その男、ギルド戦力につき~当方、ギルド職員。世界支配のために本日も残業中~ 作:onakatarumi
【ギルド憲章 第四条】
冒険者ギルドはいかなる国家にも属さない中立組織である。
ギルドは特定の国家に従属することなく、中立かつ公平の立場を保持する。
各国間の争いには介入せず、ダンジョンおよびその他の脅威への対処に限り、協力関係を結ぶものとする。
◆ ◆ ◆
その日、レイテ・レノはギルド施設の談話室にいた。
手元で紙を繰る。文字を追う視線を一瞬だけ横に逸らすと、なにやらこちらの様子を窺っているルナ・リングハートの姿があった。
(向こうから話しかけてこないなら、わざわざコッチから反応してあげなくても良いかなー)
そう思い、レイテは再び手元の紙——異世界の出来事を描いた戦史へと視線を戻した。ちょうど、ノーフォーク軍港が核反応兵器で焼き払われる場面が描かれていた。
視線は文字を追いつつも、レイテの思考は別のところへと飛んでいた。
今頃は、と思う。
愛しの先輩、ムクロ・スパルダは師である『端末』のハスターと戦っている頃だろうかと。
それを思うと、レイテの中に複雑な感情が満ちる。
マルグリテ・セヴェリナからの連絡を受けたムクロは、即座に動いた。
その背に向かって、自分も戦闘に参加するとレイテは申し出て——即座に却下された。
「いま、お前に死なれちゃ困る」
それ以上なんの説明もせずに、ムクロは去った。
ムクロの言葉はレイテを喜ばせた。自分が彼にとり必要な存在であるとの証左であったから。
ムクロの言葉はレイテを悲しませた。自分が彼にとり無力な存在であるとの証左であったから。
実際。レイテがムクロとハスターの戦闘に介入したとして。どうなるかと言えば。
多少は役に立つだろう。実力拮抗した二者に対して、遠距離から『物体投射』で援護する。差が少ない両者であればこそ、その介入は一定の意味を成す。
だが、きっとそれで終わり。煩わしい羽虫を払うように反撃され。レイテは死ぬだろう。
ハスターなるムクロの師についてレイテは詳しく知らない。だが、例えばムクロが二人いて、その二人が相争っている中に自分が割り込んだらどうなるか。その程度の想像はレイテにも可能だった。
戦っているだろうムクロの安否への不安。彼ならば勝って帰ってくるという信頼。自分自身の価値についての懊悩。それらが入り混じって、レイテの内心は穏やかではなかった。
ついでに付け加えるならば。ムクロ・スパルダ出撃を報告した際に、ファラキア・エルフに言われた言葉もまたレイテの感情に複雑な色彩を加える一因となっている。
遠回しにではあったが極論「ムクロの役に立って、そして死ねばよかったのに」という意味の言葉を吐かれたのだ。
(最近、露骨に焦ってますねぇ、あの年増)
ムクロが信頼している相手である以上、表面上は唯々諾々とファラキアに従っているレイテであったが。胸中では心底に彼女を嫌っていた。
——その嫌悪の中に、ムクロとファラキアの間にある、五〇〇年の積み重ね。それに対する嫉妬の情が混じっていることについては、レイテにとり認めなくない事実であった。
「ねえ」
そんなふうに考えていたレイテへと。意を決してさりげない風をよそおったルナが話しかけてくる。
「その、レイテは⋯⋯なにを読んでるの?」
ああ、そういう風に来たか。レイテは無感動に思いながら、ルナ・リングハートに対する常のように、気楽な声をよそおって答えた。
「合衆国に二発の核反応弾が落とされて、てんやわんやになる本ですよー」
合衆国という単語が理解できなかったのだろう。ルナが怪訝そうな顔をする。
核反応弾については先日、レイテが教えてたばかりだ。技術の進歩に関する講義で。さらには「魔法が存在する我らが世界」というものが、どれほど不安定であるかの説明に際して。もっとも、ルナがどれほど理解しているかについては定かではなかったが。
「小説?」
「うーん。どうなんでしょうねー。戦史かも。ローゼンクロイツ・パラケルススが書いた本は色々ありすぎて。ちゃんと分類もされてないんですよ」
