その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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2章 第9話 魔手は地上に伸びにけり

 報告を聞いたマルグリテの行動は迅速だった。

 ムクロとの緊張状態を棚上げするとすぐさま居室を飛び出し、詰所内の騎士たちへと指示を飛ばす。

 

「六小隊はわたくしと共に出撃! 残った小隊は臨戦待機! 一小隊は衛兵団詰所への連絡役! 非番の騎士も招集してくださいませ!」

 

 そして、マルグリテは衛兵団との連絡役となる小隊指揮官を手招きすると、何事か耳打ちをする。

 

 飛び出したマルグリテを追ってきたムクロは横目でそれを観察し、おそらくは連絡役というのは名ばかりで、監視役というのがその小隊の実際の任務なのであろうと推測した。

 

 王国衛兵団内部には目下、反乱勢力が一定数いると目されている。

 であれば先発隊壊滅が、マルグリテの手勢を一ヶ所に集めるための陽動作戦である可能性が捨てきれない。

 

 あるいは更に小さな可能性ではあるが。事件発生に対する警備の名目で衛兵団を各所に配しての反乱実行すら、無いとは言い切れない。

 

 いずれも可能性の話。しかし、マルグリテ・セヴェリナは備えを怠る愚を犯さない。

 

「現場の封鎖は衛兵団に依頼しますわ。我々は四方向から敵拠点を包囲。突入はわたくしを含めた三小隊で実施します。行動開始!」

 

 そうして、すぐさま出撃態勢が整えられ、マルグリテの号令一下に監査騎士達が動き出す。

 何も言われずともムクロはマルグリテに同行し、マルグリテもムクロを拒絶しなかった。そもそもがギルド職員として立会の名目でムクロは監査騎士団と行動をともにしている。——髪留めを戻したアスト・リゥムだけは、複雑そうな視線をムクロに送ってきていたが。

 

 マルグリテ達は馬車に乗り込むと、短時間で作成された報告書を読みつつ敵についての状況推察を行う。

 同乗することになったムクロはそれを聞くともなしに聞く。

 

「『探魔(たんま)銀盤(ぎんばん)』によれば犯罪者の数は三十五名。一方、我が方は一個小隊十二名。入口に二名を残して突入し一挙に制圧するつもりが、瞬く間に突入した者の反応が消滅。その事態を伝えるべく入口に残ったうちの一名が離脱。離脱援護のために残った一名の生存は……絶望的ですわね」

「我が方への人質として使われる可能性もありますが」

「その際は()()()()となりますわ」

「承知しました」

 

 マルグリテの語る人命優先が多数を生かすために少数を犠牲にするという意図であることをアストは重々承知していたし、聞いていたムクロもまたマルグリテの性格と文脈から同じ意図を掴み取った。

 残った騎士が人質にされていた場合は見捨てるという決定がさらりと成され、状況推察が続く。

 

「突入要員は全員が『黒の重甲冑』を装備していたはず。五連発式の『鉄弓』程度では太刀打ち出来るはずがありません。となると――」

「こちらの想定を超える魔具による攻撃。あるいは、用心棒として上級冒険者でも雇ったかのどちらかですわね」

 

 続くマルグリテとアストの会話を聞きながら、ムクロは馬車の窓から王都の町並みを眺める。

 彼の目に映るのは、呑気そうに歩く王都民たちと、どれも同じような形をした建築物。ダンジョン産の組立式ドロップアイテムである規格化建築は、今やどの都市でも見ることが出来る光景だった。

 

 彼自身が乗り込んでいる馬車もドロップアイテムだ。馬への負担を抑え、振動を軽減する機構が組み込まれた馬車。その仕組を誰も理解しないまま、便利であるからと使われている。

 ダンジョンからのドロップアイテムに、人々がどれだけ頼り切っているのかが突きつけられるひととき。

 

 そんな。ともすれば悠長なことを考える時間的な余裕がムクロにはあった。

 迅速な出撃準備に比していささかのんびりと感じられる馬車での移動。

 

