その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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3章 第8話 静けさ無くも嵐は来たる

 王城陥落。

 

 あまりに唐突なその連絡に、マルグリテも流石に鼻白む。

 同時に、その頭脳は高速で回転している。

 

 行うべきは事実確認。

 

 同時に、情報が本当だった場合に「なぜそうなったか」の分析と、「なにが起こるか」という予測と、「どうするべきか」から導き出される行動。

 

 個人の頭蓋のうちでは行い得ない事実確認を飛ばして。マルグリテは王城陥落を事実と仮定して「なぜそうなったか」を皮切りに思索を始めた。

 

 高速回転したマルグリテの頭脳は、閃きといっていい結論を導き出した。そして理性的に振る舞わねばならない現在においては夾雑物以外なにものでもない思考もまた彼女の中に混じる。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 結果として。確認、分析、予測、行動の順序を衆目の前では踏まず、マルグリテはまず行動から入った。

 

「アスト! 監視塔に連絡! 『境界の鉄弓』を即時準備! ()()()()()()を見つけたらば即時撃て! 誤射でも構わん! 責任は私がとる!」

 

 常の丁寧な口調をかなぐり捨て、指揮官としての口調をもってマルグリテが命じる。命じられたアストは即座に動いた。各監視塔に繋がる『共有の書字版』に筆を走らせる。

 

 アストに対してマルグリテが準備を命じた『境界の鉄弓』。

 その『境界』とは地平線の先まで届かんほどの射程距離を指す。現在確認されているドロップアイテムの中で、最大射程を誇る準一等魔具である。

 

 アストが即座に行動に移ったのを確認しながら、マルグリテは傍らにあった自身の処刑刀を掴み取る。呆然とする指揮官達をなかば置き去りにするように、歩きざまに命令を下す。

 

「敵襲の公算大! 敵はステータスや魔具効果を消す()()()()()()()()()使()()()と想定される! 身体能力は上級冒険者以上! 各指揮官は部隊を掌握! 一般籠城戦想定で城壁上に配置! 装備は長射程の『鉄弓』および地上産武装とせよ!」

 

 マルグリテが歩んだ先は、外へと繋がる扉ではなかった。

 

「敵が来るなら狙いは私! 囮となる! その間に長距離からの奇襲射撃を実施! それで倒せなかった場合は地上産武装による一斉斬り込みしかない! そこまでに殺せねばこちらの全滅も有り得る相手と心得よ! 行動開始!」

 

 言って。マルグリテは処刑刀を振りかぶる。外部からの盗み見防止のために、目隠しがされ、さらには格子が嵌まった会議室の窓。質実なる壁。それをともに斬り砕く。

 そして開口部からその身を躍らせ地に飛び降りる。

 会議室は騎士団詰所の最上階である三階にあったが、何ほどのことでもないという軽やかさで彼女は詰所中庭へと降り立った。

 

 マルグリテ・セヴェリナが指揮官として選んだ者たちは流石に優秀であった。端的ともとれる指示と、マルグリテが寸刻を惜しむ様子から脅威の程を想定し、動き出す。

 

 マルグリテとアストの推測によれば、帝国は侵攻準備に手間取っており、それと行動を同期させるはずのグルンド迷宮伯の決起はまだ先のはずであった。

 

 だが、王城は陥落したという。であるならば。

 

(軍という単位でなく動ける、常識外の強者! その単騎に頼った稲妻のような謀反と侵攻!)

 

 そんなことが可能なのか? とマルグリテは考えてみた。あのムクロ・スパルダの動きを想起する。

 出来得(できう)る。特にステータス外魔法によるステータスおよび魔具効果消去の力を知らなければ、王城の警備を抜いて王族を皆殺しにすることは叶うと判断できる。

 

 そして、それを可能にする強者が、ただ王城を落として終わるか?

