その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~   作:onakatarumi

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3章 第13話 師に与えるは死よりほかなく

 

 

 頭から血を被ったマルグリテは、外套に包まれたアストの首を抱えたまま座り込み、動こうとしない。

 

 そんな彼女に対して、ムクロは慰めの言葉を持たなかった。

 この結末は予見されていた。

 むしろムクロはマルグリテをこの場に連れてくることで、この結末を誘導すらした。

 

 マルグリテにアストを殺させる。その行いは、ムクロの仲間を『端末』と化し、相争う状況を作り出したダンジョン——恒星間侵略魔法が産み出した機械知性の所業となにが違うのであろうか。

 

 違いはない。

 

 ムクロも、ダンジョンの機械知性も、恒星間侵略魔法を放った異星起源魔法文明も、あるいはファラキア、レイテ、ルナ、そしてマルグリテも。

 自己利益の最大化という同一の目的をもって行動し。そして目的は同一なれど同一の存在でないがゆえ。ときに協調し、ときに傷つけ合い、そしてときに殺し合う。

 

 このときも、ムクロは自己利益の最大化のための行動をとろうとした。

 ムクロ・スパルダはマルグリテ・セヴェリナを慰撫し寄り添うことは出来ずとも、言葉を弄し、絡めとるは叶う。それを彼は行おうと決めた。

 

 ——先に、アストの脳幹を破壊しておくべきではないのか。ちらり、ムクロの脳裏にそんな考えが浮かぶ。

 

 浮かんだ考えをすくい上げ実行に移すよりもはやく。

 ムクロの耳が小さく、空気の壁を破る音——破空音を捉えた。

 

 その瞬間に彼は殺戮機構として完璧な作動を見せた。

 

 音から投擲物の軌道を予測。右手で片刃剣を抜刀するのと同時に、左手で鉄針を投げ放つ。

 

 火花が散った。ムクロの振り抜いた片刃剣が投擲された金属——おそらくは貨幣を弾いたことによる火花。

 

 火花が散らなかった。ムクロが反撃とばかりに投げ放った鉄針——『鉄弓』から射出されるよりも高速のそれは、全て手で掴み取られたがゆえ。

 

「久々に会ったっていうのに、随分な挨拶だなハスター」

「おヌシこそせっかくワシが小遣い銭をやったというに。受け取らぬとは無礼でないか?」

 

 やや、声を張らねば届かない距離。ムクロの歩幅にして——大股で百五十歩といったところか。

 

 そこに男はいた。

 

 柄まで鉄で出来た、ローゼンクロイツ・パラケルスス謹製の槍を構え。

 赤錆色の髪をした大柄の男。

 家名なく、ただハスターと名乗る男。

 

 ムクロの武術の師。かつてともにダンジョンに挑んだ仲間。

 

 目前と言うにはいささか遠い距離に佇むハスターは、ムクロの遠い記憶の中にある姿となにひとつ変わるところが無かった。

 

「しかし流石よなムクロよ。あれだけの離別譚(りべつたん)を前にして、心は()いでおる。動きの予兆がつかめなんだ」

「余裕で鉄針を掴み取っておいてよく言うぜ。——オレを動揺させるためにアストを『端末』にしたのか?」

 

 『端末』と成り変わり、いまや死体と成り果て。その生首をかき抱くマルグリテとともに急速に背景と化しつつある女についてをムクロは尋ねた。

 彼の問いかけに、ハスターは首を横に振った。

 

「それはついでよ。あわよくばと言ったところ。ワシの目的は単純に『端末』を増やすことだて。おヌシが——」

 

 ハスターの答えの途中で、ムクロは動いていた。

 現在の距離は——ハスターを殺害するに適していたゆえ。

 

 双方の距離、大股で百五十歩。

 対して。双方の魔法発動射程、大股で百三十歩。

 つまり。お互いに『妨害魔法』を行使するのに二十歩足りない。

 

 この距離はハスターとの戦闘想定の中でムクロが望んだ戦闘距離、そのひとつに合致していた。

 

 ムクロは素早く、身に帯びた鉄針を投げる。

 

 常識——ムクロとハスターが共有する常識——に照らすのであれば、それは牽制にしかなり得ない攻撃だった。

 

 放たれた段階の速度と軌道から、いつどこに鉄針が到達するのか。達人たるハスターは瞬時に看破してみせる。

 

 現にムクロが投擲を行った瞬間に、すでにハスターは軌道を読み切り、鉄針を弾くべく槍を構えている。

 

