その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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3章 第11話 ついぞ追慕の果てにあり

 王城における事変から時と場所を(たが)えて。

 

 反乱勢力が求める『肉の王冠』たるマルグリテ・セヴェリナは走っていた。

 監査騎士団詰所に騎士たちの死体とアスト・リゥムを残し。マルグリテは駆けに駆けた。

 王都郊外にある詰所から、もっとも近い位置にある冒険者ギルドの施設へと。

 

 己ただ一人で逃げ出すことへの情けなさも、確実に生命を失うであろうアストへの悼みも、マルグリテは塗りつぶす。否。燃やし尽くす。燃料は無論、自身の無力さへの怒りである。

 

 『赤の装甲飾衣(そうこうしょくい)』がもたらす筋力値増強効果を、天性の身体感覚で十全以上に引き出し、許されうる限りの最速で彼女はそこへとたどり着いた。

 

 王都冒険者ギルド本部とは異なる、一般には知られていないギルド施設。

 人のひしめく王都であるにも拘わらず、ほぼだれとも行き合うことなくその扉の前に立ったマルグリテは、はたと思い出す。

 

 この場所からの連絡に際してドロップアイテムを一切持ち込まないという、ムクロ・スパルダから出された条件を。

 

 マルグリテが身に帯びているドロップアイテムは元よりひとつである。

 ここまで自身を連れてきてくれた『赤の装甲飾衣』。自らの象徴のうち片一方(かたいっぽう)である、準国宝級のドロップアイテム。

 彼女はそれをすぐさま脱ぎ捨てる。

 うち捨てられる赤の鎧。ギルド施設のそばとはいえ、路上にそんな貴重なドロップアイテムを放置するわけにはいかない。

 

 マルグリテの決断は即時だった。

 

 大きく振りかぶった処刑刀を『赤の装甲飾衣』の魔石部分へと叩きつける。

 

 マルグリテ・セヴェリナの象徴の片一方であるダンジョン産の鎧と、もう片一方である地上産の処刑刀が激しく打ち合わされ。結果、ドロップアイテムの魔石が砕け散る。

 

 たちまちに。機能を損ねたドロップアイテムの例に漏れず。鮮やかな赤色の鎧は灰と化した。

 

 手の(うち)に残った処刑刀の重さを強く感じながら、マルグリテはギルド施設の扉を押し開く。

 

 入口を入ってすぐの卓の向かい側。

 そこに待機していたのはギルド職員の制服を着た女性。突然の訪問者が第一王女その人にほかならぬことに驚く女へとマルグリテは前置きもなく告げる。

 

偽銀(ぎぎん)は銀にあらざれど、銀より真に世を映す」

「——こちらへ。ドロップアイテムはお持ちでないですね?」

 

 あらかじめ何かを知らされていたのか、符牒(ふちょう)の意味する重要さゆえか。驚きを即座に収めると、職員の女は頷くマルグリテを施設の奥へと(いざな)った。

 

 複雑な順路の果てにある厳重に施錠された部屋。

 そこへとマルグリテを案内した職員は、卓上に置かれたひとつの『機械』を操作しはじめる。

 

申します(ディコラ)申します(ディコラ)——偽銀は銀にあらざれど、銀より真に世を映す。——ムクロ・スパルダ氏を。はい。王女殿下です。そうです。お一人で」

 

 機械に向かって幾つか語りかけた職員は、ややあって耳と口に当てていた機械の一部——受話器をマルグリテに差し出した。

 

「ここを耳に、こちらを口に近づけて。このようにお持ちください。ムクロ・スパルダ氏と話せます」

「……ありがたく存じますわ」

 

 ギルドが存在を秘匿していた、即時の通信を可能とする道具。どこにも魔石が見当たらないところを見るに、ドロップアイテムではないとマルグリテは当たりを付ける。

 それがどういう仕組みであり、その道具をギルドが秘匿することがいかなる意味を持つのか。

 彼女がその考察を先に進めるよりも前に、ムクロの声が受話器から響いた。

 

「ムクロ・スパルダだ。……()使()()()()()()()()?」

「ええ」

「すぐに向かう。場所は——ああ。分かった。その施設の入口で待っていてくれ」

 

 ムクロが話し終えると、聞き慣れぬ耳障りな雑音が一瞬して、その後は無音が続く。マルグリテは受話器をギルド職員に返し「入口で待ちます」と声をかけると、来た通路を戻る。

 

