その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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2章 第8話 敵手と手を組む安定は

 

 ムクロ・スパルダは王国監査騎士団の詰所にいた。

 いつぞやマルグリテと会話した部屋で、出された茶器を持ち上げる。

 

 その日もまた、慣れを感じ始めた犯罪組織の摘発への同道だったが、マルグリテが政務のために遅れており。ムクロはマルグリテを待って待機していた。

 

 監査騎士団は既に先発しているが、近頃の傾向からすればマルグリテを待つ間に状況終了の報が届くかもしれない。

 

 マルグリテの()()()()の評判が知られつつあることもあり。近頃の()()は行儀が良く。現場で血が流れないこともざらだった。少なくとも、彼らが処刑場に引き立てられるまでは。

 

 茶を一口すすり、ムクロはおや? と思った。

 酒については酒精の濃いダンジョン産のそれを好むムクロであったが、茶については地上産のものを好む。

 果たして出された茶は、ムクロの好む地上産の茶葉で淹れたものであった。

 

 これもまた彼を試すための何かの策かと考えかけ、ムクロは内心で苦笑する。 

 マルグリテ・セヴェリナという女傑に呑まれかけている証左だったからだ。彼女の行動ひとつひとつ、全てに意味があるように捉えてしまう。

 疑心暗鬼に囚われた、あるいはそこに甘さを加えたらば恋煩いの様な自らの有り様にムクロは興味深さと、危険の兆候を感じ取る。

 

 考えを変えるために、ちらりと。傍らに立つ女を見る。

 そこにはマルグリテの副官を務める翠緑色の髪をした女が立っていた。

 

 マルグリテという存在が強烈に過ぎ、印象が薄くなりがちであったが、副官の女——アスト・リゥムという名だった——もまた市井にいれば多くの男の目を惹いたであろう美女であった。

 

 特に胸部の存在感についてはマルグリテを圧倒しており。もしも傷病娼館にいたらば間違いなくアストを指名しただろうなとムクロは考え—―品性に欠けた想像であったと自省する。

 ムクロの視線に気付いたのだろう。アストが静かな表情のまま尋ねる。

 

「どうかされましたかムクロ・スパルダ」

「いやなに、美人さんだなと思ってね」

「ああ。すぐに女性を口説くという話は本当だったようですねムクロ・スパルダ。調査結果の正しさが確認できて嬉しく思います」

「アンタみたいな美人を喜ばせることができるたぁ、素行は()()()()()()()()()な」

「下劣な品性ですね。どうして姫様は貴方のような人を気に入っているのか……」

 

 『姫様』とマルグリテを呼ぶその発音の中に、硬い性格を思わせるアストに似つかわしくない柔らかさを感じ取り。ムクロはマルグリテとアストの間にあるものが、単なる騎士団長とその副官という関係に収まらないそれであると想像した。

 

(この女は、マルグリテを計るひとつの指標となりうる)

 

 生まれから来る権力、手にした武力、冴えわたる知性、稀に見る魅力。

 誇張ではなく歴史を動かしうる傑物。装甲王女マルグリテ。

 生半可に計り難いマルグリテの内面を、間接的にうかがい知るにアストという女は有効な様にムクロには思えた。

 

 マルグリテに対してどう応じるべきかという話し合いをしたときのことを、ムクロは追想する。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 ギルドの特殊施設。その一角にある防諜室での会話。

 その時、その場にいたのはギルド長ファラキア・エルフ。ギルド戦力たるムクロ・スパルダ。同じくレイテ・レノ。そしてギルド戦力『候補』のルナ・リングハートであった。

 

 ルナを同席させることをムクロは悩んだが。彼女には知るべきことが多くある。これまで見えなかった裏側の話をする機会は増やしておくべきだと、最終的に同席させることを選んだ。

 