 そこが、付け込む隙だった。

 

 ムクロは『物体投射』の魔法を発動する。

 レイテ・レノが得意とする魔法であるが、そもレイテの使う魔法は一つを除き全てムクロが教えたものである。

 

 歩幅にして百五十歩。その中で鉄針が二〇歩分を進むギリギリ際で発動した『物体投射』。鉄針が加速する。

 

 『身体強化』によって引き伸ばされた認知の中、ハスターが小さく眉をひそめるのをムクロは見た。

 

 達人であるハスターは、射出された瞬間に鉄針を防ぐための最適解を導き出すことが出来る。だが、ムクロの魔法によって出題内容が後から書き換えられる。

 

 加えて単純に、『身体強化』された身より放たれた高速の鉄針に、更に『物体投射』の効果が乗ったことにより、鉄針の速度は音を置き去りにする領域へと達している。

 

 『本物の魔法』の使い手同士の戦いにおける、近接白兵と対をなすもうひとつの極地。遠距離からの高速質量体飽和攻撃。

 

 牽制と見せての、本命の手管。

 

 瞬きひとつに満たない間しか、最適の迎撃解を導き出す時間は与えられず——ハスターの周囲で赤色が(またた)く。

 

 赤。それは血の赤ではない。

 赤。それは火花の赤。

 鉄針は一本たりともハスターの身体に届かず、完璧に制御された槍の回転により全てが弾き飛ばされていた。

 一本一本が、人間ひとりの人生を散らせるほどの威力に達した鉄針は、ハスターという男を彩る飾りとしかなり得ず弾き散らされた。

 

 ムクロの策はこの瞬間に(つい)えたか。

 否。

 瞬間は未だ(つい)えていない。

 

「ぐっ——!」

 

 呻きとも呼気ともとれる声がハスターの口より漏れ出る。

 それは、自らに迫る銀閃を目にしたがゆえ。

 

 ムクロは鉄針を追いかけるように、自身もまた踏み込んでいた。

 自らを高速質量体飽和攻撃の最後の一射と化し、そしてそのまま近接白兵へとなだれ込む。

 

 超音速の鉄針よりも遥かに危険な死の呼び手、ムクロ・スパルダに応ずるべくハスターの槍が唸る。

 抜き放たれたムクロの片刃剣が唸りを止めんと振るわれ、危険な鉄と鉄が交錯する。

 

 その鉄の交わりは、ただの切り結びではない。

 果実の皮を剥くように、槍の表面へと滑り込んだ片刃剣は、ムクロの絶妙の剣さばきにより刃の逆側——峰で受ける形へと瞬時に転じ、巻き上げる形で槍を上へと逸らしゆく。

 

 反りの深い片刃剣。それは直刀と比して『逸らし』の技を扱うに向いている。

 深い湾曲は力をそのまま受けるでなく、外へ外へと逃がすに適し。

 構造の必然として先端よりも手元に寄った重心は、手元操作による繊細な刃の軌道を実現するに優れている。

 ギルドの武器庫にてムクロが反りの深い一振りを選んだのは、ここに理由があった。

 

 逸らす動きと振りかぶりは同時に成され、後は片刃剣を振り下ろしたらば戦闘は終結する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのまま振り下ろしていたならば、ムクロの敗北が決していたがため。

 

 逸らされゆく槍。線の動きでそれを強制されたハスターは、点の動きでもって瞬時に槍を引き戻し、ムクロを突き殺そうと構えていた。

 片刃剣を振り下ろしたらば切っ先がハスターの身体を切り裂くより先に、槍の穂先がムクロの身体を貫いていただろう。

 

「良し! 良し! やはりおヌシは極めて良し! 流石は我が弟子! 流石は五〇〇年間営々と『端末』を屠り続けてきた修羅よ!」

 

 会話途中のムクロの奇襲により始まった戦闘は、ムクロが距離を取ったことで再び会話へと戻る。

 

「お褒めに預かり光栄だよ、お師様。——その『端末』だ。ダンジョンは端末化の仕様を変えたな?」

「げに然り! 今までは野良の魔法使いを『端末』として取り込んでおったが、ムクロよ! 貴様が狩りすぎた! 極めつけはグラウほどの大きな演算領域の喪失! ゆえに、情報領域への接続を果たしたのみの者でも端末とし、最低限の魔法式は焼き付けることとした! 端末の積極的増産! これがワシに与えられたダンジョンよりの任務よ!」