 監査騎士は例外なく、高レベル、高ステータスであり、脚力も優れている。馬車に乗るよりも走って向かったほうがよほど早く現場に辿り着けるはずである。

 

 だがマルグリテはそれを選ばなかった。

 

 その理由をムクロは推察することができる。

 表の理由ふたつと、裏の理由ひとつ。

 

 ひとつめに、地上に出るとステータスが低下し、時間とともに、そして力の行使とともに低下量は増えていくから。ゆえに、戦力を温存するため。

 ふたつめに、王都の中を武装した監査騎士が走り抜けるという光景が民を不安にさせるから。

 それらが表の理由。そして最後の裏の理由。

 

(この女、あわよくば衛兵団を盾にするつもりだ)

 

 先に衛兵団に現場に到着してもらい、被害担当となってもらうこと。それがマルグリテ・セヴェリナの狙いであるとムクロは見た。

 

 もとより王国の捜査機関の中で衛兵団は盾、監査騎士団は矛の役割を担っている。

 だが衛兵団の中に反乱勢力が潜んでいるという状況下。

 

 監査騎士団の損害を抑えて、敵情を知ることができるのも、衛兵団に損害が出て、その中に含まれるであろう反乱勢力側の人員を削れるのも、マルグリテにとっては利益にしかならない。

 

 衛兵団の過半数を占めるであろう、勤勉にして実直な、陰謀とは無関係の者たちが多く死ぬかもしれないという事実にさえ目を(つぶ)るのであれば。

 

◆ ◆ ◆

 

 結論から言えば。マルグリテの目論見は空振りに終わった。

 

 彼女と彼女の部下である監査騎士たちを乗せた複数の馬車が現場に到着したとき、王都複数箇所の詰所から出撃した衛兵団たちは現場の包囲を完了していた。

 この点は彼女の意図したとおりである。

 

 だが、衛兵が包囲を完了させるまでの間に、犯罪者たちからの攻撃は無かったようだ。

 

 現場は解体予定のまま放棄された古い倉庫であった。

 入口はひとつ。もとは透明だったろう硝子窓はあるがいずれもいまは薄汚れていて中の様子は窺えない。図面によれば特に部屋は分かれておらずぶち抜きの一部屋からなっているとのこと。

 

 大盾を構えた衛兵たちが、グルリとその倉庫を包囲している。

 突入は監査騎士団が担うと伝えてあったため、衛兵団側から仕掛けることはしていない。

 

「監査騎士団長のマルグリテ・セヴェリナですわ。状況は?」

「は! 我々衛兵団は周囲の包囲を完了! 犯人を刺激しないようにとの伝達がありましたので投降勧告などはしておりません! 『探魔の銀盤』によれば中には三十五名が潜んでいるようです!」

 

 マルグリテの質問に、緊張した様子で衛兵団の指揮官が答える。

 

「内部の様子はこちらの『銀盤』と一致している……。逃げ出した者もいないようですわね」

「現場に残った騎士が敵を一人殺し、自身は人質となったという可能性もあります」

 

 マルグリテの推測にアストが補足を入れる。

 その直後であった。アストが示した可能性への回答が出たのは。

 

 硝子の割れる音が響き渡り、倉庫の中から何かが放り投げられる。

 とっさに、アストが手に持った盾でマルグリテを庇う。マルグリテもまた、自身の持つ処刑刀を掲げ頭部の守りとする。

 

 衛兵団や騎士達も同様に守りの態勢に入った。

 

 その後ろで、ムクロだけがぼんやりと立ち尽くしていた。

 正確には。優れた動体視力によって、倉庫の中から放り投げられたものがなんなのか気づいたがために、守りを固める必要を感じなかったのだ。

 故に、彼が一番最初に気がついた。

 

「中にいるのは全員が犯罪者で間違いねえみたいだな」

 

 ムクロがそう言うのと、安全確認が済んで、投擲物(とうてきぶつ)をつぶさに見た者たちがうめき声を上げるのはほぼ同時だった。

 

