その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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3章 第1話 業の始まり追憶で

【ギルド憲章 第五条】

 冒険者ギルドの職員は公正な運営を支える役割を担う者である。

 職員は冒険者の安全と依頼遂行を支援する者として誠実さと公平を旨としなければならない。いかなる場合においても権限を濫用してはならず、冒険者、依頼主、ならびに後援国家からの信頼を守る責務を負う。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 灰色をした狼が三頭。ムクロに向かって駆けてきた。

 それを見据えると、彼は片刃剣――ローゼンクロイツによって鍛造された一振りを構える。

 

「おい! ムクロよ!」

 

 警戒を促すのは師であるハスターの声。それをしっかりと聞きながらも無視して、ムクロは剣を振るった。

 灰色の狼の体高は低い。それに合わせるように刃を低く薙ぎ斬る。

 

 

 片刃剣術は基本技のひとつ、『脛斬り』が崩し。

 

 その一撃の軌道は三頭すべての頸部を走っていた。

 

 三つ、狼の首が落ちる。

 

 普通の獣であれば血が吹き出すところ、そうはならず。狼はそのまま灰となり、そしてその灰もまたすぐに散った。

 

「やっぱり普通の狼を斬ったときとは感触が全然ちがうや」

 

 狼を斬り殺したことで、この洞窟での例に漏れず何らかの魔法が自分にかけられるのを感じる。それを即座に『魔法妨害』で打ち消すとムクロは剣を鞘へと収めた。

 

「わざわざ斬る必要などなかろうに。きゃつらは『魔法妨害』で崩れるのだぞ?」

 

 警告を無視されたハスターが呆れたように言う。常の通り、古風な口調。

 

「僕だって僕なりに考えてるんだよ」

 

 不貞腐れながらも、柔らかい口調でムクロは答えた。二十を過ぎた齢にしてはいささか幼く響く声。

 

 そんなムクロの首筋に、アルギッタが後ろから飛びつく。

 

「んんー? 何を考えてるのかなムクロくんはー?」

「は、離してってばアルギッタ」

 

 ムクロは頬を赤らめた。

 アルギッタとはすでに何度も肌を重ねた仲だったが、こうやって昼間にくっつかれるとどうしても照れてしまう。

 そのムクロの慌てようが楽しいのか、近頃はなにかにつけてくっつきたがるアルギッタの態度が、ムクロはどうしてもくすぐったく。そして愛おしかった。

 

「いずれ『魔法妨害』で崩れない――ローゼンクロイツ老は『モンスター』と呼んでいたね。そんなモンスターが現れたときのための備えだね、ムクロ」

 

 穏やかに、グラウがムクロの考えを説明してくれる。ムクロはどうにかアルギッタを引き剥がしながら、グラウに向かって頷いた。

 

「人間相手の剣術とモンスター相手の剣術は違うからね」

 

 対人剣術は、自分と同様の手足・骨格を持った者を想定して最適化された術理である。たとえば先程の狼相手であれば、人間に対するのと同じ上段への斬り込みなど無為にも程があろう。

 

 どうにか自分の剣術をモンスター相手にも通用するように最適化しなければならない。最も若いながらもこの一行の長を任せられたムクロは責任感に満ちていた。

 

 

 

 突如として現れた異形の生き物によって、都市国家ギーデインは大きな混乱に見舞われていた。

 その解決を委ねられたのが、賢者ローゼンクロイツによって集められた、大陸屈指の魔法使いたち。

 当然、魔法使いの常として、ひとりを除いて全員が武術の達人である。

 

 片刃剣使いの青年、ムクロ・スパルダ。

 その武術の師にして剛槍の使い手、ハスター。

 回復魔法を得意とし、鉄棍を操る法師、グラウ・ウル・ルルケ。

 賢者ローゼンクロイツの愛弟子にして、懸絶せし魔法使いアルギッタ・ギーデイン。

 

「でもまさか、私の地元にダンジョンができるなんてね」

 