 

 鉄針により意識を逸らし、反りの深い片刃剣で槍を逸らす。ムクロが想定していた勝ち筋の一つは失敗した。

 

 だが、まだ負けてはいない。まだ戦いは続く。

 この場で続くハスターとの戦いのための時間稼ぎ、そして今後も続くダンジョンとの戦いのための情報収拾。

 二つの目的を果たすべくムクロは会話戦を選択する。

 

 ハスターはその意図を察しているのかいないのか。ムクロが知りたかったダンジョンの行動変化に関する情報を惜しげもなく晒し、会話を続ける。

 

「この五〇〇年。ダンジョンの奥底では寝てばかりで退屈であったが、地上に出てみても弱兵ばかりで退屈極まる。——ああ、そうだムクロよ」

 

 ハスターは一度言葉を切り、ニタリと笑った。

 

「退屈しのぎに、(しとね)を共にしたぞ。アルギッタと」

「……そうかい」

 

 アルギッタと関係を結んだ。そう告げられてもムクロは動じなかった。その様子にハスターはますます笑みを深くする。

 

「こう言われても心が凪いでおる。激すればおヌシの殺気も読みやすくなるかと思ったが。ああ。安心せよ。嘘じゃ。流石にワシでもあの女をどうこうは出来ん。む? それとも……」

 

 さも、いま思い至った風に。ハスターは自分の顎に手をやり言った。遠く、もはや男たちの戦いに関わり得ない距離にて。戦いなど関わりないとばかりに友の死体をかき抱くマルグリテをちらり見やりつ。

 

「新しい女もできたようだて。昔の女のことなぞ——もうとっくに愛してなぞおらんのか?」

「ハスター、てめぇ……!」

「カカ! ここで心にさざ波が立つか! 愛の深さゆえか、それとも図星を突かれたからか……」

 

 アルギッタへの想い。自身の中で消化しきれぬそれを持ち出され、一瞬激しかけるムクロ。だがハスターの神経を逆なでするような言い様に、逆に冷静さを取り戻す。

 

「——言葉(ことのは)に毒を混ぜる。そういえばあんたに教わったんだったな、これも武術のひとつだと」

 

 会話戦は一方的なものでなかった。

 ムクロがハスターと会話することで、時間稼ぎと情報収集を企図していたのと同様に、ハスターの側も言葉を使ってムクロの冷静さを削ごうとしていた。分かりやすい武にばかり傾いていると思われがちなハスターであるが、その武の意味する範疇は広い。

 

「己の心を澄ませ、技を磨き、体を鍛える。相手の心を乱し、技を見抜き、体を損ねる。心技体の全て揃ってこそが武術よ。さて弟子よ——そろそろ、戦う術は定まったか?」

 

 ムクロが時間を稼ぎ、戦闘の組み立てを行っていることなど当然のように看破して、ハスターが槍を構える。

 

 ハスターという男は、武において明確にムクロ・スパルダを優越している。

 

 『身体強化』の倍率こそ同程度だが、ハスターのほうが素の体躯が大きい。結果的に引き出せる力の総量でムクロを上回っている。

 

 武器を扱う技術においても、ムクロより秀でている。

 徒手、大剣、小剣、片刃剣、両刃剣、棍に杖、果ては弓まで、あらゆる武器に精通している。

 そして最大の要因が、そんなあらゆる武器を使いこなすハスターが選んだ得物——槍。

 

 槍というのは、ダンジョンが現れる以前の世界において最強の陸戦兵器であった。

 

 古くは投げることを主なる目的として、木の先に石器をくくりつけて使われていた頃から、人類とともにあった武器。

 

 時代は下り、重装歩兵という兵科が生まれとき、槍は第一の絶頂期を迎える。

 訓練された兵が隊伍を組み、盾で身を守りつつ、林の如き槍の群にて相手を制する。その戦術は、当時の大陸世界を席巻した。

 

 騎兵という兵科の出現と洗練につれて、その衝力と機動力を前に遅れをとるようになった重装歩兵であったが。それでもなお槍の兵器としての有用性は揺るがなかった。

 

 騎兵の主武装もまた、槍であったからだ。

 また、騎兵のみで戦場は成り立たず、多くの歩兵が弓とともに槍を主兵装として使い続けた。

 

 訓練された歩兵による密集戦闘で良し。

 訓練された騎兵による機動戦闘で良し。

 訓練不足の弱兵であれ、遠くから突く、あるいは単に上から叩くを以って効率的に戦える。

 

 長い柄と、先端の穂先。より遠くから鋭きを相手に届かせる。槍の性質は単純であるがゆえに、極めて強力。

 

 では、兵器としてではなく、個人の武装として見たとき槍はどうか?

