その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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3章 第5話 翠は穿つか穿たれるのか

 

 アスト・リゥムは模擬剣を地面と水平、上段に構える。

 対手であるムクロからは視線と同じ高さゆえ、切っ先より後ろの刀身長は測り難い。

 

 ムクロ・スパルダは対して、半身に構え、模擬剣を身体に隠すように中段に構える。

 ムクロの身体が目隠しとなり、アストからはやはり、刀身長が測り難い。

 

 別流派にして同じ意図の構え。

 互いに目論むは間合いの隠蔽(いんぺい)

 

 魔法が撃ち放たれ、剣閃が遠く飛ぶステータス保持者同士の戦闘においては忘れ去られた、古流の剣術。

 

「ふっ!」

 

 小さく呼気を漏らしながら、アストが模擬剣を突き出す。

 踏み込みは浅い。一撃必殺を目的としたものではなく、牽制のためのそれ。

 

(上半身のバネを用いた、すぐさま引き戻すことを意図した一撃)

 

 ムクロの技量であれば、その一撃を回避しつつアストの身体のどこへでも反撃を打ち込むことができる。

 必殺を示す首筋、剣を握った右腕、防具をつけても豊満さを隠しきれない胸。どこであろうと望むがままに。

 

 だが模擬剣と肉体の交接をムクロは選ばす、距離をとることで刺突を回避した。

 

 訓練という名目で行われている模擬戦であった。

 一撃決着にもそれはそれで意味はあるが、ムクロはまだまだアストを知りたかった。

 

 アストの模擬剣はムクロの読み通りすぐさま引き戻される。

 

(同様の牽制を行いながら、相手の隙を見ての大きな踏み込みによる決着。そんなところか)

 

 突きという攻撃を防ぐのは困難である。

 斬撃は線の攻撃。その軌道の上に、剣なり盾なりを置くことができれば防げる。

 だが突きにおいて防ぐべきは切っ先、高速で迫る小さな点でしかない。

 同等の身体能力の者同士が行う実戦下では、突きの防御はほぼ不可能と言っても良い。

 剣技における或る種の究極。

 

 突きに対するは、防ぐよりも回避が得策。 

 だが回避からの反撃は、防御からの反撃よりも困難となる。

 体勢が一度変化してしまうからだ。無論、回避から攻撃に移る技もまた幾つかあるが、防御からのそれに比して少ない。

 

 防御を許さず、攻撃も封じ、ここぞにおいて大きく踏み込み相手を仕留める。

 アスト・リゥムという女の性格を現したかのような堅実な戦闘の組み立て。

 

(では、これにはどう対処する?)

 

 アストの再びの刺突に対して、ムクロは再びの回避。ただし、後ろにではない。アストと交錯するような、前方への回避。

 グラウとの戦いにおいても用いた、踏み込みを兼ねた回避である。

 

 違いといえば、ムクロはまだ模擬剣を振り下ろしていないという一点。

 すなわち、いつでも切り込める状態。

 

 実力が伯仲したグラウ相手には、切り込んで見せて拍子をズラす要があったが。ムクロとアストの技量差であれば、踏み込み回避からの一撃で決着が可能。

 

 アストの表情が小さく歪む。表情筋は動かせても、上腕下腕、下肢上肢、剣を引き戻すための筋肉の動きは間に合わない。

 

 ムクロは模擬剣を振るい、アストの腹を薙ぐ——ことは()()()

 振るった模擬剣をピタリと止めて、アストの腹部へと添える。

 

 触れるか、触れないか。愛撫するかのような繊細さでアストの腹に剣を当てたまま、そこを軸にしムクロはグルリと体を滑らす。

 

 相互に動いている中でその運動を成すには、どれほどの技量差が必要になろう?

 

 正面から交錯し、剣を腹に当て、そのまま身体だけをアストの背後、右方、それから再び正面へと移動させる。

 致命の一撃をいつでも与えられる状態を維持したままに、焦らすようにアストとの恋人距離(しきんきょり)をムクロは保つ。

 

 回り込みつつ、ムクロは自身の模擬剣を右手のみで保持する。柄から離した左手で以って、ムクロはアストの腕を掴む。

 二人の逢瀬を阻まんとするアストの模擬剣が遠くに追いやられる。体勢もまた崩れ、アストは半ば拘束される形となる。

 

 そうして。アストの抵抗を封じてから。ムクロはゆっくりと自分の模擬剣を差し込む動きをした。

 実戦であれば。ムクロの剣はアストの中へと沈みこんだことだろう。

 

「オレの勝ちだな?」

「——私の負けです」

 

 人の悪い笑みを浮かべてムクロが確認し、アストは硬い声でそれを認めた。

 

 模擬剣によって擬似的な交合が成された距離。二人の顔と顔は至近であった。

 ムクロがその気になれば、アストの唇を奪うことは容易かろう。そのまま組み伏せ、模擬剣ではない剣を用いるそれへと移行することも、また。

 

 だがムクロはアストを掴んだ腕を放して距離をとる。

 

「さて。そちらがご提案の物騒な逢い引きは済んだわけだが。ご満足いただけたかな婚約者殿(プロミフィド・ドミネ )

 

 ほぼほぼ二手しか放っていないアストだが、優れた技量の相手との模擬戦であったがゆえか、頬を赤らめ汗をかいている。

 その汗を拭い、自分の表情を確認するように幾度か頬を触ってからアスト・リゥムは答えた。声を冷静にして。

 

「ええ。非常に有意義でした」

 

 ムクロとアストがいるのは、人払いされた監査騎士団の訓練場であった。

 