 その黄玉色の瞳を輝かせて、アルギッタは言った。

 彼女はこの都市国家を治めるギーデイン家に魔法の才を認められて養子となった身である。

 言うならば祖国の危機。であるのにも関わらず、アルギッタは楽しげであった。

 

「ダンジョン? ああ。この洞窟のことであるか」

「ローゼンクロイツ老が話すおとぎ話に出てくる洞窟、あるいは迷宮の名前だね。確かに、そのものズバリといったところだ」

 

 賢者ローゼンクロイツの手により、都市国家ギーデインを騒がす異形の生き物の出現元が特定された。

 それこそが、いまムクロたちが潜っている洞窟である。

 様相についての報告を受けたローゼンクロイツは命名した。それはダンジョンであると。更には。

 

「そうそう! ステータス・オープン!」

 

 アルギッタは叫ぶ。すると、半透明の板状のものが虚空に現れた。そこに記された文字を示して、彼女は面々に向かって興奮した様子で話しだした。

 

「レベルに経験値、体力値や魔力量! お爺ちゃんの物語に出てきたステータス・ウィンドウそのものよ!」

 

 『魔法妨害』でモンスターを灰にした際には起こらない現象であるが。

 

 剣などを用いてモンスターを殺害した場合、この『ステータス』なるものが付与される怪現象が発生していた。

 モンスターを多く殺傷するほど、経験値なるものが付与され、『レベル』なるものが上がり、『ステータス・ウィンドウ』に記された数値が加算されて、比例するように身体能力も上がる。そういった報告もまた幾例が上がっていた。

 

 突如与えられた、天の恵みと受け取る者もいる。

 だが、まともな理性を持つ者たちはそれを不気味に感じた。

 当初は楽しげに興奮していた賢者ローゼンクロイツも、次第に訝しむ様になり。今ではなにか非常に焦った様子でいる。

 

 ムクロ達もまた、その『ステータス』なるものを危険視する側だった。

 唯一の例外はアルギッタだけである。

 

「アルギッタ! まだそれを消してなかったの!?」

「どんな魔法かも分からない。すぐに妨害をかけて消すべきだと思うよ」

「然り。もしかしたらばそのうちに、あの狼や緑の小鬼に変えられてしまうかも知れぬぞ」

 

 口々に非難されて、アルギッタは不承不承といった風にステータス・ウィンドウを、それをもたらしている魔法ごと消した。

 

「レベル上げ、絶対にとっても楽しいのに……」

「――調査の結果、危険性が無いと証明されれば、良いかもしれないけどさ」

 

 自分と同じ楽しみを共有してくれないことに対して、アルギッタがムクロを甘く(えん)じた様に睨む。

 その様に、ついつい視線をそらして限定条件付きの同意をしてしまうムクロ。

 ハスターはそれを見て仕方がないと苦笑し、グラウはやれやれとばかりに首を振った。

 

「やたー! そうと決まればダンジョン攻略よ! いざ行かん! 共に冒険へ(ヴェントラ・コミナ)!」

 

 ムクロ達のダンジョン攻略は順調に進んだ。

 『魔法妨害』で倒せぬモンスターはついぞ出現せず、ムクロたちは腕試しとばかりに自らの武技を以ってそれらを屠った。

 

 そのひととき、そう。彼らは()()()()()()()()

 ステータスこそ拒絶したものの、徐々に強くなる敵を打倒し、ダンジョンを攻略しているという実感に。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 黒い鎧をまとったような姿の、無数の巨大な蟻をムクロの剣閃が割いて進み。

 それを更に巨大化させたかの如き人形の生物はグラウの鉄棍で粉砕された。

 更に奥にあった広大な空洞には、伝説の竜を思わせる生物が控えており、吐き出す火炎に手こずったものの、ハスターの剛槍により打倒された。

 

 だが。結局、彼らは敗北した。

 

 ただ一体の『端末』によって。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 それは、ヒルに似た虫だった。

