その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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2章 第7話 傲慢たるは皇太子

 帝国皇太子ギルゼリオ・リーグルは柔らかい詰め物のされた豪奢な椅子の中で身を捩った。

 

 窮屈さが我慢ならない。

 

 脂肪をよく蓄えた彼の体躯が椅子からはみ出るほどだから—―ではない。

 ギルゼリオはかつて侍従長から言われた「飽食は覇者の証であります」という言葉を殊の外に気に入っている。

 椅子がもたらす窮屈さは、自分自身の大器を示すものだとギルゼリオは受け取っていた。

 

 では何の窮屈さが不満であるか。

 それは世界であった。現在の大陸世界は、彼がその才を振るうことを許さない窮屈さで満ちていた。

 

 ギルゼリオは皇太子として、将来帝国の皇帝になることが確約されていた。

 大陸世界の三分の一を占める国家の頂点。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実は例えようも無く窮屈であった。

 

 自分は偉大な存在としてもっと評価されるべきだと彼は信じ切っていた。

 

 ギルゼリオが偉大な存在であるという根拠は無論ある。

 数年前に亡くなった母がそう言っていた。

 侍従たちも、侍従長を筆頭に全員がギルゼリオを偉大だと言った。

 部下である帝国監査騎士団の者たちも彼の言葉には諾々と従う。

 街で目にした女を寝所に連れ込めば、皆が恐れ多いとばかりに顔を伏せる。寛大なギルゼリオはそのたびに、将来の皇帝の上に跨る栄誉を女たちに与えていた。

 父はいささか素直ではなく「次期皇帝として相応しくあるよう努力せよ」と言うばかりであるが。それは現皇帝という立場がそうさせるのであろうと解釈している。

 

 偉大にして寛大。おそらく自分は歴代の皇帝の中でも最も才気に溢れ、歴史に名前を残す空前絶後の存在であろう。ギルゼリオはそう信じていたが。

 

「――以上が王国内での工作についての報告であります。このままでは遠からず、王国の監査騎士団はグルンド迷宮伯の尻尾を掴むかと」

 

 腹心である侍従長が報告を終える。

 それを聞き、ギルゼリオは持っていた酒杯を一息にあおった。酒精のたっぷり混じった息を吐いて、言い捨てる。

 

「不愉快だな。グルンドめ、存外に使えない」

 

 冒険者ギルドを廃し、王国を併呑し、都市国家群の尽くを平らげ、この大陸世界の全てを彼のもとに跪かせる。そのギルゼリオの大望は最初の一歩から躓きかけていた。

 

 それもこれも。工作の対象、王国内の反乱勢力の首魁であるグルンド迷宮伯が無能なのがいけない。大きな陰謀を前にして低威力『鉄弓』の横流しで小銭を稼ごうとし、その欲のせいで反乱計画そのものを破綻させかけるとは。

 

「小人物は欲望を制することすら出来んから困る」

 

 ギルゼリオは小卓に置かれた皿へと手を伸ばす。ガチョウの肥肝を炙ったものを掴み、貪った。脂まみれになった手を舐める。

 

「どうなさいますか? 追求の主体は王国監査騎士団——マルグリテ王女殿下ですが」

 

 金糸で縁取られた拭い布を恭しく捧げ出しながら、侍従長は采配を仰ぐ。

 

「ふむ。お前であればどうする」

「マルグリテ殿下の暗殺——それだけはありませんな。色々と使い道が多いお方です」

「であるな。ではどうする」

「手足を()ぐのが良いかと。ああ、無論比喩です。配下の監査騎士団を使えなくする」

 

 強硬策であると同時に繊細な工作であった。純粋に国内最強の騎士団に打撃を与えるのは困難であったし、その過程でマルグリテが傷ついてしまう可能性もある。

 

「実際に手足を捥ぎとってしまっても構わん。最悪、ツラと穴さえ無事であれば使いようはある」

 

 帝国側にとっての最も有効なマルグリテの使い方は、ギルゼリオの妻とすることだ。

 

 侍従長が立て、ギルゼリオが承認した計画ではこうなっている。

 

 王国の反乱勢力に政変を起こしてもらい、その混乱に対して「友好国の秩序を回復する」として侵攻。反乱勢力を一掃して軍事的な支配を行うのと同時に「救われた姫君」であるマルグリテを娶り、帝国・王国の同君連合を成す。無論、君主はギルゼリオだ。

 

 同様のことは王国の反乱勢力、グルンド迷宮伯も考えている。武力で以って王都を制圧し、支配の正当性のために王族であるマルグリテを娶る。

 

 王国の姫は一人では無いが、認知度や人望を考えるならば肉で出来た王冠としてマルグリテ以上の者はいなかった。

 

「あの生意気な女が手足を失って嘆くさまはさぞ見応えがあろうて」

 

 だが。伴侶として最も有用なことは分かっていたが。ギルゼリオはマルグリテを酷く嫌っていた。

 

 かつての外交の席でのことである。

 王国の芸人が見事な手毬回しの芸を見せた。

 社交辞令としてそれを褒めたギルゼリオに対して、マルグリテはさもおかしそうに笑って告げた。

 

「帝国の芸人の皆様には敵いませんわ。宮廷には多くの芸人がいると聞きますし。なにより回される毬がよほどに大きく華美ですもの」

 

