その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
監査騎士団詰所の中庭が、『鉄弓』の発射前駆音である秋虫音で満たされる。
そして吹き荒れる鉄針の嵐。
その嵐を、否、その嵐の只中にある男を見て。意外の念と驚愕を混交させた感情をマルグリテは抱く。
意外の理由は、ハスターが魔法消去を行わなかったこと。
ブルッカのときであれば魔具の効果が失われた射程の内にいると目される者も問題なく『鉄弓』を扱えている。
そして驚愕の理由は。
「
当たらない。攻撃が一切当たらない。どころかハスターの反撃で、次々と騎士たちは斃れていく。
明らかに視界の外側から、明らかに死角から放たれた攻撃をいかなる道理でハスターは感知しているのか?
「視線で丸わかりよ! 殺気がダダ漏れよ! 心を
ハスター自身はそう叫ぶ。
◆ ◆ ◆
人は、他人の視線を感じる。
武術の達人は、敵からの殺気を読み取ることができる。
それは言葉を選ばずにいえば
視線についていえば、瞳とは光の受容器官であり、何かを発するものではない。
視線を感じたとの、その殆どは、視線を向けられていることを視認した上で、「視線を感じたから、視線の元を見た」という順序の組み換えが行われている認知の歪みへの無自覚である。
殺気については論外である。感情などという物理現象はこの世に存在しないのだから。それを発する器官も受信する器官も当然に存在しない。
例外的に、至近距離での戦いにおいて、相手の筋肉の動きや視線、重心移動から「殺気と称する攻撃予兆」を掴むことは達人であれば行っているが、遠距離からの殺気を感じ取ることなど不可能である。
だが、それは物理の世界に限った話のこと。
魔法の世界の法則を当てはめたらば
ローゼンクロイツ・パラケルススが打ち立てた仮説である『魔法の七段階分類』。
その四段階目には『情報魔法』という段階がある。
『情報魔法』とは何か。それは魔法の根幹である『情報領域』への理解が一定段階まで深化したことを指す。
この段階に到達することで、ようやく人は様々な物理現象を組み合わせた複雑な魔法を行使することが可能になる。
だが、実は『情報領域』への接続自体は、魔法使いは誰もが行っている。
否。正確には。『情報領域』への接続を行い得た者こそが、「魔法の素質がある」とされる人間である。
『情報領域』に接続し、『魔法妨害』や『身体強化』、『物体投射』といった魔法式を打ち込むことで魔法は行使される。
そしてこのとき。魔法使いたちは自分自身で意識できない部分——
その、意識できないはずの『情報領域』からの情報取得。これこそが
まさにハスターはローゼンクロイツ・パラケルススに見出されて『本物の魔法』を知るより以前から、殺気という形でもたらされる『情報領域』からの情報により、武術の達人としてその名を知られていた。
そして無論、現在でもその感覚は健在である。
◆ ◆ ◆
視界外から放たれた『鉄弓』による射撃を、ハスターは回避し、あるいは槍を高速で回転させることで弾き飛ばし。更には掴み取って投げ返す。
「
「悪し!」
事前の予想と異なり魔法が使えることに気付いた一人が電撃魔法を放ち、回避される。次の瞬間には胸を刺し貫かれていた。
「
「悪し!」
拘束魔法の詠唱を終えるより前に、槍先で喉を裂かれて騎士が絶命する。
「ええい!」
「やや、良し!」
道理のほどは分からねど、遠距離戦を不利と察して、地上産の剣を抜き放った騎士。ハスターからの評価はやや上なれど、絶命という結果は同じ。
それは奇しくも先の会議でマルグリテが賞すべしと判じた指揮官であったが。その称賛を受け取ることなく彼は地面に横たわる。
かつて、ブルッカ・カルドントが。騎士たちのステータスを消し、自分の側だけ魔具を使って行った虐殺。
それをハスターは、騎士たちのステータスを残したままに、自分は一本の鉄槍のみで成し遂げる。それも三倍以上の数を、半分ほどの時間で。
「さあてマルグリテとやら。ワシに追する号は決まったかね?」
先日。規格外の存在であるブルッカに対して、マルグリテは無力であった。
故に、対応できるだけの策を巡らし——更なる規格外に蹂躙された。
ブルッカのときと、ほぼ同じ結果。
マルグリテとアストを残して、騎士団壊滅。
違うことといえば。
いまマルグリテの傍らには、彼女の求める剣たるムクロ・スパルダはいない。
「姫様」