レイテ・レノの語彙や言い回しは、大陸世界一般のものと大きく異なっている。その原因が、ローゼンクロイツ・パラケルススの書いた書物であった。
幼い頃にムクロに連れられてギルドで育ったルナは、転生者を名乗った古の賢者が書いたそれらの書物を娯楽、あるいは知識の源として過ごしてきた。それがゆえに、いささか常人とは異なる言い回しをしがちになっている。
「それでルナリンは本の感想を聞きに来たんですか?」
「そうじゃなくて⋯⋯えっと、そう! 質問があるのよ! ダンジョンについて!」
日和ったな、とレイテは思う。
ルナの真意はムクロとレイテの営みを目撃してしまったことに対する気まずさの解消。それだろう。
(見て見ぬふりをするならもっと自然にすれば良いし、問い詰めるなら問い詰めるで直截に来てほしいんですけどねー)
露骨にわだかりを態度に示しながら、無理矢理にいつも通りに振る舞おうとするルナの有り様は、レイテからすれば酷くバカバカしく思えた。
だが、ルナの口から出た質問により、レイテは彼女のことを少しだけ見直すこととなる。
「ダンジョンって私たちが魔法の研究を進められないようにするために、ステータスを与えてるのよね? そんな面倒くさいことせずに、大陸全体で魔法妨害をかければ済むんじゃないの?」
「ルナリンにしては鋭い指摘ですねー。レイテ感激!」
ふざけた調子で反応しつつも、実際にレイテは感激を覚えていた。
いつまで経っても排便の場所を覚えなかった愛玩動物が、ようやっと躾どおりの場所で用を足すのを見たような。そんな気分で。
「ダンジョンがときに合理的と思えない振る舞いをする理由。それはダンジョン核が|異星起源機械知性《ディウェル・パトキア・ファクテウス・ラーテオ》だからです」
「えっ、
「異星起源機械知性。すなわち異なる星に起源を持つ、機械知性。ワタシたちとは大きく違った価値観を持つ存在が作り出したという点で、まず常識が違う可能性がありますし。なにより機械知性です。本物の知性でないそれらは、一見合理的にふるまいますけど、思考の仕組みが違うので。平気で矛盾したことをしたりおバカなことをやらかすんですよね」
最後に「一見して単なるカワイイお馬鹿さんだけど、実際には超絶頭が良いレイテちゃんとは正反対ですね!」と付け加えてやると、ルナはそちらに反応して呆れたようなため息をついた。
同時に、ルナの表情に安堵が混じっているのも見てとれる。「ああ、いつものレイテ・レノだ」とでも思ったのだろうか。
「まあ、ワタシたちより遥かに進んだ魔法文明でも、まともな人工知性を作り出すのは難しかったってコトなんでしょうね。いっそ誰かの人格でも複製したほうが良かったんじゃないかなー」
適当な思いつきを喋りながら。
レイテ・レノの心の奥底で暗い感情が疼き出す。
ダンジョン核なるふざけた機械知性がもう少しまともであったなら。
もっと完全な欺瞞で世界を騙してくれていたらば。
自分は、もう少しまともであれたはずなのにと。
多くを騙せる程度には賢く、全てを騙しおおせない程度に愚か。
レイテはそんなダンジョン核を憎んでいた。
更に言えば。
「アンタってほんと、いつもワケのわからないことばかり言うわね」
呆れた様子のルナ・リングハート。
眼の前の愚かな女もレイテは嫌いだった。
「はやく……」
「えっ?」
「はー! はやく先輩帰ってこないかなぁ! はっ!? そうだ! 帰ってきた先輩にレイテにしますか? それともレイテ? やっぱりレイテ? をするためにも身体を清めておかなくては! うおー! 待ってろ風呂場! 逃げるなよー!」
レイテはルナの前から駆け出した。
思わず漏れ出しそうになった言葉を隠す意図で。
それでも、思うことだけは止められない。
(はやく死んでしまえばいいのに)
レイテは出会った頃からルナ・リングハートのことが嫌いだった。
もっと言えば出会う前から嫌いだった。
レイテ・レノは、ムクロ・スパルダ以外の全人類を憎んでいる。
◆ ◆ ◆
レイテ・レノは祝福されて生まれた子であった。
都市国家連合の片隅にある農村にて、仲睦まじい両親から生まれ。
その愛らしい顔立ちもあって、両親のみならず村中の者たちから愛された。