 倉庫から放り投げられたのは、兜。

 十一の兜。

 『黒の重甲冑』の兜である。()()()()であることは、切断された首から流れ出る血から明らかであった。

 

 うちひとつの兜は、胴体から切り離される際に機能を損ねる程に損壊したのだろう。壊れたドロップアイテムの常として灰化し、その中身が露わとなる。

 

 見守る衛兵や監査騎士たちの前で、苦悶の表情を浮かべた生首が転がった。

 

「突入計画を伝えますわ」

 

 その生首をチラリと見やり。マルグリテは静かに言った。声も。表情も冷静そのものに。

 

()()()()。わたくしを除く監査騎士団総員にて炎の矢(サギッテ・イグニ)を発射。中の奴ばらを倉庫ごと焼き殺すことにいたしましょう。生き残りがいれば『瀑布(ばくふ)の鉄弓』にて一斉射撃。射線が被らないようにだけ注意してくださいませ」

 

 虎の子を得ようとするならその巣穴に踏み込む必要もあろうが、虎の親子を殺すためであれば、わざわざ巣穴の中へと入らずとも良い。

 権力勾配の高い側に立ち、装備に優れ数に勝る側による、容赦も油断も無い殲滅戦が宣言された。

 

(合理的な姫様だ)  

 

 ムクロはマルグリテの合理性を内心で賞する。冷徹に命じる彼女が、手が白くなるほどに強く処刑刀の柄を握っているのを見ながら。

 

 既に強引な突入で十一名を失っていることもあり、建物内での乱戦をマルグリテは選ばなかった。

 

 炎の矢《サギッテ・イグニ》で焼き殺せればそれで良し。

 それで片付かずとも、戦場が作れる。

 

 監査騎士団の制式採用主力魔具である『瀑布の鉄弓』は、開けた場所から距離をとり、包囲して使用することで最大の効果を発揮する。

 遮蔽物たる倉庫を焼いてしまえたならば。マルグリテらにとって有利な戦場が炎の中から創出される。

 

 建造物破壊は王国法で罪である。放火もまた然り。殺人に至っては言うに及ばない。

 

 しかしマルグリテ・セヴェリナにはそれが出来る地位がある。

 王国第一王女にして王国監査騎士団団長。彼女を人殺しと(そし)ることが出来る者がいたとして、彼女を人殺しとして断罪できる者はいない。

 

 更にマルグリテ・セヴェリナには彼女のその(めい)に従う部下がいる。

 この場に集っただけでも監査騎士団六個小隊および副官アスト。総勢七十三名。否。総勢八十四名。うち、殉職者十一名。

 

 そしてマルグリテ・セヴェリナにはそれを命じる覚悟がある。

 嗜好ゆえか。信念ゆえか。余人にそれは測り難くも。彼女の命令には常に一切躊躇が無い。

 

 監査騎士団の面々が口にする「炎の矢(サギッテ・イグニ)」との発動句(アクトゥ・ヴェリス)が、あたかも鎮魂(ちんこん)を願う挽歌(ばんか)の様に響き渡り。

 発動した魔法が倉庫の開口部へと次々に吸い込まれていく。

 飛び込んだ炎弾はすぐさま引火し――。

 

 その時。ムクロは馴染みのある疼痛を感じ、そして更に殺気と()()()()ひとつの気配を読み取る。

  

「全員伏せろ!!」

 

 叫ぶと同時に彼はマルグリテとアスト、手近にいた二人を掴んで地面に引き倒す。

 

 倉庫の中から、光が溢れる。

 爆発ではない。爆発と見誤るほどに無数に放たれた光の刃であった。

 

 光刃(こうじん)は炎を吹き飛ばし、倉庫の壁を微塵に砕き、包囲していた衛兵団と監査騎士たちを切り刻む。ステータス持ちに特有の、体力値が削られた破硝音(はしょうおん)が響く。無数に。

 

 斬撃を追うように哄笑が響き渡る。

 

