その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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3章 第12話 翠は畢竟 砕け散り

 

 

 マルグリテ・セヴェリナは、帝国上級冒険者ブルッカ・カルドントの言動の端々から、彼のステータス外魔法についての特性と、それが他者から与えられたことを看破する洞察力を備えている。

 

 マルグリテ・セヴェリナは、ブルッカとムクロの戦闘の様子から、彼らが同じ力を用い、その力の特性上、ステータス外魔法を使う者同士の戦闘が近接白兵戦へ収束するということを導き出す考察力を備えている。

 

  マルグリテ・セヴェリナは、事前の情報と、あまりに突然で早すぎる王城陥落の報告から、埒外の強者が監査騎士団詰所に迫っているという可能性を導き出せる直感力を備えている。

 

「アスト……どうして……?」

 

 だが、マルグリテ・セヴェリナは。自らに向かって鋭剣の切っ先を突きつけるアスト・リゥムを前にして白痴のように尋ねることをしかできなかった。

 

 彼女の優れた洞察力も考察力も直感力も、その一切を働かせることが出来なかった。

 

 否である。

 否であった。

 

 マルグルテ・セヴェリナは優れているゆえに、一瞬にして気づいていた。

 アスト・リゥムの現状が、何を示しているのかという真実に。

 

 そして優れているがゆえに、()()()()()()()()()()()()ことを選んだ。

 

 明らかな逃避行動。

 それはハスターを前にし、アストを残し逃走したときとは異なる。

 アストを残し逃げ出したのは、現実と立ち向かうための逃避であった。だがマルグリテはいま、現実から逃避していた。

 

 意識の下。識閾下(しきいきか)において。マルグリテは答えを導き出していた。

 

 既に。ブルッカが何者かから力を与えられたことまでは、マルグリテは考察済みであった。では、その力に対価は無いのか?

 その答えは、記憶の中にあった。かつて一度聞いただけのブルッカ・カルドントの言葉——「『端末』とやらに()()()ときにゃあ世を恨んだが」。

 

 『端末』化。力の代償としての自由の喪失を強く思わせる言葉。

 

「おいたわしい姫様……」

 

 そして。対峙するアスト・リゥムもまた気づいていた。マルグリテが()()()()()()()()()()()()ようにしていていると気づいていた。

 

 それはアストが優れているがゆえというより。慕っているがゆえ。忠誠のゆえ。敬慕のゆえ。マルグリテという女がアストにとって間違えようもなく、()()()()()()な存在であるがゆえ。

 

 だから。アスト・リゥムは最も大事なダンジョンでもなく、次に大事なマルグリテでもなく、その二者に比して大切さが劣る男に対して怒りを向けた。

 

「ムクロ・スパルダ。なぜ姫様を連れてきたのです? ——わたしが()()()()可能性に、貴方は思い至ったはず」

「その判断——ハスターに聞いたのか?」

 

 問われて。その場にいない男についてムクロは言及した。

 外套を肩にかけた気楽げな体勢にみせて、片刃剣の柄にもしっかりと手をかけている。警戒の姿勢。対象は無論、アストではない。

 

「私の判断です。彼から聞いた話と、それから流し込まれた情報をもとにした」

「流石だぜ()婚約者殿——そうさな。可能性はあると思っていた」

 

 『本当の魔法』の素養を持つものは、自分でも意識できない領域——識閾下で『情報領域』からの情報を受け取っている。

 そういった者たちは情報受取の結果として所謂「カンの良さ」を働かせ、武芸の巧者として名を立てることが多く。かつての手合わせの結果からムクロはアストにその可能性を見ていた。

 

 チラリと、ムクロはマルグリテに目をやる。二人の会話を聞いてはいるようだが、彼女はまだ呆然とした調子が抜けないようだった。

 

「だが素養はあっても——『本当の魔法(マギアルス・ヴェラ)』をあんたは使えなかったはずだ。しかし今は⋯⋯使っているな?」

「その点は流石ですね、ムクロ・スパルダ。どうして分かったか()()()()()にうかがっても?」

 

 尋ねてから。一瞬だけアストは自嘲じみた笑みを浮かべ、そしてすぐに消す。ムクロはその様子を見て、教示する。教えたところで何の問題もないゆえに。

 

