その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
冒険者ギルドがダンジョンの意向に迎合する形で志向し、王国、帝国、都市国家群を構造に組み込んで成立させた大陸世界の安定。
その安定下で王国反乱勢力なるものを糾合したのは如何なる男か?
帝国が皇太子、ギルゼリオ・リーグルが如き傲慢を身に宿すのか。
王国が第一王女、マルグリテ・セヴェリアが如く覇気に溢れるのか。
ギルドが長、ファラキア・エルフが如く精緻なる策を弄するのか。
「状況は、どうなっておるか」
その男は報告員へと尋ねた。
「『支援者』の手配により監査騎士団の動きは止まりました。しかし目下、最大の問題は実働部隊の士気低下です」
「そうなるであろうな」
報告員の言葉に、重々しく応じたのはグルンド家の当代当主グルンド
彼こそが王国反乱勢力の首魁であった。
彼がどんな男であるかと問われ答えるのであれば。
自分に都合よく考える側面はあった。だが盲目とまでは行かなかった。
野望を抱いてはいた。だが身の丈には合っていなかった。
優秀な男であった。だが極めてとは言い難かった。
グルンド迷宮伯は、若い頃から勤勉で知られた男であった。
領地内に複数のダンジョンを領有することを示す迷宮伯位は、王国内の貴族の身分の中では上から二番目に位置する。上にあるのは更に多くのダンジョンを有する迷宮大公、そして王族のみ。
そんな迷宮伯としての地位を継ぐ者として相応しくあるべく、彼は勉学に励んだ。一時期ではあるが冒険者ギルドの職員をつとめていたこともある。官僚としての技量を鍛えるのに冒険者ギルドより優れた場所はない。
そして彼は努力の末。父親より迷宮伯としての地位を受け継いだ。
当初非常に意気込んでいたグルンド迷宮伯ことダサイクル・グルンドであったが、すぐに気づくことになる。
迷宮伯としての地位を得たとて、必死の勉学で得た知識を活用せずとも物事が回ることに。
五〇〇年の安定の中で、ギルドと協調して組み上がったダンジョンおよび領地の管理機構は洗練されており、その規模と歴史から考えれば驚くほどに汚職や腐敗の少ない冒険者ギルドが官僚機構を担っていることで改善・改革の余地もまたほぼ無かった。
あえて言うのであれば、ダンジョンへの冒険者流入の活性化のための税率の変更や、領地の物流改善があったが前者については絶妙な均衡で設定されているものであり、後者については領地内はともかく領地外への接続は国に諮って行っていくしか無い。
それら細々とした出来ることを行ったとて。
グルンド迷宮伯の地位は上がりようもなく、評価もまた絶賛されるとまでは行かない。
グルンド迷宮伯は勤勉さ故に求めてしまった。我が身の勤勉さに足るだけの何かを。
卑近な言い換えをするのであれば。
俺はもっと評価されるべき人間だ! という叫び。
あるいは。その迷宮伯位なるものが最初から与えられると決していたのが彼の不幸であったのか。
市井の平民として生まれたらば、例えば冒険者になるなどして実力で人生の階段を登っていく実感を味わい得ただろう。
グルンド迷宮伯ことダサイクル・グルンドは、階段は登り得るし作り得るはずなのに上に行けないという状況から脱するべく、天井を壊すことにした。
「我々の目標は、現王室の排除ならびに、マルグリテ王女殿下をグルンド迷宮伯の妻として迎え入れることでの支配の正当性の継承でしたが——先の監査騎士団排除が裏目に出ました。
「彼女と、彼女を象徴とした現王室に弓引くことに
「ご明察です」
天井の破壊。即ち、現政権の打倒。
その過激思想はすぐさま生まれでたものではない。
安定した政体とは、身分の跳躍を許さないものであり、グルンド迷宮伯と似たような鬱屈を抱えている者たちが多く存在した。
最初、誰もが集まる場での愚痴交じりの談笑で共有されたそれは、次第に限られた者を集めた口角泡を飛ばす激論になり。そして行動に賛同する者たちの密かな陰謀となった。
過激な夢想の現実的な暴走への発展は、『支援者』の手配によりドロップアイテムが横流しされ手元に武装が集う様になってから加速した。
「元より、限られた人数による反乱計画で、それがために魔具の質を向上させようとの横流しでしたが――」
「このままではその限られた人数の確保すらままならない。更には国民人気の高いマルグリテ王女殿下を妻に迎え入れたとて、単なる傀儡として奥に押し込めておくことにも不満が出ると」
「はい。王族の生き残りが王女殿下のみとなれば、国民は殿下の女王即位を望むでしょう。それを是とするならばグルンド様は王配に留まり権力からは遠ざかり、非とするならば不満を抑え込むだけの力が必要となりましょう」
ダサイクル・グルンドは唸った。
彼が動かせる実働部隊は、衛兵団や冒険者の不平分子から成っている。奇襲であれば王宮の警備を突破し、王族を処分できるだけの戦闘力はあると目されるが、王都全域の重要施設を占拠するには程遠い。
実効支配の維持による権力奪取は不可能と言える。
よって取れる手段は。
邪魔な王族を処分した上でマルグリテと結婚することによる速やかな名目的支配の確立だった。無論、王族処分の理由としての醜聞や不正については捏造の準備を整えている。
名目的支配を行い、冒険者ギルドに『後援国家』としての連続性があると認められれば。冒険者へのクエスト依頼という形でその後の戦力は調達できる。
だが、今まさにその目論見は崩れようとしている。
「仕方があるまい。こうなれば暫く動きを控え、時間をかけて戦力を蓄えるのが吉か……」
何らかの形でマルグリテの人気が落ちるのを待つ。これは待つだけでなく、他の王族に対するのと同様に何らかの風評を撒くのも行うべきだろう。
力を蓄えることについては、いささか厳しいものがあるかもしれない。
だがどちらにせよ、今すぐに動いて失敗するのは目に見えていた。
ダサイクル・グルンド迷宮伯はそう判断した。
だが、報告役の男は首を振った。
「時間はかけられないかもしれません。マルグリテ王女殿下は貴族の中から結婚相手を探しているようです」
「なんだと!? なぜだ!? いままでその様な動きは無かったはずだ!!」
肉の王冠たるマルグリテ。それが多少汚れても傷ついても問題は無い。
しかし、既に他の者の上に跨ってしまった肉の王冠を、奪って己のものにするのは、正当性の面で致命的な悪影響があった。
他の男と結婚している王女を無理矢理に奪う。そんな為政者を誰が信頼すると言うのか?
「不明です。しかし王女と結婚する格がある貴族家で、かつ他にも
「ぐっ。しかしいま動くにはまだ装備が……」
それなのですが、と報告員の男は前置きして告げた。
「『支援者』からです。この状況を打破し得る人員を派遣したい、との申し出がありまして」
報告員の男。彼はグルンド迷宮伯、ダサイクル・グルンドに仕えている。
しかし、もう一ヶ所からも給金を貰っていた。
そこからの指示で。
例えば過激な武力行使論を振るう人間を呼び込んだり。
例えば違法魔具の横流しの手筈を整えたり。
例えばグルンド迷宮伯の行動の時節を誘導したり。
そういった簡単な仕事を請け負っていた。
彼のもう一ヶ所の給金の支払い元。
それは帝国皇太子に仕える侍従長であった。
次話「3章 第5話 翠は穿つか穿たれるのか」
金曜20時更新予定。