声で聞き返し怪訝そうな表情を浮かべた。

 なぜだかルナには、その表情が初めて目にしたムクロの素の表情のように感じられた。

 

「だって、でなきゃそんな剣を下げたりしないでしょ。何に使うのよそれ」

「それは、護身用だよ……」

 

 誤魔化すような調子で目を泳がせて言うムクロを見て、ルナは自分の考えを確信する。

 魔具でもない玩具のような剣、()()()()と言ってもいい。それを下げて冒険者気分に浸っているムクロは、現実を知らない子どものように感じられて。

 

 ルナは、()()()()()()()()()として助言することにした。

 

「あなたの年齢から本格的に冒険者としてやってくのは大変かもしれないけど、仲間に恵まれればダンジョン下層にだってたどり着けると思うわよ? まあワタシは単独で活動してるけど、今回みたいにクエストを出して臨時のパーティを組んだりはするし」

 

「いや。待ってくれ。あんたな……」

 

 ムクロは困惑したように、あるいは()()()()()()()()、そんな表情を浮かべてルナの言葉を遮ろうとする。

 

 しかし、これだけは言っておこうと。

 ルナ・リングハートは満面の笑みとともにムクロ・スパルダへと言い放った。

 

「危険なこともあるけれど、冒険って楽しいわよ」

 

 

 

 その後すぐに。手続きが進んでいないことを見かねて、他のギルド職員がやってきて。ルナのクエスト依頼はすんなり受注された。

 

 追いやられる様に、奥へと去っていくムクロ・スパルダが浮かべていた表情。

 

 彼の表情はルナ・リングハートから見えなかった。

 

 

 




主人公ムクロですがしばらくルナ視点続きます



26/6/6 文章表現微修正
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。