「体内で完結する魔法の探知は難しいんだが、『身体強化』は特別に立ち姿で分かる。使っている場合、筋肉の使い方が変わってくるもんでな。見分け方については……こればかりは経験だ。()()()()()、覚えていくしかない」

「ありがとうございます。()()()参考にさせていただきます」

 

 鋭剣の切っ先を突きつけたまま、アストは小さく目礼し。そしてからムクロを睨みつける。

 

「最初の質問に戻ります。なぜ、姫様をここに連れてきた」

 

 話題が自らに及んだことで、マルグリテがビクリと肩を震わせる。何度か口を開きかけ、結局閉じる。

 その有り様を横目に見ながら、ムクロはあえて皮肉げに笑ってみせた。

 

「困らないだろう、元婚約者殿。あんたは姫様を容易く殺せる力を得て、姫様を殺しても動じない心に——()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これまで、アスト・リゥムの様子からほのめかされ。マルグリテ・セヴェリナが内心で予測し、気づかぬふりをしていた結論を。ムクロ・スパルダはこともなげに言い放った。

 

「アスト——」

 

 それを聞き、マルグリテが瞳を震わせて、再び何かを言いかける。

 だが、言葉そのものを断ったのだといわんばかりに。アストが鋭剣で空を斬る。

 

 それは剣技の型を確認にしたに過ぎない仕草。

 

 それは物理的には空気以外のなにも斬らなかった。

 それは魔法的にも特別な現象を起こさなかった。

 それは精神的なる儀式に他ならなかった。

 

 アストとマルグリテの間に確かに存在したものが、既に断たれたことを示す、決別の儀式。

 

「——これはダンジョンの命令でなく、その命令を果たすためにあの男が勝手に受けた俗世仕事ではありますが。済ませてしまいましょう」

 

 アストは腰を落とす。攻撃動作の準備。

 

「肉の王冠、マルグリテ。回収させていただきます」

 

 アスト・リゥムが跳躍した。

 これまでの人生において。庇うため、守るため、助力のために駆け寄ることしかなかったマルグリテ・セヴェリナの元へと。

 

 剣を振りかぶり、傷つけるために。

 これまでのアストの比ではない高速の踏み込みを以って。

 

「くっ!」

 

 小さくうめき、マルグリテが自身の処刑刀を掲げて防御しようとする。だが直後、その構えが崩れる。

 

 踏み込みながら行われた、アストによる『魔法妨害』。それによってマルグリテのステータス——レベル14と低いものではあるが、それでも彼女を支えていた力——が消し去られたのだ。

 

 体勢を立て直す(いとま)も無いマルグリテ。その左肩へとアストの鋭剣が突き刺さる。

 即座に剣は引き抜かれ、赤絹糸(あかぎぬいと)でも引くかのように鮮血が細く吹き出す。

 

「アス、ト——」

 

 痛みよりも、負傷よりも、アスト・リゥムがそれを行ったという事実を前に。マルグリテは動けない。小さく名前を呼ぶことしかできない。

 常ならば「はい、姫様」との言葉が返ってきた呼びかけは、虚空に溶ける。誰も言葉を返さない。

 

 偉大な王女はどこにありや。マルグリテのあまりに儚げな姿に。

 小さく、歪むアストの表情。

 しかしてそれは一瞬のこと。すぐさま第二撃目を放つべく、更なる踏み込みへと重心を移す。

 

 戦闘の高速に紛れて消えゆくアストの苦悩を視認し得えたのは。ムクロ・スパルダただ一人。

 

 彼は動いた。ようやくに。

 アストの一撃が、致命のものでないと見切った上で。アストの離反をマルグリテの身体に叩き込むために、ムクロはそれまであえて動かずにいた。

 

 だが。動く。——マルグリテをこの場まで連れてきた理由ゆえに。その理由が生まれた動機は、ムクロ自身にも定かならざるも。動く。

 

 (くう)に走るは(こく)だった。

 ムクロ・スパルダが、武装を隠すためにまとっていた、黒い外套。

 それが矢を射るような鋭さで、空を走ってアストの顔面を直撃する。

 

「!?」

 

 古流武術がひとつの流派——軟器術(なんきじゅつ)

 紐や帯、そして衣服そのものを武器のように扱う技術体系である。

 高速で振り抜かれ、かつ、アストの踏み込みに完全に合わされた外套の一撃は、鉄の棒で殴られたかのような衝撃を彼女に与えた。

 