 二人の逢瀬は、マルグリテのはからいによるものである。

 「アストとの結婚もギルドからの離脱も断るが、協力関係については前向きに話し合いたい」との解答を持参したムクロに対して、マルグリテは「アストほどの佳い女のことを、知らずに断るのは勿体ない」と、半ば無理矢理に二人きりで過ごすことを指示した。

 

 結果。アストは街の屋台を回るでもなく、茶会を楽しむでもなく。ムクロとの逢瀬に模擬戦を選んだ。

 普段は魔具を用いて戦うアスト・リゥムであったが、ステータスに頼らない剣術——古流剣術のおぼえもあった。

 貴族たちの相手で半ば形骸化しながら、かろうじて残っている剣術にもアストは真面目に取り組み。それなりの腕前——王都屈指であると彼女は自負をしていた。

 

 果たして。そんな剣術を介してムクロ・スパルダと向き合ったアストが抱いた感想はと言えば。

 

「この模擬戦で分かったことがあります」

 

 アストはムクロの目をしかと見つめて断言した。

 

「私は貴方が嫌いです」

「そいつはどうも」

 

 当然であるとムクロは受け取った。彼がしたことはアストを弄んだに近い。

 

「しかし貴方はとても強い」

「ありがたいお言葉だね」

 

 これもまた当然であるとムクロは思う。経験が違う、桁がひとつ。くぐった修羅場の数が違う。桁が二つ、あるいは三つ。

 

「だから、私と結婚していただきたい」

「それが分からない」

 

 そこにムクロは当惑を覚える。

 マルグリテが上級冒険者ブルッカを一瞬にして屠ったムクロの戦闘力を高く評価しているのは分かる。ギルドを抜けろというのも分かる。

 

 だが副官であるアストとの結婚話。これが分からない。いや、結びつきを強めたいという意図は分かる。だがそれは監査騎士団内に地位でも用意すれば済む話ではないのか。

 

 そして、アスト・リゥムという女が。堂々とムクロを嫌っていると言うその女が、結婚を受け入れているというのもまた奇妙だった。ムクロとともにマルグリテからその話を聞いた彼女は、ムクロ同様に当惑していたはずではなかったのか。

 

「オレのことが嫌いなんだろう? なぜ受け入れる? 王女殿下のご命令だからか?」

「それもあります」

 

 わざわざに皮肉げに尋ねるムクロに、冷静さを崩さぬまま答えるアスト。

 

「私の母は、姫様の乳母をつとめていました。その関係もあり、私は幼い頃から姫様のおそばに仕え続けている」

「ふん。股肱の臣ってわけか」

「姫様の望みを叶えること。それが私の役目。必要なものがあれば手配をする。二つ名の由来となっている『赤の装甲飾衣』も、あの処刑刀も私が入手の手配をしました。同時に、姫様が道を違えそうなときに、たしなめるのも私の役目」

 

 忠臣にして鞘。自らをそう規定するアスト・リゥムは断言した。

 

「今日の模擬戦を含め、熟慮の結果。私は結論を出しました。ムクロ・スパルダ。貴方は姫様に必要な存在であると」

 

 自身を見つめるアストの翠緑色の瞳。そこに確信が宿っているのを見て、ムクロは頭をかく。

 

「あんたらがオレを評価する理由。それをお聞かせ願いたいね。過大評価じゃないのかい?」

「ステータス外魔法。姫様と私の見立てでは、貴方と、あの帝国冒険者ブルッカが使っていたのはそれです」

 

 ムクロ・スパルダのへの高評価。その根拠の元となる推測を語るアスト。

 

「その要訣は二点。『魔法の消去』と『身体強化』。魔法消去の発動は簡易。しかし魔法消去で身体強化は消せない。ステータス外魔法の使い手同士の戦闘は、近接白兵戦へと収束する。わたしと姫様はそう見立てました。——そのうえで、貴方の近接戦闘技術は、極めて大」

 

 ムクロは内心で唸る。ただ一度『本当の魔法』による戦闘を目にしただけで、マルグリテとアストは完璧な推論を行ってみせた。

 

「貴方の力を用いれば、世界を征するも壊すも叶う。姫様はそう確信しています」

「だから、腹心の副官であるアンタと結びつけてまで欲しい、と?」

 

 問われて。そこで初めてアストは感情的なものを覗かせる。呆れたようにため息をついた。

 

「私は、こちらについては賛成しかねるのですが……姫様は、貴族の中から適当な結婚相手を探しています。()()()()()()()をした」

「おい。そりゃ、アンタ……」

 

 副官をムクロと結婚させ、自分はムクロと同じ髪色と目をした相手と結婚する。

 その行動の意味するところ考え、彼にしては珍しいことにムクロは絶句した。

 

 貴族が平民を人間扱いしない、といった状況からはこの五〇〇年で大きく変化し、下位の貴族であれば有力な商家の平民と結婚する例も散見される。

 

 だが、高位の貴族や王族となると話は別だ。その血筋の純粋性は非常に尊ばれる。

 高貴な身分の女が、男と密室で二人きりになることからして許されることはない。貴族社会の中ではその時点で、女性の貞潔は失われたものと判断される。

 

 現に、今までのムクロとマルグリテの会話の最中には、つねにアストがおり、密室で二人きりという状態になるのを防いでいた。

 

 裏を返せば。アストさえ抱き込んでしまえば、マルグリテとムクロはいくらでも二人きりで過ごすことが出来る。——それが寝台の中であっても。

 

 その親密な行為の結果として子が生まれたとして。()()()()()()()()()()()()()をしているのであれば、不貞が露呈することはない。

 

「愛人という形ではあれど。常に傍らに(ともな)(つれ)そう者として、姫様は貴方を望んでいるのです」

 




次話「3章 第6話 (こぼ)れし(やいば)()ぎで擦り減り」
水曜20時更新予定

 
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