更に。彼女は世界そのものからも祝福されていたのかもしれない。
レイテ・レノは、生まれながらに魔法が使えた。
後にムクロ・スパルダから聞いた話では、それは極めて稀有なことらしい。彼の五〇〇年の生の中ですら、同様の例は二件。ムクロ自身とアルギッタ・ギーデイン以外に前例が無いという。
極めて稀有な魔法の才。
レイテは時代の寵児となり得る素質を持っていた。
大陸世界が、ダンジョンによって支配されていなければ。
更には。
レイテが意識せずとも使えてしまう魔法が、『魔法妨害』でさえなければ。
ルナ・リングハートがそうであったように、冒険者として名を馳せるという道もあったかもしれない。
だが。そうはならなかった。
最初。それは村の中で起こる、ドロップアイテムの不調という形で現れた。
村人たちやレイテの両親は原因不明のその現象に首を傾げ。また、高価なドロップアイテムが作動を停止した際には大いに嘆いた。
そして一部の者たちは、ある法則性を見出していた。
レイテが近くにいたときにばかり、ドロップアイテムが壊れてしまう。
静かに募ったその不審は、レイテ・レノが十二の
農村の人間。農業従事者もまた、ダンジョンに潜る。
ドロップアイテムを商人から買うより簡単に手に入れることが出来るから、あるいは農閑期の副業として。そういった側面もあるにはあるが。
なによりも、農業という仕事をするのにステータスを得てレベルを上げるのが重要だからだ。
ダンジョンから算出する肥料をはじめとしたドロップアイテムは、連作障害をはじめとした諸々の問題を解決し、大陸世界における食料の生産効率は大きく上がった。
しかし、生産効率が上がっても、その分だけ人口が増えるのが世の常であり、さらには農業よりも簡単に儲かる仕事が大陸世界には存在した。そう。冒険者である。
大陸世界の人口構成比において、農業従事者はその割合を大きく減らし、その上で大量の食料を生み出すことを求められた。
ダンジョンから食材そのものがドロップアイテムとして生じはしたが、それだけで全ての腹を満たせるはずもない。
この人口比における農業従事者の割合低下問題は、冒険者ギルドも大いに頭を悩ませ、諸々の補助金や、農業従事者への社会的称揚、農村への季節労働者としての冒険者派遣クエストなどさまざまな施策が行われている。
だが、日々の労働における効率を上げるためには、より長く働け、より力強い身体が最低限必要であり。それは農業従事者——農民自身がダンジョンに潜っってステータスを得ること以外に叶わなかった。
そんな。農民にとって必須であるべきステータス。
それを、レイテ・レノは得られなかった。モンスターを倒しても、ステータス・ウィンドウが出ることが無かったのだ。——それは、レイテが意識せず、魔法妨害を発動してしまったがゆえ。
書類上の冒険者登録こそダンジョン入場時に行ったものの、レイテはレベル0のステータス無しのまま村へと戻り。
そこで、いままでのドロップアイテム不調への関わりとともに、大いに断罪されることになった。
「お前のせいか! うちの魔具がいくらしたと思ってるんだ!?」
「ステータスが手に入らないなんて、異常だ!」
「親のどちらかに原因があるとか」
「ギルドに報告したほうが良いんじゃないか」
「村の評判が落ちる。こんな薄気味の悪い子がうちの村から生まれたなんて」
「だから! うちの魔具は誰が弁償してくれるんだ!?」
子どもであっても、ステータスさえ手に入れれば、大人と同様に農作業に大いに貢献することが出来る。ゆえに、農村における子どもへの期待は大きい。悪い言い方をすれば、汎用性に優れた高級な農作用具として求められている側面があった。
レイテは、それができない。
ドロップアイテムの不調について村人たちから大いに責められ。
更には、労働力としても役に立たないレイテ・レノに対して。
彼女を愛してくれていたはずの両親は、こう告げた。
母は「疫病神」と。父は「出来損ない」と。
最後にこう告げられた。「お前を育てた時間は全部無駄だった」と。
親に子どもを愛する義務はない。自分の遺伝子を世界に残すという本能が、比較的、愛するという方向に傾きがちなだけだ。