「そう。王女殿下はギルド戦力に踏み込んでくる、と」

「ああそうだ。非公式にはもうこちらに突きつけている。あとは公式にどう出るか。そして何を求めるか」

「わたしが苦労して、ダンジョンに迎合してまで安寧を作っているというのに。どうしてそれに満足できないのかしら」

 

 ムクロからマルグリテについての話を聞いたファラキアはこれだから()()()、と嘆息した。

 その言葉に、ファラキアについてもルナに説明しておくべきかとムクロが考え、口を開こうとする。

 それより先にルナが別のところに引っ掛かりをおぼえて尋ねた。

 

「ダンジョンに迎合? ワタシたち、ダンジョンに抗ってるんじゃないの?」

「だからー。前に説明したじゃないですかルナリン」

 

 ルナの発した疑問に答えたのは、それまで自分の髪の毛の先を弄んでいたレイテだった。

 ムクロの隣に座ろうとして、その席をファラキアに奪われてからというものレイテはそんな調子だった。それでも。ここ最近の教師役としてのふるまいから、レイテはルナに対して説明を行う。

 

「ダンジョンの目的は人間の発展を邪魔しつつ、人間を増やすことなんですよ? その人間がドロップアイテムを使って戦争に明け暮れて。人口が増えなかったらどうすると思います?」

「えと……赤ちゃんを増やすために、なにか、させる?」

「何考えてるんですかルナリン。色ボケも大概にしてくださいよ全くもうっ」

 

 何を思いついたのか照れた様子のルナをレイテが呆れた様子で眺め、ムクロとファラキアはそんなレイテを呆れた様子で眺めることとなった。

 それを気にした風もなく、レイテは語る。

 

「多分ですけど。人類全滅とまでは行かずとも()()()()()()()()()あたりまで減らされちゃいますね。やり直しですやり直し」

「最小? 存続できる個体数?」

 

 現行の大陸世界では用いられない単語を説明に使うという、無数ある悪癖のひとつをレイテが発揮し、案の定ルナは訳が分からないといった顔をする。

 

「最小存続可能個体数ってのはアレです。ワタシと先輩がこの大陸最後の男女になって。それで子どもを授かるじゃないですか。見て下さいこの子、口元なんて先輩にそっくり。目元はワタシ似ですね。あっ、ダメです先輩、この子が起きちゃう……んっ、仕方ない人―—」

 

 説明を途中で放棄し、何やら空想の世界に入り込んだレイテを見捨てて、ムクロは説明を引き継ぐことにした。

 

「世界に存在するのがひとつの村だけだったとしたら、その中で結婚して子ども産んでをしても同じ病気に罹りやすかったりと不具合が出て、国の規模まで人口が増えるのは難しいだろ? だが最初に残っているのがひとつの街なら村よりはずっとマシだ。そういう、人口をきっちり増やすために最低限必要な数。それが最小存続可能個体数だ」

 

 それもまた正確な説明とは言い難かったが、本題ではないのでそれで良しとする。分かった様な分からない様な顔をするルナに、ムクロは重要な点を告げた。

 

「ダンジョンは管理の効率化のためなら大量殺戮くらい平気でやってくる。現に、だ。ルナ。お前()()()()()()()()()のことを知っているか?」

「えっ大陸以外? ……そんなもの、あるの?」

「ある。海の向こうにはこの大陸と同等の広さを持つ別の大陸が四つ。だが、そこに人間はいない。()()()()()()()()()()()()()から。それだけのためにダンジョンは残り四大陸の人類を滅ぼした」

 

 草原に豚を放つがままにするよりも。ひとつの畜舎にまとめたほうが良いから。そのような理由でムクロ達の惑星は『大陸世界』となった。

 

「だから私達はある程度、ダンジョンの望みを尊重して、戦争が起こらず、人々が平和に増え続ける世界を維持しているのよ。冒険者ギルドを介してね」

 

 ルナの最初の問いを、ファラキアはその様にして締めた。

 