「ハハハハハッ! 出来ると思ったか? 叶うと思ったか? 終わると思ったか? ちまちま炎の矢を飛ばして? チクチク『鉄弓』で叩いて? この俺様を殺せると思ったのかよ有象無象の騎士さまよォ!!」

 

 その音源は、一瞬にして瓦礫の山と転じた、倉庫の跡地に立つ一人の男。

 顔は仮面で覆われ、面相は定かではない。

 だが唯一晒された口元はよく回る。

 

「仕方がねぇな、仕方ない! 俺がいるとは知らなかったもんな? おうおう、頭をこすりつけて。反省したやつは許してやる。俺を舐めた罪を許してやる。棒立ちだった奴らは死んでるな? 許してやるよやるともさ!」

 

 だらりと構えた曲刀は明らかにドロップアイテム。埋め込まれた魔石が多いことを見るに、相当に高位のもの。

 男の周囲には、瓦礫のかげに潜み、『鉄弓』を構える犯罪者達。彼らもまた覆面で顔を隠している。面相を隠しているのは、この場を生き延び、のうのうと社会の中に戻ろうという意思の表われ。

 

「だが残念! 俺が殺そうとして! それで死ななかった! 無礼だよな? 非礼だよな? 罪が重加算で判決は……死刑! 俺様みずから処刑だ処刑!」

 

 男が放った光刃により、炎ごと、倉庫ごと。殆どの者たちが斬り殺されていた。

 衛兵団は全滅。

 構えていた大盾ごと切り裂かれ、灰化したそれに血が滲み込む。

 監査騎士団は流石というべきか。半数ほどがとっさに地面に伏せたことで助かっている。

 だが、もう半数は死亡。

 切り裂かれ機能を停止した『黒の重甲冑』が灰化し、主の身体を隠すことを最後の役目としていた。

 

 生存したうちの一人。ムクロに引き倒されたアストが即座に態勢を立て直し、マルグリテを庇うように立ちながら魔法を発動する。

 

鑑定(クラ・ヴィジオ )! ――レベル75! 手に持った魔具は『破裂(はれつ)刃将(じんしょう)』! 一等級武装です!」

「レベル75の『破裂の刃将』持ち。該当する冒険者が一人いますわね……『笑う曲刀』の二つ名を持つ帝国の上級冒険者!」

 

 生き残りの監査騎士たちにチラリと目配せを送ってから。マルグリテはすくりと立ち上がり、処刑刀を構えて喝破する。

 あえて目立つように。注目を自身に集めるため。

 

「なんだなんだ、なんだそりゃ! ダッセェ仮面まで被ったのによ! 無駄じゃんバレてら! ツラいねぇ! 有名人はツラいねぇ!」

 

 曲刀を持った男は仮面を放り捨てる。口調を裏切らぬ軽薄な顔立ち。

 そうしてマルグリテを見て。わざとらしく目を見開いて見せる。

 

「聞いてた通り! 聞いてた以上に! 想像よりも! カワイイ子じゃんマルグリテ! あんたは恩赦だカワイイからな! やっぱ俺って慈悲深ェ! 隣の子もカワイイじゃん! おっぱいデカいね揺らしてェ!」

 

 露骨に性的な視線で舐めるように見られて。マルグリテは凛とした態度を崩さず。アストは蔑みを露わにした。

 

「そう俺様こそが上級冒険者! 『笑う曲刀』ブルッカ・カルドント! 上でも下でも剣の扱いメッチャ凄いぜ? お姉ちゃん達どこ住み? 宿来る? ()()()()()?」

 

 右手に持った剣と自身の腰を同時に揺らして笑う下品極まりない男――帝国上級冒険者ブルッカに対して。

 マルグリテは鈍色(にびいろ)に輝く処刑刀の切っ先を突きつけた。

 

 

「墓碑銘として刻む名前を教えてくださって、ありがとう存じますわ。――()()()()()

 

 




次話「2章 第10話 装甲王女が求める刃」
26/5/18(月)20時投稿

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