家族というのは尊いものではない。たまさか尊い家族関係が、生存において有利に働くだけに過ぎない。
家族とは血の縁で結ばれた、最小の共同体。ただ、それだけ。
子どもとは遺伝子を残そうとした結果の、ひとつの試行体。ただ、それだけ。
そんな家族というものに、不動の絆を信じる愚か者がいた。
レイテ・レノがその愚か者の一人だった。
多くの場合、愚かでも困ることはない。幻想は続く限り現実と大差ない。
だがその日、レイテが家族に抱いていた幻想は打ち砕かれた。
ダンジョンから与えられる幻想を打ち砕いたがために。
世に無数いる、最初から愛されなかった者と。
これまた世に無数いる、愛を知りながらそれを失った者。
どちらがより辛いだろうか。
幸福の可視化も、不幸の可視化も果たし得ぬ世界において、それは定かではない。
ただ。レイテが苦しんだことだけは事実である。
村の片隅にある、今にも朽ち果てそうな小屋。
誰にも迷惑をかけるなと、レイテはそこに押し込められた。
ステータスがなく、ドロップアイテムを損ねる疫病神ではあったが。
その愛らしい顔立ちがあるがゆえに。
レイテは村中の男たちから愛された。
二年半の間に。レイテが押し込められた部屋を訪れた男の数は、のべ四千。飛んで二十四。
動物の本能から来る欲望を消化した対価として、いくばくかの食事がレイテには与えられ。より快適に欲望を消化せんがために身体は清めらた。
これまた、動物の本能としてレイテは食事を摂取し。
だが同時にレイテは、心を閉ざし続けていた。結果、魔法の発動が行われなかった。
そうでなけばとっくに村落丸ごとのステータス喪失現象が発生し、調査が行われ、レイテ・レノは救い出されていただろう。
あるいは。その前におぞましき子として責め殺されていたか。
レイテの苦しみの終わりは、冒険者ギルドの上層部にあげられた、二つの情報が嚙み合わさった結果だった。
ひとつは、冒険者登録をしたまま、レベルに変動のない少女冒険者レイテ・レノの情報。無数にある同様の事例の中にそれは紛れていた。
もうひとつ、冒険者ギルドにあげられた、壊れたドロップアイテムへの補填要求。これもまた、無数にある益体のない苦情のひとつとして誰の目にも止まらなかった。
だが、当時。ギルド戦力の候補に欠いていたムクロ・スパルダがファラキア・エルフに『候補者』探しを要請し。
ファラキアが部下へと些細なことでも良いからと異常を攫い上げることを命じた結果。二つの情報が噛み合った。
もしかしたらという程度のその情報を聞き、ムクロはレイテの故郷である村を訪れ。
そして。
しんしんと雪の降る夜。
荒れた小屋の隙間から入り込む冷気に震えるレイテ・レノの元に。
ムクロ・スパルダは現れた。
小屋の中の様子と、そのに残った獣臭に。
ムクロは全てを察し。
自らの外套をレイテに着せ、決して素肌には触れないように肩を抱いて。尋ねた。
「誰を」
「ロジム、ボルガス、ベリベイウス、ゲルドおじさん、モルコー、バデラ爺、ワタリス——」
彼女の小屋を訪れた、全ての男の名前を。レイテ・レノは記憶していた。
その夜。ひとつの村で村民の大量死事件が発生した。
被害者の殆どが男性。
おそらくは複数のならず者が密かに物取りをしようとして、抵抗した際に厄介な男のほうを殺したのだろうと。
その事件はそう結論された。
行方不明になった少女が一人おり。ほかに年若い女性もいるのになぜ一人だけと首を傾げる衛兵団の調査役に対して。
村人たちは口を揃えて、検討もつかないと答えた。
レイテ・レノが密かに故郷へと舞い戻ったのは、二年半が過ぎた頃だった。
ムクロからの指導を受けて複数の魔法を扱えるようになった彼女は。
両親と、知らぬ間に生まれていた妹を殺した。
それもまた、ならず者の仕業ということになった。
二年半前の事件と絡めて、なにか怨恨にまつわる犯罪なのではないかと指摘する衛兵団の人間もいたが。
村民たちが「不幸な事件」として片付けたがったこともあり。
それ以上の調査は行われなかった。
なお。レイテが殺した妹は四歳と二ヶ月ほどの