 敗北したムクロたちの耳から、その虫は入り込む。

 脳の中へと。

 

 地面に転がりグラウが、ハスターがもがき苦しんでいた。己の中に入り込んだそれを掻き出そうとでもするかのように、頭をかきむしる。

 そして、アルギッタ。ムクロの愛した女は。

 

 だが、ムクロには他者を気遣う余裕などなかった。

 彼もまた、脳を犯す、いや脳を作り変えるその苦しみに見舞われていたから。

 

(痛い! 壊れる! 壊せない! なんだこの個体(ぼく)は!? )

 

 自分の思考と重なる、自分のものではない思考。

 あるいは自分の思考を利用する、別の何者か。

 

(壊れる! 復元される? 可能性提示。事例参照■■■暦、うるさい!)

 

 どこまでが自分の考えなのか。どこからが異物の考えなのか。定かならぬそれが脳の中で荒れ狂う。

 

(そんな故郷(ほし)のことなんて知らない! 識閾下での魂魄魔法の行使。跳躍した体系転換をもたらす可能性個体(ぼく)。類似事例参照)

 

 ムクロは違和感を覚える。

 ムクロに違和感を覚える。

 主観がどこにあるのか、己とは何なのかすら判然としないその思考の濁流の中で、ムクロは戻りたいと望む。

 

(発動年を起点に約480年前の■■■■の発見。僕は。■■史上三例。貴重。危険。保護。ぼくはぼくだ。人格の強制復元。生理学的端末化成功、失敗――アルギッタ! 君は!)

 

 

 

 その日、ムクロ・スパルダは仲間と共に『端末』化された。

 だがなぜか、彼だけが元の意思を残した。

 朦朧とした意識のまま、ダンジョンを後にし。

 自分の頭の中に、『端末』が任務遂行のために必要な膨大な量の知識が焼き付けられていることに気づいた。

 

 

 彼は敵の存在を知った。

 敵はいる。

 

 この宇宙の果て。暗い宇宙の森林を超えた先に。高度に進歩した魔法文明を築いて。

 

 

 彼は敵の歓喜を知った。

 敵はたどり着いたのだ。

 

 魔力がある限り、物理的に起こり得ることを、全て起こし得るという魔法と科学の閾値を超えた領域に。一個の生命が生み出し得る熱量が、二個以上の生命の一生を賄える域へ。敵は増え続けることができる。空間が許す限り。 

 

 

 彼は敵の恐怖を知った。

 敵は気づいてしまった。

 

 空に煌めく星々の中に、別の恒星系に、自分たちと同等に発展した文明が存在した場合。起源を異にする二者が出会ったときに、相容れない可能性に。

 そして双方ともにあらゆる物理現象を行使できる状態では、先制攻撃した側が一方的に勝利し得るということに。

 次の瞬間には自分たちが絶滅しているかも知れないという現実に。

 

 

 彼は敵の目的を知った。

 敵は備えている。

 

 敵の敵たる存在が生まれ得ぬように、自分たち以外の魔法文明の発展を妨げんとしている。

 同時に増やし利用しようとしている。

 敵の敵たるが現れたときに、先制飽和攻撃を行い得るだけの魔力量を確保するために。

 

 

 彼は敵の脆弱を知った。

 敵そのものはここにはいない。

 

 彼らの母星から放たれた恒星間攻撃魔法によって生み出され、自律思考し文明の停滞と魔力搾取を行う、合理的にして不合理な機械知性こそが侵略の実行主体だということを。

 

 

 

 

 その日から全てが始まった。

 

 彼方(かなた)から来たりしモノに対する当方(このかた)の者として。

 ギルド職員なる身分を隠れ蓑とし、男は戦い続けている。

 敵が、世界を支配せんとしたために。

 

 彼は本日に至るも未だ残りし――(ごう)の中にいる。

 

 

 

 




次話「3章 第2話 ギルド戦力 敗北す」
月曜20時更新予定
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