その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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3章 第7話 想定せんとす矛の巣に

 ギルド戦力ムクロ・スパルダの取り込みを、熱望という言葉では足りぬほどに望んでやまないマルグリテ・セヴェリナであったが。目下、そのための行動は進まずにいた。

 

 彼の側から交渉のための鍵は渡されている。アストを通じて「偽銀は銀にあらざれど銀より真に世を映す」との言葉とともに。

 

 すぐにでもその鍵を用いて交渉のための扉を開きたいところであったが、現状マルグリテには優先するべき事柄があった。

 

 マルグリテ・セヴェリナは与えられた役目の中で趣味を満たすことはあっても、役目自体をないがしろにしたことは一度も無い。今回もまた為すべきことをなおざりにするつもりは無かった。

 

 為すべきこととは「麗しの処刑刀」というマルグリテの二つ名が示すが如く、処刑。

 

 すなわち王国反乱勢力の撃滅である。

 

「反乱の首謀者はグルンド迷宮伯です」

 

 マルグリテおよび監査騎士団の各小隊指揮官たちが集った会議室で、アスト・リゥムが断定した。

 

「情報の出どころは?」

 

 先に報告を受けており内容を知っているものの、マルグリテはあえて尋ねた。ここに集った各小隊指揮官らに聞かせるためである。

 

「拘束した犯罪者からの聞き取り、ならびに押収した取引記録の分析――それから密告です」

 

 密告。その言葉に指揮官たちの中から呻きが漏れる。

 古くより諜報の世界において貴重な情報をもたらしつつも、罠が仕込まれていることが多いのが密告である。

 

「欺瞞情報ではありませんの?」

 

 当然、マルグリテはそれを尋ねた。

 アストはよどみなく答える。

 

「人の出入り、物の動き、金の流れ。裏付けは取りました。冒険者ギルド側にも総本部長を通して幾つかの情報について確認済みです」

「あら? あなたの婚約者を通してではないのかしら?」

「姫様」

 

 マルグリテの稚気をアストがほんの少しだけ紅潮した顔でたしなめる。

 集った指揮官たちは、礼を失しないように声を出さずに苦笑した。

 

 マルグリテもまた、苦笑することで自らの戯れを認め、軽く手を差し出して続きを促す。

 

「規模についてはお手元の資料の通りです。政治的混乱を引き起こすには十分すぎますが、推測最大数を動員したところで王都全域の重要施設を占拠するには足りません」

「そのうえでの可能行動を聞かせてくださいます?」

「大きく四つ。長期戦、小規模な不正規戦の連続による治安擾乱。短期戦、王族を対象とした斬首作戦。合力(ごうりき)戦、外部勢力との結託。そして降伏もしくは自然衰退」

 

 アストは淀みなく答え、そして付け加える。

 

「最も可能性が高いのは短期戦と合力戦の複合。――そしてそれはすでに動き出しています」

 

 指揮官たちがざわめく。うちの一人が声を上げた。

 

「市井に流れる王家の醜聞についての噂。それが短期戦――斬首作戦の前兆であると副官殿は見るわけですな?」

「ええ。その通りです」

 

 現在、王都内ではマルグリテの声望が高まっている。だがそれと前後して、マルグリテ以外の王族に関する黒い噂が流され始めていた。

 

 人は光があるところに影を見出すものである。「王女殿下は素晴らしい。しかし、それに引き換え……」という形で語られる王族の醜聞は広く王都の民衆の口に膾炙されていた。

 

 語られる黒い噂の内容は様々である。

 ギルドから国家の上層部へと与えられている特権、優先的なレベリング権である「ダンジョン親征」への批判から始まり、税金の使い方、度を過ぎた奢侈、はたまた性的な倒錯に関する醜聞まで。

 

 まるで公人が受ける非難の見本市のような有様であった。そして例外なく最後はこう結ばれる。現在の王室は腐敗している。誰かが変えなければならない、と。

 

「民衆の反応は?」

「理性的です。本気で信じている者はほとんどいないでしょう。しかし――」

「信じられてはいない。しかし知られてはいる。謀反の名目になる程度には。それを大義名分に動き、実際に現王室の排除が成れば」

「はい。現実を前に人は認知を組み替えます。その観点で言えばすでに謀反のための必要量の情報毒は回っていると考えてよいかと」

 

 人間は認知と記憶を意識せずに容易く組み替える。

 

 最初に聞いたときに「そんなわけない」と否定した噂について、現実がそれを肯定したように見えたらば「信じられないけどまさか」になり、最後には「ああやはり。俺は最初から分かっていたんだ」と言い出す。それが人間。

 

 虚言を吐いているという認識すらなく、昔から自分はその情報が真実であると気づいていたかのごとく振る舞い、書き換えられた新たな認識のもとで現実を生きていく。

 

「では、今この瞬間に王城が襲撃されてもおかしくないということかしら?」

 

 マルグリテの問いかけに、指揮官たちの間に緊張が走る。

 だがアストは反乱の緊急性について否定した。

 

「即座にとはいかないでしょう。理由は帝国。グルンド迷宮伯側にその意図がなくとも、反乱は帝国との合力作戦として実施されるはずです」

 

 アストの言葉に疑問を差し挟む者はいない。

 グルンド迷宮伯を首魁とする反乱勢力が帝国によって誘導されている自覚無き手駒であることは、監査騎士団内で認識が共有されていた。

 

「その帝国の動きですが……最新状況は?」

 

 アストは指揮官たちの末席で『共有の書字版』と呼ばれるドロップアイテムを確認していた騎士へと尋ねる。

 

「変わりありません。帝国軍は魔導列車を活発に動かして、兵力の動員と国境周辺への物資の集積を始めていますが――まだ兵員・物資のどちらも王国侵攻に足る数は揃っていません。とりわけ物資の側に遅れが出ています」

 

 その騎士は帝国内に潜ませた諜報員からもたらされる最新情報を『共有の書字版』を介して伝達することを任務としていた。

 

 ここ数年、帝国は国内の魔導列車の整備に力を入れていた。国内流通を活性化させたその施策は発案者である(とされている)皇太子の評判を高めたが、それは実際には兵員移動の効率化を目的としたものであった。

 

 安定した政体下、どの国家も外征軍というものに力を入れていない。安全保障上の最低限度の数のみが保たれている。

 

 その状況下で兵力の増員を行うことは極めて困難。であれば密かに他国侵略を目論む者はどうすればよいか?