 ムクロもルナも、そしてレイテも。それを言うまでの間はファラキアに注目していなかった。

 だから、誰も気づくことはなかった。『最小存続可能個体数』という言葉が出たときの、ファラキアの表情に。

 

「さて。本題に戻るぞ。帝国の皇太子も、王国内の反乱勢力も、王女殿下も。今の安定した状態を崩そうとしている。特に喫緊は王女殿下だ。ギルドが憲章違反の戦力を持っていることを突きつけられた場合——」

「問題は無いわ」

 

 ムクロの問題提起に、ファラキアは手を振って答えた。目の前を飛ぶ羽虫を追い払うような仕草。

 

「今の世の中で、戦力である証明はステータスの有無とレベルの高低でしかない。いくらでも言い抜けられるわ。それに万が一、それでも何らかの影響力を行使しようとするならば」

 

 ファラキアは偽銀色の瞳を煌めかせて言った。

 

「全部始末してしまえば良い。王女も、反乱勢力も、皇太子も」

 

 ルナは、その物騒な言葉に表情を強張らせた。レイテは我関せずといった調子を貫き。

 ムクロは苦笑し、それからひとつ提案した。

 

「王女殿下の動きを止めるのにそこまでする必要はねぇよ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 現実の時間の中で、追想はほんのひと時で済んだ。

 ムクロを下劣な品性と呼んだアストへと、彼は笑いかける。

 

「王女殿下がオレを気に入ってる? それは誠に光栄だな」

「勘違いはしないでいただきたい。それはギルド監査局員という立場の中で――」

 

 ムクロを睨みつけながら言いかけるアスト。

 対してムクロの側は立ち上がり、アストへと詰め寄る。この女を通じて、マルグリテへと楔を打ち込むと決めていた。

 

「だが、オレとしちゃあアンタのことが気になってるんだ」

「なっ――」

 

 更に一歩踏み込む。個人的空間に入りこまれたアストは反射的に一歩引く。

 その鼻先に、ムクロは一輪の花を差し出した。

 この部屋に通される途中の廊下に飾られていた茎椿(スキャメリア)の赤い花。

 

「どうだい? 今晩一緒に食事でも」

「離れて下さい」

 

 アストは冷たい声で拒絶するのと同時、差し出された花を手で払う。

 花弁を散らして床に落ちる花を見ながら、ムクロは苦笑する。

 

「酷いことするな。あんたの髪によく似合うとおもったんだが」

「なにを――」

 

 言いかけて。アストの表情が変わる。

 

 パサリと。その翠緑色の髪が頬へと落ちた。

 髪留めで後ろに束ねられていたはずの彼女の長髪が降ろされたのだ。

 

 当然、彼女自身の意思ではない。

 王国社会で一定以上の社会階層にいる女性にとって、髪を降ろした姿を見せる相手は家族かあるいは、親密な男性のみに限られる。

 

 アストの髪留めは、いつのまにかムクロの手の中にあった。どうやって、いつの間にと混乱するアストに向かって、ムクロが解説する。

 

「なんてことはない。花に注目を向けさせて、その間にコイツを拝借した」

 

 言って、髪留めを差し出すムクロ。屈辱と羞恥に顔を歪ませて、アストはひったくるようにその髪留めを受け取った。

 抗議の言葉を紡ごうとする彼女に、ムクロが言葉を被せる。

 

「そしてコレは、()()()()()()殿()()()()()()

 

 アストの表情が凍りついた。ムクロは思う。やはりマルグリテより余程、素直な子だと。

 

「オレにとって最大の警戒を要する相手である王女殿下を、常にオレの前に置く。オレは警戒せざるを得ない。何を探られているのかとな。その間にアンタらは犯罪者の摘発を行う。ギルド職員の立会に基づく正式なものだ。()()()()()()()()という形で、アンタらは堂々と、()()()()()()()()()()()()

 