 否。即座に次の行動に移るだろう。かのムクロ・スパルダの動きを思い返せば、同等と目される強者の移動速度もまた、尋常ならざるものであると判断できる。

 

 故に、時間が無い。

 

 マルグリテ達がステータス外魔法の使い手に勝利し得るとするならば、その魔法消去の射程の外からの攻撃以外にないと推測されるからだ。射程外攻撃を成立させるためには、巧妙な火力配置が求められる。

 その配置を熟考して行う時間が今はない。いまはただただ、部隊を広く射界が取れる場所へと配置するのみ。

 

 そこでひとつ、マルグリテは自身の失策を悟る。

 ギルドへの連絡。それを行うべきだった。

 ムクロ・スパルダが駆けつけたならば、ステータス外魔法の使い手にも勝利し得る。そんな当然のことであるのに、マルグリテは初手にそれを選ぶことをしなかった。

 

 あるいは自分は無意識に——格好悪いところを見せたくないとでも思っていたのか。自身と自身の手勢のみでステータス外魔法の使い手に打ち勝ち、ムクロに対して対等さを示したかったのではなかろうか。

 思考の波が押し引きする中、白い飛沫のようにそんな後悔がマルグリテのうちで弾ける。

 

 だが、後悔に耽溺(たんでき)する贅沢は、もはや戦闘中とも言えるこの状況下で、指揮官たるマルグリテには許されない。

 次善の行動を希求する。いまからでも連絡をするべきか? 冒険者ギルド本部直通の『共有の書字版』。それがあるのはマルグリテの執務室。

 

 チラと、自らの執務室のある場所へと目をやろうとして。

 マルグリテの視界に異常が映る。

 

 それは監視塔だった。

 監査騎士団詰所を取り囲む外壁。その要所要所に設けられた監視塔。

 

 マルグリテの焦燥を体現したかのような暗い曇天を背景にしたその監視塔には、彼女の命令に従って、『境界の鉄弓』を構えた騎士達が周囲を警戒しており。

 

 マルグリテの視線の先で、彼らが()()()()()()()()()

 

 ◆ ◆ ◆

 

 監視塔の上から警戒を続けていた騎士の一人。

 監査騎士団第二十一小隊に所属する、メントス・バブルスは見た。

 

 騎士団の詰所に向かい、長槍を構えて疾走する大柄な男を。

 

 アスト・リゥムを介して伝えられたマルグリテの指示に完全に一致する相手。()()()()()()。被害の詳細は明らかならざれども、王城を襲撃したと推測される人物。

 監査騎士団詰所は王都の郊外にあるため、通行人の姿などは無い。流れ針を気にする必要は無かった。

 

(悪く思うなよ)

 

 『境界の鉄弓』を構えて胸中で謝罪の言葉を吐きながらも、彼の中には薄い喜びがあった。

 『境界の鉄弓』のような強力な魔具を扱える機会などそうそうない。

 数日前にマルグリテの指示で配備されたその準一等武装は長射程・高威力に過ぎて市街地での戦闘を主とする監査騎士団では使い道が限られていた。また、保有数もごく少数である。

 

(人を殺しても経験値が手に入らないのが勿体ない)

 

 きっとこの槍を持った男は高レベルの冒険者なのだろうな、と思いながら引き金を引こうとした直後。メントス・バブルスはその生涯を終えた。

 誰の糧になることもなく、その残骸は虚空に吹き散らされた。

 

◆ ◆ ◆

 

 同様に。

 監査騎士団第二十一小隊の『鉄弓』上手、メルルーサ・サルルートが。

 監査騎士団第十五小隊の熟練騎士、サワー・ワルドギスが。

 監査騎士団第十五小隊の新人、ブルレレ・レモネが。

 

 『鉄弓』の引き金を引こうとする()()に死んだ。

 高速で飛来した何かに身体を貫かれて。

 

 マルグリテの想定した、ステータス外魔法の使い手に対する戦術。

 その戦術は瞬く間に瓦解した。

 

 そして瓦解したのは戦術だけに留まらない。

 監査騎士団詰所に、轟音が響き渡る。

 それは例えるならば、巨大なモンスターの叫び。それも、苦悶の叫びであった。

 