 

 ひとつは、装備更新による質の向上。これが横流し事件へとつながっている。

 

 そしてもう一つが、兵力移動の迅速化による戦力の有効活用である。

 

 その試みは半ば成功し、帝国の動員速度はこの時代に与えられた技術の範疇において際立ったものではあったが、『共有の書字版』による情報伝達速度に及ぼうはずがない。

 

「帝国の動員準備完了までが猶予というわけですわね。アスト?あなたが精査した段階での準備完了見込みは?」

「最大で三週間。最低でも一週間はかかるものかと」

 

 アストの推測を聞き、マルグリテは大きくうなずく。

 

「でしたらば私たちは、明日未明を以てグルンド迷宮伯ならびにその協力者の摘発を行います」

 

 マルグリテが決定を伝える。

 この日の会議は、この決定の伝達と、その妥当性の共有のために行われたものであった。

 

 マルグリテと帝国――ギルゼリオの行動速度の差。

 それはそのまま治安組織と軍事組織の構造差から来ていた。

 

 治安組織と軍事組織を分ける最大の要素は兵站である。

 同じ武器を扱っていたとしても、治安組織が武力を用いるのは瞬間的であり、またその行動が自国内に限られるのに対して、軍事組織は多くの場合国外で、それも戦い続ける必要が発生する。

 

 そこに兵站の必要性が生じ、そして兵站とは常に極大の負担を組織に与える。

 

 マルグリテの王国監査騎士団と、帝国はギルゼリオの帝国監査士団。同じ監査騎士団ではあるが、今回マルグリテは治安組織として騎士団を動かし、対してギルゼリオは軍事組織として騎士団を動かさんとしている。

 

 その差がここに出ていた。

 

 指揮官総員がマルグリテの決定に対して了解を返し、一段落したことで張りつめていた空気が少しばかり和らぐ。

 

「しかし、グルンド迷宮伯が反乱発起の選択をするとは。密告者が出るような状況下、組織の安定化に努めるものだとばかり思いましたが」

 

 その空気の中で指揮官の一人から放たれた言葉は、いささか見識を欠いていた。

 それも熟練の指揮官の口から出た言葉である。

 

 ゆえに、マルグリテはその指揮官の評価を高めた。

 

「そうですわね。しかし、離反者が発生し組織が崩壊しつつあるということは、今が最大の戦力を保っている状況でもある。いま動くか、あるいは諦めるか。投機じみた二択の前者を迷宮伯は選んだということですわ」

「なるほど」

 

 その指揮官がわざと道化となったことを無にしないためにマルグリテは応じた。

 

 さも感心したかのようにうなずいているが、疑問を口にした指揮官もそれくらいのことは最初から理解している。

 

 それは教育であった。

 

 先日の人員損耗により、監査騎士団では部隊の再編成が行われている。

 結果、いまこの場に集った者たちの中には、指揮官になりたての若者もいる。

 尋ねた男は彼らに示したのだ。敵の意図を推察するという思考過程を。

 

「なぜ敵はそうしたか?」を知ることは「では敵はどうするか?」へと繋がり、「であれば我はなにをするべきか」を導き出す。

 指揮官として必須の視座である。

 

 疑問を差し挟む頃合いも良い。マルグリテから大方針が示され、この後には各部隊の詳細な動きについての話し合いが始まる。その合間に落とし込まれたこの会話は、才気あるものであれば胸に落とし込むに丁度いい頃合いであった。

 

 賞するに値する男だ。

 

 加えて。グルンド迷宮伯が反乱と諦観の博打において、反乱の側を選ぶに至った理由として考えられる最大要素についてもマルグリテはここで話すつもりであった。偶然だが、その接ぎ穂としてもちょうどいい話題である。

 

 なぜグルンド迷宮伯は不利な状況下で、反乱決行を決意したのか。

 

 彼は、動くに足る力を手にしたのではないか。

 あのブルッカ・カルドントのような、あるいはムクロ・スパルダのような。

 

 ステータス外魔法の使い手を。

 

 その存在と、そして対処方法についてをマルグリテが開示しようとした。まさにその時だった。

 

「で、伝達!」

 

 『共有の書字版』を確認していた騎士が、真っ青な顔をして叫んだ。

 

 彼が持っているのは、帝国との連絡用のものではない。

 

 国内、王城との連絡を行うための、もう一枚の書字版だった。

 

 だが緊急の伝達事項があることを告げてから先、その騎士自身は内容を口にするのを躊躇った。信じられないという顔つきで、何度も書字版の文字を目で追っている。

 

「伝達なさい!お早く!」

 

 その様子に、極めて嫌な予感を覚えたマルグリテは騎士を急かす。

 

 それでもやや躊躇ってから、ようやく騎士は口にした。

 

「王城が、陥落しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




=====作者からの連絡=====
次話『3章 第8話 静けさ無くも嵐は来たる』
月曜20時更新予定


26/6/8
誤字修正。
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