 マルグリテが持ち出す話がなんであったのか、完全に予期していたムクロの言葉。

 そのことに彼女は、槍使いの男ハスターとムクロの関係について諸々の考えを巡らす。——そんな考察のせいで、マルグリテの歩みが若干遅くなっていたことは否めない。

 

 だが、考えつこうか? 彼女が施設の入口へと戻ったとき、既にそこでムクロが待っていようなどと。

 

 普段のギルド職員の制服の上に、黒い外套(がいとう)を羽織ったムクロ。常より険しい表情をしながらも「罷り越したぜ、王女殿下」と、彼は無礼かつ礼儀正しく手を上げて挨拶をした。

 

「……近くにいらっしゃったの?」

「走ってきた。()()()()は得意なんだ——詳しい話を聞かせてもらおうか」

 

 どの程度の距離から、どれほどの速度で()()()()したのか。詳しく聞きたい気持ちをマルグリテは抑えて、必要なことをのみ口にした。

 

「それは道中で。——まさか、置いて行きはしませんわよね?」

 

 ムクロは、しばし黙する。短い()

 焦るマルグリテの主観では長い沈黙。その後にムクロは首肯した。

 

「じゃあ行くぞ。つかまってろ」

 

 言うなりムクロはマルグリテの腰に手を回すと、処刑刀ごと彼女を横抱きに持ち上げる。

 

「——!」

 

 その行為に、彼女にしては珍しいことにマルグリテは息を呑んで黙り込んでしまう。

 

 確かに。尋常ならざる身体能力を誇るムクロと、『赤の装甲飾衣』を失ったマルグリテが同道するには、彼に運んでもらうというのが最善の手段であったが。突然のこともあってマルグリテの動揺は激しかった。彼女が異性との直接接触が制限されている女性王族の身という所以(ゆえん)もある。

 

 動揺するマルグリテに頓着せず、ムクロはギルド施設の扉を開けて外へと出ると、そのまま駆け出した。

 

 急激な加速とそれによって身を叩く風圧にマルグリテが声を失っている間に、更に。ムクロは()()()()

 

 言葉の通り、何もない空中を踏みしめて、ムクロ・スパルダは加速を続けた。

 

(防御魔法のような『見えない場』を足元に生成している⋯⋯?)

 

 声に詰まっていたマルグリテは、ムクロが起こす現象をそう考察する。

 

 果たしてそれは正解であった。

 

 それは『力場生成』の魔法。ステータス外魔法の使い手同士の戦い——本物の魔法戦の最中では、『妨害魔法』と『身体強化』、『自己回復』くらいしか実用に耐える魔法は無いが、ムクロが使用可能な魔法はそれに限らない。

 

 今にも雨が降り出しそうな曇天の王都を背景に、ムクロは空を走りゆく。

 

 そんな彼に、手に持った処刑刀ごと抱かれながら。マルグリテは自身の推論について、ムクロに尋ねての答え合わせを行わなかった。

 今は彼女が質問をするときではない。彼女が情報を伝えるときなのだ。

 ——どうしてこんな、横抱きにするのだ。背負ったほうが安定するではないか。こんな風に身を寄せ合うなど、まるで恋人同士のようではないか。一瞬だけ駆け抜けたそんな思いも、彼女は口にしない。

 

「監査騎士団の詰所に現れたのは鉄の槍を持った一人の男——」

 

 代わりに。高速の移動で体を激しく叩く風に負けない様に、声を張り上げてマルグリテは説明する。ハスター襲来の顛末を。

 

 冷静な状況伝達の裏で、マルグリテは深い罪悪感を抱いていた。

 部下を失い、アストを置き去りにした敗軍の将が、さして間も置かずに男の腕に抱かれて胸を高鳴らせていた——そんな自分の有り様に、である。

 

 罪悪感。それはマルグリテ・セヴェリナにとって馴染みの薄い感情である。

 

 失着を犯すこともある。誰かを犠牲にすることもある。だが、自身が選び決断した行動で罪悪感を抱くことは、むしろ失敗に対しても犠牲に対しても礼を失する。そのような独特の思考をするのがマルグリテという女であった。

 

 彼女がこれ以前に罪悪感を抱いた記憶は、相当に幼少のころにまで(さかのぼ)らねば見つからない。

 そしてそれはマルグリテ・セヴェリナという女の『原初』と重なった記憶でもあった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 愛らしき宝珠(テサウルス・テネル)と呼ばれる美しく優しい姫様という立場から、装甲王女(アルマタ・レギナフィリ)麗しの処刑刀(プルクラ・フェルルトリス)、あるいは血まみれ真珠(マルガリタ・クルエン)と呼ばれる凄惨にして凛々しい姫君という立場へと。他者からの認識に変遷を経た王国第一王女マルグリテ・セヴェリナ。