 耳慣れないその音の正体は監査騎士団の詰所の扉、ダンジョンから産出する超硬度素材で形作られた門扉が、強い衝撃で歪む音。

 

 一撃、二撃、三撃目にして、内側から閂がかけられたはずの扉が大きくたわんで吹き飛んだ。

 

「姫様!」

 

 マルグリテを追って会議室の破砕口から飛び降りたアストが、庇うように前へと出る。

 

 幸い、吹き飛んだ扉は誰にも被害を出すことなく、騎士団詰所の中庭へと落下した。

 しかし安堵することはできない。

 ()()()()()()とは桁違いに危険な、()()()()()()()()()が控えているのだから。

 

 この詰所まで、走ってやってきた男は。それまでの素早さが嘘のように悠然とした歩みで、詰所の中庭へと入り込んできた。

 

「はぁてさて。あの小物の話ではマルグリテなる王女がここにはいると聞くが……よもや先程殺した遠間(とおま)武器の使い手の中にはおらなんだろうなぁ?」

 

 質問とも独言ともつかぬ言葉を吐きながら、その長槍の男はぐるりと周囲を見渡した。

 

「我が名はハスター! 家名はない! ゴロツキのようで気が引けるが、マルグリテなる王女の身柄を貰い受けに参った!」

 

 そして、長槍を回転させ、構える。

 

「出て来ぬならばかち合うまで順に殺す! まあ、見つけたあとはそれ以外を皆殺すのだが⋯⋯死出の旅路を前にして、ワシに対して最後の善行を積むものはおらぬか!」

 

 古風な言い回しで宣ずる男——ハスター。

 髪色こそ赤錆色をした彼だったが、筋骨隆々たる身体全体から吹き上がる闘気は炎のごとく。

 

 その闘気の炎を消すには及ばないものの涼やかな声でマルグリテは応じた。

 

「マルグリテ・セヴェリナはここにおりますわ!」

 

 かつてブルッカ・カルドントに対して行ったのと同様の、我が身に注目を集めての時間稼ぎ。

 だが、ブルッカのときと異なり、マルグリテの内にあるのは大いなる焦り。時間を稼げば勝てると踏んでいたあのときと異なり、時間を稼いでこの男に勝てるのか? との思いがよぎってならない。

 

 だが不安をおくびも見せずに、マルグリテは言葉を続ける。

 

「わたくしこそがマルグリテ! まずはその蛮勇を賞しましょう! 王国最強を誇る監査騎士団の詰所に単身乗り込み、無事に帰れるとお思いですの?」

「無事に帰れなかったこその有り様がいまよ! だがまあ、嘆いても仕方なし。長い余生の余興として。——王国最強を諡号(しごう)としてくれようぞ!」

 

 ハスターによる古めかしい言い回し。諡号(しごう)

 それは死後に贈られる美名を指す。

 

 ここで監査騎士団を終わらせるとの宣言を聞きながら、マルグリテは頃合いと判断した。

 事前に命じていた攻撃配置への騎士たちの移動が完了した。

 ハスター襲来からほんの短時間、加えてなんの合図も無かったが、彼女の部下であれば間に合わせたとマルグリテは確信していた。

 

「わたくしのほうこそ貴方に追する名を考えて差し上げます。良い名を紡ぐに時間が欲しいので——なるべく長く足掻いてくださいませね?」

 

 部下への信頼はある。それでも不安が過る。

 だがマルグリテはそれを表に出しはしない。

 いまこの状況、いまこの戦力、いまこの時間の限りにおいて、叶う限りの最大効果を求めるならば。指揮官の不安など見せるべきではない。

 

 ゆえに、いっそ傲岸なまでに笑ってマルグリテは命じた。

 声高らからにやってきた、この孤人(こじん)にして暴風がごとき男を討ち砕けと。

 

「総員、攻撃開始!!」

 

 

 





次話『3章 第9話 懐刀(ふところがたな)は主の元に』
水曜20時更新
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