しかし、いまマルグリテのもとには彼女の信じる鞘にして、懐刀たるアスト・リゥムがいる。
鋭剣の切っ先をハスターへと向けつつ。アストはマルグリテへと一言促した。
その一言だけでいい。それだけで伝わると確信しての呼びかけ。
ブルッカのときと違い、今回、マルグリテが囮になるわけには行かない。彼女が捕らわれた時点で反乱勢力、あるいは帝国側の勝利が決してしまう。
ならばマルグリテに出来ることは逃走のみ。
だが、ただ逃げ出すをハスターが許すか? 否。断じて否。
足止めが。捨て駒が必要である。
「アスト。アスト・リゥム。——わたくしを恨みなさい」
「姫様。わたしのマルグリテ・セヴェリナ。——貴女をただ誇ります」
マルグリテは逃げた。脇目も振らず、恥ずかしげもなく、アスト・リゥムをその場に残して。魔具効果が消されていないことを幸いに、その名を誇る『赤の装甲飾衣』の筋力増強効果を存分に活かして、誇りもなにも捨て、逃げる。
それを追おうとするハスター。彼の前へとアストは凛と声を置く。
「待たれよ槍使いハスター! 己の言葉を嘘とする気か?」
嘘と言われて。ハスターの動きが止まる。「ほう?」と興味深げにアストを見据えた。
「監査騎士団健在なり! 私がまだいる! 姫様を追いたくば私を倒してからにしてもらおう! まさか武人として否と言うまいな!?」
「おもしろい。その虚勢にのってやろうぞ!」
アストの内に籠もった決意を見て取ったのか。ハスターはマルグリテを追わずに応じるを選ぶ。
「マルグリテ・セヴェリナの鞘にして懐刀! アスト・リゥム——参る!」
そしてアストはハスターへと躍りかかった。
アストを駆動させるのは、ただただマルグリテへの忠誠心。
そして、そこにほんの少し混じる、別の者の影。
マルグリテの傍らに、常にアスト・リゥムがあった。
そこにもう一人。皮肉げな笑みを浮かべる黒猫色の髪の男が増えた情景を一瞬アストは夢想する。
——剣と鞘の組み合わせだって、悪くないんじゃないかしら。
膨大にして純粋な忠誠と、ほんの少しの失慕が混じったアスト・リゥムの切なる想い。
想いは力に換わらない。
だが想いこそが力を引き出す。
かつてムクロ・スパルダと相対したときの様な、牽制をアストは挟まない、初撃から裂帛の踏み込み。
下半身のバネ、上半身の駆動、それらが集約され、腕から鋭剣へと伝わり最大速度にして最大の破壊力を発揮する。
アスト・リゥムの人生の中でも間違いなく最高、会心の一撃。
その一撃が、わずかでもハスターの想定を超えてくれたらば。
わずかでも慢心の隙を突き、その切っ先がほんの少しでも肉を抉ってくれたらば。
抉られた肉の痛みが、寸瞬でも足を鈍らせ、マルグリテの逃走の助けになれば。
そんな想いで放たれた、アスト・リゥムという個人が成し得る究極の一撃。
「かなり良し。今日一番、見込みがある」
防御困難、回避悪手の刺突技、突きの一点をハスターは——掴み取る。
アスト自身にも分かっていた。半ば、そうなるのではないかとは。
ムクロ・スパルダに匹敵すると、マルグリテが判断したのだ。
ムクロならアストの一撃をこう止めるという予感があり、ならばそれに匹敵するこのハスターなる男もまた、アストの一撃を止めるは道理。
ではここから、如何にして時間を稼ぐかとアストは考える。
——もしもアストに未来を知る術があったのならば。この瞬間に自害すべしと自らに命じたろうに。
「オマケに、お前さん。——素養がある」
監査騎士団において。アストの剣技はマルグリテに次ぐ。そしてこの世界において。
鋭剣ごと、アストはグイとハスターに引き寄せられる。
剣の柄から手を放す暇もなく、彼女の顔面が掴まれた。
「なに、を……」
呻くアストにハスターは告げる。
「なぁに。少しばかり背負うものが増えるだけ。人生とはそういうものだて」
アストの手から鋭剣をもぎ取り、空いた手でハスターは懐から小瓶を取り出す。
その中で蠢く、ヒルの様な虫。
「や、止めろ!」
正体定かならぬその虫に、極めておぞましい何かを感じ取り、アストが拒絶を叫ぶ。
ハスターは頓着することなく虫を一匹、アストの耳へと近づける。
そして。彼女の脳へとそれは潜り込んだ。
耳から入り込み、脳を侵し、彼女を作り変える存在が。
二度と対面叶わぬ覚悟でいたアスト・リゥムは。
この後、マルグリテ・セヴェリナとの再会を果たすことになる。
懐刀は主の元に。
次話『3章 第10話
金曜20時更新予定