 

 幼少のみぎりの彼女がどうであったかといえば。お転婆(てんば)な姫様であると周囲は認識していた。

 護衛や召使の目を盗み、王城の中庭にある木によじ登る活発でやんちゃな姫様。周囲の者はそう捉えていた。

 

 実際にマルグリテが行っていたのは。

 誰の目も届かない木の上で、そこにいる虫を()()()()()()()()()、死骸が動かなくなるのを恍惚として眺める行為であった。

 

 果たしてそれは、子供特有の残酷さという範疇に収めて良いものか。

 ひとつ言えるのは、マルグリテは自分自身の行為が異常であると認識し、それを隠すだけの知恵が回る子供であったということだけ。

 

 そしてそんなマルグリテをいつも最初に見つけるのが、アスト・リゥムという二つ年上の少女だった。

 

 女性の王族にとり、同性の側近というのは必要不可欠な存在である。

 そんな将来の側近候補として、乳母の娘という縁もありアスト・リゥムはマルグリテのそばにいることを命じられていた。

 

 当初、マルグリテにとってアストは非常に(うと)ましい存在であった。

 

 マルグリテを最初に見つけ「姫様」と声をかけるのがアスト・リゥムであるという事実は、彼女が常にマルグリテの『お楽しみ』を邪魔する存在であるということを意味していたからだ。 

 

 その日も、マルグリテは樹上で虫を殺していた。

 甲虫をバラバラにし、それを手の中に握りしめる。それでもなお、バラバラにされた甲虫はしばらく動き続ける。

 

 昆虫は身体の節々に小さな脳とでも呼ぶべき神経中枢を持っているため、他の脳が失われても動くことが出来る——当時の彼女は知らぬその不思議と、裂かれた虫の動きがだんだんに手の内で弱まる感触に。マルグリテ・セヴェリナは魅せられていた。 

 

 そこに、常のようにアストがやってくる。「姫様」と呼びかける声に、幼いマルグリテは小さな苛立ちを覚え。

 それ故だろうか。樹から滑り落ちてしまう。

 

 とっさに枝の一本を掴むが、細すぎたそれは容易く折れ——地面と衝突しかけたマルグリテを、アストが下敷きとなることで助ける。

 マルグリテを助けた代価として、アストは折れた枝により太ももを切り裂かれ、血を流す。

 

 一応助けてもらったのだ、礼を言わねばと思ったマルグリテだったが。視界に二つのものが入り込んだことで硬直する。

 

 視界に入り込んだもの。そのひとつは、樹から落ちたマルグリテに気づき、駆け寄ってくる大人たち。

 そしてもうひとつは、マルグリテ自身が握ったもの。明らかに、自然に死んだものではない、虫の死骸。 

 

「姫様、ご無事で——」

 

 更には。傷の痛みに顔をしかめながら、アストがマルグリテを案じて顔をあげ——幼き姫君の手中にある虫の死骸に気づく。

 

 ああ、この女にも対処しなければならない。なんと言って誤魔化すか。いっそ全てこの女のせいに。——幼いマルグリテの中で、功利的な計算が走った、その最中(さなか)

 

 アストは、マルグリテの手の中にある死骸をさっと奪い取ると、自分の口の中に入れ、飲み込んだ。

 マルグリテの残虐行為の証拠がアストの腹の中へと消え去る。

 

「アスト・リゥム、あなたは……」

 

 その行為に、幼いマルグリテの脳内でいままでアストが「姫様」と声をかけてきた時機について遡行(そこう)しての組み立てが行われる。

 そして気づく。——そう、アスト・リゥムは常に。大人がマルグリテを見つける直前に忠告し、彼女の趣味の発覚を防ぎ続けていたのだと。

 

 

 それがマルグリテ・セヴェリナにとっての、罪悪感の記憶。

 マルグリテの風評を守るべく行われたアストの行為に対してと、そして今まで彼女に助けられながらも気づかずに苛立っていたことに対する、罪悪感。

 

 そしてもうひとつ。罪悪感の理由があった。

 マルグリテ・セヴェリナにとっての『原初』でもあるそれこそが。——アストの太ももから流れ出る赤い血が。人間の赤い血が。どうしようもなく美しくマルグリテ・セヴェリナの目に映り。深い興奮をもたらしていていたという事実。