 

 結論するならば——やはり最強の近接白兵武装である。

 

 遠くから突いて良し。斬ることも払うことも出来る。はたまた鉄棍のように扱うこともでき、鋭い穂先のみならず逆の石突の部分で技を繰り出すことも可能。

 

 すくなくとも剣と比較したならば。狭い室内、あるいは木々が林立する森の中などを除き、圧倒的に槍が有利。

 

 いま、ムクロ・スパルダとハスターが対峙するのは、開けた監査騎士団詰所の中庭。

 

 力、技量、そして武器。さらには戦場。

 すべてにおいて相手が有利な状況下。

 

 それでもムクロは踏み込んだ。

 

 すぐさま、ハスターの豪速の槍が突き出される。

 ムクロはかろうじてそれを回避。

 攻撃に転じるよりはやく、今度は槍が薙がれる。

 ムクロはまた回避。

 体勢がやや崩れる。

 

 ムクロが体勢を立て直す間に、ハスターは槍を引き戻している。

 再びの突き。あるいは薙ぎ。対して回避。その応酬が続く。

 

 達人同士の戦いにおいて、得てして発生し、そして望まれない集中力の削り合い。

 その最中で、ハスターの口元には笑みが浮かんでいる。この戦いが楽しくて仕方がないとでも言いたげに。

 

 ムクロの側は気づけばその頬に一筋、切り傷が出来ている。

 すなわち、完全なる正着を選び得なかった結果。集中力という無形の有限資源、枯渇の兆しが彼のみにたち上る。

 

 かつて何度も繰り返された、ムクロとハスターの模擬戦もまた、この様な過程を辿り——そして殆どが、ムクロの敗北で終わった。

 

 かつてはそれで良かった。

 弟子たるゆえに是非もなかった。

 

 だが。五〇〇年前とは全てが違えている。

 

 これは模擬戦ではなく。師はもはや仲間でなく。

 敗北は、ムクロ・スパルダにとり受け入れがたく。  

 師に与えるは、死よりほかなく。

 

「む」

 

 小さなハスターの呻き声。それは、ハスターの突きに対して、ムクロが片刃剣の刃を合わせたのと同時。

 

 槍に対して剣で受け、逸らし、巻き上げ、斬りかかる。

 この戦いの第一章にて演じられた演目、その再演予兆。

 

 ハスターも同様に槍を引くことで応じようとし、戸惑ったがために漏れでた呻き。

 

 ムクロは槍を逸らさなかった。むしろ突き出された槍が進むべき道標を示すとでも言わんばかりに。肩で担いだ片刃剣を槍に沿わせて——そのまま沈む。

 

 腰だめから放たれたハスターの突きに対して、ムクロはくぐり抜けるように低く低く、異様な前傾を以ってして回避する。

 

 しかし、それは人体の構造上無理のある動き。

 その瞬間の脅威はしのげても、次の一手を出すが遅れる。

 対人戦における正解ではない。

 誤りと言えた。

 悪手であった。

 

 しかし。ムクロは極端な前傾を、更に沈める。

 沈めつつ前進する。

 その前進が成功する瞬間を、ムクロはずっと狙っていた。

 

「あ」

 

 ハスターが何事か言おうとする。

 それともそれは、呼吸のために開いた口から、偶然漏れた音であろうか。

 

 槍は、最強である。——狭い空間を除き。

 開けた戦場では、槍が圧倒的に有利である。

 

 だが。狭い空間は。その戦場にも存在した。

 否。戦場には、()()()()()()

 武器そのもの、胴体、頭さらには手足。

 ()()()()()()()()という骨組みからなる、決して無くせない狭き空間。

 

 単純に言うならば、間合いの内側。

 そこにムクロはたどり着いた。

 

 王城に、騎士団詰所に。嵐の如く死を撒き散らした男、ハスター。

 極めて広い殺傷半径を誇る暴風、その死角。

 それは彼自身の直下。槍が遠く届くゆえに届かせ難き己が足元。

 

 台風の目の中で、ムクロの剣が閃いた。

 極めて無茶な体勢から放たれた斬撃が狙ったのは、ハスターの足首。

 