 ダンジョンから外へと魔具を持ち出すのには、何段階かの手順を踏む必要がある。それは厳重なものだ。いくつかの手管で掻い潜ることはできるが、それより余程楽に魔具を手に入れる方法がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「監査騎士団内に裏切り者がいるって話。それも嘘だろう? きっちり粛清をした監査騎士団に、そうそう裏切り者がいるはずもない。こっちがそう思い込んでいるのを良いことにそういうことにした。実際はアルノーで死んだ冒険者達。その口封じをしたかったのは監査騎士団の総意だ」

 

 推理だけではない。大陸世界全土にその影響力を持つ冒険者ギルド。その諜報網は裏付けをとっていた。

 

「アルノーで死んだ冒険者パーティ『輝ける道』。リーダーのルークはかつて監査騎士団入りを目指し……そして選ばれなかった。だが、ルークは王女殿下との拝謁の栄に浴し――まあ、アンタなら知ってるだろう?」

 

「……っ」

 

「ルーク達は()()()()。アルノーの横流し事件の()()()()()。横流しをさせた帝国。横流しをした王国反乱勢力。そして横流し品を奪った監査騎士団。そして監査騎士団はルーク達の口からギルドにそれが伝わるのを防ぐために、殺した」

 

 結局のところ。関わった全ての勢力がドロップアテムを違法に収集していたのだった。

 唇を噛み、屈辱に顔を赤くし、表情を強張らせるアスト。

 

 その表情にムクロは満足を覚える。嗜虐趣味ではない。実のところ、ギルドの調査でも監査騎士団が黒だという証拠は挙げられなかった。

 

 だが。真実を証明できずとも、真実であると知っているならば。そして相手が()()()()()()()()()()()()ならば。それは手札として切るだけの価値へと化ける。

 

 マルグリテであったらば、こうはいなかっただろう。余裕の微笑みで受け流し、ムクロ達の確信を揺るがせる動きをしたはずだ。 

 

「あんた、本当にいい女だな、アスト・リゥム」

 

 実に都合の良い女だった。

 アストの実質的な自白の如き反応により、冒険者ギルドは「監査騎士団による魔具の違法所有」という事実を「公表しない」という形で、証拠なくして強力な手札とすることが出来る。

 

 もう一手、追い詰めるべきか。ムクロがそう考えているとこで、彼のものでもアストのものでもない声が部屋に響いた。

 

「あまり私の副官をいじめないで下さるかしら。ムクロ・スパルダ」

「ああ。王女殿下。失礼、あまりに副官殿が可愛らしいもので、つい」

 

 いつの間にか部屋へ帰っていたマルグリテが、あえて穏やかにムクロをたしなめた。

 そしてムクロもあえて慇懃無礼に、マルグリテに対して頭を下げた。

 

 赤面し、髪を降ろした女と、それに詰め寄る男。

 構図だけ切り取れば、濡場を抑えられたかのようなそれ。

 

 事実として。双方の言動如何によっては、直ちにそこには濡場が現出する。

 この場を濡らすこととなる体液の色は――無論、赤。

 

 犯罪組織の摘発に向かう直前であった故にマルグリテは装甲しているし、手には処刑刀が握られている。

 

 ムクロの腰にも、剣が佩かれている。

 

 双方がその緊張を次の段階へ進めようとした直前。

 

 部屋の扉が激しく叩かれる。

 

 

「入りなさい!」

 

 その乱雑な様子に、マルグリテは直ちに緊急事態の発生を感じ取った。

 ムクロとの緊迫を一時棚上げし入室を許可する。

 

 国内最強・最精鋭の騎士団員に相応しくない動揺ぶりで、慌ただしげに扉を開いた監査騎士団の伝令は、告げた。

 

 

「違法魔具取引の摘発に向かった先発隊――()()()()()()!」

 

 




次話「2章 第9話 魔手は地上に伸びにけり」
26/5/14(木)20時投稿
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