 

 マルグリテの内心にも、アストの腹中にあるものにも気づかぬまま。駆けつけてきた大人たちは姫様が樹から落ちたことに大騒ぎをはじめた。

 

 その騒ぎの結果、大事な姫様が同様の事故で傷ついては大変だと『ダンジョン親征』が執り行われ。そこでマルグリテ・セヴェリナはステータスを得た。

 

 騎士たちが弱らせたモンスターにとどめを刺したときの落胆をマルグリテは今でも覚えている。

 

 なんだ、この茶番は。殺したら、灰になる?

 馬鹿らしい。

 美しい血を流すべきなのだ。斬られたらならば。裂かれたならば。

 肉を斬りたい。骨を割りたい。人を裂きたい。血潮流れる、人間の肉体を!

 

 その衝動を、しかしてマルグリテは抑え続けた。

 彼女が信頼する側近——樹から落ちるマルグリテを助けたことで候補という語は外れていた——であるアスト・リゥムがある手配を進めていたからだ。

 それまでの我慢だと。マルグリテ・セヴェリナは上品で優しい姫君として。愛らしき宝珠(テサウルス・テネル)として振る舞った。

 

 マルグリテが唯一自分の嗜好を明かした相手であるアスト・リゥムは時間をかけ、様々な手回しを行い、麗しの姫君が存分に踊れるように手筈を整えた。

 

 すなわち、マルグリテ・セヴェリナの監査騎士団長就任への手筈を。

 

◆ ◆ ◆

 

 アスト・リゥムと罪悪感にまつわる記憶を、脳裏の片隅で走らせながら。マルグリテはムクロに対して経緯の説明を終えていた。

 

 王城陥落の連絡。槍使いハスターによる監査騎士団蹂躙。そして、一人残ったアスト・リゥムについてを。

 伝えられたムクロは、頷き答える。

 

「ハスターはオレが始末する。姫様もそのつもりで呼んだんだろう?」

「そうですわ。部下と、アストの(あだ)を——」

 

 二人がそう言い合ってる間に、監査騎士団の詰所が見えてきていた。想定よりはやくムクロを連れて戻ってこれたことに、マルグリテは微かな希望を抱く。

 

(もしかしたら、アストはまだ……)

 

 生きているかもしれない。

 即座に、マルグリテは自身で見出したその希望を打ち消す。

 

 あのハスターの強さの前に、そんな可能性が幾ばくあるのか? 無駄な希望を抱くべきではない。——だが、武人としての決意を示した彼女を、見逃すということは無いか? あるいは。アストは美しい。それが故に、女性としての尊厳を傷つけながらも生き延びているかも。いや。そうはなるまい。王城陥落から間を置かずに監査騎士団を攻めた男が、そのような冗長な享楽に時間を潰すことなどあり得ない。

 

 様々な想定を混交させ、希望を抑えつけ、自身に似合いの冷徹な覚悟をマルグリテが決めたとき。

 

 ちょうど、監査騎士団詰所へと二人は到着した。

 

 宙を駆けていたムクロは地面に降り立ち、マルグリテをそっと下ろす。

 

 人の気配が消え去った詰所。

 

 ムクロは着ていた黒い外套を脱ぐ。

 

 マルグリテは彼を見る。ムクロは何本もの鉄針(てっしん)を収めた革帯を巻いていた。更に、腰から吊っている片刃剣を新調されたもののようだった。

 ムクロほどの男が、それほどの準備をしないといけないことに。ハスターという敵の恐ろしさを再確認し。そしてマルグリテは覚悟を完全なものとする。

 

 アストは、もはや生きてはいまい。

 

 ムクロとマルグリテは、扉が破壊された門をくぐり。

 

 そして、翠緑(すいりょく)色の髪をした、一人の女を目撃する。

 生きているはずがないと、マルグリテが諦めたはずの彼女。

 

 だがそれは、マルグリテが想定したどの『希望』とも違っていた。

 

 

「ああ——戻ってきてしまったのですね、姫様」

 

 

 アスト・リゥムは、瞳に切なげな光を宿らせながらも。

 主であるはずのマルグリテ・セヴェリナに向かって、鋭剣の切っ先を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





=====作者からの連絡=====
次話『3章 第12話 (すい)畢竟(ひっきょう) 砕け散り』

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