 全ての動作の起点となる足への負傷に、ハスターが対応の一手を遅らせる。

 わずかに一手分のみなれど。ムクロの悪手、そのツケを支払うを先延ばしにする猶予が生まれる。

 

 その猶予を以って。

 切り払った体勢から、ムクロは体を捻りあげる。

 これまた人体の理からはかけ離れた動き。最適の身体運用ではない。

 筋骨が軋む。体幹が崩れる。それでもムクロは跳ね上がる。手に持った片刃剣を嚆矢と成して。

 

 そこにありしは異形の剣法。

 

 五〇〇年間、営々と、『端末』を斬り続けてきたムクロ・スパルダ。

 同時に。その道中で。ダンジョンが作り出したモンスターたちもまた、彼は斬り続けてきた。あえて『魔法妨害』に頼ることなく。

 

 ひとつでも多くの戦闘経験。それを求めて。

 

 その過程で生まれたものこそ、対人剣術とは異なる対モンスター剣術。

 或いは対魔物剣術——魔剣と言い換えることもできようか。

 

 四足で地を駆ける、背の低き獣がごときを斬り殺すためが術理。

 

 あるいは飛翔し上空から飛びかかる、頭上という範疇を超えた高き鳥がごときを突き殺すための術理。

 

 ギルド戦力ムクロ・スパルダは同時に、もっともモンスターとの戦闘に長けた、最古の冒険者でもある。

 

 最古の冒険者が放った技は、低き体高のモンスターを斬るための『狼足払い』の崩し技。これがハスターの意表を突いて、足首を裂いた。

 

 続いて放った技は、高く飛ぶモンスターを突き刺すための、『捻り飛鳥』のこれまた崩し技。

 これが。足首が裂かれたハスターの——喉を、貫いた。

 

「————は、——で」

 

 ハスターは、口を動かした。片刃剣で刺し貫かれた喉から、血の泡が漏れ、声にならない声が溢れる。

 読唇の心得を持つムクロは、その声なき声を確かに聞き取る。

 

 おヌシは、一人で。

 

 その先を聞きたいとムクロは思った。師の最後の言葉である。

 切っ先を押し込むがムクロの行いだった。敵に最期を与えねばならない。

 

 喉から入った片刃剣は、ハスターの脳幹を貫いた。ムクロは片刃剣を捻り、完全なる死を与える。

 

 剣を抜く。噴き出した血を反射的に避けながら、それくらい受け取ってやればよかったかもしれないと益体のないことを考える。

 

 そして、一言ムクロは呟く。

 

「オレだって、オレなりに考えてるんだ」

 

 その言葉に応えるものはいない。

 かつての仲間は、誰一人としてムクロのそばに残っていない。 

 

 グラウを殺した。ダンジョンの下層で。

 ハスターを殺した。いまこの場で。

 アルギッタも、殺さねばならない。いずれ必ず。

 

 出来るだろうかとムクロは思う。

 ハスターを倒せたのは、博打に勝ったのに近い。

 対人の極みにある彼に対すればこそ、対モンスターの剣術を応用した、奇術、詐術の類に近い——魔剣がたまたま通じ得た。

 

 おそらく二戦目があったらば、通じないだろう。

 だが、それで問題は無い。

 ハスターとの二戦目など起こり得ない。

 人は死んだら、蘇らない。

 

 もう二度と、彼をバカにせず、もう二度と彼と戦わず、もう二度と彼に教えを与えてくれない、そんな、師の遺骸から。ムクロは視線をほかへと移す。

 

 人は死んだら、蘇らない。

 やり直すことなど、叶わない。

 

 ムクロが振り返った先には女がいる。

 片刃剣と槍との打ち合いの中でも、その場から動かず。

 結果、ムクロから二百歩以上も離れた、背景距離にいる女。

 

 そんな彼女へと、ムクロは歩み寄る。

 先刻、友を殺したばかりの女へ、同様、師を殺した男が近づく。

 

 立場的に近似となった女と男の物理的な距離が縮まる。

 果たして互い、精神的な距離は如何ほどか。

 

 蘇ることなど叶わぬアスト・リゥムの生首を、これから生まれ出る生命を守る母鳥のように抱きしめたままのマルグリテ・セヴェリナ。

 

 その傍らに、ムクロ・スパルダが立つ。

 

 折から曇天。暗い王都の空より(るい)のごとく雨粒が零れ落ちる。

 愁雨であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




=====作者からの連絡=====

次話「3章 最終話 (かいな)に抱くは(やいば)なり」
6月19日(金)20時更新。
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