 その時にはただ褒められたと思ったギルゼリオだったが、そばに控えていた侍従長は顔を強張らせていた。

 理由を尋ねると彼は小声で耳打ちした。「先程のは、殿下が周囲に良いように使われる大きな毬だと侮辱していたのです」と。

 

 信じられない侮辱であった。いずれ全ての者の上に立つギルゼリオを、周りに手玉に取られているなどと。

 すぐにでも打擲(ちょうちゃく)するべきであったが、王国の第一王女相手にそれは成らなかった。

 いずれ全ての者の上に立つギルゼリオだったが、いまはまだ全ての上に立っていなかった。それがまたギルゼリオを苛立たせた。本来は大陸世界の誰もが彼に対して頭を垂れるべきであるのに、現実は歪んでいた。

  

「一度は正妃にしてやろうぞ。皇帝の慈悲を天下万民に示すために」

 

 だがそれも最初のうちだけだ。しばらくしたらば最も位の低い寵姫として使い倒してやるとギルゼリオは決めていた。彼に跨る栄誉など許してやるつもりは無い。組み敷いて獣の様に喘がせてやると。

 

「問題は、誰に王国監査騎士団への対処を行わせるかですな」

 

 将来の暴力を想像し、膝を揺らして笑みを漏らすギルゼリオを仕方ないものでも見るようにしながら、侍従長は今現在の問題について語った。

 

 帝国内での宮廷闘争、そして王国や都市国家群において恐れられているのは皇太子ギルゼリオではなく、彼に仕えるこの侍従長であった。

 血生臭く果断な暗殺も、遠回りで陰湿な謀略も自在に操る冷徹な現実主義者である彼であったが、ギルゼリオに対しては異様なほどに甘かった。

 彼の辣腕は全て、ギルゼリオの我儘——あるいは幻想を現実のものとするために振るわれた。

 周囲のものは訝しむばかりだった。なぜあれほどの男が、将来の皇帝とはいえあの程度の男に傅くのか。

 

 実際のところそれは。

 遡ること三十五年と十月ほど前に皇后がおかした、とある儀官との不貞に理由を求めることが出来た。

 

 懐妊し、ギルゼリオを出産した皇后は、その儀官を皇子の教育係として任じた。

 皇子は長じて皇太子となり。その儀官は彼の侍従長となった。

 侍従長が溺愛する我が子の我儘を叶えるかのように皇太子にする理由はそんなものであった。

 

 それを知るものは当の侍従長以外にいない。

 

 皇后は数年前に身罷っている。

 皇太子から贈られた葉で淹れた茶を飲んだ直後であった。皇太子はその葉が母の好むのものである教えられていた。侍従長から。

 

「上級冒険者ブルッカを使うのが最良かと存じますが、どうでしょう」

 

 ギルゼリオは侍従長からの提案を聞き、さも何かを考えているかのように自らの顎を撫ぜた。

 その実、ギルゼリオは何も考えていない。唯一考えていることといえば、提案にすぐさま同意してばかりでは自分の威厳を損なうかもしれない、その一事のみ。

 

 傲慢にして強欲、激しやすく嫉妬深い、さらに好色であり暴食を嗜み、自らを鍛えるつもりもない。

 悪徳に手足を生やしたようなギルゼリオであったが、その「考えないこと」こそが、彼を本当に偉大な存在にし得る可能性を持っていた。

 

 ギルゼリオは考えない。望むことはすれど考えない。自らの望みを果たす方法は侍従長をはじめとした部下に委ねてしまう。

 それは権力を持つ者として間違いなくひとつの輝ける資質であった。

 

 やることを示した後は、やり方は経験豊富な玄人に任せる。人を扱う上での至道のひとつを、ギルゼリオは全く意識することなく実現していた。

 

 あるいは時勢に恵まれ部下に恵まれたらば、彼は後世において名君として歴史に名前が記されるかも知れなかった。

 

 このときも、考えるふりだけをしてからギルゼリオは重々しく頷いた。

 

「よかろう。ブルッカ。ブルッカ。ブルッカ・カルドンドだな? レベル75に達する奴であれば間違いないな」

 

 上級冒険者ブルッカ・カルドント。帝国出身で()()()()()で高レベルへ駆け上がった現代の英傑。

 その英傑は帝国から様々な優遇を受けることを見返りに、表に出せない汚れ仕事の数々を請け負っていた。

 

「やつがダンジョン下層に潜り一時消息不明となったときには流石に焦った」

「幸いにして無事だったようで。加えてなにやら、不世出の豪傑を見出してきたとか。()()()()()()()使()()()()()()()()()()を誇るその者を仕官させたいと言ってきております」

 

 異様な強さを誇る不世出の豪傑。それを語る侍従長はどこか歯切れが悪かった。

 

「うん? ブルッカほどの者が言うのであれば間違いはあるまい。レベルはいくつなのだ? その槍使いは。70か? 80か?」

 

 侍従長は、性格はともあれその実力は確かな上級冒険者が推薦した男について、どう判じるべきか悩んでいたが。結局、聞いたそのままを皇太子ギルゼリオに伝えた。

 

「その槍使いの男は、レベル0のステータス無しとのことです」

 




次話「2章 第8話 敵手と手を組む安定は」
26/5/13(水)20時投稿
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