 それにより、アスト・リゥムの動きが止まる。

 それでなお、ムクロ・スパルダの動きは止まらない。

 

 そのままムクロは手元の動きで、外套をアストの顔面に巻き付けつつ、踏み込みもまた同時に行う。

 

 ——この段に至って。

 ムクロ・スパルダにとっては極めて珍しいことに。

 彼はなおも迷っていた。

 

 アストを()()()()()()()()()()かではない。

 『端末』と成り果てた者は殺すしかない。そこは一切動かない。

 

 迷いとはすなわち。

 彼の手でアスト・リゥムを()()()()か。

 マルグリテ・セヴェリナにアストを()()()()()()か。

 その二択への迷いであった。

 

 ムクロにとって、マルグリテという女をダンジョンとの戦いに引き入れることはとっくに確定していた。

 ならばここで、覚悟を決めさせる。

 後戻りを出来なくさせる。

 

 そのために、友殺しというムクロと同じ(とが)を背負わせる。  

 アストが端末と化した以上、それが最善。

 ムクロがお膳立てをして、共犯関係(ヴェントラ・コミナ)というこの世界でもっとも強い絆を強制的に結ばせる。

 

 それで良いのか。そんな奸計に陥れたムクロをマルグリテは許すのか。

 それで良いのか。そんな奸計を用いたムクロをムクロ自身は許せるのか。

 

 自問自答の収束は、その問いによって成った。

 

 許せない。元より自分は許されない。

 犯した罪も、これから犯す罪も、一切合切許されない。

 

 故に、ムクロは決断した。

 寸瞬の間に駆け巡った懊悩に解決を出す。

 

 強引な婚前交渉(ヴェントラ・コミナ)によって、マルグリテ・セヴェリナにアストを()()()()

 

 そう決めて、外套を用いた軟器術にてアストの動きを完全に封じ、その首を上に向けさせる。艶やかなまでに白いアストの首元が晒される。

 

 そして促す。アストを殺せとマルグリテを動かす。

 そのつもりでムクロは振り返り、彼女へ声をかけようとした。

 

「——マルグリテ、」

 

 ムクロは目を瞠った。

 ついぞ感じたことのない驚きで。

 

 それまで切らさずにいたハスターに対する警戒すら、脳電流が瞬く間なれど、途切れていた。

 

 マルグリテは、既に処刑刀を振りかぶっていた。

 ステータスが失われているにも関わらず。

 左肩に受けた深い刺し傷にも構わず。

 抜群の身体操作能力を以って。

 遠心力を利用して。

 アストの首を。

 断ち切った。

 転がり。

 落つ。

 首。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 王国第一王女にして、監査騎士団団長マルグリテ・セヴェリナ。

 

 かつて『愛らしき宝珠(テサウルス・テネル)』との二つ名で呼ばれた彼女が監査騎士団長就任から三か月もしないうちに自らの手で斬殺した犯罪冒険者、その数は八名。うち三人はレベル50を超えていた。

 

 更には、騎士団内の綱紀粛正のため十五名の監査騎士を誅殺。

 これもまた、彼女が自らの手で実行した。

 

 それから先も、彼女は多くの首級をあげた。

 

 『愛らしき宝珠(テサウルス・テネル)』との二つ名はいまや遠く、彼女を呼ぶ声には畏れが混じる。

 

 装甲王女(アルマタ・レギナフィリ)マルグリテ。

 麗しの処刑刀(プルクラ・フェルルトリス)マルグリテ。

 血まみれ真珠(マルガリタ・クルエン)マルグリテ。

 

 そのいずれでもなく。

 彼女をただ「姫様」と呼んだ女がいた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 アスト・リゥムの切断面から吹き出る鮮血。

 それを避けることもなく正面から浴びつつ。

 振り抜いた処刑刀を放り投げ、マルグリテは駆け出した。

 転がり落ちたものを拾うために。

 血飛沫を頭から被った彼女の浮かべる表情は判じがたい。

 彼女が拾った首もまた。外套に覆われ最期の顔は分からない。

 

 

 

 その日。マルグリテ・セヴェリナが無数に挙げた首級の中に、ひとつの名前が加わった。

 

 それはアスト・リゥムという女。

 分類するのであれば、その項目名は——親友(とも)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




=====作者からの連絡=====
次話『3章 第13話 師に与えるは死よりほかなく』
6/17(水)20時更新予定
 
 
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